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第2章 魔導帝国の陰謀
窮地2
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「…………あ?」
護衛。ヨアンと名乗った男は、確かに護衛と言った。しかも赤の王に頼まれたと。一体いつからだ。まさかついさっきということはあるまい。ということはこの男、ここに至るまで窮地に立たされた少年を黙って見ていたというのだろうか。
疑念やら怒りやらで咄嗟に何も言えないままヨアンを睨んだ『グレイ』は、ふと地面に落ちるヨアンの影が不自然に揺らめいたような気がして、思わずそちらに視線を投げた。そして目に入ったものに、『グレイ』が息を飲む。
青年の影の中に、何かがいるのだ。無論、『グレイ』にはそれが何かまでは判らない。だがそれでも、異形の片目は確かにその存在を認識した。
ヨアンの影の中で蠢いているのは、まるで黒い汚泥の塊のような、どろりとした何かだった。もしかすると二月ほど前に貿易祭で出会った魔物に似ている生き物なのかもしれないが、これはあれよりもずっと凶悪で恐ろしいものであると、本能が警鐘を鳴らす。
「……テメェ、」
強張った表情で洩らした言葉は、『グレイ』が思っていた以上に掠れてしまった。一方のヨアンは、そんな『グレイ』を見て不思議そうに首を傾げてから、ああ、と納得したような声を上げた。
「エインストラだからこいつが見えるんだ。でもそんなにビビんなくて良いよ。こいつは俺の味方みたいなものだし、あんたに害は与えないから。それでも気になって困るんなら眼帯しとけば? そうしたら見えないんじゃない?」
「……ソレは、一体何だ」
提案を無視して睨むように見てきた『グレイ』に、ヨアンは少しだけ眉根を寄せた。
「説明するの面倒だし、説明したところで俺に何の得もないからやだ。取り敢えず、敵じゃないし危険でもないってことは教えてあげたんだから、良いでしょ」
そう言い、ヨアンはうんざりしたような顔で手を差し出して、ひらひらと振った。
「はい、判ったならさっさと立って。そこにいると邪魔。あ、腰抜けて立てないとか言わないでね。そうだったら困ると思って、わざわざ手を貸してあげようとしてるんだから」
その物言いに、ヨアンを観察するようにじっと見ていた『グレイ』は大きく息を吐き出した。
この男が味方である保証はないが、今すぐに自分に危害を加える気がないのは事実のようだ。ならばこの場でわざわざ敵対する必要はないだろう。そう判断した『グレイ』は、眼帯で右目を覆い直してから、差し出された手をひっぱたいて返した。
「お気遣いくださりドーモ。だけどお生憎さま、腰が抜けた訳じゃねェから自分で立てる。そのガキの脚と男どもの首がトんだカラクリが判らねェ上に、テメェが得体の知れねェ何かを飼ってるみてェだから、身動きとれなかっただけだ」
「ふぅん。変なところで用心深いんだね。そんなこと気にするくらいなら、最初からこんな奴らについて行かなきゃ良かったのに。明らかに怪しいのにホイホイついて行くから呆れちゃったよ、俺」
やれやれという顔をしたヨアンに、『グレイ』が引き攣ったような笑みを浮かべる。
「最初から見ていたのならもっと早く助けに入れたと思うんですが、如何ですかねェ? 原理は知らねェが、脚だの首だの斬り落としたのはテメェなんだろ?」
「そんなこと言われても。俺はやばくなったら助けてあげてくれって依頼されただけだから、やばくならない限り助けないのは当然じゃない?」
あっけらかんと言った様子から察するに、ヨアンという青年にとっては、あの瞬間までは危機的な状況ではなかったという判定になるらしい。
そのことについて『グレイ』が更に詰め寄ろうとしたが、それを無視してヨアンは少女の方へ向かった。そして、地べたに転がって泣きじゃくっている彼女の前にしゃがんで、その顔を覗き込む。
「知ってること全部話して。そのためにあんただけ生かした。言ってる意味、判るよね?」
「ひぐっ、わ、わたしの、あし、あし……」
「ああ、そのままじゃ死んじゃうか。火霊、焼いて止血して」
ヨアンの言葉を受け、火霊が宙で小さく炎を弾けさせる。赤の王のそれと比較すると随分と控えめな炎は、しかし十分な熱量を持って少女の傷口に纏わりついた。
「あああああああああ!!」
肉が焼かれる痛みに、アンネローゼが喉も枯れんばかりの絶叫を上げた。だがヨアンが気にした様子はなく、それどころか彼は満足げに頷いた。
「良かったね、取り敢えずこれで失血死することはなくなったよ。じゃあ安心したところで、知ってること話して。全部ね」
そんなことを言われても、アンネローゼは経験したことのない痛みにそれどころではなく、問い掛けに答えることなどできない。
「人の話聞いてる?」
首を傾げたヨアンが、アンネローゼの小さな手を取って、その小指を握る。
「折るよ」
宣言すると同時に、ヨアンの手が、まるで小枝でも折るかのような気軽さで細い小指をぽきりと折り曲げた。
「いぎぃぃぃぃぃぃッ!!」
「さっきからうるさいなぁ。いい加減静かにしないと舌引っこ抜くよ? あ、でもそうしたら喋れなくなっちゃうか。困ったなぁ」
困った困ったと言いながら、ヨアンの手が今度は少女の薬指に伸び、またもやなんでもないことのようにその骨をぽきりと折った。更なる痛みにアンネローゼが再び絶叫するのを見ながら、『グレイ』は心底から『鏡哉』に主導権を返さなくて良かったと思った。『グレイ』はちよう以外に興味がないからこそ、こういう場面に遭遇してもそこまで動揺することはない。だが、『鏡哉』だったならばそうはいかないだろう。あれはこういった凄惨な現場は苦手なのだ。
「どうする? 俺もあんまりこういうのは好きじゃないから、さっさと話してくれると嬉しいんだけど。ああ、心配しないで。好きじゃないからってやめはしないから。依頼を受けた以上これは仕事だからね。あんたが話してくれるまでいくらでも痛いことするよ」
