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◇序章【生き、逝き、行く】

序章……(零)  【序開独白】

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 ――姿見すがたみの中には、白磁はくじごとき肌を持つ少女。
 人ならざる銀色の端麗たんれいな少女。
 彼女はほおに手を添え、銀髪と琥珀コハク色の瞳を揺らす。そのどこか神秘的でおかしがたい身体には、獣のような容貌ようぼう、狐の耳や尻尾といった特徴を持っており。背中側や腰回りは銀色の毛皮に包まれている。

 彼女が繊細せんさいでしなやかな指を沿わせ、桜唇おうしんほころばせて小さな口を開けてみれば、そこから鋭く尖った犬歯が覗く。八重歯やえばではなく獣の牙が生えている。人とも獣ともいえぬ曖昧あいまいな姿だ。

 どうしてだろう。目前に彼女の生まれたままの姿があるというのに、どこか現実感が欠けており。恐れ多くも姿を見遣り、その都度に相応ふさわしい言をさだめられず感情を重ねてしまう。しまいに彼女が幻のごとき存在ではないかと疑ってしまうというもの。

 少女は温水に浸した布で己の身体の隅々を拭き上げていき、時間をかけて一頻ひとしきり綺麗にする。さながら湯上がりのような赤みの差した顔。火照った身体を冷ますように、自らの指で臀部でんぶより伸びる尾っぽを、銀色の毛皮を、白い肌を、女性的な部分をそっとなぞってゆく。そこで端無くも、

 ……深く深く、溜め息。

 溜め息を吐き。少女は程よく膨らんだ自分自身の乳房ちぶさをぎこちなく慣れない動作でもって手で寄せ下着に包み込み。そこで意識せず気恥ずかしい声を漏らしてしまい、ハッとした顔を浮かべていた。
 己のこの様な姿を『目に納めないでくれ』と言わんばかりに。睫毛まつげを揺らし、その切れ長の眼をうるませ、桜唇を引きむすび。一瞥いちべつ、鏡面の境より“こちら”を可愛らしく睨んでくるのだ……。

 これは、なんたる形容できぬ感情か。
おのが姿に目眩がし、同時に焦燥しょうそうやらもいだく。

 ――そうだ、そうだとも。これは己が姿。
かような身に成り果ても、きると誓った。

 目を閉じれば彼女との出逢であいの記憶。
 つむがれた邂逅かいこう言葉ことのは。約束をつがった。
 己が成り代わった少女の儚げな笑み。

 これは彼女の全てをゆだねられ、
人ならざる少女になった己の軌譚きたん――。

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