やおよろず生活安全所

森夜 渉

文字の大きさ
40 / 62
四章

38/繁栄の落とす影

しおりを挟む
「こちらになります」
幽世を出て狸雲に案内されたのは村からわずかの距離にある森の中だった。
廃屋や近代まで人が住んでいたであろう名残りは見て取れたが、破壊の限りを尽くされかろうじて形を残すままとなっている。
巨大な物がぶつかったのか半壊の家々や太い木々がなぎ倒されていた。
まるで地面を重機ががならした様に平たくされ、砕けた岩や生えている草は根からきれいに倒されている。
「マガツカミが現れる地はこうやって開けた場所になる事がある。彼らが暴れると森が破壊されるからだ。皮肉だが俺達としては戦いやすいにも戦(いくさ)の場にもなる」
犬威は誰に言うともなく、荒れた景色を見つめて呟いた。
「狸雲殿、問題の池はどこだろうか?」
「あちらに」
集落跡を離れると赤茶けた土が盛られている場所がある。
「池の跡地になります」
そこは。
ただのゴミ捨て場だった。
池があった痕跡など見当たらない。
あるのは古くなった機材、資材、生活用品。
パソコンにテレビ、車のタイヤ、冷蔵庫まで捨てられている。
かつての池を埋め立てた関係者はこの状況を見ている筈だ。
にも関わらず、埋め立てるだけして見て見ぬふりをして放置した。
だから。
水の神は怒った。
人々が繰り返す、重ね重ねの卑しい愚行と狼藉に。
神の理(ことわり)を捨て、マガツカミとなり祟った。
この現状を前にして蓮美は言葉がない。
人間である自分は。
言い訳ができない。
犬威の視線は埋め立てた池ではなく、同じく廃棄品の山を見ている。
無表情で。
情に満ちた彼の眼差しは冷たく。
感情はなかった。
互いに押し黙り、声を掛けるのがためらわれる。
「犬威さん……」
それでも沈黙が苦しく、彼の名を呼んだ。
「犬威さ……」
呼び掛けると、首だけ動かし彼女の方を見る。
冷たい眼差しのまま。
なんの感情も読み取れない無言の眼差しを。
人間の彼女に向けた。
そして黙っていた。
「あの……」
再び声を掛けると、ああ、と返事を返す。
「ありがとう狸雲殿、後は我々に任せて村に戻ってくれ」
「では、なにとぞよろしくお願い致します」
狸雲は頭を下げると来た道を戻って行った。
「すまない、ぼんやりしていたようだ。君を連れてきた俺が気を抜いていては話しにならんな」
犬威は罰が悪そうに苦笑いをしたが、その笑みはぎこちない作り笑いだとわかる。
「では、取り掛かるとしよう」
「はい」
感傷に浸っている場合ではない。
犬威の動きに注視すると地面にひざまずき、耳を押し当てる。
「皆のやり方は相手によりそれぞれなんだ。俺はまず初めにマガツカミの動きを探る。この様子だと地下であちこちに動き回って山の水脈を探しているようだな」
「水脈ですか?」
「ああ、元は水の神だから、水に帰りたくて水のありかを探すんだ。山の中にある水源を探して。だが、マガツカミに堕ちてしまうと戻る事は二度とできない」
帰りたい。
帰リタイ、と。
「帰る場所を探して土の中を走り回るんだ」
自らの根源となった故郷を探して。
子供時代、蓮美は両親の都合で家庭に居づらい事情を抱えていた。
当時はその感情を言葉にして伝える事はできなかったし、幼いながら明確に認識はできなかったが、今ならできる。
ただただ。
寂しく。
悲しかった。
「だが、油断をすれば己が喰われる。朝霧君、どうあろうとマガツカミに情けはかけるな。これは部下として君に下す最初の命令だ」
「わかりました」
「新幹線で話した通り自分の命が最優先だ。逃げろと言ったら逃げ、来るなと言ったら来るな」
「はい」
「夕暮れ時を君達人間は逢魔時(おうまがとき)、またの名を大いなる禍の時と書き大禍時(おおまがとき)とも呼んでいる。その時間、マガツカミと我らはここで相対する。肝を据えておくように」
「はい」
「よし、ではマガツカミを呼び出す準備と合わせて、今からこの空間を外界から隔離する。これより始まる我々の戦いは生身の人間には見えず、聞こえない異空間、結界だ。激しい戦いとなっても森のざわめきとしてしか地上には届かない。代わりに君は神変鬼毒酒(しんぺんきどくしゅ)を飲んでいるから所と同じで適応できる」
犬威は持ってきていたボストンバッグから麻の紐で縛られた瓢箪(ひょうたん)を取り出し、栓を抜いて何かをまいたが中身は透明な水に見える。
