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第3.5章 小話3
各国壁ドン事情 白の国編
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白の国は、他国とは違った独自の宗教形態を有し、巨大な大聖堂が国土を大きく専有している国家である。そして国民の殆どは、その大聖堂の中で共同生活を送っているのだ。この国は他の国とは異なり、明確な王国としては成り立っていない。国と言うよりは宗教を柱とした共同体のようなもので、こういった形態の国は円卓でも珍しく、似たような国と言えば黒の国しか存在しない。
黒の国は王家というものが存在しないことで有名だが、白もまた王家に相当するものを有しておらず、この大聖堂の最高統括者として選ばれた聖人が、白の王として定められるのが通例だ。ちなみに歴代の白の王は、有事の際の場繋ぎの王を除けば皆、処女受胎によって生まれた聖人である。この処女受胎に性別は関係しておらず、女性から産まれるのは男性の聖人で、男性から産まれるのは女性の聖人である、というのが決まりらしい。当代の王もその例に漏れず、性交経験のない男性から産まれた聖女であった。ちなみに、少なくともリアンジュナイル大陸においては、男性が妊娠する例はこの国の処女受胎以外には存在しない。
そんな不思議国家である白の国にある、白亜の大聖堂の一室、大司祭の執務室では、白の王が不思議そうに首を傾げていた。
「……どういうことなのでしょう」
執務机に向かい、書類を眺めつつ呟いた王に、同席して執務の補佐をしていた神官(他国で言うところの文官の立ち位置である)が首を傾げた。
「どうされました、大司祭様。何か報告書類に不備がございましたか?」
「いいえ、そうではありません。ただ、少し……、……不思議なことがありまして」
本当に不思議そうにそう言った王に、神官は少し首を傾げた。
現在確認している報告書は、円卓の各国に派遣している回復魔法師からのものである。
風と水の属性からなる回復魔法は、その両属性に適性のある人間でも中々扱えない代物だ。端的に言うと、他の魔法と違って比較的珍しいのである。仮に使えても、指先の切り傷を塞ぐとか、擦り剥いた膝を綺麗にするだとか、その程度のものに収まりがちだ。そんな中、白の国の民は回復魔法を得手とする人間が多いため、有事に備え、各国に複数人、回復魔法に優れた者を常駐させているのだ。
今回の報告書は、発生した事故やその被害状況、回復魔法の行使の有無などを報告する定例のもので、普段のものと何ら変わりないはずだ。それが不思議とは、一体どのようなことが書かれているのだろうか。
神官が素直にそれを訊ねてみれば、実はですね、と王が答える。
「ここ最近の報告に、壁ドンという言葉が頻出していまして」
「壁ドン、ですか?」
「ええ。それは一体、何なのでしょうかと……」
考え込む素振りを見せた王に、神官は笑いかけた。壁ドンの正体ならば、自分が知っている。
「壁ドンとは、最近流行りの動作ですよ、大司祭様」
「流行りの動作?」
「はい。リィンスタット王国から大陸全体に広まった本の物語に出てくる動作でして、男性が、こう、女性に対して格好良く迫るものです」
「ああ、成程」
神官が一人で壁ドンの真似事をして見せると、王はありがとうございますと微笑んだ。滅相もございません、と恐縮しつつ、神官も微笑み返す。
しかし、納得した様子の王は、すぐにまた不思議そうな顔をする。
「ですが、それでは何故、報告書にその動作が頻出するのでしょうか」
「……確かに、そうですね。通常であれば、壁ドンは報告書に記載されるような代物ではないと思うのですが……」
「ええ、私もそう思うのですが、こちらを見てください」
そう言って王が机の上に書類を何枚か並べた。神官が近づいて確認すると、確かに所々に壁ドンの文字が見て取れる。
意味が判らず、神官は思わず眉をひそめた。壁ドンと事故、という二つが上手く結びつかなかったのだ。
「どれも殆ど同時期の報告です。こちらはグランデル、こちらはミゼルティア、こちらはカスィーミレウで、こちらはリィンスタット、そしてこちらはネオネグニオですね。……リィンスタットに関しては、どうやらいつものように王獣の雷を浴びたリィンスタット王の治療、とのことですので、何が起きたかは壁ドンの説明でなんとなく把握しましたが……」
