統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚

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◇一章中編【遁世日和】

一章……(二十一)【紅翼】

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 ◇◇◇



「──よし、この辺りのチェックで最後だ!」

 手に持った表に記された項目と、前方に積まれている荷物の山。それらを交互に見比べて、リンリは任された作業の進行状況を口にする。

 統巫屋に在るいくつかの倉を周り、仕舞われている物を正確に数える。いわば『棚卸たなおろし』のような作業だったが、数日に及ぶ奮闘の末にようやく完了間近まで漕ぎ着ける事ができた。
 
 ──ここまで進めたなら、あと数刻もあればこの任を片付けられる事だろう。

 その勢いのまま最後まで進めてしまっても良かったのだが。悲しい事に“現代っ子”で“不摂生ぎみ”の生活をしていた青年……。
 多少はここで鍛えられたとて、基礎的な体力はそれほど多くないのだ。何事もほどほどが肝心だろう。リンリは軽く疲労を感じて「ここいらで一息入れよう」そう判断し、額の汗を拭った。

 茣蓙ござに腰を下ろして小休憩。昼飯にと渡されていた握り飯をかじって、竹水筒から水をあおぐ。物を喉に通してから、始めて自分自身の空腹と喉の渇きを自覚する。長らく忘れていた感覚だった。

「──そっか。人間って、身体を動かすと空腹になって喉が渇くのか。そういや、そうだったな」

 何を言っているのだか……。

 でも当たり前の事なのに、リンリは久しく忘れていたのだ。いや、こんな当然の情緒さえ失っていたと言い換えるべきか。
 あの日常のまま、この世界に来なければ。
……それか、相応に“自分を見つめ直す機会”にまみえる事がなければ、どうなっていたか。
 いや、理解している。あのままなら、自分は何処かしらで破滅していたと簡単に予想が付いてしまうというもの。リンリはそれを堪らなく恐ろしく感じてしまう。

「うはぁ、良い空だな……。なーんて」

 ──晴れた日の青空の清々しさは何処の世でも不変のものらしい。晴天は、うじうじと過去に縛れていた自分がとても“ちっぽけ”な存在だと教えてくれる。
 遠くの景色で、はためくのぼりごとき洗濯物がそよ風に吹かれて、地上に小波さざなみえがく。更に遠くで季節柄きせつがらか黄葉紅葉へと染まった木々の色彩しきさいが空と地表の境界を飾っており。美しい情景がリンリの心を洗ってくれる。

「あれは、えーと何だろう……?」

 赤色の何かが空を舞っているのが見えて。

「あぁ、なんだ鳥か」

 もしや風に飛ばされてしまった洗濯物か何かではあるまいか……? そう思い。よく目を凝らすと、正体は鳥であった。
 飛ばされた洗濯物が空に舞っているのでは『滑稽な様子』で駄目だが。鳥だというなら話は別で。紅い鳥の姿はさながら。絵に描かれた紅葉こうようの木々より、青空に向かって紅葉もみじの一枚が飛び立って行く様子を連想させた。あぁ画になるではないか。

「ん……そういえば」

 ──そういえば……。
 リンリが河で流され死にかけた際には、既に背景の木々が秋色に染まっていたように記憶していた。だとすれば、そろそろ黄葉紅葉も見納めの時期なのか?
 直に秋も終わるのか、或いは既に暦上では冬が訪れているのかは定かではなく。ここに四季という概念があるのかさえ不明であって。思えば自分は「此処の暦をまだ知らなかった」と気が付いてしまうのだ。
 けれど、ここで経過した日々の記録は一日一刻も欠かしてなどはいない。

「そろそろ一ヶ月、かぁ……」

 ──そう。思い返せば早いものである。
リンリが統巫屋で厄介となってから、もう一つの月が満ち欠けて。過ぎたというのだから……。

 生まれ育った地との文化の差。慣れない生活への適応の難しさやら。どうしても抱いてしまう望郷の念等。一つ一つは小さく取るに足りないが、決して無視はできない様々な“苦労や困難”が一月の間だけでも数え切れない程に襲って来た……。

 これからも、生きている限り“ソレ”らと直面し続けるだろうし。向き合って、闘って、乗り越えて行かなければならないのだろう……。
 でも“乗り越えるべきもの”が有った事は、例え現代に居たとしても同じだったわけであり。端的に言えば、周囲の助けを借りられるようになり、自分自身の成長に励める環境を得られ、後は決意と意地と運やらで、どうにかこうにか元気で宜しくやっていければ御の字。そう割り切る事にして、囚われていたものと訣別し、曇っていた瞳が晴れた気がした。

