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その父、冷酷
しおりを挟む家庭教師のレッスンも無事終わり、何もやることが無い為読書にでも励もうかと思案していたとある夕刻。
「……失礼致しますお嬢様。旦那様がお呼びです」
「……お父様が?」
わたくしは執事に連れられ、お父様の書斎へと出向いていた。この際のことだ。はっきりと言おう。わたくし、お父様が大の苦手だ。
なぜなら……
「……最近アンリ様の様子はどうだ?」
大きな一人掛用の椅子に座ってわたくしを見下ろすお父様には、散々幼い頃からトラウマを植え付けられているからである。
低い抑揚のない声に心臓が空回る音を聞きながら、平然を装ってわたくしは笑みを浮かべる。いつも完璧な笑みを心掛けているけれど、きっと今は盛大に顔を引きつらせているだろう。頬が全く動かない。
「……特に、変わったことは御座いません」
表情を作るどころか、まともに喋ることさえ出来ない。思いっきり声が震えてしまい、内心あ~れ~!と倒れてしまいたい衝動に駆られた。
わたくしを値踏みするように向けられた視線に背筋は凍り、要件をさっさと言いつけてわたくしを解放してほしいと切に心の中で願う。お父様と対面して僅か数分でギブアップ。
お父様はわたくしの言葉に頷くことはもちろん、反応すらなさらない。無表情で固く口元は結ばれており、数週間ぶりに見るその美貌にわたくしの緊張はもうピークに達していた。
わたくしと同じ金色の瞳はわたくしよりも鮮やかで、わたくしと同じ銀色の髪はわたくしよりも気品がある。娘よりも圧倒的に美しいお姿をしているお父様だが、その見た目は怖さに拍車を掛けてしまっていた。お歳の分重ねた色気と、お歳の三倍ほどは重ねられた威圧感が更にわたくしの心臓を悪い意味で締め上げる。
せめて愛嬌のある髪の薄いどこにでも居そうな叔父様風貌であったらどれだけ心が休まることか。生憎、残念ながらお父様の髪はふさふさで生涯禿げる心配はなさそうだ。
いつまでも何も喋らないお父様のせいで、部屋に圧迫感が増していた。お父様の書斎はとても広くて立派だが、壁一面を覆う本棚の重圧な存在感にわたくしは簡単に押し潰されてしまう。
そうか…、とやっと口に出された言葉は重たい空気を切り裂き、その勢いでわたくしのメンタルまで切り裂いた。
「……アンリ様の動向にはくれぐれも気を向けておけ。何やら城が騒がしい」
お父様の言葉にわたくしは驚いた。全く表情は変わっていないと思うが、驚いた。……一体ダメ王子がなにをなさったと言うのだ。疑問ではなく嘆きに近いそれをわたくしは吐き出すすべもなく、辛うじて返事を絞り出す。お父様がわたくしを呼び出すなんて相当なことだ。……まさかアンリ様の駄目さがついに露呈した?
王族の一大事じゃない。
わたくしの心の内にはブリザードが吹き荒れ、わたくしの頭の中では鋭い角を持つ氷を王子目掛けて投げ飛ばして……いやね、そんな乱暴なこと致しませんわよおほほほほ。
どうやらお父様の話はこれで終わりらしく、わたくしは礼を取って静かにお父様の書斎を後にした。
部屋まで戻ると異様な音を立てて鳴っている心臓を抑え、よろよろとベッドへと向かう。わたくしの体力と精神力は見事に砕け散っていた。
「……はぁ」
ため息を吐いて一息つくと、じんわりと手に温かみを感じ、指先に血が巡っていなかったことに気付く。
……やっぱりお父様は苦手だわ、と思いながら明日の早朝に王子の元へ通うと意気込んだ。何もなければいいのだが。もし面倒なことになっていたらどうしましょう。
家令に指示を出して、ディナーを食べてもわたくしの気分は晴れなかった。
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