「これは水の属性を持つ狐乃が清めてくれた水だ。職員は対応するマガツカミを呼び出す為の道具として従える元素を交換し合う。これは言わば彼らへの捧げ物だ、探す水を求めて地中から現れるだろう」
まき終えると近くに生えていた木の枝を手折り、厚めのファイルを取り出して保管されていた紙垂(しで)を巻き付ける。
それに揃えた二本の指で空に文字の様な物を書き、水がまかれた大地に突き刺した。
「ここが目印となる」
途端に周囲の木々がザワザワと波立ち、激しい風が巻き起こる。
森全体を揺らす様な風が数分続き、木の葉が降りかかった。
吹き飛ばされまいと足で重心を支えたが、それもサワサワとしたそよ風へと徐々に変わっていった。
「ひとまず空間は閉ざした」
見回したが大きな変化は特に見られない。
「そうそう、和兎が君にと用意した物があるんだが」
犬威が雅(みやび)な風呂敷包みを取り出して草の上に中身を広げる。
入っていたのは白い着物と紺色の袴、胸当てらしき物といくつかの装備品。
「これ……」
並べてわかったが、弓道などで身に着ける道具一式だ。
「和兎は持っていた稽古着を君に合わせて昨晩仕立て直したらしい。今朝がた俺の家まで届けてくれてな。着物には彼女の毛が織り込まれていて、着れば素早く動いたり走ったりと兎族の霊験(れいげん)に預かれるそうだ。脚絆(きゃはん)に籠手(こて)と臑当(すねあて)もある」
脚絆(きゃはん)というのは長い靴下のように見え、籠手(こて)と脛宛(すねあて)は腕と膝の辺りを守る防具らしかった。
持ってみたが材質はとても固いのに驚く程に軽い。
「着てみてもいいですか?」
「もちろんだ」
荷物一式を抱え、林の奥に隠れると山登りで汗ばんでいた服を脱ぐ。
Tシャツもズボンもまとわりついて不快だったので気分を変えるにはちょうどよかった。
白い上衣(うわぎ)を着て袴を履いてみる。
大きすぎず小さすぎず、ピッタリのサイズだった。
袖と袴はヒラヒラしないよう絞れる工夫がしてあり、デザインも今風にアレンジされている。
一晩で仕上げたと思うと大変だった筈だ。
姉の様な和兎の優しさが身に染み、つい目が潤む。
大好きな兎の。
彼女の毛が織り込まれていると思うだけで十分心強い。
「和兎さん、戦いを見届けたら、帰ってまたみんなにお供物を作りま……」
独り言を言いかけたところで命のニヤニヤ笑う顔が浮かんだ。
「危ない……」
仕掛けたられた死亡フラグをまんまと立てる所だった。
出かけた涙は一瞬で引く。
覚えてろ、帰ったら絶対にメシ抜きだかんな、と、むしろ奮起した。
彼の効果で泣き虫は治りつつあるようだ。
着付けの経験はないが見よう見まね、こんな感じかと戻ると犬威から合格をもらえる。
籠手(こて)と脛宛(すねあて)、胸当てのつけ方も教えてくれた。
脚絆(きゃはん)は革製の足袋と一体のブーツ型で、実戦向きの丈夫な作りとなっている。
「付けた感覚がほとんどないです……」
体の一部となったように装備も着物も身に付けた重みを不思議と感じない。
逆に足袋を通した足裏からは地面の石粒や土の質感まで伝わる程に体感が研ぎ澄まされた。
視覚、嗅覚、聴覚、あらゆる知覚が。
「動物になったみたいです……」
「着物を通じて兎族の力が宿ったからだ。試してみよう、あの木に向かって飛んでみるといい」
普段ならできないと慌てふためくが、着物をまとった今は不可能だとは思わなかった。
「やってみます」
力を試したい衝動が抑えられず、人格すら変わった気がする。
目を見開き、そびえる木々に狙いを定めると膝を大きく曲げてジャンプした。
ヒュオッと飛び上がり、空を切る音が聞こえた次には定めた枝に自分が立っている。
バランスを崩す事もなかった。
高さに恐怖はない。
むしろ目にする景色に気分が高揚する。
地上を離れた鳥のように、鷹や隼(はやぶさ)の様な、自由で勇猛に羽ばたける気がした。
「見事だ」
犬威が満足そうに彼女を見上げる。
登った枝からはふもとの集落や遥かな山々が見渡せた。
眼前には広大に広がる青い空と。
翼のように枝葉を広げる、深く美しい森がどこまでも広がっていた。













しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

処理中です...