108 / 147
最終章 伝説の最果てで蝶が舞う
戮力一心 4
しおりを挟む
「新王の魔法適性に関する情報共有は済んだな。それでは、話を進めよう」
そう言った銀の王が、ちらりと萌木の王を見た。
「キョウヤ・アマガヤが攫われてから、既に半日以上が経過している。今から素直に帝国へ赴いても、とても間に合わぬだろう。元より、この大陸には大軍で敵地に乗り込むための移動手段が存在せぬ。帝国に攻め入るためには、大人数を素早く輸送する機構が必要となるのだが……」
「それについては、僕が担当しているよ。実は、前回の円卓会議の後すぐに、エルキディタータリエンデ王から依頼があってね。僕はこの一月、輸送機構の確立に専念していたんだ」
萌木の王の言葉に、橙の王が顔を顰める。
「そりゃあ初耳だぞ。せめて儂らには一言くらいあっても良いだろうに」
「まあまあ、そう怒らないでくれよ。君たちだって、赤の王がまるっと存在を変えてリィンスタットにいるなんて教えてくれなかったじゃないか」
「儂はそれも知らんかったわい!」
「あはははは、まあ、細かいことさ。細かいことは気にしないのが、テニタグナータ王の良いところだろう?」
諫められた橙の王は、納得がいかないというような顔をしつつも口を閉じる。豪放磊落な橙の王だが、意外と状況判断には長けている男なので、まだ年若い赤や青のように話を脱線させる気はないようだ。
「隣国で何やらこそこそとされていると思っていましたけれど、そんなことをしてらっしゃったのですね。一言仰ってくださったら、わたくしも助力致しましたのに」
そう言った緑の王に、萌木の王が肩を竦めて返す。
「今回僕は実働部隊にはなれそうにないからね。それなら、準備くらいは僕が身を粉にするよ。そうじゃなくたって、カスィーミレウ王は貴重かつ大きな戦力だ。できるだけ温存しておいて貰わないと」
「…………一体、何を造ったんですの?」
緑の王の静かな問いを受け、萌木の王は笑った。
「最大で十万人を収容できる、超巨大飛行型輸送装置さ。いやぁ、信じられないほどに大変だったよ。そりゃあ、基本的に詳細まで思い浮かべさえすれば具現化することができるのが具現魔法だけれど、万能って訳じゃあないからねぇ。規模や性能に比例して消費魔力はどんどん増えるし、今回みたいな規格外のものってなると、まず具現化するまでが酷く難しい。実を言うと、何度も何度も失敗して、ようやく成功したのがつい三日前だったんだ。なんとか間に合って良かったよ」
萌木の王の言葉を聞き、緑の王は彼の顔をまじまじと見た。
「…………飛行型、と仰いましたわね?」
「うん。飛行型だよ。できるだけ多くを収容でき、可能な限り速く移動できるもの、というご指定だったから。水陸両用とかも考えたんだけど、陸の場合はそんな巨大なものを通す道がないし、やっぱ飛ぶのが一番最短距離を行けるだろう?」
「……十万人を収容できるような巨大な何かを、飛ばすと仰いますの? わたくしの手助けもなしに?」
真剣な表情で問う緑の王に、萌木の王は柔和な笑みを浮かべたまま頷いた。
「そうだよ。そりゃあ、カスィーミレウ王の力を借りれば、あれを飛ばすことくらい簡単だと思うけれど、さすがの貴女もそれなりに魔力を消耗するはずだ。さっきも言ったけれど、貴重な戦力はなるべく温存させたい。……戦場に赴く王は、戦地に着くまで魔法を使わないのが理想だ。違うかい?」
言われ、緑の王は数度瞬きをしたあと、ふぅと息を吐いた。
「いいえ、違いませんわ。実に合理的な判断だと思います。……けれど、そんな規格外のものを造れるだなんて、知りませんでしたわ」
「うーん、それに関しては、エルキディタータリエンデ王の無茶苦茶な注文に応えるためにかなり無理をしているから、って答えになるかなぁ」
苦笑して銀の王を見た萌木の王だったが、銀の王はちらりと萌木の王を見ただけだった。王なのだから無理をしてなんぼだ、ということなのだろう。それにまた苦笑してから、萌木の王は他の王たちに目を向けた。
「そう、僕は、かなり無理をしてこの輸送装置を具現化する。どれくらいの無理かって言うと、具現化して維持するだけで、王である僕の魔力が加速的に削れていくくらいの無理だ。これは、三日前に成功したときの体験談だから、まず間違いない。そのあと今日に至るまでしっかり休養を取ったから、魔力は完全に回復したけど、……それでも多分、ここから帝国の領土に着陸させるところまでは保たないだろう。というか、正直いつどこで分解四散するか判らない。なにせあまりにも魔力消費量が多くて、耐久テストや持続力テストなんてできてないからね。ぶっつけ本番なんだ」
