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七章
51/雨の日
しおりを挟む和兎の長い耳がピクピクと反応する。
「雨だわ」
校庭ではパラパラと小雨が降りだしていた。
命もパソコンから顔を上げて外を見る。
たった今、お供物の買い出しに行く話しをしていたからだ。
「空が晴れて雨が降っているから狐の嫁入りだねぇ」
「……狐がなんですか?」
空を眺める悟狸に命が質問をした。
「晴れているのに雨が降るのを人間は狐の嫁入りと呼ぶんだ。まあ、にわか雨の事を言うんだけれどね」
そう。
古くより日本では、この現象を神秘として狐の嫁入りと名付けた
そしてここに。
現代に生きる狐のアニキが満面のドヤ顔を浮かべる。
「ですねぇ、晴天に雨とは狐の嫁入りだなぁ」
「にわか雨ならすぐに止みますよ」
命はつっけんどんに言うと仕事に集中した。
にわか雨ならわずかな降りで済むのだから。
と、思ったが。
「止まないわね、蓮美が出かけるのに」
これがなかなか止まない。
和兎が窓辺に立つと命もまた外を見る。
空が曇りだし、本格的な雨に変わろうとしていた。
「そろそろ行かないと……」
「出番かな?」
蓮美が席を立つと狐乃も席を立つ。
「僕も……」
「雨の日は俺がエスコート役の筈だ」
続こうとした命は狐乃に睨まれ、中腰のままで固まった。
確かに雨の日は狐乃が付き添いの約束をしている。
彼のフェラーリではなく悟狸の軽トラを借りる約束で。
「確か悟狸さんの軽トラックで行くって話しよね、運転は大丈夫なの?」
最低限の家具、家電など、命には必要な物が足りていない。
下着は自分で洗っていたが、衣類は持ち帰って蓮美が洗濯をしていた。
所は異世界なので商品を購入しても届けてはもらえない。
洗濯機であろうと自力で運ぶしかなく、ちょうどいいのが悟狸の軽トラである。
「愛に障壁はつきものです、乗り越えて、乗りこなしてみせますよ」
「いや運転の話しよ」
的外れな返事に和兎はイラつきを隠せない。
「蓮美さん……」
珍しく命が気弱になる。
「狐乃さん、命君の生活用品も買う約束は守ってもらえますよね?」
「もちろん」
買い揃える日をいつにするか決めかねていたが、それが今日らしい。
「生活周りが整えば毎日が変わるよ、命君は楽しみに待ってて」
「……はい」
命は駄々をこねずイスに座りなおす。
和兎が言っていたように、彼なりに大人に近づいているのかもしれない。
購入代金は所が立て替え、経費が入った封筒を預かった。
「悟狸さん、トラックをお借りします」
「うん、気を付けてね」
キーを預かり、備えの傘を持って狐乃と駐車場へと向かう。
「……」
この時。
命は校庭の二人に視線を向けていた。
一抹の寂しさを感じながら。
「慣れない車を運転するのってカンがいるけど俺の腕前なら問題ないよ」
などとアニキはぶっこいたが。
「……」
「狐乃さん……」
「……」
「狐乃さん?」
「あ、うん?」
錆(さび)の浮いた古い軽トラを前に乗り込むか迷っている。
彼の美意識が試されていた。
「乗ろうか」
クールに微笑み助手席側へと周る。
「どうぞ」
鍵を開け、扉を開いて紳士な振る舞いを見せたが、畳んだブルーシートとロープが座席に置かれていた。
「……」
狐乃が肩を震わせプルプルする。
前は荷台に乗っていたが悟狸が移動させていたようだ。
「シートとロープは足元に置いておきますから」
「わ、悪いね……」
ピンと張った耳が力なく垂れる。
気にせず蓮美は助手席に乗り込んだが。
狭い。
一応はトラックなので余裕があるかと思っていた。
乗り込んだ狐乃も据わりが悪いのか、座席を傾ける。
「ちょっと狭いね」
シトラスの香水が間近で香った。
シートベルトを締めてキーを差すとエンジンが動き出す。
駐車場の屋根から離れると、フロントガラスの水滴をワイパーが拭き取っていった。
「狐乃さん、スーパーの場所は知っていますか?」
