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◆序章【路地裏喫茶】
三人目……(四)【井の中の弊穏蛙】
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◆◆◆
深夜の苔むして古そうな井戸の底。
物音一つしない、音がしたってウチが動いた時の水音くらいしか響かない静穏静寂な井底。行き場のない感情で熱がこもった頭と、火照った身体を冷ましてくれるのにちょうどいい温度な水。その水はそんなに濁ってなくて、ほぼ透明で臭くもない。湿度があっても不快にならない程度で、体感は寒くもないし暑くもない。水場なのにそういう所に湧くキモい虫類は見当たらないし。ついでに長時間居ても不安にならなくてむしろ居心地が良い薄暗さ。良い場所だ。
ほら『住めば都』とか言うけどさ、その通りだったみたいだわ。いやまぁ、べつにウチはここに住み始めたってわけじゃないけど。せいぜい十数分くらいをヒザを抱えて座ってただけなんだけども。
――あーホントに、良い場所って思う。
少なくとも実家のどの部屋よりも良い場所だ。
この場所の欠点をあえて挙げるなら、石材質の壁と地面が固いから、全裸で座ってるウチの背中とお尻がだんだんとイタくなってきてるとこ。
でも欠点を差し引いても良い場所だわ。何より嫌な誰かの視線が無いのが良いなって。その視線がいちいち煩わしくなくていい。その視線に怯えなくていい。その視線から目を逸らさなくていい。その視線に居場所を追われなくていい。その視線に大切なものを奪われなくていい。その視線から逃げなくていい。その視線と一緒に浴びせかけられる、心無い言葉を聞かなくていいし。その視線の主に、ウチ自身の存在を絶対に否定されたりしないからいい。
――けど、でもさ。ずっとは居られないし。
さすがに当然、井戸ん中で人は暮らせないわ。
今が何時何分なのか知らないけども。空が明るくなる前には外に出て、服を着なきゃなぁ。
じゃなきゃ早朝出没した露出狂な痴女として扱われかねないっての。そんなん人としての前に年頃の女として恥ずかし情けなさ過ぎ。いくらこんなバカでアホな人間の失敗作でも、失敗作なりの自尊心やら羞恥心くらいウチにも備わってるから。
そいで服を着て、逃げずに登校してよ。一人の人間としてちゃんと、けじめを付けて『ウチはイジメをしてました』って認めて破滅してやる。
それがウチを売った友達への『当て付け』で、自殺未遂までして療養中の奴への『謝罪』で、亡くなった兄への精一杯の『お別れの言葉』だから。ウチなりの正しい行動で示してやるとも。
……だから。やっとこさウチは手を伸ばす。
外へと続いてるロープを掴んで、力を入れる。
「…………」
――ホントはずっと、ここに居たいなって。
いやそれ嘘だ、嘘じゃないけどアレだ。ただ人並みの居場所が欲しかったのになぁて。なのに外には居場所なんて無かったし。その居場所を与えてくれる愛なんて壊れ物か偽物だけで、昔なら頑張って間違わないで賢くなっていい子にしてたらさ、手に入ったかもなんだけど。後の祭りよ。もうウチの手の届くとこには幸せな友愛も親愛も無いんだ。
と、暗い思考の傍らで。意識せずに、
「は? あれ……?」
ロープを掴むウチの手が、また緩んでた。
まだ離してないけど、手に力が入らない。
――『救済か破滅の結びをもたらす』とか。
『御客様の全てを対価に』とか言葉を聞いたな。
これ『離したら』もう『どうにかなっちゃって』元のところには帰れはしない。全て自己責任の、大抵はろくなことにならないメニューの結果。入っちゃった喫茶店で……何度か繰り返された言葉の内容が頭ん中を過てよ。けどすぐ喫茶店て何だっけ? て感じにさ、消えんのよ。今のウチにとって大して重要じゃないぽい情報が頭ん中から溶けていくみたいにどうでもよくなってくんの。ウケるよな。
バカな頭で考えたものじゃなくてよ、きっと直感的なやつで『ダメだダメだダメだウチッ!』ってウチ自身がどっかで何か叫んでるんだけども。は? ウザすぎだろ。ウチは無視を決め込んだ。だってウチがこれまで信じたもんって、信じようとしたもんってのは大半がダメだったわけじゃん? 信じてマトモな結果になった例がないわけだし……。
