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七章
52/獣の見る夢
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スマホの着信音が五分以上鳴り続けている。
「でんわぁ……」
ベッドから手を伸ばして辺りを探った。
電話がかけられたのは狐乃の店のスタッフ、霧人(きりと)である。
前日にイベントがあり、裏方で奔走した彼は自室のアパートで寝ていた。
「どこらぁ……?」
狐ホストの世界にも売れる、売れないの差があり、霧人は後者にあたる。
酒の銘柄が覚えられず、客の名前を間違えては注意を受けた。
マナー不足に営業忘れと客商売には不向きだが、その分憎めない性格を狐乃が買っている。
そんな霧人に狐乃が連絡をしたのだ。
「狐乃さんら……」
スマホを掴み、横になったままスマホを耳にあてる。
「狐乃さん、なんれすか……」
「すぐ来い」
「……どこへれすか?」
以前呼び出した公園の駅近く、ファミリーストアを指定された。
「電車より店の車が早いれすね……」
「もう一人連れて秒で来い」
二人きりでウキウキしていたのに、命に釘を刺されてイライラしている。
「スマホは置いてこい、絶対にだ」
「なんれれすか……?」
返事もないままブツリと切られた。
毎回ではないが、狐乃の機嫌が悪いのはよくあるし知っている。
「暇なヤツ探さないと……」
寝ぼけ眼(まなこ)で起き上がると、脱ぎ散らかした服から着替えを探した。
それから十五分後。
場所は変わり。
「ね、都内で話題なんだけど興味ない?」
狐乃と蓮美は一階のフードコートでお茶をしている。
デートに誘うための理由をつけて狐乃がおしゃべりをしていたからだ。
さっきの事など記憶の彼方、彼のハートはナマコ並に再生能力が高い。
「狐乃さん、時間もないので……」
「肩に力を入れすぎだって、仕事を早めに切り上げて週末に行ってみない?」
興味の対象が動物の彼女に流行りはなかなか通じなかった。
皮肉にも狐乃は動物保護に関心を寄せてはいるが、慈善を匂わせるのはダサい気がして話そうとはしない。
近いようで遠い男女がテーブル越しにすれ違う。
「そろそろ行きましょう」
ドリンクを空にして蓮美が席を立つと。
「狐乃さん」
男達が小走りで駆けてきた。
霧人と琉星だ。
「やっと来たか」
思いがけず現れたコンビに蓮美は疑問符が浮かぶ。
「来たかじゃないです。スマホは置いてこさせるし、どこにいるか教えてくれないと」
琉星が控えめに抗議をしてから蓮美に気が付いた。
「蓮美ちゃん、久しぶり」
「霧人さんと琉星さんがどうして?」
霧人が蓮美に近づくと、狐乃が間に割って入る。
「あっ、えーと、俺らを呼んだのはなんでですか?」
揃って恐々狐乃に聞いた。
「公園で会ったアイツ、命だ。アイツの生活品を買い揃えるから手伝え。選ぶのも任せる」
さっきまで狐乃は電話をしていた。
二人を呼び出す目的で、待つまで粘っていたと納得できたが行動が読みにくい。
「わかりました」
琉星は言われるままに引き受けた。
命と狐乃の仲は好き嫌いで片付けられる程に簡単な関わりではない。
神と眷属、従える者と仕える者であり、プライドの高い彼が一歩引かなければいけない相手。
それが命なのだと理解していた。
「洲汪さん経由で挨拶はしておけって連絡が来たから、教えられたあいつのアドレスにメール送ったんすけど」
「命君にですか?」
霧人はさらっと言ったが、蓮美は驚いた。
珍しい事なのに本人からは聞いていない。
いつの時かと尋ねると、マガツカミの件で所を留守にしていた時だと教えられた。
「番号教えてないのに非通知で着信きたもんだから、怖くて切りました」
「俺も。何度もかかるし出てみたら、僕だよ、僕僕、僕だけどっ、て。呼びかけが独特すぎて新手の詐欺かと思いました……」
事件だ、犯罪だと怯えるので落ち着けと狐乃がたしなめる。
「アイツ自身が電話みたいなもんだからだ。通信情報で逆探知みたいなマネもできるから、番号探ってかけたんだろ」
「……逆探知ですか?」
「電話?」
要領を得ない琉星と霧人は聞き返す。