車内にカーナビが付いていない。
「駅の近くだよね、通った事があるから」
場所の案内は問題ないみたいだ。
「!」
門を出ると運転席が光り、美青年が現れる。
人間の狐乃を見るのはホストクラブに連れていかれて以来だ。
「一応は安全運転でね」
異世界なので猫の子一匹いないが、ハンドルを切りながら慎重に前に進む。
所から離れると雨足が早まりだした。
「帰りは小雨だといいんですが……」
「……うん」
近すぎて呼吸音まで聞こえそうな気がする。
蓮美は正面を見ずにできるだけ斜め前を向いた。
「あのさ」
狐乃が運転しながら口を開く。
「……はい」
「次の週末に出かけない?」
誘いがあるとはあらかじめ予想していた。
「入所したてで覚える事も沢山ありますし、今はご遠慮します。すみません……」
「……そっか」
やっぱりダメか、と苦笑いをする。
「残念だな」
抑えたスピードで走りながら、異世界出口にある道祖神の横を通り過ぎようとした。
過ぎる寸前だったのだが。
「……っ」
狐乃がハンドルを握ったまま突っ伏した。
トラックが止まり、無言のまま体を丸める。
「狐乃さん?」
プライドからして軽トラの乗車に不安を感じていたが、体調を崩す程に耐えられなかったのだろうか。
「気分が…」
「……今まで女性に」
言葉を遮って伏せたまま唸るように話す。
「あしらわれた事はなくてね、誘いを断られても譲る事はしなかった」
アプローチをかわしてきたのがしゃくに触ったのか。
まさかここでそんな事を言われるとは思いもしなかった。
「ですが知り合ってから間もないのに……」
「悪いようにはしないよ」
ハンドルから顔を上げてこちらを見た。
瞳が。
弧を描いていた。
獣の視線が正面から捉える。
獲物を狙うような鋭さを秘めて。
「俺と付き合ってみない?」
何を言い出すのかと思う。
前の誘いで性格は理解したつもりでいたが、こんな展開になるとは。
「無理です」
「人間じゃないから?」
「それもありますが……」
「男として見れない?」
一癖あるが、狐乃は悪い人物ではないとは思う。
ただ、狐である事を差し置いても富を持つ者には人が集まる。
狐乃が人間側と関わりがあるのなら、スペック高めな彼を女性が放っておくとは思えない。
華やかな彼とは釣り合わないなど、受け入れられない理由は多く、初めから明白だ。
誘いは社交辞令として受け止めるのが最善だと割り切っている。
「見れないなら見れるように努力はするよ」
今回は引く気がないらしかった。
ワイパーが無機質な動きを繰り返し、ポツポツと雨音だけが響く。
話しても無理ならトラックを降りて歩こうかと、傘に手を伸ばそうとして。
「電話……」
ポケットのスマホが鳴った。
画面には非通知の表示。
相手は忘れたが、どこかで出た気がする。
警戒しながら受話ボタンを押してみた。
「僕でぇえええ~すっ、僕でぇえええ~すっ!」
命の声だ。
そうだった、狐乃の店で着信に出ている。
電波が操れるとかで。
「ちっ」
狐乃が舌打ちをした。
「さっきからあぁっ、二人が移動してないんですよねえぇっ、何してるんですかあぁあっ!」
命は対象相手のスマホから位置情報を確認できる。
外出に素直だと思ったらこういう切り札があったか。
「今から向かうところだよ」
「本当ですかあっ、なら早く行ってくださいよおっ、狐乃さぁんっ!」
止まっているのは狐乃の仕業だと気づかれていた。
「くそっ」
アクセルを踏んで異世界から出る。
「二人とも早く帰ってきてくださいよっ!」
言いたい事だけ伝えて通話は切れた。
恐るべし、リアルタイムで位置がわかるらしい。
だが助かった。
狐乃は道を睨んで運転を続けたが、蓮美は少しだけ命の力を怖く感じた。
感情に任せ、本気を出せばあらゆるシステムを乗っ取れるのではと。
社会の歯車を止める、正体不明のバグのように。
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