大方、執務をさぼって女性に壁ドンをしていたところ、怒れる王獣に罰を与えられたのだろう。そこだけは、神官も容易に察することができた。だが、ではその他の国は、となると、これは確かに神官にも理解できない。
そこで神官は、許可を得て件の報告書を手に取り、しっかりと目を通してみた。いずれも各国の王宮に派遣されている回復魔法師からの報告書である。
赤の国――王宮にてグランデル王陛下が壁ドンを敢行しようとし、執務室の壁が大破する。その際に生じた瓦礫による被害はなし。
青の国――王宮にてミゼルティア王陛下が壁ドンを敢行しようとし、執務室の壁を破壊。幾つか瓦礫が吹き飛ぶも、これによる怪我人はなし。
緑の国――王宮の庭園にて、カスィーミレウ王陛下が壁ドンを敢行しようとし、結果、衛兵のひとりが負傷。全身打撲。魔法を使用するか、経過観察の後に判断。次回経過を報告。
紫の国――王宮、王の私室にて、ネオネグニオ王陛下が壁ドンを敢行しようとする。王陛下の世話係が顔面を負傷。怪我人はひとり。額への打撲と鼻からの出血が認められるものの、骨折はなし。魔法の必要はないと判断。
黄の国――城下の市場にて、国民に次々と壁ドンを実施していたリィンスタット王陛下に、王獣リァンの雷が落とされる。負傷者・王一名。通常通り回復魔法を施し、その後、王陛下は執務に戻られた。
黄の国に関しては、案の定である。いや、これが案の定というのもどうなんだ、といった感じだが、いつも通りである分、いつも通りだなぁ、で終わる。だがしかし、他の国は、何をやっているのか見当もつかなかった。壁ドンで何故壁が破壊されるのかもさっぱりであれば、負傷者が出る原因も判らない。神官は首を捻りっぱなしである。
「壁ドン、というものが、本来危険性の無いものであることは、先程理解しましたが……。こうも危険を呼ぶ可能性があるのであれば、円卓会議で規制を視野に入れた提案をする必要も出てくるでしょうか」
悩ましそうにする王を見て、神官は考える。
王は心優しいお方なので、民の流行を奪うのは心苦しく思っているのだろう。だが、もしも人が傷つく可能性があるのならば、その可能性をできれば減らしたいとも考えているのだ。確かに、報告書に上がってきている事故は、下手をすれば大事になりかねないものもある。
しかし。しかしである。
(壁ドン、なんだよなぁ)
所詮は壁ドン。普通、大事になるような代物ではない。なる方がおかしい。重ねて言うが、ただの壁ドンなのだ。
(……と、いうか……)
よく見なくても、事故の報告書に壁ドンが出てくる原因は、漏れなく各国の王だった。この神官は王の随従として円卓会議の場に赴いたことがあるため、他の国の王の顔やなんとなくの人となりは、漏れなく知っている。癖のある王たちの、それぞれの顔を思い浮かべ、それから神官はひとつ頷いた。
「大司祭様、規制はしなくとも大丈夫ではないでしょうか」
「大丈夫、ですか?」
「ええ。恐らくですが、この壁ドン事件はこれっきりだと思います」
今回の事態は間違いなく王だから起きた特殊事項であり、一度やらかしたからには流石にもう一度はないだろう、と。神官はそう考えた。原因が王であれば、察するに余りあることだった。
そんな神官を、白の王は真っ直ぐな目で見据えた。
「何故、その結論に至ったのでしょうか」
根拠があってのことだろう、と。その問いに、神官は頷いて返す。
「はい。いずれの事故報告も、リィンスタットを除けば起きた場は王宮です。ご自身の膝元で同じ事故を繰り返す王陛下はいらっしゃらないのではないか、と判断致しました」
多分王の暴走が原因だが、二度もやらかす間抜けな王はいないだろう、とは言えず、大体同様の意味を別の言葉にすり替えて伝えれば、王はゆっくりと頷いて、そうですね、と返した。
「いずれの国の王も、民の身の危機に手抜かりはないでしょう。民草が楽しんでいるものを奪うというのも、胸が痛みますしね」
貴重な意見をありがとう、と慈愛に満ちた笑みを向けられ、神官は深く頭を下げた。
答えが見つかって安堵したらしい王が、広げた書類をとんとんと揃え直し、確認済みの束の上に重ねる。神官も自分が使用していた机に戻って、再び書類仕事を始めた。
そこから暫くは、紙をめくる音や何かを書く音だけが執務室に響いた。
「……それはそれとして」
王が不意にぽつりと呟いた。またも書類から顔を上げた神官は、常のように柔らかい微笑みを刷いた王と視線が合う。
