変貌忌譚―マヨイツキ―

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◆一章 【マヨイツキ】

4-2【石窯に切り火】

 ◆◆◆



 ――町でも評判のパン屋がある。

 そんなパン屋【五飯田ごはんだパン】に昨日のこと、閉店時間直後に身元不明の女が押し入り、意味不明な言葉を連呼しながら店内の器物損壊及び店員への暴行を行ったという事件が発生し、町を騒がせた。

 犯人の女は逃走し、まだ見付かっていない。

 破壊された店は警察が現場検分げんばけんぶんを行い。捜査そうさ上での現場保存の為にテープで封鎖されていた。
 昼間のうちは近隣の住人が事件のことを探ろうと人集りを作っていたが、夕方には落ち着いた。

 そんな状況の店に、翌日の深夜になって、

「……わたしの遺産! わたしのだ!
今日はもらう! 今日こそ、もらう!!」

 再び、犯人の女が現れるとは誰も思うまい。

 右手に鉄のバール、左に膨らんだハンドバッグ。
用意周到に、貰うものは貰うと息巻いている。

 女は封鎖テープをベリベリと剥がして、入り口の扉に手を掛けた。前日の逃走の際に彼女が体当たりで破損させたその扉は歪み、施錠ができなくなっており。容易に無人の店内へと侵入できてしまう。

 勿論、防犯装置の類は作動しており。
 夜間の侵入検知センサーが反応してジリジリとけたたましくブザーを鳴らすが、女がそんなものを意に介すことはなく「もらう! もらうぞ! もらうんだ!」と喚きながらどんどん店内を進んで行く。

「遺産!! どこだ!! どこだ!!
ここか? 金、わたしの金は!!」

 目に入ったレジを開こうとして、開かなかったので破壊して中身を奪おうと試みる。
 衝撃音を響かせて破壊したは良いが、レジの現金は全て抜いてあって。彼女は非常に苛立った。

「どこにある!! どこにあるんだ!!
遺産!! わたしの遺産!! わたしの!!」

 パン工房、休憩部屋、厨房と、女は更に店の奥まで徘徊するが、『金目のもの』と彼女が認識できる物品は存在しなかった。彼女は憤慨ふんがいする。

 最後に小麦などの資材が保管された部屋を荒らすが求めている遺産、というか金になるものすら見付けることができずに終わり。彼女の我慢の限界だ。

 ドタドタ、ドタドタ、行ったり来たりし。
絶対にあると確信している己の分の遺産を探す。

「どうしてないんだ? ふざけるな!
隠してるんだな! ふざけんな!!
ゆるさない!! もうゆるさないぞ!!」

 ガシャン! バキッ! バキッ!
 バールを振り回して、手当たり次第を破壊。

 正常な思考力を失っている女は、ここまで来たなら憂さ晴らしでもしないと気が済まないらしい。

 ハンドバッグからペットボトルほどの容器に入ったオイルを取り出すと、小麦粉が入っていたのだろう包装紙の束に振りかけた。それだけではまだオイルの大半が残っていた為に、完全に無くなるまで店のあちこちにも撒いて回ってしまう。

 オイルにまみれた店内を見渡して、

「やってやった! やってやった!
わたしの遺産を! 隠すからこうなる!」

 とても素晴らしい事でもした顔で、

「こんな店、やってやる!!
やってやる!! やってやる!!」

 あろうことかライターを取り出し、

「ざまあみろ!! ざまあみろ!!
ぎゃははははっ!! クソオヤジ!!」

 火を着けたライターを店奥に投げ捨てた。
火の手が瞬く間に広がり、彼女は愉悦ゆえつに浸る。

 気分が晴れた。
 今晩はこれで済ます。
 今度はもらう。今度こそもらう。

 言い残した言葉からして、彼女は壊れていた。
 哀れなほどに、救いようもなく。

 彼女は元からそうなのか、はたまた。
けれど一線を越えた今や些末さまつなことだろう。

 もう後戻りはできない。町の咎人となった。
彼女は歪んだ扉から、笑顔で店を後にする――。

 …………。

 すっと煙のように現実から女の姿が消え。入れ替わりで防犯装置からの連絡で警備会社が到着した。
 警備服を着用した人物が店を遠目に確認して、もうその時点で慌てて警察と消防を呼ぶ。

 激しい火災だった。初期消火をしようにも、オイルにより急劇に燃え広がった炎を対処するには遅く。周囲には熱と黒煙と焦げ臭さが充満しており。既に店内は燃立つ釜の中のような酷い状況だったという。



