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その公爵嫡男、美しい
しおりを挟むわたくしは思い出した。陛下はこの男の言うことを何でも叶えると言うことを。それが例えどんな無茶振りであったとしても。
思わず絶句してしまったわたくしを男は得意気に見て部屋の入り口に立っている護衛騎士を見る。
「護衛も遠くから付くだけで自由に行動出来る」
その無邪気に笑う綺麗な顔に裁縫用の棒を突き刺したくなった。きっとこの男護衛を巻いて完全に自由になる気よ。絶対に逃げる気よ。
陛下のこの男への寛容さはどこまでお広いの!?と思いながら男を睨んだ。
「どうぞお一人で!」
「つれないなぁ俺の婚約者は」
「わたくしはご遠慮します!」
「それが父上からの許可には条件があるんだ」
「……嫌な予感ですわね」
「君と一緒ならって。勅令だな」
陛下!!!と叫ばずにはいられなかった。
* * *
はぁ、とわたくしはため息を吐いて男の部屋から馬車まで城の中を歩いていた。わたくしから漂う悲愴感に後ろでメイドや護衛達が戸惑っているのが分かるけれど、今は気を使う余裕もない。
貴族しか入ることのできないエリアを歩いている為、わたくしのようにお付の者をゾロゾロと連れて歩いている貴族たちとすれ違う。笑顔を浮かべて置かねばならず、それすらも憂鬱な気を誘った。
結局わたくしはパレードの日に王子と市井で見物することを押し切られてしまい、市民の服を調達する羽目になった。……何か問題が起こったらどうしましょう。ネジが三本ほどしか残っていない楽観的な王子は、碌に剣の腕もないくせに護衛を巻く気でいらっしゃるし。気分は心中だ。
また口の中でこっそりと息を吐いて馬車まであと少し、の距離を歩いていた時。
前から護衛も連れず一人で歩いてくる男に、あらと思った。
あちらもわたくしのことに気付いたようで、わたくしは裾が広がっている淡い紫のドレスを掴んで礼を取った。
「ご機嫌よう、お久しぶりですシャルド様」
「やぁシェリシア嬢。奇遇だね。今日も相変わらず美しい」
この方は公爵家嫡男の、通称氷の貴公子と呼ばれているシャルド様。この国には珍しい黒髪黒目をなさっている。黒髪は闇の深淵のように深く綺麗で、目も一度合ってしまうとどこまでも続く底が気になってしまってなかなか逸らすことができない。切れ長の大きな目元にあるホクロがシャルド様の色気を引き立て、黒豹のようなしなやかさは多くの目を惹き付ける。
つまりかなりの端正な容姿をお持ちの方なのだ。そしてどこかの馬鹿王子と違って、次期宰相として一目も二目も置かれる程知的で聡明な方だ。
よく夜会で一緒になることが多いので、会ったらこうして声を掛けて下さる。
「……そうだ、アルートは見掛けなかった?」
「……アルベルト殿下を?いいえ、わたくしはお会いしておりませんが…」
シャルド様は殿下の側近だ。一人でいるところを見ると殿下を探していらっしゃるよう。
いなくなっちゃったんだよねー、とシャルド様は肩をすくめてその美貌でわたくしをチラリと見て笑った。
……氷の貴公子なんて呼ばれていらっしゃるけれど、シャルド様はとても魅力的に笑う。それはもう艷やかに。思わず見惚れ掛けたわたくしは内心で自分を叱責して、口元を引き上げた。
「……そう。ありがとう。それでは俺はこれで失礼するよ。また夜会でね、シェリシア嬢」
はい、と答えたわたくしにシャルド様は笑みを浮かべてわたくしが来た道を颯爽と歩いて行った。
その様子を見送りながら小さく息を吐く。……あの呑み込まれそうなオーラは流石ですわね。
「……帰りましょう」
そう誰にでもなく呟いて、わたくしも馬車へ乗るため踵を返した。
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