「スマホを持ってないんだ、かける必要がないからな」
位置情報を取られるのでスマホを置いてこさせた事も含め、命の特性を説明してやった。
「頭ん中で話してるんだ、口で話さなくても色んな回線を拾えるから声を出さずに会話ができる。テレパシーみたいなもんか」
「へー……」
「はぁー……」
SFみたいですね。
漫画みたいだと感心する。
「凄いですね、使い方によれば便利っていうか……」
「……能力が神っつーか、超人みたいすね」
家電を操作する力は知っていたが、会話もできるとは蓮美も知らなかった。
「その後は?」
「連絡してないです……」
「なんか怖くて……」
あまりにビクつくのでだらしねぇなと狐乃は嘆く。
「ビビんなよ。世間に無関心なアイツがわざわざ電話したなら、それだけお前らに興味があるって事だ。神の相手なんて名誉な事だ、面倒がらずに連絡してやれ」
「……え」
「……あ、えー」
いずれまた、まぁそのうちにでもと濁しながら承諾した。
「で、買うにしてもどこで買えば、食べる物?」
霧人がキョロキョロと店内を見回す。
「まずは服をしまう物とか……」
命の生活環境を蓮美が話すと琉星が同情した。
「ほとんど何もない中で暮らしてたんだ、あの神……」
「人の扱いでいい、能力は神だが肉体は人間だ」
「神で人?」
理解が追い付かない霧人に狐乃は命の解説を加える。
食事をして眠る事、常人より強靭だが生体は人である事。
近年現れたバグが社会を停止させ、混乱を治める為に人知れず戦っている事。
所では神とは呼んでいない事。
「日常ではめんどくさいだろ、神は柱という表現で数えるが一柱(ひとはしら)とか。かしこまった席なら別だがな」
「神って柱って数えるんすか?」
知らなかったかと狐乃は頭をかいた。
「洲王に教育を任せきりなのもいけなかったな、暇な時に学びの場でも設けるか……」
ここで流星が狐乃さん、霧人、と会話を止める。
「立ち話しの続きはうちの店にして、売り場に移動しませんか?」
講義は改めてと三人をエスカレーターに誘った。
「確かに目立つしな」
「客も増えてきましたしね」
時間が経っていたので琉星の機転に助けられる。
蓮美と目が合うと彼が手首をポンポンと叩き、ニッと笑った。
接客の腕前を見せてくれたらしい。
笑みを返してレーンに乗り込むと、来てくれた礼を二人に伝えた。
「いいよ、暇だったし」
「買うの決めて順に周っていこう」
大きな品から購入して、後からまとめて運び出す事にする。
吟味に時間がかかる洗濯機は最後にし、服をしまう箪笥(たんす)をまず探した。
「ぎゅっと集約した店が多いな」
「ローカル感があって俺は好きかも」
霧人、琉星が家具売り場を回り、後ろを狐乃と蓮美がついて歩く。
数点チェックしていると。
「これ良くないか?」
「いいな」
選ぼうとしたのは四段の収納ケースだったが、狐乃がおいおいと声をかけた。
「木でできていないぞ?」
手に取ったのはありふれたプラスチック製の品だ。
「始めは安価な方がいいと思うんですよ」
「俺んちの部屋だと狭いんで、似たの使ってますけど」
「……そういうもんか」
あっさり返され、狐乃は意外な顔をする。
木製でなければ問題があるのかと聞いてみた。
「俺らは植物でできたのを好むんだけどね、世代の違いかな?」
匂いとかね、と、鼻を寄せてスンスン嗅いでみせる。
「違いなんてあります?」
霧人も身を近づけて並んで鼻を鳴らした。
「人前です狐乃さん、霧人も」
琉星はつられずに商品説明のシールを確認する。
ケースのキャスターをゴロゴロ転がして使い具合を試してくれた。
シャツ、ズボンなど別用に三台購入し、小物をしまうおくサイドチェストも購入していく。
「いいのがあったな」
「次はどうする?」
命は犬威のお下がりであるサンダルとスニーカーしか持っていない。
足のサイズを伝え、売り場で探し始めると狐乃のスマホが鳴った。
「洲汪からメールだ」
少し離れると言い残して店の外へと出ていく。
出ていくのを見届けて、ねえねえ、と琉星と霧人は声をひそめた。
「狐乃さんて日頃どんな感じ?」
「普段の過ごし方を俺ら知らないし」