「どうしてこうなったのか、次回の円卓会議で皆さんにしっかり確認することにしましょう。状況の把握は重要です。……どういう意図を持っていたのか、ちょっと気になりますしね」
少しばかり悪戯っぽく笑った王に、次回の円卓会議の随従には積極的に立候補しよう、と神官は思った。
黒の国は王家というものが存在しないことで有名だが、白もまた王家に相当するものを有しておらず、この大聖堂の最高統括者として選ばれた聖人が、白の王として定められるのが通例だ。ちなみに歴代の白の王は、有事の際の場繋ぎの王を除けば皆、処女受胎によって生まれた聖人である。この処女受胎に性別は関係しておらず、女性から産まれるのは男性の聖人で、男性から産まれるのは女性の聖人である、というのが決まりらしい。当代の王もその例に漏れず、性交経験のない男性から産まれた聖女であった。ちなみに、少なくともリアンジュナイル大陸においては、男性が妊娠する例はこの国の処女受胎以外には存在しない。
そんな不思議国家である白の国にある、白亜の大聖堂の一室、大司祭の執務室では、白の王が不思議そうに首を傾げていた。
「……どういうことなのでしょう」
執務机に向かい、書類を眺めつつ呟いた王に、同席して執務の補佐をしていた神官(他国で言うところの文官の立ち位置である)が首を傾げた。
「どうされました、大司祭様。何か報告書類に不備がございましたか?」
「いいえ、そうではありません。ただ、少し……、……不思議なことがありまして」
本当に不思議そうにそう言った王に、神官は少し首を傾げた。
現在確認している報告書は、円卓の各国に派遣している回復魔法師からのものである。
風と水の属性からなる回復魔法は、その両属性に適性のある人間でも中々扱えない代物だ。端的に言うと、他の魔法と違って比較的珍しいのである。仮に使えても、指先の切り傷を塞ぐとか、擦り剥いた膝を綺麗にするだとか、その程度のものに収まりがちだ。そんな中、白の国の民は回復魔法を得手とする人間が多いため、有事に備え、各国に複数人、回復魔法に優れた者を常駐させているのだ。
今回の報告書は、発生した事故やその被害状況、回復魔法の行使の有無などを報告する定例のもので、普段のものと何ら変わりないはずだ。それが不思議とは、一体どのようなことが書かれているのだろうか。
神官が素直にそれを訊ねてみれば、実はですね、と王が答える。
「ここ最近の報告に、壁ドンという言葉が頻出していまして」
「壁ドン、ですか?」
「ええ。それは一体、何なのでしょうかと……」
考え込む素振りを見せた王に、神官は笑いかけた。壁ドンの正体ならば、自分が知っている。
「壁ドンとは、最近流行りの動作ですよ、大司祭様」
「流行りの動作?」
「はい。リィンスタット王国から大陸全体に広まった本の物語に出てくる動作でして、男性が、こう、女性に対して格好良く迫るものです」
「ああ、成程」
神官が一人で壁ドンの真似事をして見せると、王はありがとうございますと微笑んだ。滅相もございません、と恐縮しつつ、神官も微笑み返す。
しかし、納得した様子の王は、すぐにまた不思議そうな顔をする。
「ですが、それでは何故、報告書にその動作が頻出するのでしょうか」
「……確かに、そうですね。通常であれば、壁ドンは報告書に記載されるような代物ではないと思うのですが……」
「ええ、私もそう思うのですが、こちらを見てください」
そう言って王が机の上に書類を何枚か並べた。神官が近づいて確認すると、確かに所々に壁ドンの文字が見て取れる。
意味が判らず、神官は思わず眉をひそめた。壁ドンと事故、という二つが上手く結びつかなかったのだ。
「どれも殆ど同時期の報告です。こちらはグランデル、こちらはミゼルティア、こちらはカスィーミレウで、こちらはリィンスタット、そしてこちらはネオネグニオですね。……リィンスタットに関しては、どうやらいつものように王獣の雷を浴びたリィンスタット王の治療、とのことですので、何が起きたかは壁ドンの説明でなんとなく把握しましたが……」
大方、執務をさぼって女性に壁ドンをしていたところ、怒れる王獣に罰を与えられたのだろう。そこだけは、神官も容易に察することができた。だが、ではその他の国は、となると、これは確かに神官にも理解できない。
そこで神官は、許可を得て件の報告書を手に取り、しっかりと目を通してみた。いずれも各国の王宮に派遣されている回復魔法師からの報告書である。