淡々と話しながら今度はアンネローゼの中指を握ったヨアンに、彼女も彼が本気であることと、ここで黙っているのは悪手だということを悟ったのだろう。彼女は泣きながらこくこくと頷き、ヨアンに縋りついた。
「話す! 話すから! 痛いのはもういやぁっ!」
「他の人には散々痛いことしたくせに、都合が良いなぁ。まあ別に良いけど」
そう言ってアンネローゼの中指から手を離したヨアンは、改めて彼女の顔を覗き込んだ。
「じゃあまずひとつ目ね。今ここで本気でエインストラを攫おうっていうには計画があまりに杜撰らしいんだけど、今回の襲撃の本当の目的は何?」
ヨアンの問いに、アンネローゼは困惑したような表情を浮かべる。
「え、し、知らない……」
その答えに、ヨアンは無言のまま再び彼女の中指に手を伸ばした。その行動に、彼がしようとしていることを察したアンネローゼが小さく悲鳴を上げる。
「ほ、本当よ! 本当に知らないの! 私はエインストラを連れて来いって言われただけだもの!」
「連れて来いって、この少人数で? まさか本当に自分たちだけでなんとかなると思ってたの? そうだとしたらあんた、相当頭悪いんだね」
ヨアンの言葉を受け、既に涙でぐしゃぐしゃになっているアンネローゼの顔が更に歪む。
「し、知らないもん……、だって……、わ、私ならできるって……、皇帝陛下が……」
「ふぅん。じゃあ質問を変えるけど、帝国の最終目標って何なの? エインストラを手に入れて何するつもり?」
「……せ、世界を、平等にするの。生まれつきの、才能で、全てが決まる、今の世界なんて、おかしいって。私とか、弟、みたいな、捨て子がいない、優しい世界に、してくださるって、」
「はあ。つまり、世界を変える、みたいな? なんだか随分と漠然とした話だなぁ。まあそういう話ならそれで良いけど、じゃあどうやって世界を変えるの? エインストラがいたらどうにかなるわけ?」
首を傾げたヨアンに、アンネローゼの目から更に涙が零れる。そして彼女は、怯える子供そのものの目でヨアンを見た。
「…………わ、わかん、ない……」
「呆れた。そういうの判んないで、よく戦争に参加しようと思えるね。やっぱ馬鹿なのかあんた」
「っ、う、ぅ……」
「つまるところあんたはただの捨て駒ってことだね。……もう少し何か聞き出せるかと思ったけど、向こうも頭使ってるんだろうな」
はぁ、と大きく溜息を吐いたヨアンの脚に、ひぐひぐと嗚咽を漏らしながらアンネローゼが縋りつく。
「こ、殺さないで……。お、弟が、身体、弱くて、……私が、ちゃんとお役目、果たせたら、お医者さんが、」
嗚咽を洩らしながらズボンの裾を弱々しく握った小さな手を見つめ、ヨアンが目を細める。
「不幸自慢はいらないよ。質問に答えてくれるなら殺さないし、質問に答えないなら殺す。それだけだから」
抑揚の薄い声でそう吐かれ、アンネローゼは絶望したような表情を浮かべたが、そんな彼女を見てヨアンはやはり首を傾げた。
「当然でしょ? あんたは俺にとって敵国の人間だ。だから、あんたが死のうがあんたの弟が死のうが俺には関係ない。俺、何も間違ったこと言ってないよね?」
やはり淡々と言ったヨアンに、アンネローゼが縋りついていた手をぽとりと地面に落とし、唇を震わせる。
「……ちゃんと、答え、ます、から……」
掠れた声でか細くそう呟いた少女に、ヨアンは満足そうに頷いた。
「判ってくれたみたいで良かった良かった。と言っても捨て駒のあんたじゃどうせろくなこと知らないだろうし、……んー、じゃあ答えられそうなのにしようか」
そこで一度言葉を切ったヨアンが、アンネローゼを見つめた。
「あんたの魔導、多分だけど割と高等なものだよね。まだ子供のあんたがそこまでの魔導を使えるのって結構すごいことだと思うんだ。にも関わらずあんたを平気で捨て駒にするってことは、帝国にはもっと優れた魔導師がたくさんいる、ってことなのかな? ……ちょっと前までは全然そんなことなかったと思うんだけど、何かあった?」
ヨアンの問いにアンネローゼは迷うように視線を彷徨わせたが、それでも死の恐怖が勝ったらしく、のろのろと口を開いた。
「わ、わ、たしは、元々、魔導が使えなくて、でも、ウロ様が、実験に付き合ってくれたら、魔物との魔導契約を、結ばせてくれるって、」
「ふぅん、またここでもウロ様か。でも丁度良いや。これも絶対に訊かなきゃなって思ってたんだけど、……ウロって名前のあれ、一体何なの?」
言われ、アンネローゼは困惑の表情を浮かべた。
「……え? あ……、えっと、ウ、ウロ様、は、十年くらい前に、帝国に来て、魔導のこと、とってもお詳しくて、力を、貸してくれるって、」
ぽつりぽつりと語られる話に、しかしヨアンは僅かに苛立ったような顔をして首を横に振った。
「そういう話はいらない。そんなことより、あれが一体何なのかを教えて。…………あれ、人間じゃないよね?」
そう言ったヨアンに、アンネローゼは更に困惑したような表情を浮かべた。どうやら彼女は、ウロという人物についても詳しくは知らないようである。
「……はぁ。ほんっとに何にも知らないんだね、あんた。もう良いよ。じゃああんたが付き合った実験ってどんなんだったの?」
「そ、それ、は……、」
やはり狼狽えたように視線を泳がせた彼女に、ヨアンがすっと目を細める。敢えて口に出すことはなかったが、選択肢は与えないという彼の意図はアンネローゼに伝わったらしく、彼女は僅かな躊躇いを見せた後、それでも恐る恐るといった風に口を開いた。そして、震える唇が言葉を紡ごうとした、そのとき――、
「っ!?」
突如として目の前で起こったそれに、ヨアンは思わず息を飲んだ。何の前触れもなく、アンネローゼの口がさっくりと横に割けたのだ。そしてそのまま大きく開いた彼女の口は、ぶちぶちと音を立てて裏返り始めた。
「ああああああああああああああああ!!」