「……あ」
だからウチは、ロープを離したわけ――。
もうほんのしばらく、ここに居ようって――。
――それが、ウチがウチとしての終わり。
ウチがウチとのお別れだったわけよ。ウケる。
どくんって身体が跳ねて、
「――はっ? な、なんだよ……?」
真っ裸の恥ずかしい全身がゾワゾワとして。
ウチはまず、ロープを離した方の右手の指に違和感みたいのを感じたわけ。その後に左手も。
けどその違和感の正体が謎で、じっと見てたら手の甲のほんの一部分だけが何となく緑色っぽく染まってんの。気のせいかと思ったけど、確かに緑。あー壁の苔の色でも移ったのかって思って水で洗おうとしたんだけど。何故か色は落ちなくてさ。
逆に水に浸して擦ってみたら、広がんのよ。その緑色がどんどん大きくなって。しかも異変は片方の腕だけだと思ってたのに、両腕とも緑色が同じように広がってきてることに気が付いた。ホントに驚いて、緑色になっちまったウチの肌を触るじゃん? そうすると人間の肌じゃないみいみたいに、なんかペタペタしてんの。で、触ってるうちにぬるぬるしてきたわけ。ウチはその瞬間にぞっとして、
「――ウチ……これ……は? なッ?!」
焦りながらも『この水のせいなのかッ?』って考えてみてさ。ヒザ立ちをしてた体勢から、ウチは慌てて立ち上が……れないで転ぶ。普通に立ち上がろうとしたのに二本の足で立てなくて。バランス崩して前のめりに転んで、水底に両手をつく。
その頃には水に入ってない腕の方まで両腕ともに緑色が上がってきてるし。ふざけんなって。なんとかそこから頑張って立とうとしても、ヒザが立つ為に使う筋肉の動かし方を忘れたみたいにウチの言うことを聞いてくれなくなってたの。意味わかんない。
「嫌ッ! クソっ、助ァ、じゅゲぇ……ェ!?
ん……んべ……ェッ! ふァ、ん、べェ?!」
人間こういう差し迫った状況になると、ウチみたいのでも勝手に口から『助けて』って誰かに救いを求める感じのことを叫ぶんだな。うわウケる。けど言い切る前に、急に呂律が回らなくなって、混乱してるうちに口から長く長く伸びた舌を大量の涎と一緒に吐き出してた。べろーんだらーって長過ぎて自分の視界でも直接確認できるのよ、明らかに人間のもんじゃない長さと形状に変化したその『気色の悪い舌』を。
「んふぁ、なン、ふェふぁ、ふォ……?」
口の中に舌をしまえないし。どろどろした涎が舌から流れて糸を引く。キモっ、キモいよ。
信じられない。自分の身体の一部なのに。
もう驚きとか恐怖とか困惑とか、そんなんだけじゃとても表現し切れない色々様々な感情がウチのバカアホな頭の中で一気に溢れて爆発して、ぶちんって心の糸が切れちまった音がした気分。それで端を発して精神の自己防衛とかでか、頭が狂わないようにか感情が冷めてくと、変わってく自分の身体を客観視してるみたいになってるウチ自身を自覚した。
「……こりェ、へロォ、ウ、うひのォ……?」
伸びたベロを触ってみようとすると、水から出した手のひらは完全に緑色に染まってて。その手のひら、手首、腕、ひじ、二の腕って辿って視線をズラして行っても全部がもう緑色で。さらにそこから進行してウチの胸や腿や股なんかも、とても人間の肌じゃないキモい緑色になりつつあった。乳房が潰れて乳輪が薄くなって、お腹がぽよんって出てきて、ウチもとりま身だしなみとか気にする女の子なのに。コレじゃもうキモい怪物じゃん? で、これ悪い夢なら『さっさと覚めてくれ』って緑色のぬるぬるベタベタな手で顔を覆ってみたら、その指がみしみしって音を立てて形を変えてんの。そこに加えて、長くなってく指と指の間に水掻きみたいなキモい膜まで張ってきて……。
「うひぇ……うひィ……かェふぅ、いィ?」
……そこまで来たら、自分の身体がこれからどうなっちまうのかってのが何か想像ついたよ。うわっあーやだやだ。蛙かぁーって。蛙本体は好きでも嫌いでもなかったけど、黒百愛クソ田舎だから時期になると田んぼとかでゲコゲコうっさいんだよなぁ。車に轢かれて潰れてたり、鳥や獣とかにでも食べられたのか道端でグチャグチャ肉片になってんの見ると生理的にキモいからまぁ総評は不快で嫌だったんだけどよ。
蛙……。なんて。やだ、いやだっ……!