肩を竦めた萌木の王に、王たちが唸る。魔法が成功したのが三日前だということを考えると、萌木の王の判断は正しい。ここで耐久テストや持続力テストなどしようものなら、本番までに魔力が回復しきっていない可能性の方が高いからだ。そして、萌木の王がそう判断せざるを得ないほど、魔力の消耗が激しいということでもある。
「ミレニクター王が限界まで努力しているのは判るけれど、それでも途中で四散されるのは困るわねぇ。何か手段はないのかしら」
ほぅ、とため息をついた薄紅の王に、萌木の王が口を開く。
「まずは、輸送装置に乗せる人員には全て飛行型の騎獣をつけるべきだろうね。いつでも飛べる状態にしておけば、落ちて死ぬことはなくなる。ただ、さっき言った収容人数は飽くまでも人間のみを乗せた場合だから、騎獣を入れるとなると、どんなに詰め込んでも五万人が限度だ」
そう言った萌木の王に、青の王が彼を見た。
「輸送装置に乗せるのは飽くまでも第一陣、ということで良いのではないでしょうか。時間はかかりますが、第二陣として全行程を騎獣のみで移動する部隊を用意しましょう。それであれば、第二陣に物理的な人数制限は存在しません」
「うん、それが無難だね。というか、それしかないかな。早期に到着する第一陣とはかなりラグが生まれてしまうけれど、第一陣に王を入れておけば、戦力としては問題ないだろう。……問題ないよね?」
確認するように言った萌木の王が、王たちの顔を見る。それを受け、橙の王が首を傾げた。
「どの程度で問題なしと判断するんだかが判らんのだが……」
唸る橙の王に、緑の王が萌木の王を見た。
「四大国の王の能力でしたら、属性は違えど概ね同じですわ。極限魔法の最大補足範囲は街一つ。威力や範囲の調整ができないので、大層使い勝手は悪いですけれど、よほどの防御魔法や魔導を発動してこない限り、効果範囲内の全ての生命を屠ることが可能でしょう。……これでは不足があるというなら、神性魔法もあります」
あまり乗り気はしないという様子で言われたそれに、萌木の王が首を傾げる。
「神性魔法については僕も良く知らないんだけど、どれくらいの規模の魔法なんだい?」
「……最小補足範囲は小指の先ほど、最大補足範囲は国家、あるいは大陸全てに及ぶ可能性もあります。極限魔法と違って範囲の細かな調整が可能な魔法なので、周囲を巻き込む心配はありませんわ。しかし、威力の調整は一切効かず、極限魔法を遥かに凌ぐ高威力の一撃が発揮されるものと思われます。魔力の消費は極限魔法の比ではないほどに著しく、一撃放った時点で確実に昏倒するでしょう」
実際に使ったことはないから断言はできないが、記録から読み取れる情報をまとめる限り、概ねこういう認識で間違いないだろう、と言った緑の王に続き、青の王も口を開く。
「神性魔法に関する最大の問題は、神性魔法であるという点でしょう。あれは言わば、神の力の一端を借りる魔法です。世界が消し飛ぶ一撃ではないらしいあたり、貸し出される力は本当に末端の、爪先ひとつにすら及ばないほど微量なものなのでしょう。ですが、それでもそれは神の力です。ならば、当然天秤は傾く。……本当に、ここぞという時以外は使用を避けるべきでしょうね。使ってしまったが最後、使用者はまともに動けなくなるため、天秤の傾きを戻すための次手を打つことも叶いません」
「うーん、つまり、神性魔法を使うなら、使わないと確実に負けるっていうときか、使えば確実に勝てるってときだけ、ってことになるね。頼りにできるのは極限魔法までか。……どう思いますか、エルキディタータリエンデ王。僕個人としては、それでも十分だと思うんですが」
問われた銀の王が、頷いて返す。
「采配を考えさえすれば、十全であろう。五万の兵は全て四大国の王以外につけ、各々の立ち位置に常に気を払うようにすれば良い」
「ええ、僕も同じ意見です。……四大国の王には、一人あたりおおよそ街一つ分の戦力と対峙して貰うことにはなってしまうけれど……」
そう言って四人の王を見た萌木の王だったが、視線を向けられた王たちはなんでもないことのように頷いて見せた。