肉が引きちぎられる痛みに、アンネローゼが絶叫する。それはまるで誰かが力ずくで口をこじ開けているようにすら見える光景だったが、しかしこの場で呼吸をしているのは彼女とヨアンと『グレイ』だけで、彼女に触れている者は存在しない。もしやヨアンが何かをしたのかと『グレイ』は彼に視線をやったが、驚きが滲んでいるヨアンの表情を見るに、その可能性は低いようだ。
実際、これはヨアンにとっても予想外の展開で、彼は焦ったような声で精霊の名を叫んだ。
「火霊でも地霊でも良い! どうにかして!」
ヨアンの命に、すぐさま生まれた火がアンネローゼへと奔る。しかし、火霊が何をどうしようとしたのかは判らないが、結果として、赤い炎はアンネローゼに触れる直前に弾かれて掻き消えてしまった。恐らく、結界かそれに相当するような何かによって阻まれたのだろう。
そうしている間にも、少女の小さな口は見る影もなくばっくりと開き、そして反転するように自らの身体を飲み込み始めた。初めに反転した上顎が頭を飲み込み、それでも止まらないそれは、少女の身体をぼきぼきを折り曲げつつ進行する。そして、あっという間に少女の身体がひとつの肉の球と化してしまった次の瞬間、脈打つようにどくんと震えたそれは、一気に収縮してぷちゅりと潰れてしまった。
そのあまりの光景に、さしもの『グレイ』も絶句する。いっそ肉の塊が弾け散った方がまだマシだっただろう。確かな質量を持っていたものがその物質性を奪われたかのように縮んで潰れる様は、酷く不気味なものに見えた。
そんな緊迫した空気の中、『グレイ』が真っ先に行ったのはヨアンの様子を確認することだった。現状『グレイ』が頼れるのは彼しかおらず、その彼がこの状況をどう思っているかが気になったのだ。
果たして『グレイ』の目が捉えたのは、緊迫を顔に張り付けたような表情をしているヨアンの姿だった。
「おい、何が起こっ、」
『グレイ』がそう言い掛けたところで、アンネローゼがいた場所の空間が突然ぐにゃりと歪んだ。そして、一点を中心に渦を描くようにして捻じ曲がっていく空間の向こう側で、不明瞭だが巨大な何かの影が揺れる。
歪む空間を睨むように見たヨアンは、芳しくない状況に表情を険しくしている『グレイ』へと視線を投げた。
「判っていたことだけど相手が悪すぎる。こうやって先手を打たれた以上、今のまま対処するのはあんまり賢くない。俺は存在を知られてるから」
やはりあまり抑揚のない声でそう言ったヨアンに、『グレイ』は片眉を上げる。
「アァ? 判る言語で喋れ」
どうやらヨアンという男は会話があまり得意ではないらしい。もしくは、端から伝える気がないのだろう。どっちにしても、『グレイ』が困ることに変わりはなかった。とにかく、もっと意図を明確に伝えろ、という意味の言葉を吐くことで意思の疎通を図ろうとした『グレイ』だったが、そんな彼を無視してヨアンは火霊と地霊の名を呼んだ。
「いつもの強化お願い。調整とかは任せるから」
「おい、無視してんじゃねェよ」
やや苛立ったようにそう言った『グレイ』をちらりと見たヨアンが、ぐっと膝を曲げて腰を落とす。
「じゃあ、俺は消えるから。後はなんとかして」
そう言うや否や、『グレイ』がその言葉の真意を問い質す前に、ヨアンの姿が一瞬で消えた。煙のように掻き消えただとか、そういう類のものではない。その瞬間、『グレイ』は瞬きひとつせずにヨアンを見ていたのに、その彼にすら何が起こったのか判らないほど瞬時に消えてしまったのだ。
「なッ、何考えてんだあのクソ野郎!」
この状況で『グレイ』を置いて逃げるなど、赤の王直々の依頼を受けた護衛がして良い行動ではないだろう。それだけに、この展開はさすがの『グレイ』も予想外だった。
そんな彼のすぐ前で、一際大きく揺らいだ空間から、周囲の木々をなぎ倒しながら、巨大な何かが姿を現した。
「……なんだ、これ……」
『グレイ』が呟いて見上げた先にいたのは、見たこともない大きさの二枚貝だった。殻をピタリと閉じている今の状態であっても、その高さは『グレイ』の身長の三倍はあるだろう。そしてこの貝は、青の国のそれに見られる芸術品のような造形ではなく、もっとずっと単純な流線形をしていた。こんな貝など、『グレイ』は見たことも聞いたこともない。
(馬鹿みたいにデケェ貝だ。……だけどこいつ、動けるのか?)
見た目だけで判断するのならば、地上を機敏に動けるようには思えない。だが、この貝も恐らくは敵である。ならば、仮に『グレイ』が逃げようとしたところで、やすやすと見逃してくれるとは思えなかった。
貝を睨んだまま、じりじりと後退し始めた『グレイ』に、固く閉じていた貝の殻が僅かに開かれる。そしてそこから、まるで深い溜息を吐くような音と共に、黒く淀んだ靄が吐き出された。それはアンネローゼが操ったものに似てはいたが、しかしずっと禍々しい気配を色濃く纏っている。
本能的に黒い靄に触れるのを拒否した『グレイ』の身体が更に逃げを打とうとしたとき、不意に彼の頭に『アレクサンドラ』の声が響いた。そして告げられた言葉に、『グレイ』が僅かに目を見開く。
『グレイ』が主導権を握っていられる時間に限界が来たというのだ。『アレクサンドラ』曰く、彼女の処理能力ではこれ以上の記憶の空白を埋めることはできないらしい。
元々、他の人格が主導権を奪い取っている間の記憶は『鏡哉』には残らないため、記憶を改ざんすることでその空白期間を埋める必要があるのだが、『アレクサンドラ』が埋めることのできる期間は限られている。それを考慮しても想定以上に限界が早いのは、恐らくあの赤の王との一件のせいだろう。
「つくづく余計なことしかしねェなあのクソ野郎」
僅かな躊躇を見せたあとに盛大に悪態を吐いた『グレイ』は、意を決して目を閉じた。そのまま、身体と意識の主導権を徐々に『鏡哉』へと戻していく。
今の状況で『鏡哉』に代わるのは非常にリスクの高い選択だったが、それでも『鏡哉』の精神が崩壊するよりはマシだ。少なくとも、危機的状況に置かれているということは『アレクサンドラ』がうまく刷り込んでいるだろう。であれば、脆弱な『鏡哉』でも多少の対応はできるはずだ。