人間が蛙になるなんて、物語の中の事だってっ!
「ここ、かふァ、でへばァ……もほれふぅ?
にんへんィ、ふィ……もほれ、ふぅ?」
水というか、この『井戸そのものが呪われてる』とかそういう感じなんじゃ? ほら『井の中の蛙』とか言葉あるし。意味は違うけども。そいで出れれば人間に戻れるかも? そう考えて人間として助かる妄想にすがるのは楽観的か……? そだよ悪い!?
ロープが目に入って、今さらにそれ登ろうと考えたんだけど。もうね、物を上手く掴めないや。
石壁を登ろうとも考えたけど、普通の蛙なら壁にはり付いて登って行けそうでも。今の中途半端な蛙人間なウチの体重だと無理だっての。ズリ落ちる。
「いふァ……ッ!! ァゲェ、ヤぁふァ……ッ!!」
――蛙になるの確定。おしまい。
失敗作らしい末路だなこれ。バカ過ぎ。
「そ、んふァ……ゲォ、うひぃ……ヤぁあァ!!」
目頭が熱くなって、視界がぼやけると大粒の水滴が頬を伝って落ちてく。そっか悲しいんだウチ。
泣いたってそれでも、身体は残酷に変貌してく。
身体の中から、ぼきぼき、ばきばきって音して。きっとたぶん肌の下で筋肉とか骨とか、そのもっと中とかが大変な事になってるんだなって。あーウケる。
ウチは、なりふり構わず『誰か助けて、助けて!』て呂律がバカになった舌で叫ぶけど全部ムダ。そのうちにウチの股が勝手に開いていって、みっともない『がに股』みたいになった。女子であること捨てるのは許容できなくて、開いた股を無理矢理に閉じて女の子としての大切な所とかをどうにか隠そうと抵抗するけど、もう骨格と筋肉の付き方からして股を閉じられないみたい。変化に抵抗するのは諦めた。
腿がムチムチと膨れてって、水泳の世界選手よりも筋肉がつまったアンバランスな下半身になる。踵から下がめきめき伸びて腿くらいの長さになる。指と同じ流れで緑色になった足の指も伸びてく。ついにウチは声を上げて、何時以来ぶりかに大声で泣いてた。でも出た言葉は言葉じゃなく鳴き声で「ゲロゲロゲロー」みたいなのだった。ウチはすごい鳴きながらも変化してく。ぐいっとお尻の先が張り出すような感じの後、肩の位置が骨格ごと下に落ちて行って、胸が有ったとこまで来ると乳房の名残を凹ませて狭まるの。
――あーあ。完全に蛙じゃんこれ。
それで限界だった。現実逃避の限界な。
ウチは感情ぶっ壊してもぅわっと泣いたのよ。
「――ッ!? ――ッ!!」
呂律が回らないとかじゃなく、もう鳴き声で。
でもそれに構わず、その鳴き声で叫んだ。
今さらかよ? だって仕方ないじゃん!!
ぱらぱらと大切な髪が抜け出したから。
蛙の前肢で、水に浸かった髪の一本一本を必死になって掬う。ホントにこれだけは譲れない。無くしたくない。奪わないで。止めて、止めてって。昔によく兄が梳いてくれて、綺麗だって言ってくれた自慢の髪が落ちてくの。ウチがウチの中でも嫌いじゃない自慢だった髪が抜けてくの。ウチが失敗作でもバカアホでも、どんなに自分がダメな奴だと思い知らされても、必死に人間として生きてた最後の要素なのに……イヤ……イヤぁ。嫌ァッ、イヤーッ!! だけど……でも……けど……どうにもならなくて……結局さ……とても掬いきれない量の髪を失って、緑色の頭晒したハゲになって、涙すらも目から出せなくなって、ウチは腕だった前肢を止めて放心した……。
「…………」
歯がポロポロと抜けて、蝦蟇口って感じに口が横に大きく開いていく。キモい。目が顔の横に動いて物の見え方が変わってく。キモい。顔そのものが平たくなってく。キモい。終いにウチの身体が縮んでるみたいに周りの景色がぐんぐん大きくなってくの……。
ふと見ると水に何か緑色のものが映ってる。
この閉じた空間に、人間なんて、もう居ない。
ウチって、何のために存在してたんだろうね?