ヒソヒソしながら狐乃をチラ見する。
「忙しい感じはしてない?」
「無駄にオラオラしてるとか」
所ではないと答えると。
「猫かぶってんだな……」
「猫じゃなくて狐だ、化かされてんだ……」
そんなに差があるのかと、逆に聞いてみた。
「うーん……」
「考えたらギャップがあるかもな」
捨て猫や捨て犬がいたら里親探しをし、夜店の捨てられた金魚を拾って育てていた事。
化け方は一人一人手ほどきし、上達するまで付き合ってくれた事。
面倒見はよく、意外にも寂しがりやなのだとか。
「酒が入ると大小問わず夢持てって語られるよな」
「俺は狐なの忘れてねーかなって思いながら聞いてる」
内輪の話題に花が咲き、仕事以外は泥臭い日常を送っていると愚痴をこぼす。
服の概念が薄く、下着の前後が逆だったり、靴下の裏表を間違えて履いている事。
夏にそうめん祭りを打ち上げでするが、余っためんつゆが店の冷蔵庫で保管されて麦茶と間違える事。
「しかも2リットルの麦茶でラベルを剝がしてないんだよ、悪意がある」
「あれって誰が仕掛けてんだろな」
やらかしたイタズラや失敗に冗談を混じえ、笑う彼らに思わずつられた。
「人間みたいですね」
「……人間みたい?」
途端に霧人が視線を逸らす。
言葉の意味に気が付いて、黙った蓮美を琉星が気にした。
「どうかした?」
「……すみません」
悪気はなかったが謝る言葉が先に出る。
彼らが好きで化けている訳ではなく、生きる手段なのだ。
それを忘れていた。
「なんで謝るの?」
店のスタッフが住処を追われたり、マガツカミと因縁があるのを知っている。
うかつに人間みたいだと口走ったのを詫びた。
「そっか、聞いてるんだ」
琉星は受け流したが、霧人は靴の値札をいじって俯く。
「……俺」
何か言おうと落ち着かないそぶりをみて琉星が背中を叩いた。
「なんだよ」
「恨みとかはないんだけど……」
言いにくいものの、話したげに蓮美を見つめると、琉星が理由を察する。
「蓮美ちゃんの前ならいいだろ、疑問があるなら話しとけって」
仲間内の生い立ちは知っているものの、彼らなりの消化できない感情があり、狐乃にも言いづらい事情があるのだそうだ。
特に人間に対する考えや主張だと。
構わないので聞かせてほしいと彼女は促した。
「俺、チビの頃に家族とはぐれたんだけど、人間が食べ物くれるから食い物に困った事がなくて……」
「……捕まっていたんですか?」
「違う、住んでた近くが観光地だったんだ。今はさびれてないんだけど……」
国内で野生動物へのエサやりは本来禁止されている。
病原に感染する理由や人里に現れれば害獣となるからだ。
「最初は客寄せみたいに人が集まったんだけど、子供に噛みつくと危ないからって追い払われるようになって……」
人目を忍び、夕暮れに現れると野犬と間違われ石を投げられたらしい。
「犬とか猫がいる家のペットフードで食いつないでたんだけど、気付いたら狩りの仕方も忘れてた。間抜けだろ?」
人に限らず、動物の生存率や群れでの立ち位置は育った状況が反映されもする。
飼育下から野生で適応できる個体もいれば、短命を避けられないものもいるのだ。
環境ばかりが生き物の命を脅かす訳ではなく、人間の気まぐれも大いに関係している。
「頻繁にやってたら警戒されたみたいで、盗み食いもできなくなって。腹が減って動けないって時に狐乃さんが現れたんだ。こっちの世界も大変だけど、化けて食ってくのを教わって……」
空気読めねーし、頭悪いしと続け、困った顔をした。
「人間は好きでも嫌いでもないから、人間みたいかはわかんねーけど。そもそも夢って意味わかんねーし……」
「人間目指す必要ないだろ」
また琉星がバンと背中を叩く。
「狐乃さんの夢は生き抜く支えっていうか、這い上がってく野心を言ってるんだと俺は思う。人間みたいになれって意味じゃねーよ」
スニーカーを一足手に取り、これにするかと笑顔をみせた。
「化かすにも限度があるのに無茶ばっか言うよ、わかっててついてく俺らもバカだけど」
「……そうだな」
買う靴を決め、代金を支払うところで狐乃が戻ってくる。
「ん?」
ニヤついていたので、陰口言ってただろと問い詰めた。