「久方ぶりの戦場なのだ! 寧ろそれくらいでなければ満足に暴れられないというものだろう!」
「できれば、わたくしの戦場は空にして頂きたいですわ。その代わり、飛行型の敵は一手に担いましょう。一番わたくしの力が発揮できるのは、空の上ですもの」
「では、私は水が近くにある場所の方が良いですね。水辺でなくとも魔法は扱えますが、水源があればその分魔力の消費を抑えられます」
「火霊魔法は破壊することしか能がない魔法だから、できるだけ味方から離れた場所にしてくれ。万が一味方を見つけても、助けるための応用が利かない可能性が高い。逆に、味方さえいなければ容赦なく燃やせる」
少々年齢層が若めなのが気がかりな四人だが、その分純粋な身体能力は最盛期と言っても過言ではない時期だ。単騎で多くと対峙させることを考えれば、もってこいな四人だとも言える。
「そうやって自信満々に言って貰えると助かるよ。それじゃあ、これで戦力的な問題は解決されたことにしよう。そうなると次は、輸送装置の持続と耐久性に関しての問題だけど……」
萌木の王がどうしたものかと言葉を止めると、紫の王が手を挙げた。
「私がなんとかする」
「……なんとか、できそうなのかい?」
萌木の王の問いに、紫の王は機嫌を損ねたような顔をした。
「できないなら最初から言わない。ミレニクター王の協力は必要だけど、多分大丈夫。どうせ私は留守番組なんだし、それくらいする」
「ああ、うん。ちょっと失礼な反応だったか。すまないね。それで、具体的にはどうするんだい?」
「まず、ミレニクター王には輸送装置の構成をちょっと変えて貰う」
「ええ!? 初っ端からとんでもないのぶち込んできたね!?」
思わず少し大きな声を上げてしまった萌木の王を、紫の王が睨む。
「うるさい。やって」
「ええ……うん……」
年下の女王に威圧され、萌木の王が渋々頷く。
一度構成した具現魔法に修正を加えるというのは結構な大事なのだが、できないとは言わせて貰えそうにない。萌木の王は、どのみちこの具現魔法自体が相当な無茶なのだから、更なる無茶が重ねられたところでまあ変わらないか、と思うことにした。
「で、どんな風に変えれば良いのかな?」
「パーツをバラバラにする」
「……ええと?」
理解できない、という風な萌木の王に対し、紫の王は言葉を続けた
「維持が大変で崩壊しそうなら、最初からくっつけなければ良い。くっつきさえすれば機能する部品をバラバラに作って。今回みたいな複雑な具現魔法なら、部品一つ一つをイメージしたあと、それを更にくっつけるイメージをして具現化してるでしょ。その工程をひとつ減らすと思えば良い。その分、具現化にかかる魔力も維持するのに必要な魔力も減るはず」
「そりゃまあ、工程をひとつ減らせば負担は軽くなるけれど、簡単に言ってくれるね……。第一、部品だけ具現化したところで、繋ぎはどうするんだい?」
「私が結界魔法で繋ぐ」
「……ええと?」
紫の王が言っている意味が理解できなかった萌木の王が、再び訊き返す。
「だから、私が繋ぐ。正確には、全ての部品を組み合わせて、薄い結界の膜でパッキングする。覆う場所と覆わない場所をきちんと考えれば、装置は問題なく動くはず。……これなら、ミレクニクター王一人でやるより持続時間が延びると思うけど、どう」
珍しく真っ直ぐ見つめてくる紫の王に、萌木の王は一呼吸置いたあと、頷いた。
「よし、それで行こう。結界魔法で覆う場所の指定はかなり細かくなるけれど、大丈夫だね?」
「問題ない。ただ、私の魔法は距離が離れるほど持続させるのに力を使う。万が一のときにこの大陸を守る力も残さないといけないから、これ以上は無理だと思ったらすぐに魔法は解除する。いつでも空を飛べる準備はしておいて」
「うん。それはその通りだ。だから、やっぱり騎獣は必須だね。でも、これだったら、うまくいけば帝国の上空まで兵力を運ぶことができる。…………ただ、最後にもう一つだけ、問題が」
そこで言葉を切った萌木の王が、銀の王を見る。
「エルキディタータリエンデ王。貴方が現時点で想定している円卓の王の役目を、教えて頂きたい」
言われ、銀の王は目を細めた。