「…………」
そこにはもう、ウチは居なかった。
どこにも、もうウチは居なかった。
あーあホントにもぅ……バカらし。
深夜の苔むして古そうな井戸の底。
物音一つしない、音がしたってウチが動いた時の水音くらいしか響かない静穏静寂な井底。行き場のない感情で熱がこもった頭と、火照った身体を冷ましてくれるのにちょうどいい温度な水。その水はそんなに濁ってなくて、ほぼ透明で臭くもない。湿度があっても不快にならない程度で、体感は寒くもないし暑くもない。水場なのにそういう所に湧くキモい虫類は見当たらないし。ついでに長時間居ても不安にならなくてむしろ居心地が良い薄暗さ。良い場所だ。
ほら『住めば都』とか言うけどさ、その通りだったみたいだわ。いやまぁ、べつにウチはここに住み始めたってわけじゃないけど。せいぜい十数分くらいをヒザを抱えて座ってただけなんだけども。
――あーホントに、良い場所って思う。
少なくとも実家のどの部屋よりも良い場所だ。
この場所の欠点をあえて挙げるなら、石材質の壁と地面が固いから、全裸で座ってるウチの背中とお尻がだんだんとイタくなってきてるとこ。
でも欠点を差し引いても良い場所だわ。何より嫌な誰かの視線が無いのが良いなって。その視線がいちいち煩わしくなくていい。その視線に怯えなくていい。その視線から目を逸らさなくていい。その視線に居場所を追われなくていい。その視線に大切なものを奪われなくていい。その視線から逃げなくていい。その視線と一緒に浴びせかけられる、心無い言葉を聞かなくていいし。その視線の主に、ウチ自身の存在を絶対に否定されたりしないからいい。
――けど、でもさ。ずっとは居られないし。
さすがに当然、井戸ん中で人は暮らせないわ。
今が何時何分なのか知らないけども。空が明るくなる前には外に出て、服を着なきゃなぁ。
じゃなきゃ早朝出没した露出狂な痴女として扱われかねないっての。そんなん人としての前に年頃の女として恥ずかし情けなさ過ぎ。いくらこんなバカでアホな人間の失敗作でも、失敗作なりの自尊心やら羞恥心くらいウチにも備わってるから。
そいで服を着て、逃げずに登校してよ。一人の人間としてちゃんと、けじめを付けて『ウチはイジメをしてました』って認めて破滅してやる。
それがウチを売った友達への『当て付け』で、自殺未遂までして療養中の奴への『謝罪』で、亡くなった兄への精一杯の『お別れの言葉』だから。ウチなりの正しい行動で示してやるとも。
……だから。やっとこさウチは手を伸ばす。
外へと続いてるロープを掴んで、力を入れる。
「…………」
――ホントはずっと、ここに居たいなって。
いやそれ嘘だ、嘘じゃないけどアレだ。ただ人並みの居場所が欲しかったのになぁて。なのに外には居場所なんて無かったし。その居場所を与えてくれる愛なんて壊れ物か偽物だけで、昔なら頑張って間違わないで賢くなっていい子にしてたらさ、手に入ったかもなんだけど。後の祭りよ。もうウチの手の届くとこには幸せな友愛も親愛も無いんだ。
と、暗い思考の傍らで。意識せずに、
「は? あれ……?」
ロープを掴むウチの手が、また緩んでた。
まだ離してないけど、手に力が入らない。
――『救済か破滅の結びをもたらす』とか。
『御客様の全てを対価に』とか言葉を聞いたな。
これ『離したら』もう『どうにかなっちゃって』元のところには帰れはしない。全て自己責任の、大抵はろくなことにならないメニューの結果。入っちゃった喫茶店で……何度か繰り返された言葉の内容が頭ん中を過てよ。けどすぐ喫茶店て何だっけ? て感じにさ、消えんのよ。今のウチにとって大して重要じゃないぽい情報が頭ん中から溶けていくみたいにどうでもよくなってくんの。ウケるよな。
バカな頭で考えたものじゃなくてよ、きっと直感的なやつで『ダメだダメだダメだウチッ!』ってウチ自身がどっかで何か叫んでるんだけども。は? ウザすぎだろ。ウチは無視を決め込んだ。だってウチがこれまで信じたもんって、信じようとしたもんってのは大半がダメだったわけじゃん? 信じてマトモな結果になった例がないわけだし……。
「……あ」
だからウチは、ロープを離したわけ――。