 このやっと導き出した未熟な道筋は、未だ精神性やら人生観やら大層なものには結び付かない若輩者の戯言に過ぎない。しかしまぁ、それでも構わないのだ。前向きに、人間として自分は少しだけでも成長できたという事にしておいた。

「ここで、俺は活きてるぞ……!」

 生きて、活きてやる。ただ真っ直ぐに。

 ──これは充実したそんな日々の、
ある日の出来事だ……。

 …………。

 小休憩を終え、作業に戻ったリンリは、
 
「うぐっ、なかなか重い」

 手始めに。作業の妨げとなるであろう、瓶の乗った木箱の撤去に取り掛かかった。

 慎重に、且つ踏ん張って動かす。
 一月前の“不摂生な脆弱もやし男”状態では、押しても引いても一人では“びくとも”しなかったであろうが……。腰を入れて“すごく”頑張れば動かせるまでになった。本人にも驚きだ。
 これは規則正しい生活を送るようになった事と、怖い顔の巨漢ケンタイに『ここで労働すんならよォ最低限の筋肉を付けろォ』と半ば強制的にしごかれてしまい、申し訳程度には鍛えられたからか。

「ハァ……ハァ……」

 ──でも、残念な事に体力は付かなかった。
 基礎的な体力や身体能力からして、さすがに異性よりは有るとしても同性の平均には若干劣るくらいの“へなちょこ野郎”である。
 でもって、へなちょこ野郎のまま改善などはせず齢二十数まで甘んじていたツケだ。
 勝手に人の脳内に現れ、身体を鍛える事の素晴らしさを説き始めたケンタイにぐぅの音も出ない。

 脳内のケンタイにはお引き取り願い。
 リンリは息を乱しつつ、もたれ掛かる形で動かした荷物である瓶を開いて覗き込むと……中には何かの結晶のようなものが入っている。

「コレは岩塩……だよな。
岩塩の在庫、瓶一つ分。確認っと」

 表に記された、倉ごとの蓄え。それらの項目から“岩塩”の欄に線を引いた。

 ──さて、統巫屋に持ち周り制で御勤おつとめに来るという集落の人間達の話。
 彼らは基本的に男衆、通称【筋肉野郎共】は“力仕事全般”を請負っており。
 女衆、役割としての便利上の名称【女中】は主である系統導巫のハクシのお世話と、“施設の管理と維持と運営”に携わっているという。

 このような役割分担がなされてはいるが、施設の運営上発生する『どちらともいえない』仕事や『どちらでも有る』厄介な仕事というのは後回しにされがちな傾向があるのだとも伺った。

 現在リンリが行っているのもそれの類いだ。

 前述の棚卸しのようなこの作業。
 本来は女衆の管轄では有るのだけれど。なにぶん“割と力仕事が必要”で、そこそこの時間も掛かるし、効率重視で数人でやれば“数え間違い”などの失敗が起こりやすいという隘路あいろ
 ……かといって、お勤めで統巫屋ここに来る男衆は脳よりも筋肉ばかり鍛えるのを好む“脳筋”連中がほぼ大半であり。力仕事ではとても頼りになっても、そもそもの計算をよく間違うし、途中で食料の備蓄等をちょろまかしたりするので困っていたそう。

 どうしても必要な場合は、“筋肉野郎共”以外の礼儀や勉学を弁えた“男手”も居るにはいるが……今の時期は出稼ぎに出ていたり、集落の方もやたら忙しかったりと。まぁ『色々な事情が絡んでいる』とか何とか。

 ……という訳で、都合の良い“雑用係”に収まったリンリの出番となった次第。サシギ曰く「仕事の要領はけして悪くはなくて。算術もできて。筋肉野郎共より信頼できるから」との理由で白羽の矢。
 任命され。二つ返事で軽く引き受けてみたが。けっして楽な仕事ではないし、責任もそれなりにある重要な任だと理解している。
 でも、こんな役を任されるくらいには自分は重用され信頼されているんだと受け取ると、どうにも嬉しさが込み上げた。だから、その期待やここで受けた恩の数々に応えようと頑張っている。