万が一死にそうになったならなったで、そのときに改めて人格を切り替えれば良い。そうなれば十中八九『鏡哉』は壊れるだろうが、ちようごと死ぬよりはずっと良い。
冷淡とも言える冷静さでそう判断した『グレイ』の意識が奥深くへと落ちていくのに代わって、『鏡哉』の意識が浮上する。
そして僅かな硬直ののち、はっと目を開けた彼は、一瞬混乱したような表情を浮かべたが、『アレクサンドラ』の尽力のかいあってかすぐに状況を理解し、貝に背を向けて走り出そうとした。
だが、そんな少年の行く手を阻むように、向かう先に背の高い男が割り込んできた。
「キョウヤ殿! お待ちを!」
「っ!?」
突然のことに、ひゅっと息を飲んで硬直した少年は、しかし眼前の彼の姿に見覚えがあることに気づき、瞬きをする。
「あ、あ、なた、は……、」
「ギルディスティアフォンガルド王国軍師団長、カリオス・ティグ・ヴァーリアです。以前にもお会いしたことがありますが、覚えておいでか?」
そう言ってほんの少しだけ笑顔を見せたのは、黒い髪に濃い赤色の瞳をした美丈夫。そう、少年の元に単身駆け付けたのは、師団長のカリオスであった。
彼のことは少年も覚えている。確か、金の国での事件のときに金の王と共にいた人物だ。
「は、はい」
「遅くなって申し訳ない。本来ならば軍を率いて騎獣にて駆け付ける予定が、邪魔だと言われてしまい、急ぎ単身馳せ参じた次第です」
「え、じゃ、邪魔、ですか……?」
誰にそんなことを言われたんだ、という疑問を含んだ呟きに、カリオスが小さく首を傾げる。
「おや? 随分と先に向かわれたので、てっきりもうお会いになっているかと思ったのですが」
「……あ、もしかして、えっと、……ヨアン、さん……?」
少年の言葉にカリオスはやや困ったような微笑みを浮かべたが、特に何かを言うことはなく頷いた。
「はい。それで、あの方はどちらに?」
「え、っと、あの、……先手を打たれたからこのままだとまずい、消えるから後はなんとかして、と言って、何処かへ……」
我ながら何も伝わらない説明だと思った少年だったが、どう足掻いてもこれ以上の情報は渡せないので仕方がない。しかし、カリオスの方はそれだけで察するものがあったのか、なるほどと言って頷いた。
「それでは私の役目は、貴方を守りつつあの貝の進行を妨げることなのでしょう」
そう言ったカリオスが、少年を背に庇うようにして敵に対峙する。すっと引き抜き構えられた長剣は、赤の王のものと比べるとやや細く、少年はどうしても不安になる己を抑えられずにいた。
「あ、あの、一人で大丈夫、なんですか……?」
「さて、どうでしょうか。これでもギルガルド王国内では強者として名を馳せておりますが、無論グランデル国王陛下には敵いませんからね。……ですが、持ち堪えるくらいならば私にもできましょう」
貝が吐き出す黒い靄が、徐々に辺りへと広がっていく。ゆっくりではあるが確実に森を飲み込んでいくそれに、少年は思わず後ずさりをした。しかし、そんな彼をちらりと振り返ったカリオスが、少年を落ち着けるように小さく微笑んでみせる。
「風霊を使い毒の類でないことは確認しております。触れてどうこうなるものではないようですので、その点はどうかご安心を」
「でも、あの、魔導師の女の子が、同じ靄みたいなものを操ってて。多分、幻覚を見せる作用があったんだと思います。だから、もしあれもそうなら、触らない方が」
そう言った少年に、カリオスはやや怪訝そうな顔をした。
「ということは、十中八九この魔物はその少女の契約相手ですね。しかし、肝心の魔導師は今どこに?」
「……死んで、しまいました……」
その言葉を聞いた瞬間、カリオスの顔色がさっと変わった。そしてそれとほぼ同じタイミングで、黒い靄が一気にぶわりと広がって周囲を埋め尽くした。
思わず身を固くした少年の腕を、カリオスが掴んで引き寄せる。
「どうか私の傍を離れぬよう」
「あ、は、はい」
先ほどまでよりも明らかに緊張を孕んだカリオスの声に、少年は事態が芳しくないのだろうことを悟った。
「風霊! 可能な範囲でこの霧を払え!」
カリオスがそう叫ぶと同時に、突風が吹きすさんだ。金の国の国民は魔法適性が低い傾向にあるのだが、どうやら師団長たる彼は例外らしく、戦闘時に有効となり得るレベルの魔法が扱えるようだ。
風霊が起こした風が靄を吹き飛ばしていく中、険しい表情のまま前を睨んだカリオスが口を開く。
「申し訳ない、見誤りました。どうやら私が思っていたよりもずっと厄介な事態のようだ」
「あの、どういう……?」
「魔導とは、魔物を屈服させて無理矢理従わせる外法のようなもの。故に、魔物は使役されている期間もずっと憎しみを募らせていくのです。増してや帝国は、別次元から召喚した魔物を魔導によって縛っている。故郷から引きずり出され、一人知らない世界で己の意思に反して使われるなど、魔物側の怒りと憎悪は想像を絶するものでしょう」
言われ、少年は頷いた。カリオスの言う通り想像すらできないが、それはきっととても悲しいことなのだろう。
「あの魔物は、まさにそういった怒りと憎しみを募らせた成れの果てのような状態なのです。恐らくは、使役者である少女とやらの死の直前に、魔導契約が壊れたのでしょう。本来であれば使役者の死と使い魔の死は同義の筈ですが、契約が破棄されたとなれば話は別だ。そして、使役者から解放された魔物の多くが望むのは、使役者への復讐です。しかし、使役者たる少女が既に死んだとなると、その矛先は人間という種そのものや、ときに世界自体に向かう可能性さえある。そしてこの世界があの魔物にとって異邦であることを考慮するならば、今回のケースは後者である可能性が非常に高いと言えます。……あの方が身を引く訳だ。私たちが今対峙しているのは、この世界そのものに対してこの上ない怨嗟を募らせた未知の魔物なのですから……!」
風に押し流された靄が、ゆっくりと薄れていく。しかしそれでもなおうっすらとした靄に覆われたその向こうで、無数の影が揺らいだ。