もうほんのしばらく、ここに居ようって――。
――それが、ウチがウチとしての終わり。
ウチがウチとのお別れだったわけよ。ウケる。
どくんって身体が跳ねて、
「――はっ? な、なんだよ……?」
真っ裸の恥ずかしい全身がゾワゾワとして。
ウチはまず、ロープを離した方の右手の指に違和感みたいのを感じたわけ。その後に左手も。
けどその違和感の正体が謎で、じっと見てたら手の甲のほんの一部分だけが何となく緑色っぽく染まってんの。気のせいかと思ったけど、確かに緑。あー壁の苔の色でも移ったのかって思って水で洗おうとしたんだけど。何故か色は落ちなくてさ。
逆に水に浸して擦ってみたら、広がんのよ。その緑色がどんどん大きくなって。しかも異変は片方の腕だけだと思ってたのに、両腕とも緑色が同じように広がってきてることに気が付いた。ホントに驚いて、緑色になっちまったウチの肌を触るじゃん? そうすると人間の肌じゃないみいみたいに、なんかペタペタしてんの。で、触ってるうちにぬるぬるしてきたわけ。ウチはその瞬間にぞっとして、
「――ウチ……これ……は? なッ?!」
焦りながらも『この水のせいなのかッ?』って考えてみてさ。ヒザ立ちをしてた体勢から、ウチは慌てて立ち上が……れないで転ぶ。普通に立ち上がろうとしたのに二本の足で立てなくて。バランス崩して前のめりに転んで、水底に両手をつく。
その頃には水に入ってない腕の方まで両腕ともに緑色が上がってきてるし。ふざけんなって。なんとかそこから頑張って立とうとしても、ヒザが立つ為に使う筋肉の動かし方を忘れたみたいにウチの言うことを聞いてくれなくなってたの。意味わかんない。
「嫌ッ! クソっ、助ァ、じゅゲぇ……ェ!?
ん……んべ……ェッ! ふァ、ん、べェ?!」
人間こういう差し迫った状況になると、ウチみたいのでも勝手に口から『助けて』って誰かに救いを求める感じのことを叫ぶんだな。うわウケる。けど言い切る前に、急に呂律が回らなくなって、混乱してるうちに口から長く長く伸びた舌を大量の涎と一緒に吐き出してた。べろーんだらーって長過ぎて自分の視界でも直接確認できるのよ、明らかに人間のもんじゃない長さと形状に変化したその『気色の悪い舌』を。
「んふぁ、なン、ふェふぁ、ふォ……?」
口の中に舌をしまえないし。どろどろした涎が舌から流れて糸を引く。キモっ、キモいよ。
信じられない。自分の身体の一部なのに。
もう驚きとか恐怖とか困惑とか、そんなんだけじゃとても表現し切れない色々様々な感情がウチのバカアホな頭の中で一気に溢れて爆発して、ぶちんって心の糸が切れちまった音がした気分。それで端を発して精神の自己防衛とかでか、頭が狂わないようにか感情が冷めてくと、変わってく自分の身体を客観視してるみたいになってるウチ自身を自覚した。
「……こりェ、へロォ、ウ、うひのォ……?」
伸びたベロを触ってみようとすると、水から出した手のひらは完全に緑色に染まってて。その手のひら、手首、腕、ひじ、二の腕って辿って視線をズラして行っても全部がもう緑色で。さらにそこから進行してウチの胸や腿や股なんかも、とても人間の肌じゃないキモい緑色になりつつあった。乳房が潰れて乳輪が薄くなって、お腹がぽよんって出てきて、ウチもとりま身だしなみとか気にする女の子なのに。コレじゃもうキモい怪物じゃん? で、これ悪い夢なら『さっさと覚めてくれ』って緑色のぬるぬるベタベタな手で顔を覆ってみたら、その指がみしみしって音を立てて形を変えてんの。そこに加えて、長くなってく指と指の間に水掻きみたいなキモい膜まで張ってきて……。
「うひぇ……うひィ……かェふぅ、いィ?」
……そこまで来たら、自分の身体がこれからどうなっちまうのかってのが何か想像ついたよ。うわっあーやだやだ。蛙かぁーって。蛙本体は好きでも嫌いでもなかったけど、黒百愛クソ田舎だから時期になると田んぼとかでゲコゲコうっさいんだよなぁ。車に轢かれて潰れてたり、鳥や獣とかにでも食べられたのか道端でグチャグチャ肉片になってんの見ると生理的にキモいからまぁ総評は不快で嫌だったんだけどよ。
蛙……。なんて。やだ、いやだっ……!