「お、終わった……。終わった~!」

 数刻後。リンリは概ね予想通りの時間を掛け、全ての棚卸し作業を完了する事ができた。
 終わりが近付いて調子に乗り精力的になり過ぎたのか、全身の筋肉がいたる所で疲労による悲鳴をあげ始めているのには笑ってしまう。自分は明日以後、酷い筋肉痛に襲われる気がするリンリ。しかしひと仕事終えて気分は上々。

 後は、サシギに報告を済ませれば良い。
ふと日が傾いてきた茜色の空を見上げると、また紅い鳥が飛んでいるのが目に入った……。



 ◇◇◇



 予め頼まれていた期日は、明日の夕方まで。
不足している物品の発註を行うための棚卸し。
 リンリの報告を元に、サシギが【発註伝票】のようなものを作成し、そうして物流を担う者へと依頼する運びらしい。
 可能ならば、報告は早い方が良いだろう。

「でも、サシギさんが居ない……」

 だが肝心のサシギの姿が見当たらない。
彼女は大概、まだ日があるうちは執務室のような部屋で仕事をしているか。筋肉野郎共と女中の人達の音頭を取っているか。ハクシの世話をしているか。それかリンリの先生をしてくれていたのだけれど……。

 ──いや、改めて考えると彼女サシギは多忙だ。
自暴自棄になって、短時間長時間をとわず五つほどの別々の業務を掛け持ちしていた一月前のリンリと比べるのも烏滸がましい、尊敬する多忙さだ。
 サシギは皆に必要とされており、勤めに分別を持ち、全てを手抜かり無くこなしている。その上で更に同僚や部下リンリの業務的、精神的、日常的な補助までしてくれているし。本当に尊敬してしまう。

「ん、サシギさんみたいな声……?」

 そこで統巫屋の広間の方から、女中達に向けた音頭が聞こえて来たので向かってみると、

「──おや“おリンちゃん”ですね。
フフッ、ご機嫌いかがでしょうか……?」

「……あの、ソラさん。俺を女の子みたいに可愛く呼ばないで欲しいです。そのうち周りから女の子扱いされ始めたら号泣しますよ。こんにちはっ!」

 声の主は、サシギではなかった。

 女中頭であり、サシギの実の姉だという彼女。
サシギと似た顔と声をしているが、羽根も鱗も無い世間一般的な身体的特徴の人間。黒髪の女性【ソラ】が女中達に音頭をとっていた。

「──はい、妹で御座いますか……?
妹ならば本日は、お暇を取っておりますよ」

 ソラに訊ねてみたところ、そう返答。
サシギもちゃんと休みを取るのかと。リンリはちょっと安心してしまう。ならばしかたない。夜にでも時間を改めて報告する事としよう……。

 ……しよう、として。
背後から着物が引っ張られる。

「──なんじゃ? おリンちゃん。お主はサシギに要があるのかの。サシギなら今し方、その辺りをパタパタしておったじゃろうて……?」

 リンリの後ろにシルシが立っていた。
待て。彼女からも、おリンちゃん扱いか……。
 ソラはシルシの放った「おリンちゃん」がツボに入ったのか、肩を震わせて去って行く。ある意味で自爆だろう。リンリは忌々しき“おリンちゃん”呼びを広めた容疑者候補筆頭のソラと、今度ゆっくりと話し合わなければならない。
 
「シルシ。もうその呼び方、広まって……。
早いところ手を打たないと、俺の皆からの扱いが女の子になってしまう……。俺の認識がじわじわ女の子になってしまう……。うぅ学生時代のトラウマが」

「──なに言ってんのじゃ、お主?」

「文化祭の演し物で、急病で当日に休んだ女子の代わりにじゃんけんで負けて何故か『お姫様』をやる事になって……仕方なく俺は頑張ってやりきったさ! お姫様をやりきったさ! その後の学生生活の全てを代償にしてやったんだよ……俺は……あああ!!」

「へー」

 リンリが自分の呼び名、そこから思い起こしてしまった内容に頭を抱えのたうち回る奇行にはお構い無し。シルシは「よし、お主に面白いものを見せてやろう!」とか「付いてくるのじゃ!」とか「ほれ、さっさとせんか!」と言って。尻尾でリンリの脛をペチペチしつつ着物を引っ張ってくる。

 ──なんだかいつの間にか、シルシから懐かれている気がしないこともないリンリ。
 任されていた仕事も片が付き。この後は予定もない事だし、抵抗もせずに彼女にされるがままで牽引されて行くのであった……。



 ◇◇◇



「あそこは、ハクシと出会った滝壺たきつぼか」

「お主、もう少し茂みに頭を引っ込めろ!」

 シルシに頭を屈めさせられる。

 連れられてきたのは、あの初日の滝壺。
ハクシと邂逅した想い出の場所だ。その畔の茂みの中であった。いったい何故に連れてこられた……?
 曰く「面白いもの」とは何だろうか?