いつの間にか、少年とカリオスの周囲は、何十体にも及ぶ巨大な貝の群れによって取り囲まれていたのだ。
護衛。ヨアンと名乗った男は、確かに護衛と言った。しかも赤の王に頼まれたと。一体いつからだ。まさかついさっきということはあるまい。ということはこの男、ここに至るまで窮地に立たされた少年を黙って見ていたというのだろうか。
疑念やら怒りやらで咄嗟に何も言えないままヨアンを睨んだ『グレイ』は、ふと地面に落ちるヨアンの影が不自然に揺らめいたような気がして、思わずそちらに視線を投げた。そして目に入ったものに、『グレイ』が息を飲む。
青年の影の中に、何かがいるのだ。無論、『グレイ』にはそれが何かまでは判らない。だがそれでも、異形の片目は確かにその存在を認識した。
ヨアンの影の中で蠢いているのは、まるで黒い汚泥の塊のような、どろりとした何かだった。もしかすると二月ほど前に貿易祭で出会った魔物に似ている生き物なのかもしれないが、これはあれよりもずっと凶悪で恐ろしいものであると、本能が警鐘を鳴らす。
「……テメェ、」
強張った表情で洩らした言葉は、『グレイ』が思っていた以上に掠れてしまった。一方のヨアンは、そんな『グレイ』を見て不思議そうに首を傾げてから、ああ、と納得したような声を上げた。
「エインストラだからこいつが見えるんだ。でもそんなにビビんなくて良いよ。こいつは俺の味方みたいなものだし、あんたに害は与えないから。それでも気になって困るんなら眼帯しとけば? そうしたら見えないんじゃない?」
「……ソレは、一体何だ」
提案を無視して睨むように見てきた『グレイ』に、ヨアンは少しだけ眉根を寄せた。
「説明するの面倒だし、説明したところで俺に何の得もないからやだ。取り敢えず、敵じゃないし危険でもないってことは教えてあげたんだから、良いでしょ」
そう言い、ヨアンはうんざりしたような顔で手を差し出して、ひらひらと振った。
「はい、判ったならさっさと立って。そこにいると邪魔。あ、腰抜けて立てないとか言わないでね。そうだったら困ると思って、わざわざ手を貸してあげようとしてるんだから」
その物言いに、ヨアンを観察するようにじっと見ていた『グレイ』は大きく息を吐き出した。
この男が味方である保証はないが、今すぐに自分に危害を加える気がないのは事実のようだ。ならばこの場でわざわざ敵対する必要はないだろう。そう判断した『グレイ』は、眼帯で右目を覆い直してから、差し出された手をひっぱたいて返した。
「お気遣いくださりドーモ。だけどお生憎さま、腰が抜けた訳じゃねェから自分で立てる。そのガキの脚と男どもの首がトんだカラクリが判らねェ上に、テメェが得体の知れねェ何かを飼ってるみてェだから、身動きとれなかっただけだ」
「ふぅん。変なところで用心深いんだね。そんなこと気にするくらいなら、最初からこんな奴らについて行かなきゃ良かったのに。明らかに怪しいのにホイホイついて行くから呆れちゃったよ、俺」
やれやれという顔をしたヨアンに、『グレイ』が引き攣ったような笑みを浮かべる。
「最初から見ていたのならもっと早く助けに入れたと思うんですが、如何ですかねェ? 原理は知らねェが、脚だの首だの斬り落としたのはテメェなんだろ?」
「そんなこと言われても。俺はやばくなったら助けてあげてくれって依頼されただけだから、やばくならない限り助けないのは当然じゃない?」
あっけらかんと言った様子から察するに、ヨアンという青年にとっては、あの瞬間までは危機的な状況ではなかったという判定になるらしい。
そのことについて『グレイ』が更に詰め寄ろうとしたが、それを無視してヨアンは少女の方へ向かった。そして、地べたに転がって泣きじゃくっている彼女の前にしゃがんで、その顔を覗き込む。
「知ってること全部話して。そのためにあんただけ生かした。言ってる意味、判るよね?」
「ひぐっ、わ、わたしの、あし、あし……」
「ああ、そのままじゃ死んじゃうか。火霊、焼いて止血して」
ヨアンの言葉を受け、火霊が宙で小さく炎を弾けさせる。赤の王のそれと比較すると随分と控えめな炎は、しかし十分な熱量を持って少女の傷口に纏わりついた。
「あああああああああ!!」
肉が焼かれる痛みに、アンネローゼが喉も枯れんばかりの絶叫を上げた。だがヨアンが気にした様子はなく、それどころか彼は満足げに頷いた。
「良かったね、取り敢えずこれで失血死することはなくなったよ。じゃあ安心したところで、知ってること話して。全部ね」
そんなことを言われても、アンネローゼは経験したことのない痛みにそれどころではなく、問い掛けに答えることなどできない。
「人の話聞いてる?」
首を傾げたヨアンが、アンネローゼの小さな手を取って、その小指を握る。
「折るよ」
宣言すると同時に、ヨアンの手が、まるで小枝でも折るかのような気軽さで細い小指をぽきりと折り曲げた。
「いぎぃぃぃぃぃぃッ!!」
「さっきからうるさいなぁ。いい加減静かにしないと舌引っこ抜くよ? あ、でもそうしたら喋れなくなっちゃうか。困ったなぁ」
困った困ったと言いながら、ヨアンの手が今度は少女の薬指に伸び、またもやなんでもないことのようにその骨をぽきりと折った。更なる痛みにアンネローゼが再び絶叫するのを見ながら、『グレイ』は心底から『鏡哉』に主導権を返さなくて良かったと思った。『グレイ』はちよう以外に興味がないからこそ、こういう場面に遭遇してもそこまで動揺することはない。だが、『鏡哉』だったならばそうはいかないだろう。あれはこういった凄惨な現場は苦手なのだ。
「どうする? 俺もあんまりこういうのは好きじゃないから、さっさと話してくれると嬉しいんだけど。ああ、心配しないで。好きじゃないからってやめはしないから。依頼を受けた以上これは仕事だからね。あんたが話してくれるまでいくらでも痛いことするよ」
淡々と話しながら今度はアンネローゼの中指を握ったヨアンに、彼女も彼が本気であることと、ここで黙っているのは悪手だということを悟ったのだろう。彼女は泣きながらこくこくと頷き、ヨアンに縋りついた。