「違います」
「狐乃さんの偉大さを語ってました」
「嘘だよね蓮美ちゃん?」
「本当ですよ」
キッパリ言い放つと、霧人と琉星は楽しそうに笑いあう。
息の合った兄弟のように。
「でんわぁ……」
ベッドから手を伸ばして辺りを探った。
電話がかけられたのは狐乃の店のスタッフ、霧人(きりと)である。
前日にイベントがあり、裏方で奔走した彼は自室のアパートで寝ていた。
「どこらぁ……?」
狐ホストの世界にも売れる、売れないの差があり、霧人は後者にあたる。
酒の銘柄が覚えられず、客の名前を間違えては注意を受けた。
マナー不足に営業忘れと客商売には不向きだが、その分憎めない性格を狐乃が買っている。
そんな霧人に狐乃が連絡をしたのだ。
「狐乃さんら……」
スマホを掴み、横になったままスマホを耳にあてる。
「狐乃さん、なんれすか……」
「すぐ来い」
「……どこへれすか?」
以前呼び出した公園の駅近く、ファミリーストアを指定された。
「電車より店の車が早いれすね……」
「もう一人連れて秒で来い」
二人きりでウキウキしていたのに、命に釘を刺されてイライラしている。
「スマホは置いてこい、絶対にだ」
「なんれれすか……?」
返事もないままブツリと切られた。
毎回ではないが、狐乃の機嫌が悪いのはよくあるし知っている。
「暇なヤツ探さないと……」
寝ぼけ眼(まなこ)で起き上がると、脱ぎ散らかした服から着替えを探した。
それから十五分後。
場所は変わり。
「ね、都内で話題なんだけど興味ない?」
狐乃と蓮美は一階のフードコートでお茶をしている。
デートに誘うための理由をつけて狐乃がおしゃべりをしていたからだ。
さっきの事など記憶の彼方、彼のハートはナマコ並に再生能力が高い。
「狐乃さん、時間もないので……」
「肩に力を入れすぎだって、仕事を早めに切り上げて週末に行ってみない?」
興味の対象が動物の彼女に流行りはなかなか通じなかった。
皮肉にも狐乃は動物保護に関心を寄せてはいるが、慈善を匂わせるのはダサい気がして話そうとはしない。
近いようで遠い男女がテーブル越しにすれ違う。
「そろそろ行きましょう」
ドリンクを空にして蓮美が席を立つと。
「狐乃さん」
男達が小走りで駆けてきた。
霧人と琉星だ。
「やっと来たか」
思いがけず現れたコンビに蓮美は疑問符が浮かぶ。
「来たかじゃないです。スマホは置いてこさせるし、どこにいるか教えてくれないと」
琉星が控えめに抗議をしてから蓮美に気が付いた。
「蓮美ちゃん、久しぶり」
「霧人さんと琉星さんがどうして?」
霧人が蓮美に近づくと、狐乃が間に割って入る。
「あっ、えーと、俺らを呼んだのはなんでですか?」
揃って恐々狐乃に聞いた。
「公園で会ったアイツ、命だ。アイツの生活品を買い揃えるから手伝え。選ぶのも任せる」
さっきまで狐乃は電話をしていた。
二人を呼び出す目的で、待つまで粘っていたと納得できたが行動が読みにくい。
「わかりました」
琉星は言われるままに引き受けた。
命と狐乃の仲は好き嫌いで片付けられる程に簡単な関わりではない。
神と眷属、従える者と仕える者であり、プライドの高い彼が一歩引かなければいけない相手。
それが命なのだと理解していた。
「洲汪さん経由で挨拶はしておけって連絡が来たから、教えられたあいつのアドレスにメール送ったんすけど」
「命君にですか?」
霧人はさらっと言ったが、蓮美は驚いた。
珍しい事なのに本人からは聞いていない。
いつの時かと尋ねると、マガツカミの件で所を留守にしていた時だと教えられた。
「番号教えてないのに非通知で着信きたもんだから、怖くて切りました」
「俺も。何度もかかるし出てみたら、僕だよ、僕僕、僕だけどっ、て。呼びかけが独特すぎて新手の詐欺かと思いました……」
事件だ、犯罪だと怯えるので落ち着けと狐乃がたしなめる。
「アイツ自身が電話みたいなもんだからだ。通信情報で逆探知みたいなマネもできるから、番号探ってかけたんだろ」
「……逆探知ですか?」
「電話?」
要領を得ない琉星と霧人は聞き返す。
「スマホを持ってないんだ、かける必要がないからな」
位置情報を取られるのでスマホを置いてこさせた事も含め、命の特性を説明してやった。
