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その眠りの王子、耽美に翻弄
しおりを挟む……こうなんで寝ているだけなのにムンムンと色気を放っているのだろうか。広いベットは視界に収まり切ることはないため、一面真っ白な世界に王子が寝ているように見えてしまう。ここがどこかの神聖な教会で、その中でこの王子は睡眠に耽けているのでは……と思ったところで慌てて我に返った。
頭をブンブンと振って否定する。
ゆっくりと、それはもう正気であれば笑ってしまう程ゆっくり歩いているわたくしはとうとう王子の枕元にまで到達してしまった。
片手は胸元に、もう片手は頭の方へ放り出して上を向いて寝ている王子はそれはそれは無防備だ。夜着のボタンは2つ外されていて、胸元は大きく肌蹴ている。
時折何か夢を見ているのか、王子は苦しげに眉を顰めて切なく息を吐き出した。小さなスーツが擦れる音さえはっきりと聞こえてしまうこの部屋で、わたくしは視線を右往左往してどうすればいいのか分からずにいた。
起こすなんて無理!!!
美しいを通り越して神秘的だと感じる王子をどうやって起こせと言うのです!!
全く不本意ではあるが退散して王子が勝手に起きるのを待とう。そうよ。起こせないもの、仕方ないわ。
わたくしはそうと決めたからには__もう少し王子の寝顔を見ていたい気もするが__直ぐにこの部屋から出て行こうとした時。
「……ん…」
軽い服とシーツが擦れる音を立て、なんと王子がわたくしの方へ寝返りを打った。
「……っ!」
突然のことに驚き、体が強張る。
……起きた?
何だが犯した犯罪がバレてしまったような気に襲われながら王子の様子を伺うと、まだ寝息を立てていた。よかった。思わず安心して音もなく息を吐く。
……あぁ心臓に悪いわ。と、そんなことを思いながら一歩王子から距離を取るとコツンと靴の音が鳴った。
その音に背中を押されるようにわたくしは踵を返そうと___
した筈なのに。
パシリと腕を掴まれた冷たい感覚に、わたくしは驚く暇もなく強く引っ張られた。
「えっ、」
あまりにも突然のことに「キャッ」っと叫ぶことなんて出来ず、視界が大きく回り背中にバウンドと衝撃を感じる。
何が起こったから理解できなかったが、先程まで寝ていた筈の王子が楽し気に笑っている顔を見上げているということはそう言うことなのか。取り敢えずわたくしは辛うじて手に持っていたクッションを王子に投げた。
急に何ですの心臓が止まるかと思った…!
しかし王子は軽々とクッションを受け止め、ベッドに投げ出されたわたくしを笑みを浮かべたまま見下している。
「……おはよ」
「っ、起きてたんですの!?」
「いや?起きたら君がいるもんだから夢かと思って」
現実だったようだ、と王子は眠さを引きずりながら気怠げに口元を釣り上げた。その動作一つがあまりにも耽美的で芸術的で豊満な色気を含んでいて、目で追ってしまいそうになる自分を抑える。
夢と間違えてどうしてこんなことを!と思うものの、驚愕やら羞恥やらなんやらで頭が上手く回らず言葉を口にすることが出来なかった。
王子はわたくしに跨ってはいないけれど片手をわたくしの頭の近くに付いているため、上半身をわたくしの体に乗り上げるような体制になっている。
婚約者だからってこんな体制はしたない!と思うが近い王子の体にどぎまぎしてしまって、顔を赤くしてしまうわたくしがいた。
「ゆ、夢ではありませんので離れてくださいっ」
服が肌蹴ている王子を押しのけることが出来ず横を向いて悲鳴に近い叫びを上げた。軽くベッドが沈んで、王子が身を動かす動きが背中にダイレクトに感じる。
早くどいて下さい!!!と内心でも叫んだけれど、王子はいつもの通りわたくしの話を聞き入れることはなかった。
わたくしに捨てられない為に、なんて言うけれど何も改善されることなく。いつまで経っても我が道を行く王子の本性などここで表して欲しくない。
「……何でこんなところに?」
「あ、貴方様が起きて、いないから…っ」
「ふうん?」
わたくしが混乱している様子をじっくり眺めている王子の言葉に、息も切れ切れに返事を返す。どんな顔しているか見えないけれど、その美しい顔に笑みを敷いている様子が明確に想像することが出来た。……王子の笑みを思い浮かべると更に心臓が煩くなったので、完全な自滅をしたわたくしはシーツをぎゅっと握り締めた。
きっとわたくしのドレスや髪もこのシーツの様にぐしゃぐしゃになってしまっているだろう。
どうしようもない熱を吐き出すように小さく息を吐けば、視界の隅に写る王子の角ばった長い綺麗な指がピクリと動いた。
その手は相変わらずそこにあるのに、ふとわたくしの髪を辿る感覚に身を捩る。
「……君の髪は輝く程綺麗だな」
どうやら王子はわたくしに上半身を倒しながら、わたくしの髪を指に通しているようだ。いつの間にか体に感じる重みと熱と、丁寧に髪に触れられる感覚にわたくしの頭はキャパオーバーした。もう限界だと言うのに、シーツに顔を押し付けたわたくしの耳に唇が寄せられる。
「今の君は、さながら俺のベッドの上で羽根を折られた妖精のようだ」
酷い甘さにわたくしの頭はクラリと揺れ、熱とは違う劣情のような感情が込み上げてきた。王子の笑い声が耳を擽り、完全に遊ばれていると分かるのに身動き一つ取れない。
甘さはもうお腹一杯だと言うのに、王子はわたくしに与えることをやめないのだ。こんな時に「いい加減になさって下さい」とサラリと交わせる余裕があればよかったのに。そんなことを思っても、ついに密着している王子の体に平常心でいることなど完全に不可能だった。
「……シェリシア」
髪を梳いていた指はいつのまにかわたくしの頭を優しく撫で、頬に手を添えられる。熱くなった頬の熱は、冷たい王子の指を流れ王子に熱を与えているのだろうか。
「俺とは違って自由な君は、いつまで俺の側にいるんだろうな」
指はわたくしの頬を悪戯になぞって、簡単にわたくしの顔を覆うことの出来る大きな手がふいにわたくしの唇に触れる。喉の奥で、わたくしは咄嗟に出た声を潰した。
ガサリと王子が身を攀じる音が響き、下を向いていたわたくしを強く引っ張り、わたくしの抵抗などないように簡単にわたくしの身を起こす。
その勢いで今まで瞳に溜まっていた生理的な雫が、頬に伝った。
きっとわたくしをからかっているに決まっている、と思っていた王子の顔が涙で歪む。その顔は何かを諦めているような、わたくしが今までみたことがない薄い笑みに見えた。
しかしそれをわたくしは確認することは出来なかった。王子はわたくしをその胸に引き寄せ、苦しい程に力を込めて抱き締めたから。
わたくしを包み込む王子の香りが、冷たい熱が、胸を締め付ける。さんざん酷使した心臓はまだ休む気がないようで、先程の王子の表情が鈍く心臓を攻め立てた。
何度も王子はわたくしの背に腕を回し、その行為はわたくしがここにいるか確かめているように思えた。
わたくしは、ここにいるのに。
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