「話す! 話すから! 痛いのはもういやぁっ!」
「他の人には散々痛いことしたくせに、都合が良いなぁ。まあ別に良いけど」
そう言ってアンネローゼの中指から手を離したヨアンは、改めて彼女の顔を覗き込んだ。
「じゃあまずひとつ目ね。今ここで本気でエインストラを攫おうっていうには計画があまりに杜撰らしいんだけど、今回の襲撃の本当の目的は何?」
ヨアンの問いに、アンネローゼは困惑したような表情を浮かべる。
「え、し、知らない……」
その答えに、ヨアンは無言のまま再び彼女の中指に手を伸ばした。その行動に、彼がしようとしていることを察したアンネローゼが小さく悲鳴を上げる。
「ほ、本当よ! 本当に知らないの! 私はエインストラを連れて来いって言われただけだもの!」
「連れて来いって、この少人数で? まさか本当に自分たちだけでなんとかなると思ってたの? そうだとしたらあんた、相当頭悪いんだね」
ヨアンの言葉を受け、既に涙でぐしゃぐしゃになっているアンネローゼの顔が更に歪む。
「し、知らないもん……、だって……、わ、私ならできるって……、皇帝陛下が……」
「ふぅん。じゃあ質問を変えるけど、帝国の最終目標って何なの? エインストラを手に入れて何するつもり?」
「……せ、世界を、平等にするの。生まれつきの、才能で、全てが決まる、今の世界なんて、おかしいって。私とか、弟、みたいな、捨て子がいない、優しい世界に、してくださるって、」
「はあ。つまり、世界を変える、みたいな? なんだか随分と漠然とした話だなぁ。まあそういう話ならそれで良いけど、じゃあどうやって世界を変えるの? エインストラがいたらどうにかなるわけ?」
首を傾げたヨアンに、アンネローゼの目から更に涙が零れる。そして彼女は、怯える子供そのものの目でヨアンを見た。
「…………わ、わかん、ない……」
「呆れた。そういうの判んないで、よく戦争に参加しようと思えるね。やっぱ馬鹿なのかあんた」
「っ、う、ぅ……」
「つまるところあんたはただの捨て駒ってことだね。……もう少し何か聞き出せるかと思ったけど、向こうも頭使ってるんだろうな」
はぁ、と大きく溜息を吐いたヨアンの脚に、ひぐひぐと嗚咽を漏らしながらアンネローゼが縋りつく。
「こ、殺さないで……。お、弟が、身体、弱くて、……私が、ちゃんとお役目、果たせたら、お医者さんが、」
嗚咽を洩らしながらズボンの裾を弱々しく握った小さな手を見つめ、ヨアンが目を細める。
「不幸自慢はいらないよ。質問に答えてくれるなら殺さないし、質問に答えないなら殺す。それだけだから」
抑揚の薄い声でそう吐かれ、アンネローゼは絶望したような表情を浮かべたが、そんな彼女を見てヨアンはやはり首を傾げた。
「当然でしょ? あんたは俺にとって敵国の人間だ。だから、あんたが死のうがあんたの弟が死のうが俺には関係ない。俺、何も間違ったこと言ってないよね?」
やはり淡々と言ったヨアンに、アンネローゼが縋りついていた手をぽとりと地面に落とし、唇を震わせる。
「……ちゃんと、答え、ます、から……」
掠れた声でか細くそう呟いた少女に、ヨアンは満足そうに頷いた。
「判ってくれたみたいで良かった良かった。と言っても捨て駒のあんたじゃどうせろくなこと知らないだろうし、……んー、じゃあ答えられそうなのにしようか」
そこで一度言葉を切ったヨアンが、アンネローゼを見つめた。
「あんたの魔導、多分だけど割と高等なものだよね。まだ子供のあんたがそこまでの魔導を使えるのって結構すごいことだと思うんだ。にも関わらずあんたを平気で捨て駒にするってことは、帝国にはもっと優れた魔導師がたくさんいる、ってことなのかな? ……ちょっと前までは全然そんなことなかったと思うんだけど、何かあった?」
ヨアンの問いにアンネローゼは迷うように視線を彷徨わせたが、それでも死の恐怖が勝ったらしく、のろのろと口を開いた。
「わ、わ、たしは、元々、魔導が使えなくて、でも、ウロ様が、実験に付き合ってくれたら、魔物との魔導契約を、結ばせてくれるって、」
「ふぅん、またここでもウロ様か。でも丁度良いや。これも絶対に訊かなきゃなって思ってたんだけど、……ウロって名前のあれ、一体何なの?」
言われ、アンネローゼは困惑の表情を浮かべた。
「……え? あ……、えっと、ウ、ウロ様、は、十年くらい前に、帝国に来て、魔導のこと、とってもお詳しくて、力を、貸してくれるって、」
ぽつりぽつりと語られる話に、しかしヨアンは僅かに苛立ったような顔をして首を横に振った。
「そういう話はいらない。そんなことより、あれが一体何なのかを教えて。…………あれ、人間じゃないよね?」
そう言ったヨアンに、アンネローゼは更に困惑したような表情を浮かべた。どうやら彼女は、ウロという人物についても詳しくは知らないようである。
「……はぁ。ほんっとに何にも知らないんだね、あんた。もう良いよ。じゃああんたが付き合った実験ってどんなんだったの?」
「そ、それ、は……、」
やはり狼狽えたように視線を泳がせた彼女に、ヨアンがすっと目を細める。敢えて口に出すことはなかったが、選択肢は与えないという彼の意図はアンネローゼに伝わったらしく、彼女は僅かな躊躇いを見せた後、それでも恐る恐るといった風に口を開いた。そして、震える唇が言葉を紡ごうとした、そのとき――、
「っ!?」
突如として目の前で起こったそれに、ヨアンは思わず息を飲んだ。何の前触れもなく、アンネローゼの口がさっくりと横に割けたのだ。そしてそのまま大きく開いた彼女の口は、ぶちぶちと音を立てて裏返り始めた。
「ああああああああああああああああ!!」
肉が引きちぎられる痛みに、アンネローゼが絶叫する。それはまるで誰かが力ずくで口をこじ開けているようにすら見える光景だったが、しかしこの場で呼吸をしているのは彼女とヨアンと『グレイ』だけで、彼女に触れている者は存在しない。もしやヨアンが何かをしたのかと『グレイ』は彼に視線をやったが、驚きが滲んでいるヨアンの表情を見るに、その可能性は低いようだ。