 まさか、覗き等をするわけでもないだろう。
シルシの意図しているものがわからない。統巫屋では三日に一度お風呂を沸かしているのだし。ハクシはともかく、尋ね人のサシギが水浴びに現れたりしたら笑ってしまうというもの。

「ほれ、特別にこれを貸してやろう。儂のお手製の高性能な遠眼鏡とおめがねじゃ。壊れ易いからくれぐれも慎重に扱うのだぞ。あとそれで日の光を直接見るでない、目が焼けてしまうからのぅ」

「あぁシルシ、ありがとう……?」

 リンリはシルシから、よく状況がのみ込めないまま木製の双眼鏡、遠眼鏡? を貸してもらった。

「『面白いもの』ってのは、遠眼鏡コレのことか?」

 お手製の遠眼鏡。よくできている。
娯楽が不足気味のこの世界観では面白そうだ。

 遠眼鏡を覗き、シルシの顔に向けてみれば。
距離が近すぎて、ぼやけ。変な顔に見える。

「違うわい。まぁ、暫し待っておれ」

 …………違うらしい。

 手の内で遠眼鏡を遊ばせていると、

「……むっ!! うぬ、うぬ。やはりまたここに降りて来たぞっ! 毎回毎度。飛んで、水を浴びて。飛んで、水を浴びてを繰り返しておるからのぅ!
ほれさっさと貸した遠眼鏡それを覗かんか!」

「はぁ……?」

 数分後。目当てのものが来たらしい。 
リンリは言われるまま遠眼鏡を覗く。

 そうすると、

「……ん。おっ! あの、紅い鳥だ」

 上空より、紅い鳥が滝壺めがけて降りてきた。

 美しい紅い鳥だ。ここで目当てがわかった。
シルシはリンリにあの鳥を見せたかったようだ。

「バードウォッチング的なヤツだな」

 これは、良い思い出になりそうだ。
綺麗な鳥を見せに誘ってくれるなんて、シルシもなかなかに粋な事をしてくれる。彼女シルシはちょっと感性が年頃の少女とズレていると思っていたが、リンリは考えを改めるとする。

「なぁ……シルシ?
ちょっと気になったんだけど……」

 美しい紅い鳥。でもしっかり姿を捉えると。
なんだか妙に……。妙に……。

「あの鳥、妙にデカくないか……。
というか鳥なのか、あの生物は……?」

 ──距離感から考えても、人間と同程度の全長。
 その骨格は見知った鳥類から明らかに逸脱したものであり。リンリが知識の中から引っ張り出すと、かろうじて始祖鳥のようだと言い表せる。
 鉤爪の有る、指と翼が一体化した前足。鱗とともに羽毛が太股を包み込んでおり、後ろ足はやはり鋭い鉤爪の生えた猛禽類の如き物。尻尾のようにも見える長い尾羽の束、と。そこまでは『そういった鳥の種類』だと、ぎりぎりに納得もできたであろうが……。
 鳥の胴体の部分は全て羽根に包まれているが、人間に近い形のものとなっている。羽毛の上からでも判別できる女性的な胸の膨らみがあり、腰の括れがあり、尾羽の下には形の良い臀部がある。
 始祖鳥と人を合わせた“鳥人”といった出で立ちがしっくりくるか……。

 ──冠の如き頭の飾り羽根。
陽光の広がりを表すかのような金色と橙色の模様がある両翼。日の光を反射させ淡く七色に輝く尾羽の束。紅葉の化身と錯覚しかねない紅い羽毛。美しくも異形の出で立ちの紅き鳥人(仮称)。

 ──紅き鳥は、優雅に滝壺へと降りたち……。

「…………」

 ──周囲を警戒するよう、
両翼を広げて辺りに視線を向ける。

「…………」

 ──そのうち気が済んだか、
その場で水浴びを始めたようだ。

 シルシが息を潜めていたので、リンリも倣って静かに見守っていた。でもつい声が出てしまう。

「……あれ、なんだか可愛い。
見た目は仰々しいのに、可愛いぞ……!」

 これは、たまらない可愛いさ。

 クゥクゥと。キュイキュイと。ピィピィと。
 水面をぴょんぴょん跳ねて、可愛い声を出し。鋭いけれど、どこか愛くるしい瞳を瞬かせて両翼をパタパタしながら水浴びし始めたのだから。