赤の国――王宮にてグランデル王陛下が壁ドンを敢行しようとし、執務室の壁が大破する。その際に生じた瓦礫による被害はなし。
青の国――王宮にてミゼルティア王陛下が壁ドンを敢行しようとし、執務室の壁を破壊。幾つか瓦礫が吹き飛ぶも、これによる怪我人はなし。
緑の国――王宮の庭園にて、カスィーミレウ王陛下が壁ドンを敢行しようとし、結果、衛兵のひとりが負傷。全身打撲。魔法を使用するか、経過観察の後に判断。次回経過を報告。
紫の国――王宮、王の私室にて、ネオネグニオ王陛下が壁ドンを敢行しようとする。王陛下の世話係が顔面を負傷。怪我人はひとり。額への打撲と鼻からの出血が認められるものの、骨折はなし。魔法の必要はないと判断。
黄の国――城下の市場にて、国民に次々と壁ドンを実施していたリィンスタット王陛下に、王獣リァンの雷が落とされる。負傷者・王一名。通常通り回復魔法を施し、その後、王陛下は執務に戻られた。
黄の国に関しては、案の定である。いや、これが案の定というのもどうなんだ、といった感じだが、いつも通りである分、いつも通りだなぁ、で終わる。だがしかし、他の国は、何をやっているのか見当もつかなかった。壁ドンで何故壁が破壊されるのかもさっぱりであれば、負傷者が出る原因も判らない。神官は首を捻りっぱなしである。
「壁ドン、というものが、本来危険性の無いものであることは、先程理解しましたが……。こうも危険を呼ぶ可能性があるのであれば、円卓会議で規制を視野に入れた提案をする必要も出てくるでしょうか」
悩ましそうにする王を見て、神官は考える。
王は心優しいお方なので、民の流行を奪うのは心苦しく思っているのだろう。だが、もしも人が傷つく可能性があるのならば、その可能性をできれば減らしたいとも考えているのだ。確かに、報告書に上がってきている事故は、下手をすれば大事になりかねないものもある。
しかし。しかしである。
(壁ドン、なんだよなぁ)
所詮は壁ドン。普通、大事になるような代物ではない。なる方がおかしい。重ねて言うが、ただの壁ドンなのだ。
(……と、いうか……)
よく見なくても、事故の報告書に壁ドンが出てくる原因は、漏れなく各国の王だった。この神官は王の随従として円卓会議の場に赴いたことがあるため、他の国の王の顔やなんとなくの人となりは、漏れなく知っている。癖のある王たちの、それぞれの顔を思い浮かべ、それから神官はひとつ頷いた。
「大司祭様、規制はしなくとも大丈夫ではないでしょうか」
「大丈夫、ですか?」
「ええ。恐らくですが、この壁ドン事件はこれっきりだと思います」
今回の事態は間違いなく王だから起きた特殊事項であり、一度やらかしたからには流石にもう一度はないだろう、と。神官はそう考えた。原因が王であれば、察するに余りあることだった。
そんな神官を、白の王は真っ直ぐな目で見据えた。
「何故、その結論に至ったのでしょうか」
根拠があってのことだろう、と。その問いに、神官は頷いて返す。
「はい。いずれの事故報告も、リィンスタットを除けば起きた場は王宮です。ご自身の膝元で同じ事故を繰り返す王陛下はいらっしゃらないのではないか、と判断致しました」
多分王の暴走が原因だが、二度もやらかす間抜けな王はいないだろう、とは言えず、大体同様の意味を別の言葉にすり替えて伝えれば、王はゆっくりと頷いて、そうですね、と返した。
「いずれの国の王も、民の身の危機に手抜かりはないでしょう。民草が楽しんでいるものを奪うというのも、胸が痛みますしね」
貴重な意見をありがとう、と慈愛に満ちた笑みを向けられ、神官は深く頭を下げた。
答えが見つかって安堵したらしい王が、広げた書類をとんとんと揃え直し、確認済みの束の上に重ねる。神官も自分が使用していた机に戻って、再び書類仕事を始めた。
そこから暫くは、紙をめくる音や何かを書く音だけが執務室に響いた。
「……それはそれとして」
王が不意にぽつりと呟いた。またも書類から顔を上げた神官は、常のように柔らかい微笑みを刷いた王と視線が合う。
「どうしてこうなったのか、次回の円卓会議で皆さんにしっかり確認することにしましょう。状況の把握は重要です。……どういう意図を持っていたのか、ちょっと気になりますしね」
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