実際、これはヨアンにとっても予想外の展開で、彼は焦ったような声で精霊の名を叫んだ。
「火霊でも地霊でも良い! どうにかして!」
ヨアンの命に、すぐさま生まれた火がアンネローゼへと奔る。しかし、火霊が何をどうしようとしたのかは判らないが、結果として、赤い炎はアンネローゼに触れる直前に弾かれて掻き消えてしまった。恐らく、結界かそれに相当するような何かによって阻まれたのだろう。
そうしている間にも、少女の小さな口は見る影もなくばっくりと開き、そして反転するように自らの身体を飲み込み始めた。初めに反転した上顎が頭を飲み込み、それでも止まらないそれは、少女の身体をぼきぼきを折り曲げつつ進行する。そして、あっという間に少女の身体がひとつの肉の球と化してしまった次の瞬間、脈打つようにどくんと震えたそれは、一気に収縮してぷちゅりと潰れてしまった。
そのあまりの光景に、さしもの『グレイ』も絶句する。いっそ肉の塊が弾け散った方がまだマシだっただろう。確かな質量を持っていたものがその物質性を奪われたかのように縮んで潰れる様は、酷く不気味なものに見えた。
そんな緊迫した空気の中、『グレイ』が真っ先に行ったのはヨアンの様子を確認することだった。現状『グレイ』が頼れるのは彼しかおらず、その彼がこの状況をどう思っているかが気になったのだ。
果たして『グレイ』の目が捉えたのは、緊迫を顔に張り付けたような表情をしているヨアンの姿だった。
「おい、何が起こっ、」
『グレイ』がそう言い掛けたところで、アンネローゼがいた場所の空間が突然ぐにゃりと歪んだ。そして、一点を中心に渦を描くようにして捻じ曲がっていく空間の向こう側で、不明瞭だが巨大な何かの影が揺れる。
歪む空間を睨むように見たヨアンは、芳しくない状況に表情を険しくしている『グレイ』へと視線を投げた。
「判っていたことだけど相手が悪すぎる。こうやって先手を打たれた以上、今のまま対処するのはあんまり賢くない。俺は存在を知られてるから」
やはりあまり抑揚のない声でそう言ったヨアンに、『グレイ』は片眉を上げる。
「アァ? 判る言語で喋れ」
どうやらヨアンという男は会話があまり得意ではないらしい。もしくは、端から伝える気がないのだろう。どっちにしても、『グレイ』が困ることに変わりはなかった。とにかく、もっと意図を明確に伝えろ、という意味の言葉を吐くことで意思の疎通を図ろうとした『グレイ』だったが、そんな彼を無視してヨアンは火霊と地霊の名を呼んだ。
「いつもの強化お願い。調整とかは任せるから」
「おい、無視してんじゃねェよ」
やや苛立ったようにそう言った『グレイ』をちらりと見たヨアンが、ぐっと膝を曲げて腰を落とす。
「じゃあ、俺は消えるから。後はなんとかして」
そう言うや否や、『グレイ』がその言葉の真意を問い質す前に、ヨアンの姿が一瞬で消えた。煙のように掻き消えただとか、そういう類のものではない。その瞬間、『グレイ』は瞬きひとつせずにヨアンを見ていたのに、その彼にすら何が起こったのか判らないほど瞬時に消えてしまったのだ。
「なッ、何考えてんだあのクソ野郎!」
この状況で『グレイ』を置いて逃げるなど、赤の王直々の依頼を受けた護衛がして良い行動ではないだろう。それだけに、この展開はさすがの『グレイ』も予想外だった。
そんな彼のすぐ前で、一際大きく揺らいだ空間から、周囲の木々をなぎ倒しながら、巨大な何かが姿を現した。
「……なんだ、これ……」
『グレイ』が呟いて見上げた先にいたのは、見たこともない大きさの二枚貝だった。殻をピタリと閉じている今の状態であっても、その高さは『グレイ』の身長の三倍はあるだろう。そしてこの貝は、青の国のそれに見られる芸術品のような造形ではなく、もっとずっと単純な流線形をしていた。こんな貝など、『グレイ』は見たことも聞いたこともない。
(馬鹿みたいにデケェ貝だ。……だけどこいつ、動けるのか?)
見た目だけで判断するのならば、地上を機敏に動けるようには思えない。だが、この貝も恐らくは敵である。ならば、仮に『グレイ』が逃げようとしたところで、やすやすと見逃してくれるとは思えなかった。
貝を睨んだまま、じりじりと後退し始めた『グレイ』に、固く閉じていた貝の殻が僅かに開かれる。そしてそこから、まるで深い溜息を吐くような音と共に、黒く淀んだ靄が吐き出された。それはアンネローゼが操ったものに似てはいたが、しかしずっと禍々しい気配を色濃く纏っている。
本能的に黒い靄に触れるのを拒否した『グレイ』の身体が更に逃げを打とうとしたとき、不意に彼の頭に『アレクサンドラ』の声が響いた。そして告げられた言葉に、『グレイ』が僅かに目を見開く。
『グレイ』が主導権を握っていられる時間に限界が来たというのだ。『アレクサンドラ』曰く、彼女の処理能力ではこれ以上の記憶の空白を埋めることはできないらしい。
元々、他の人格が主導権を奪い取っている間の記憶は『鏡哉』には残らないため、記憶を改ざんすることでその空白期間を埋める必要があるのだが、『アレクサンドラ』が埋めることのできる期間は限られている。それを考慮しても想定以上に限界が早いのは、恐らくあの赤の王との一件のせいだろう。
「つくづく余計なことしかしねェなあのクソ野郎」
僅かな躊躇を見せたあとに盛大に悪態を吐いた『グレイ』は、意を決して目を閉じた。そのまま、身体と意識の主導権を徐々に『鏡哉』へと戻していく。
今の状況で『鏡哉』に代わるのは非常にリスクの高い選択だったが、それでも『鏡哉』の精神が崩壊するよりはマシだ。少なくとも、危機的状況に置かれているということは『アレクサンドラ』がうまく刷り込んでいるだろう。であれば、脆弱な『鏡哉』でも多少の対応はできるはずだ。
万が一死にそうになったならなったで、そのときに改めて人格を切り替えれば良い。そうなれば十中八九『鏡哉』は壊れるだろうが、ちようごと死ぬよりはずっと良い。