「なんだ、あの可愛い生き物は!?」

「……お主は理解しとると思うが。サシギじゃ」

「────」

 シルシの発言に、リンリの時間が止まった。
 脳の情報処理が間に合わない。あんまりな衝撃で口が半開きとなってしまい、呆ける。

「──は?」

 深呼吸して持ち直し。油の足りない機械人形のように頭を動かし、シルシの方を向くリンリ。

「だから、お主が探していたサシギじゃ」

 シルシは、紅い鳥に向け指をさした。
 要は、サシギがあの鳥に姿を変えていると?
 いや待て待て。つまるところ、これは。

「──覗きだろコレッ!」

「うにょっ!」

 リンリはシルシの頭を軽くはたく。
はたかれた彼女から、変な鳴き声が出た。
「うにょ」ってなんだ「うにょ」って……。

 ──まさか。
ここは人が“鳥獣の姿”に変身できるような世界観だったのかと驚くリンリ。まぁシルシも『変わった醜い姿で畏怖され』と発言していたのでそうなのだろう。
 リンリは言葉のあやで、シルシを【生まれ付いての、人と変わっている姿】と認識していた。サシギとソラの姉妹もそう。人間の両親から、鳥獣の特徴を持った子供が産まれる世界観かと。
 口には出さないが、本当に驚愕でしかたない。

 とりあえず、リンリは言ってやりたい。
男に裸を見られて泣きそうになった娘が、その男を連れて覗きをしようとするんじゃありません!

 シルシはいきおいでズレた眼鏡を直すと、茂みから立ち上がり。不服そうに口を尖らせる。

「『覗き』なんて後ろめたいもんではないわっ。
日のあるうちに、こんな誰にでも見られる場所で堂々と水浴びしてる方が問題じゃろうがっ! 儂は見られるのを承知の上だと踏んでおるぞ!」

 もっともに聞こえる主張。
無い胸を張って、シルシは主張。

「あ……。えーと、なるほど」

 そのシルシの背後に、紅い鳥サシギが舞い降りた。

「そも、儂は『サシギを探している』という、お主を善意で連れて来たにすぎん。案内した先で、鳥の姿になって裸体ではしゃげ水浴びをするサシギがおったとしても、知らぬ。それは儂には与り知るところではないのじゃよ……ホホッ!」

「あのぅ、後ろ……。後ろ」

 シルシの背後に、獲物を見定めた猛禽サシギが居る。
鳥類の眼が睨む。怖い。ケンタイのようだ。
 シルシよ、あんまり余計なことは言うな。

「ホホッ、白状すれば。
外面はお堅いサシギも、斯様に微笑ましく可愛げのある一面を持つと……。お主にも、告げ知らせてやりたかった部分は有るの。サシギは、ここで完璧な使従であろうとするが……。あんな一面も持つ、儂にとって可愛い姉じゃよ。全力で笑ってやって欲しいのじゃ」

 あーもう。余計なことを言う。

「後ろ、後ろ! シルシ、後方注意だぁ!」

 背後に気付けないシルシが可哀想で忍びなく。
大声で叫んだ。気付いてももう遅すぎるだろうが。

「うぬぅ? なんじゃ、うし──」

 ──言い切る前に。瞬間、シルシの姿が消える。

「シルシっ?!」

 リンリが目で追えぬ程の速度。周囲に紅葉が巻き上げられ、一陣の風が吹く。瞬時のうちにシルシは紅鳥サシギの後ろ足に着物を捕まれ、共に天高く飛翔して行ったらしい。もとい拐われた。あぁ、さらばシルシ。
 せっかくシルシとは仲良くなれたのに。彼女も懐いてくれたような気がしていたのに。こんな突然のお別れになるなんてリンリは思わなかった。

「──ぬわぁぁぁッ!!」

 そうして、十数秒後。
上空からシルシのようなものが、投下。
 遠眼鏡で追えば、シルシは悲鳴をあげて滝壺へと落下して行き。大きく水柱を上げたのが見えた。
 滝壺というのは厄介だ。水の流れに飲まれたら容易には上がってこられない。衣類を纏っていてはなおさらだろう。それに加え、あの“すり鉢状”の滝壺は、水が深いところはとても深い。“水中で息”でもできなければ死んでしまう可能性。