「始まりの四大国は、主要戦力だ。そこに、黄と薄紅と黒を加える。基本的に薄紅は黒と組むべきだと考えるが、それはグランデル王の策にも左右されるであろうな。黒と薄紅の不確定要素や、魔法規模の都合上四大国の王には軍の指揮を任せられないことを考慮すると、黄に全ての指揮権を一任するのが妥当と考える。加えて、白も戦場に赴いて貰うべきであろう。回復魔法を最も効果的に扱えるのは、お主しかおらぬ」
銀の王が白の王に視線を向ければ、彼女は柔らかく微笑んで頷いた。
「残る四国は、この地に残り、帝国に向かう軍のサポートと大陸全体の守護をすべきと考える。恐らく萌木は、輸送装置を具現化するだけで手一杯であろうな。紫は萌木の補助と、必要に応じて大陸の要所もしくは全域に、結界魔法を張って貰う。主要戦力が離脱しているこの隙に帝国が攻めてこないとも限らぬ故、紫を戦場に出す訳にはいかぬ。銀と金は、諸王が不在の間の全体の指揮を担当しよう。銀が北方と白、黒を、金が南方を見れば、不可能ではなかろう」
銀の王の考える采配に、萌木の王は思わず唸った。
可能な限りで無駄や隙のない、最適な采配だ。それ故に、萌木の王は苦悩した。
「して、お主の言う問題とはなんだ」
問いかける銀の王に、萌木の王が目を伏せる。
「……駆動力が、ないんです」
そう言った銀の王が、ちらりと萌木の王を見た。
「キョウヤ・アマガヤが攫われてから、既に半日以上が経過している。今から素直に帝国へ赴いても、とても間に合わぬだろう。元より、この大陸には大軍で敵地に乗り込むための移動手段が存在せぬ。帝国に攻め入るためには、大人数を素早く輸送する機構が必要となるのだが……」
「それについては、僕が担当しているよ。実は、前回の円卓会議の後すぐに、エルキディタータリエンデ王から依頼があってね。僕はこの一月、輸送機構の確立に専念していたんだ」
萌木の王の言葉に、橙の王が顔を顰める。
「そりゃあ初耳だぞ。せめて儂らには一言くらいあっても良いだろうに」
「まあまあ、そう怒らないでくれよ。君たちだって、赤の王がまるっと存在を変えてリィンスタットにいるなんて教えてくれなかったじゃないか」
「儂はそれも知らんかったわい!」
「あはははは、まあ、細かいことさ。細かいことは気にしないのが、テニタグナータ王の良いところだろう?」
諫められた橙の王は、納得がいかないというような顔をしつつも口を閉じる。豪放磊落な橙の王だが、意外と状況判断には長けている男なので、まだ年若い赤や青のように話を脱線させる気はないようだ。
「隣国で何やらこそこそとされていると思っていましたけれど、そんなことをしてらっしゃったのですね。一言仰ってくださったら、わたくしも助力致しましたのに」
そう言った緑の王に、萌木の王が肩を竦めて返す。
「今回僕は実働部隊にはなれそうにないからね。それなら、準備くらいは僕が身を粉にするよ。そうじゃなくたって、カスィーミレウ王は貴重かつ大きな戦力だ。できるだけ温存しておいて貰わないと」
「…………一体、何を造ったんですの?」
緑の王の静かな問いを受け、萌木の王は笑った。
「最大で十万人を収容できる、超巨大飛行型輸送装置さ。いやぁ、信じられないほどに大変だったよ。そりゃあ、基本的に詳細まで思い浮かべさえすれば具現化することができるのが具現魔法だけれど、万能って訳じゃあないからねぇ。規模や性能に比例して消費魔力はどんどん増えるし、今回みたいな規格外のものってなると、まず具現化するまでが酷く難しい。実を言うと、何度も何度も失敗して、ようやく成功したのがつい三日前だったんだ。なんとか間に合って良かったよ」
萌木の王の言葉を聞き、緑の王は彼の顔をまじまじと見た。
「…………飛行型、と仰いましたわね?」
「うん。飛行型だよ。できるだけ多くを収容でき、可能な限り速く移動できるもの、というご指定だったから。水陸両用とかも考えたんだけど、陸の場合はそんな巨大なものを通す道がないし、やっぱ飛ぶのが一番最短距離を行けるだろう?」
「……十万人を収容できるような巨大な何かを、飛ばすと仰いますの? わたくしの手助けもなしに?」
真剣な表情で問う緑の王に、萌木の王は柔和な笑みを浮かべたまま頷いた。
「そうだよ。そりゃあ、カスィーミレウ王の力を借りれば、あれを飛ばすことくらい簡単だと思うけれど、さすがの貴女もそれなりに魔力を消耗するはずだ。さっきも言ったけれど、貴重な戦力はなるべく温存させたい。……戦場に赴く王は、戦地に着くまで魔法を使わないのが理想だ。違うかい?」
言われ、緑の王は数度瞬きをしたあと、ふぅと息を吐いた。