 ◆



 ――ぼんやりとした淡い光が揺らめく玄関。
提灯が揺れ、鈴の音が鳴り、沈香が鼻腔びくうくすぐる。

「――どこだここ?」

 持っていたバールを落として、放心する女。

「うふふ。ようこそおいで下さいました」

「あれま。客人まろうどが来てしまいましたかの?
ではクヤちゃんはおいとまさせてもらいますか」

 女を出迎えた? のは、そんな二人。
黒い着物を着た少女と、車椅子に腰掛けた少女。

「どこだ? ここどこだ? どこだ?
なんでだ? ここどこだ? どこだよ?」

 パン屋を後にしたはずが、別の店に居るのだ。
女は混乱をしているのか、同じ言葉を呟くのみ。

「失礼、ではまたのぅ――
「今宵はお任せしますわね、クヤ様?」

 女を横切って行こうとする車椅子が止められ、座っている少女が口を尖らせる。

「あれま? クヤちゃん、何故なにゆえいとも自然に店員みたいに扱かわれとるんじゃろうか……? わしは愛する弟に会いに来ただけっちゅうに」

「うふふふ」

「何故、肩を掴む。腰に手を回す! おわわっ!
何故、車椅子からクヤちゃんを抱き上げた?」

 車椅子の【クヤ】と名乗る少女は、着物の少女に抱き上げられて、店のカウンター席に降ろされる。座る主を失った車椅子は畳まれて、片付けられた。

「訳を話せ! どういう事かのこれは!? 狐狸こり化生けしょう雇用やっかいな契約ちぎりなどを結んだ覚えはありはせんぞ!」

「うふふふふ」

「何笑っとるんじゃ! 働け! お主が働け!
お付きの獣達はどこいった! 一斉退職でもされたか? たわけ! 部外者のわしを巻き込むな!」

袖振そでふり合うも多生たしょうえんつまずく石もえんはし
今宵、店の暖簾のれんをかけはすれどゆえあり接遇せつぐう徒無となし。と、ただただ閉口するばかりだったわらわの脇横に、あるべかしく同舟どうしゅう相救あいすくう。それすなわち、立っている者は親でも使えと。お客様にはなり得ない、手持ち無沙汰な化生あなた様が訪れていたとなれば……ねぇ?」

「くどい! 毎度言葉が、くどいぞ!
『手伝ってください』と素直に言えんのか!」

「……娘達は、養生ようじょう中。出張ではり中。家出しゅっぽん中。加えてわらわは本調子ではなく。故に可能ならお力添えを」

「そんで訳は言うのかいっ! 最初から言え!
……んでなになに、本調子でないと? 先日の水骸追いカケミズチの一件で随分と消耗しているということか? となると……ぐぬぬ、弟の件もある。ここは仕方ないと折れよう。高利の貸し一つじゃぞ!」

「うふふ、みじうれし」

 やれやれと座らされた席に構えたクヤ。フクロウがどこからか飛んで来て、その頭を止まり木にする。

「引き受けていただけるとは。わらわ、ヌイナ、何事も言ってみるものでございますわ。ではでは――」

「――まこと不服ふふくながら、今宵だけの特別。
此の土地、旧黒百合淵クロユリフチ大地主おおじぬしにして、臨時店員【夜久妥やくた久夜くや】ちゃんの接客じゃぞ!」

 ……と、何やら話し込んでいた店員達?
 クヤとヌイナ。彼女達の話がまとまったらしく、玄関でいつまでも放心したままの女に向き直る。

「なんだ!! なんだよ!!」

「そう警戒するでない」

「こっちを見るな!! ここどこだ!
どこだよここ! 答えろよ! 答えろ!
わたしは帰る! ここに用なんてない!」

 視線を向けられていると気付いた女は、ハンドバッグを振り回して攻撃的に言う。

「『ここに用なんてない』か……?
この場には内より招かれるか、来たいと望むか、相応の意味がなければ訪れる事は叶わぬのだぞ?」

「ここは喫茶、宵朗読会まほらば。お客様ごとに相応しいかげりをまとうおやしろ迷宵まよい旅籠所はたごところにして、くるつらとおと旅路じんせい最中みちすがらにまみえる一時ひととき常闇やすらぎ。訪れる者の心の隙間より繋がるうつついっした刹那こんじょうの――」

「無駄に長い前向き口上は置いておいて。
ほう、お主は何様かに目を付けられておるな?」

 布に巻かれた人の形ではない両の足を揺らして、興味深そうに目の奥を光らせたクヤ。

「――その事が、来訪の縁と相成ったか?」

「うるさい! いみがわからない!
わたしは帰る! 帰るって言ってるんだ!」

 女が騒ぐのを「悪い事は言わん、まあ待て」と手を伸ばして制する。着物の少女、ヌイナは懐から古い紙の束を取り出してクヤと彼女に見せた。

忌譚きたんと同じ系譜けいふのものじゃな。されど今なお浮説ふうせつ伝言つてことによって独り歩きする、まつろわぬもの」

「これはまた、難儀なお客様と存じますわ」

「いみがわからない! なんなんだ!
なんなんだ! わたしを無視するな!」

 女はハンドバッグの振り回しを再開して叫ぶ。
 衝撃で置かれた階段箪笥からダルマが出てきた。
暴力的な振る舞いに、ある程度の行動は察せられ。

「お主、その、もしやとは思うが……。
たとえば町で大勢に『愛されていたり大切にされているもの』を故意に壊したり、害したりなど。そんなバカげた行いはしていないじゃろうな?」