冷淡とも言える冷静さでそう判断した『グレイ』の意識が奥深くへと落ちていくのに代わって、『鏡哉』の意識が浮上する。
そして僅かな硬直ののち、はっと目を開けた彼は、一瞬混乱したような表情を浮かべたが、『アレクサンドラ』の尽力のかいあってかすぐに状況を理解し、貝に背を向けて走り出そうとした。
だが、そんな少年の行く手を阻むように、向かう先に背の高い男が割り込んできた。
「キョウヤ殿! お待ちを!」
「っ!?」
突然のことに、ひゅっと息を飲んで硬直した少年は、しかし眼前の彼の姿に見覚えがあることに気づき、瞬きをする。
「あ、あ、なた、は……、」
「ギルディスティアフォンガルド王国軍師団長、カリオス・ティグ・ヴァーリアです。以前にもお会いしたことがありますが、覚えておいでか?」
そう言ってほんの少しだけ笑顔を見せたのは、黒い髪に濃い赤色の瞳をした美丈夫。そう、少年の元に単身駆け付けたのは、師団長のカリオスであった。
彼のことは少年も覚えている。確か、金の国での事件のときに金の王と共にいた人物だ。
「は、はい」
「遅くなって申し訳ない。本来ならば軍を率いて騎獣にて駆け付ける予定が、邪魔だと言われてしまい、急ぎ単身馳せ参じた次第です」
「え、じゃ、邪魔、ですか……?」
誰にそんなことを言われたんだ、という疑問を含んだ呟きに、カリオスが小さく首を傾げる。
「おや? 随分と先に向かわれたので、てっきりもうお会いになっているかと思ったのですが」
「……あ、もしかして、えっと、……ヨアン、さん……?」
少年の言葉にカリオスはやや困ったような微笑みを浮かべたが、特に何かを言うことはなく頷いた。
「はい。それで、あの方はどちらに?」
「え、っと、あの、……先手を打たれたからこのままだとまずい、消えるから後はなんとかして、と言って、何処かへ……」
我ながら何も伝わらない説明だと思った少年だったが、どう足掻いてもこれ以上の情報は渡せないので仕方がない。しかし、カリオスの方はそれだけで察するものがあったのか、なるほどと言って頷いた。
「それでは私の役目は、貴方を守りつつあの貝の進行を妨げることなのでしょう」
そう言ったカリオスが、少年を背に庇うようにして敵に対峙する。すっと引き抜き構えられた長剣は、赤の王のものと比べるとやや細く、少年はどうしても不安になる己を抑えられずにいた。
「あ、あの、一人で大丈夫、なんですか……?」
「さて、どうでしょうか。これでもギルガルド王国内では強者として名を馳せておりますが、無論グランデル国王陛下には敵いませんからね。……ですが、持ち堪えるくらいならば私にもできましょう」
貝が吐き出す黒い靄が、徐々に辺りへと広がっていく。ゆっくりではあるが確実に森を飲み込んでいくそれに、少年は思わず後ずさりをした。しかし、そんな彼をちらりと振り返ったカリオスが、少年を落ち着けるように小さく微笑んでみせる。
「風霊を使い毒の類でないことは確認しております。触れてどうこうなるものではないようですので、その点はどうかご安心を」
「でも、あの、魔導師の女の子が、同じ靄みたいなものを操ってて。多分、幻覚を見せる作用があったんだと思います。だから、もしあれもそうなら、触らない方が」
そう言った少年に、カリオスはやや怪訝そうな顔をした。
「ということは、十中八九この魔物はその少女の契約相手ですね。しかし、肝心の魔導師は今どこに?」
「……死んで、しまいました……」
その言葉を聞いた瞬間、カリオスの顔色がさっと変わった。そしてそれとほぼ同じタイミングで、黒い靄が一気にぶわりと広がって周囲を埋め尽くした。
思わず身を固くした少年の腕を、カリオスが掴んで引き寄せる。
「どうか私の傍を離れぬよう」
「あ、は、はい」
先ほどまでよりも明らかに緊張を孕んだカリオスの声に、少年は事態が芳しくないのだろうことを悟った。
「風霊! 可能な範囲でこの霧を払え!」
カリオスがそう叫ぶと同時に、突風が吹きすさんだ。金の国の国民は魔法適性が低い傾向にあるのだが、どうやら師団長たる彼は例外らしく、戦闘時に有効となり得るレベルの魔法が扱えるようだ。
風霊が起こした風が靄を吹き飛ばしていく中、険しい表情のまま前を睨んだカリオスが口を開く。
「申し訳ない、見誤りました。どうやら私が思っていたよりもずっと厄介な事態のようだ」
「あの、どういう……?」
「魔導とは、魔物を屈服させて無理矢理従わせる外法のようなもの。故に、魔物は使役されている期間もずっと憎しみを募らせていくのです。増してや帝国は、別次元から召喚した魔物を魔導によって縛っている。故郷から引きずり出され、一人知らない世界で己の意思に反して使われるなど、魔物側の怒りと憎悪は想像を絶するものでしょう」
言われ、少年は頷いた。カリオスの言う通り想像すらできないが、それはきっととても悲しいことなのだろう。
「あの魔物は、まさにそういった怒りと憎しみを募らせた成れの果てのような状態なのです。恐らくは、使役者である少女とやらの死の直前に、魔導契約が壊れたのでしょう。本来であれば使役者の死と使い魔の死は同義の筈ですが、契約が破棄されたとなれば話は別だ。そして、使役者から解放された魔物の多くが望むのは、使役者への復讐です。しかし、使役者たる少女が既に死んだとなると、その矛先は人間という種そのものや、ときに世界自体に向かう可能性さえある。そしてこの世界があの魔物にとって異邦であることを考慮するならば、今回のケースは後者である可能性が非常に高いと言えます。……あの方が身を引く訳だ。私たちが今対峙しているのは、この世界そのものに対してこの上ない怨嗟を募らせた未知の魔物なのですから……!」
風に押し流された靄が、ゆっくりと薄れていく。しかしそれでもなおうっすらとした靄に覆われたその向こうで、無数の影が揺らいだ。
いつの間にか、少年とカリオスの周囲は、何十体にも及ぶ巨大な貝の群れによって取り囲まれていたのだ。
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