「頭ん中で話してるんだ、口で話さなくても色んな回線を拾えるから声を出さずに会話ができる。テレパシーみたいなもんか」
「へー……」
「はぁー……」
SFみたいですね。
漫画みたいだと感心する。
「凄いですね、使い方によれば便利っていうか……」
「……能力が神っつーか、超人みたいすね」
家電を操作する力は知っていたが、会話もできるとは蓮美も知らなかった。
「その後は?」
「連絡してないです……」
「なんか怖くて……」
あまりにビクつくのでだらしねぇなと狐乃は嘆く。
「ビビんなよ。世間に無関心なアイツがわざわざ電話したなら、それだけお前らに興味があるって事だ。神の相手なんて名誉な事だ、面倒がらずに連絡してやれ」
「……え」
「……あ、えー」
いずれまた、まぁそのうちにでもと濁しながら承諾した。
「で、買うにしてもどこで買えば、食べる物?」
霧人がキョロキョロと店内を見回す。
「まずは服をしまう物とか……」
命の生活環境を蓮美が話すと琉星が同情した。
「ほとんど何もない中で暮らしてたんだ、あの神……」
「人の扱いでいい、能力は神だが肉体は人間だ」
「神で人?」
理解が追い付かない霧人に狐乃は命の解説を加える。
食事をして眠る事、常人より強靭だが生体は人である事。
近年現れたバグが社会を停止させ、混乱を治める為に人知れず戦っている事。
所では神とは呼んでいない事。
「日常ではめんどくさいだろ、神は柱という表現で数えるが一柱(ひとはしら)とか。かしこまった席なら別だがな」
「神って柱って数えるんすか?」
知らなかったかと狐乃は頭をかいた。
「洲王に教育を任せきりなのもいけなかったな、暇な時に学びの場でも設けるか……」
ここで流星が狐乃さん、霧人、と会話を止める。
「立ち話しの続きはうちの店にして、売り場に移動しませんか?」
講義は改めてと三人をエスカレーターに誘った。
「確かに目立つしな」
「客も増えてきましたしね」
時間が経っていたので琉星の機転に助けられる。
蓮美と目が合うと彼が手首をポンポンと叩き、ニッと笑った。
接客の腕前を見せてくれたらしい。
笑みを返してレーンに乗り込むと、来てくれた礼を二人に伝えた。
「いいよ、暇だったし」
「買うの決めて順に周っていこう」
大きな品から購入して、後からまとめて運び出す事にする。
吟味に時間がかかる洗濯機は最後にし、服をしまう箪笥(たんす)をまず探した。
「ぎゅっと集約した店が多いな」
「ローカル感があって俺は好きかも」
霧人、琉星が家具売り場を回り、後ろを狐乃と蓮美がついて歩く。
数点チェックしていると。
「これ良くないか?」
「いいな」
選ぼうとしたのは四段の収納ケースだったが、狐乃がおいおいと声をかけた。
「木でできていないぞ?」
手に取ったのはありふれたプラスチック製の品だ。
「始めは安価な方がいいと思うんですよ」
「俺んちの部屋だと狭いんで、似たの使ってますけど」
「……そういうもんか」
あっさり返され、狐乃は意外な顔をする。
木製でなければ問題があるのかと聞いてみた。
「俺らは植物でできたのを好むんだけどね、世代の違いかな?」
匂いとかね、と、鼻を寄せてスンスン嗅いでみせる。
「違いなんてあります?」
霧人も身を近づけて並んで鼻を鳴らした。
「人前です狐乃さん、霧人も」
琉星はつられずに商品説明のシールを確認する。
ケースのキャスターをゴロゴロ転がして使い具合を試してくれた。
シャツ、ズボンなど別用に三台購入し、小物をしまうおくサイドチェストも購入していく。
「いいのがあったな」
「次はどうする?」
命は犬威のお下がりであるサンダルとスニーカーしか持っていない。
足のサイズを伝え、売り場で探し始めると狐乃のスマホが鳴った。
「洲汪からメールだ」
少し離れると言い残して店の外へと出ていく。
出ていくのを見届けて、ねえねえ、と琉星と霧人は声をひそめた。
「狐乃さんて日頃どんな感じ?」
「普段の過ごし方を俺ら知らないし」
ヒソヒソしながら狐乃をチラ見する。
「忙しい感じはしてない?」
「無駄にオラオラしてるとか」
所ではないと答えると。