「…………」

 都合が悪いのか、そこは黙る女。

 会話が通じるか試し、語り掛け続けるクヤ。

「この土地の天女伝説を知っておるか? 伝説上でそういった振る舞いをした愚か者どもが、どれ程までに惨たらしい末路を辿ったかを知っておるか?」

「…………」

「なぁに。わし達は、お主の敵ではない。
お主の何かを咎めたり、貶めたりはせんと誓う」

「…………」

「お主のためにと訊ねておる。正直に言ってみよ。
ほれ。罪を犯したのでは、あるまいな?」

 女はクヤの態度に肩を震わせて、

「つみ? 罪ぃい? ふざけんな!!
わたしの権利だ! わたしは悪くない!!」

「他責か、心当たりが無いとでも……?
隠し立てするならば良いが、その末は破滅じゃ」

「あの店に罰だ! クソオヤジが悪い! 
遺産! わたしのだ! よこさなかった!
あいつらも悪い!! わたしは正しい!!」

 急な癇癪のように、まくし立てた。ハンドバッグが振り下ろされ、転がるダルマを破壊する。

 クヤは対話に匙を投げた。

「……もう皆まで良い。お主、何か禁を犯したな。
そうなると、はぐれの忌譚【アザミキザミ】か【ヨヤチチトイテ】あたりかの? すると目下のところ、解決には町の溜飲を下げるしか手がないか?」

「そ。クヤ様。ならば、話は早く存じますわ。
訪れた貴女おきゃくの全てを対価に、求められる忌譚を掴み取り、無事に『明日の朝を迎えたい』とでも願ってさえいただければ……ねぇ? この本人様はどうなろうとも御祓つぐないは果たされ、せめてその身は恙無つつがなし。お店の信条理念に則った『救い』となりましょう?」

「……このまま外に放るよりはマシかの」

 女の暴走を尻目に、クヤとヌイナは顔を見合せた。それを無視されているのだと認識したか、彼女は猿のような喚き声を発しながらクヤに詰め寄って行く。

「あぁもう。ヌイナ、お主、何とかできんか?
こうも話が通じんと、為す術もないぞ?」

「ふざけんな!! わたしを無視するな!!
無視すんな!! ふざけんなよ!!」

 そこで、間に入ったヌイナが二拍の拍手。

「無視するな!! わたしを……わたしを?
わたし、わたし!? わたし、わたしはっ?!
あれ? わたし? ……今までなにを?」

 女の様子が、それまでとは明らかに変化した。
瞳には光が灯り、若い少女のような反応をする。

「どうも物狂ものぐるひに身をやつしておられたご様子で。これよりは貴女の意思の確認などをする必要性から、あくまでも『今宵の間だけ』ではございますが目を覚まして差し上げましたわ。うふふふ」

「ほぅホスピタリティというやつじゃな」

「!!??」

 女は狼狽うろたえる。

 着物の少女からの『目を覚まして差し上げました』とはどういう意味なのか? 狼狽えながら、いったいここはどこなんだと。彼女は店の中を眺めて、壁に飾ってあった鏡に注目してしまい。
 鏡に映るのは当たり前に、みだれ髪をした皺だらけの腰が曲がった身なりの悪い老婆の姿。だが、

「――なんだ、これ? この鏡の、汚い婆さん?
もしかして、わたし? なんで? なんで? なんで? 嫌ッ、どうして?! なんで? わたしがこんな婆さんに!? なんでェェッ?! いやッ! いやだァッ! なんでェこんなことにいィッ!!?」

 本人には受け入れ難い『現実』だったのだろう。
とてつもなく残酷で。どうしようもなく醜い現状。

 自身の顔をペタペタと触り、顔を手で覆う女。

 それで、そんな姿にされたのは、目の前の怪しげな雰囲気の少女達によってだと誤解してしまった。

 狂気を削がれたからこその、発狂だった。

「わたし!! こんな汚い婆さんじゃない!!
に、逃げなきゃ!! ここから――ッ!!」

 店の扉には、錠も、条も、情もない。
開こうとさえすれば、簡単に開け放たれる。

「あらあら、お帰りになられると?
でしたら、それもまた是。去る者は追わず。切り火に燐火を送りましょ。妾達はただ見送るばかり、その向こう見ずの選択でも尊重いたしますわ」

「――ぬぅ? 良いのか!? 止めはしないぞ?!
クヤちゃんの接客は?! これで終わりか!?」

 冷静さを欠いた彼女は、一目散に逃げ去る。
 ある意味でかくまわれていた店の、外へと。それがどんな結果をもたらしてしまうのかは、宵の闇の中。

 女の奇声がいつまでも尾を引くばかり――。
 



 ◆◆◆
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