人間が蛙になるなんて、物語の中の事だってっ!
「ここ、かふァ、でへばァ……もほれふぅ?
にんへんィ、ふィ……もほれ、ふぅ?」
水というか、この『井戸そのものが呪われてる』とかそういう感じなんじゃ? ほら『井の中の蛙』とか言葉あるし。意味は違うけども。そいで出れれば人間に戻れるかも? そう考えて人間として助かる妄想にすがるのは楽観的か……? そだよ悪い!?
ロープが目に入って、今さらにそれ登ろうと考えたんだけど。もうね、物を上手く掴めないや。
石壁を登ろうとも考えたけど、普通の蛙なら壁にはり付いて登って行けそうでも。今の中途半端な蛙人間なウチの体重だと無理だっての。ズリ落ちる。
「いふァ……ッ!! ァゲェ、ヤぁふァ……ッ!!」
――蛙になるの確定。おしまい。
失敗作らしい末路だなこれ。バカ過ぎ。
「そ、んふァ……ゲォ、うひぃ……ヤぁあァ!!」
目頭が熱くなって、視界がぼやけると大粒の水滴が頬を伝って落ちてく。そっか悲しいんだウチ。
泣いたってそれでも、身体は残酷に変貌してく。
身体の中から、ぼきぼき、ばきばきって音して。きっとたぶん肌の下で筋肉とか骨とか、そのもっと中とかが大変な事になってるんだなって。あーウケる。
ウチは、なりふり構わず『誰か助けて、助けて!』て呂律がバカになった舌で叫ぶけど全部ムダ。そのうちにウチの股が勝手に開いていって、みっともない『がに股』みたいになった。女子であること捨てるのは許容できなくて、開いた股を無理矢理に閉じて女の子としての大切な所とかをどうにか隠そうと抵抗するけど、もう骨格と筋肉の付き方からして股を閉じられないみたい。変化に抵抗するのは諦めた。
腿がムチムチと膨れてって、水泳の世界選手よりも筋肉がつまったアンバランスな下半身になる。踵から下がめきめき伸びて腿くらいの長さになる。指と同じ流れで緑色になった足の指も伸びてく。ついにウチは声を上げて、何時以来ぶりかに大声で泣いてた。でも出た言葉は言葉じゃなく鳴き声で「ゲロゲロゲロー」みたいなのだった。ウチはすごい鳴きながらも変化してく。ぐいっとお尻の先が張り出すような感じの後、肩の位置が骨格ごと下に落ちて行って、胸が有ったとこまで来ると乳房の名残を凹ませて狭まるの。
――あーあ。完全に蛙じゃんこれ。
それで限界だった。現実逃避の限界な。
ウチは感情ぶっ壊してもぅわっと泣いたのよ。
「――ッ!? ――ッ!!」
呂律が回らないとかじゃなく、もう鳴き声で。
でもそれに構わず、その鳴き声で叫んだ。
今さらかよ? だって仕方ないじゃん!!
ぱらぱらと大切な髪が抜け出したから。
蛙の前肢で、水に浸かった髪の一本一本を必死になって掬う。ホントにこれだけは譲れない。無くしたくない。奪わないで。止めて、止めてって。昔によく兄が梳いてくれて、綺麗だって言ってくれた自慢の髪が落ちてくの。ウチがウチの中でも嫌いじゃない自慢だった髪が抜けてくの。ウチが失敗作でもバカアホでも、どんなに自分がダメな奴だと思い知らされても、必死に人間として生きてた最後の要素なのに……イヤ……イヤぁ。嫌ァッ、イヤーッ!! だけど……でも……けど……どうにもならなくて……結局さ……とても掬いきれない量の髪を失って、緑色の頭晒したハゲになって、涙すらも目から出せなくなって、ウチは腕だった前肢を止めて放心した……。
「…………」
歯がポロポロと抜けて、蝦蟇口って感じに口が横に大きく開いていく。キモい。目が顔の横に動いて物の見え方が変わってく。キモい。顔そのものが平たくなってく。キモい。終いにウチの身体が縮んでるみたいに周りの景色がぐんぐん大きくなってくの……。
ふと見ると水に何か緑色のものが映ってる。
この閉じた空間に、人間なんて、もう居ない。
ウチって、何のために存在してたんだろうね?
「…………」
そこにはもう、ウチは居なかった。
どこにも、もうウチは居なかった。
あーあホントにもぅ……バカらし。
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