 まぁ『水陸両用』とか。彼女と阿呆な会話をしていた覚えがあり。大丈夫なのは知ってるが。

「そんな。シルシぃ……」

 シルシの死に嘆いていると。
次いでリンリの背後に、上空より何かが舞い降りてきた気配。ひらひらと紅い羽毛が舞っている。
「クルルッ」と鳥が喉を鳴らすような声。
 ……冷や汗が伝う。どうやら、次は自分の死を覚悟しなければならないようだ。

 恐る恐る、背後に手を回してみる。

「柔らかい……」

 買ったばかりの羽毛布団みたいな感触がした。
いや羽毛布団の中身のような感触がした。羽毛に触れているのだから、当たり前ではある。

「柔らかい……。あっ」

 もう少し触ると。あたかも女性の胸にでも接したかのような弾力に当たって、手を止める。
 手を放す。何に触れたのかは考えないように。

「──ぁっ、痛い」

 振り返ると、嘴で頭をつつかれた。
でもそれ以上は何もされない。サシギは、リンリからの行動を待ってくれているような気がした。
 一つだけ許してやるから。「謝るなり、さっさと逃げるなりすれば良い」とでも言いたげ。

 選択を間違えると、シルシの二の舞か?

「サシギ……さん……?
あの。触れても、良いでしょうか……?」

 リンリは、サシギに確認を取る。

 サシギは短く鳴き声をあげると。
そっと頭をリンリに向かって降ろしてくれた。

「サシギさん。どんな姿をしてても。
あなたは、あなたです。綺麗で格好いいですね」

 変なところに触れぬよう、嘴に手を滑らす。
サシギは喉を鳴らして、鳥の眼を細めた。

 ──どんな姿になろうが、意志疎通が叶うなら。
リンリは相手と手を離さない。それまでと何一つも変わらない敬意を払い、尊敬の念を抱く。
 全く難しいことではない。けれど、誰しもがそれをできるものではない。きっとそれが、人として一番大切なことなのに……。
 リンリはそれを知っているから、自分のその行動でもって相手と向き合う。そんな人間だ。
 口下手で、語彙が乏しく。異性の知識なし。すぐ悩み一人で泣く。精神が致命的に弱い。そんな欠陥がたまにキズではあるが。

「サシギさん、くすぐったいです」

 サシギはその頭を上げて、リンリをその紅翼で撫でてくるのだ。彼女がいつも纏わせている、心が落ち着く花の香りがした。

 ──もともとサシギは、己の鳥の姿を覗かれたからといって。別に、リンリをどうこうする気などなかったのかも知れない。
 リンリが、シルシの心をほぐしたから。
己の使従の姿を見ても、リンリが誠実な対応を続けるかどうか試してきたのだろうか。

 身体を翻し。リンリに背を向け、サシギは両翼を広げて飛び立とうとする。

「えーと……あの。あれです──」

 リンリは、最後に。なるべく、女性に対して間違いのないだろう言葉を投げ掛けるとした。

「──サシギさん、可愛らしかったですよ!」

「…………クゥ」

 ──それは見事に会心的な“失言”だった。

「──グワァッッ!!」

「えぇ?」

 悲しきかな。リンリには、女性の自尊心や羞恥心を機敏に察する事は、まだ叶わなかった。
 最後に。最後の最後に。悪気は無くとも、とんでもなく神経を逆撫でされてサシギは吠えた。

 可愛い姿で、可愛い行動をしていた女性に、愚直に「可愛らしかった」は阿呆な発言。もっと普段のサシギの性格を汲み取るべきだったろう。

 ──まぁ、そんな失敗をして、人は大人になる。

「サシギさん。あれ、これ。
……なにやら罰を受ける流れですか?」

 着物の肩に鉤爪が刺さり、身体が浮く感覚。
リンリは、もう覚悟を決めるしかない。

「サシギ、さん……。覗きのお叱り受けましょう。
でも、できれば、お手柔らかに……」

 リンリは諦めた表情で涙ぐむ。
覗きをしたから怒られている。わけではなく。女心を理解しない“失言”で怒られたのだとは、悲しいことにもう少し後にならないと解らなかった。

「うわぁぁぁ」

 ──日が沈むまでの、命綱無しの、
リンリの楽しい空中散歩が始まったのだった。



 ◇◇◇
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