「猫かぶってんだな……」
「猫じゃなくて狐だ、化かされてんだ……」
そんなに差があるのかと、逆に聞いてみた。
「うーん……」
「考えたらギャップがあるかもな」
捨て猫や捨て犬がいたら里親探しをし、夜店の捨てられた金魚を拾って育てていた事。
化け方は一人一人手ほどきし、上達するまで付き合ってくれた事。
面倒見はよく、意外にも寂しがりやなのだとか。
「酒が入ると大小問わず夢持てって語られるよな」
「俺は狐なの忘れてねーかなって思いながら聞いてる」
内輪の話題に花が咲き、仕事以外は泥臭い日常を送っていると愚痴をこぼす。
服の概念が薄く、下着の前後が逆だったり、靴下の裏表を間違えて履いている事。
夏にそうめん祭りを打ち上げでするが、余っためんつゆが店の冷蔵庫で保管されて麦茶と間違える事。
「しかも2リットルの麦茶でラベルを剝がしてないんだよ、悪意がある」
「あれって誰が仕掛けてんだろな」
やらかしたイタズラや失敗に冗談を混じえ、笑う彼らに思わずつられた。
「人間みたいですね」
「……人間みたい?」
途端に霧人が視線を逸らす。
言葉の意味に気が付いて、黙った蓮美を琉星が気にした。
「どうかした?」
「……すみません」
悪気はなかったが謝る言葉が先に出る。
彼らが好きで化けている訳ではなく、生きる手段なのだ。
それを忘れていた。
「なんで謝るの?」
店のスタッフが住処を追われたり、マガツカミと因縁があるのを知っている。
うかつに人間みたいだと口走ったのを詫びた。
「そっか、聞いてるんだ」
琉星は受け流したが、霧人は靴の値札をいじって俯く。
「……俺」
何か言おうと落ち着かないそぶりをみて琉星が背中を叩いた。
「なんだよ」
「恨みとかはないんだけど……」
言いにくいものの、話したげに蓮美を見つめると、琉星が理由を察する。
「蓮美ちゃんの前ならいいだろ、疑問があるなら話しとけって」
仲間内の生い立ちは知っているものの、彼らなりの消化できない感情があり、狐乃にも言いづらい事情があるのだそうだ。
特に人間に対する考えや主張だと。
構わないので聞かせてほしいと彼女は促した。
「俺、チビの頃に家族とはぐれたんだけど、人間が食べ物くれるから食い物に困った事がなくて……」
「……捕まっていたんですか?」
「違う、住んでた近くが観光地だったんだ。今はさびれてないんだけど……」
国内で野生動物へのエサやりは本来禁止されている。
病原に感染する理由や人里に現れれば害獣となるからだ。
「最初は客寄せみたいに人が集まったんだけど、子供に噛みつくと危ないからって追い払われるようになって……」
人目を忍び、夕暮れに現れると野犬と間違われ石を投げられたらしい。
「犬とか猫がいる家のペットフードで食いつないでたんだけど、気付いたら狩りの仕方も忘れてた。間抜けだろ?」
人に限らず、動物の生存率や群れでの立ち位置は育った状況が反映されもする。
飼育下から野生で適応できる個体もいれば、短命を避けられないものもいるのだ。
環境ばかりが生き物の命を脅かす訳ではなく、人間の気まぐれも大いに関係している。
「頻繁にやってたら警戒されたみたいで、盗み食いもできなくなって。腹が減って動けないって時に狐乃さんが現れたんだ。こっちの世界も大変だけど、化けて食ってくのを教わって……」
空気読めねーし、頭悪いしと続け、困った顔をした。
「人間は好きでも嫌いでもないから、人間みたいかはわかんねーけど。そもそも夢って意味わかんねーし……」
「人間目指す必要ないだろ」
また琉星がバンと背中を叩く。
「狐乃さんの夢は生き抜く支えっていうか、這い上がってく野心を言ってるんだと俺は思う。人間みたいになれって意味じゃねーよ」
スニーカーを一足手に取り、これにするかと笑顔をみせた。
「化かすにも限度があるのに無茶ばっか言うよ、わかっててついてく俺らもバカだけど」
「……そうだな」
買う靴を決め、代金を支払うところで狐乃が戻ってくる。
「ん?」
ニヤついていたので、陰口言ってただろと問い詰めた。
「違います」
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