貴方に相応しいのはこのわたくし

双葉愛

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その侯爵令嬢、硝子の靴を鳴らす

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次の日。わたくしは朝一番に馬車に乗り込み、王城へと訪れていた。それは王子が何を仕出かしたのか確かめるためだ。


地面を踵の高い靴で踏みしめ、わたくしは意気込んで王子の自室を目指す。きらびやかな廊下にはふかふかのレッドカーペットが敷かれ、花瓶やら絵やら美しく飾り付けられているが、どれも今はわたくしの気を引くことはなかった。目指すは王子の元へ一直線よ。


王族が暮すエリアへと入ると一気に警護の騎士の人数は増え、王子の部屋の前となると仰々しい程の警備体制が敷かれている。この国の王族は暗殺の心配など一滴も滴らせることなく平和に過ごしているが、逆に戦争もない為騎士の仕事を増やす目的でこのようなことになっているのだ。


それなのに王子はこんな人数の目をどうやって掻い潜っているのだろうか。


……まさか窓から?なんて思いつつも、後ろに控えていた女官が戸を開けてくれたのでわたくしは部屋へ入った。



まず扉を開けるとそこに待ち構えているのは、流石王族と言った応接セット。美しい見惚れてしまうような装飾が成されたガラステーブルに、とても座り心地のよいソファーが四面を固めている。


その奥には執務用の机があり、背後の大きな窓ガラスから日差しが差し込み柔らかな空気を作っている。……やっぱり随分開放的な雰囲気よね…と思ったところで。肝心の王子がいないことにわたくしは気が付いた。


あら?


昨日のうちにわたくしの訪問を知らせていたので、出掛けている筈はないと思うけれど。


不思議に思って城に仕えている女官を振り向くと、女官は眉を下げて「……アンリ様はまだご就寝でいらして」と言った。



「就寝中?」



思わず声を上げてしまうと女官たちは申し訳なさそうに頭を下げた。……いや貴方達は悪くないのよ。


そしてその様子から、起こしても王子は起きなかったのだと察した。取り敢えず女官は下がらせて、さてどうしましょうかと息を吐いた。


まさか人並な生活習慣すら送っていないなんて。流石に頭に来る。


不敬罪で裁かれるならとっくに死刑で土のお仲間になっていると胸を張って言えるわたくしは、多少の無礼は気にせず王子の寝室へ乗り込もうかと思案した。


勢いよく扉を破ることが出来ないあたりに、微かにわたくしにも乙女心が残っているのだと感じた。まだ枯れてはいませんわよ!だが今は安心している場合ではない。



ちらりとこの部屋から続く一つの扉を見て、そこで寝ているだろう王子を思い浮かべる。いくら婚約者であろうとも流石に……と一歩控えめな乙女心と常識と、王子が寝呆けるなんてあり得ません!というわたくしの叫びが胸の中で背競り合う。



数秒間考えて出た結果は、婚約者を待たせるなんてそちらの方が駄目に決まっているという考えだ。つまり……



「王子、失礼致しますわね」



わたくしは躊躇なく、王子の寝室のドアを開けた。


初めて入った王子の寝室。まず目に入ったものは大きな寝室を占める、クィーンサイズ程もありそうなベッドだった。この部屋には大きな窓はついていないのに、柔らかな陽射しが差し込んでいるかのような錯覚に一瞬陥る。


何故なら……


金糸の髪を白いシーツに広げ、目を閉じて寝ている王子の姿があまりにも“王子様”だったからだ。


一瞬呼吸を忘れたわたくしは、慌てて呼吸を整え___一歩踏み出して王子に近付くことを躊躇する。胸が締め上げられているかのように激しく高鳴り、急に何も持っていない手を振り回してしまいたい衝動に駆られ、居ても立ってもいられず寝室から執務室へと飛び出した。


ギョッっとメイドたちが目を見開いたのが分かるが、わたくしは胸に手を当てて深呼吸をして、ソファーにあったクッションを掴みもう一度寝室へと挑む。


ガチャン、と扉が閉じる音が嫌に響き、わたくしはぎゅうっとクッションを胸にかき抱いた。


恐る恐る王子を見ると、まだ王子が起きる様子はなさそうだ。


無防備に晒されている為か、やけに透き通って見える肌や閉じられた瞼の長いまつげや淡い色の唇に、目が勝手に向いてしまいドグドグと心臓が騒がしくなる。


美貌だけは完璧な王子の寝顔は、もはや破壊的だと言ってよかった。


一歩わたくしが足を進める度に、コツンと鳴ってしまうヒールの音がわたくしの緊張を煽った。今日に限ってこんな靴履いてくるんじゃありませんでしたのに…!


しかしわたくしは王子を起こそうとしているのであって、ここでヒールの音で王子が起きる心配は無用だと気付いたら幾分かは落ち着けた。

 
そう起こすのよわたくし。こんな寝坊するような婚約者なんて叩き……おこ……す。


そう思って王子の顔を見る。……が、次の瞬間無理だと悟るとそのまま崩れ落ちたくなってしまった。


 
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