「いいえ、違いませんわ。実に合理的な判断だと思います。……けれど、そんな規格外のものを造れるだなんて、知りませんでしたわ」
「うーん、それに関しては、エルキディタータリエンデ王の無茶苦茶な注文に応えるためにかなり無理をしているから、って答えになるかなぁ」
苦笑して銀の王を見た萌木の王だったが、銀の王はちらりと萌木の王を見ただけだった。王なのだから無理をしてなんぼだ、ということなのだろう。それにまた苦笑してから、萌木の王は他の王たちに目を向けた。
「そう、僕は、かなり無理をしてこの輸送装置を具現化する。どれくらいの無理かって言うと、具現化して維持するだけで、王である僕の魔力が加速的に削れていくくらいの無理だ。これは、三日前に成功したときの体験談だから、まず間違いない。そのあと今日に至るまでしっかり休養を取ったから、魔力は完全に回復したけど、……それでも多分、ここから帝国の領土に着陸させるところまでは保たないだろう。というか、正直いつどこで分解四散するか判らない。なにせあまりにも魔力消費量が多くて、耐久テストや持続力テストなんてできてないからね。ぶっつけ本番なんだ」
肩を竦めた萌木の王に、王たちが唸る。魔法が成功したのが三日前だということを考えると、萌木の王の判断は正しい。ここで耐久テストや持続力テストなどしようものなら、本番までに魔力が回復しきっていない可能性の方が高いからだ。そして、萌木の王がそう判断せざるを得ないほど、魔力の消耗が激しいということでもある。
「ミレニクター王が限界まで努力しているのは判るけれど、それでも途中で四散されるのは困るわねぇ。何か手段はないのかしら」
ほぅ、とため息をついた薄紅の王に、萌木の王が口を開く。
「まずは、輸送装置に乗せる人員には全て飛行型の騎獣をつけるべきだろうね。いつでも飛べる状態にしておけば、落ちて死ぬことはなくなる。ただ、さっき言った収容人数は飽くまでも人間のみを乗せた場合だから、騎獣を入れるとなると、どんなに詰め込んでも五万人が限度だ」
そう言った萌木の王に、青の王が彼を見た。
「輸送装置に乗せるのは飽くまでも第一陣、ということで良いのではないでしょうか。時間はかかりますが、第二陣として全行程を騎獣のみで移動する部隊を用意しましょう。それであれば、第二陣に物理的な人数制限は存在しません」
「うん、それが無難だね。というか、それしかないかな。早期に到着する第一陣とはかなりラグが生まれてしまうけれど、第一陣に王を入れておけば、戦力としては問題ないだろう。……問題ないよね?」
確認するように言った萌木の王が、王たちの顔を見る。それを受け、橙の王が首を傾げた。
「どの程度で問題なしと判断するんだかが判らんのだが……」
唸る橙の王に、緑の王が萌木の王を見た。
「四大国の王の能力でしたら、属性は違えど概ね同じですわ。極限魔法の最大補足範囲は街一つ。威力や範囲の調整ができないので、大層使い勝手は悪いですけれど、よほどの防御魔法や魔導を発動してこない限り、効果範囲内の全ての生命を屠ることが可能でしょう。……これでは不足があるというなら、神性魔法もあります」
あまり乗り気はしないという様子で言われたそれに、萌木の王が首を傾げる。
「神性魔法については僕も良く知らないんだけど、どれくらいの規模の魔法なんだい?」
「……最小補足範囲は小指の先ほど、最大補足範囲は国家、あるいは大陸全てに及ぶ可能性もあります。極限魔法と違って範囲の細かな調整が可能な魔法なので、周囲を巻き込む心配はありませんわ。しかし、威力の調整は一切効かず、極限魔法を遥かに凌ぐ高威力の一撃が発揮されるものと思われます。魔力の消費は極限魔法の比ではないほどに著しく、一撃放った時点で確実に昏倒するでしょう」
実際に使ったことはないから断言はできないが、記録から読み取れる情報をまとめる限り、概ねこういう認識で間違いないだろう、と言った緑の王に続き、青の王も口を開く。
「神性魔法に関する最大の問題は、神性魔法であるという点でしょう。あれは言わば、神の力の一端を借りる魔法です。世界が消し飛ぶ一撃ではないらしいあたり、貸し出される力は本当に末端の、爪先ひとつにすら及ばないほど微量なものなのでしょう。ですが、それでもそれは神の力です。ならば、当然天秤は傾く。……本当に、ここぞという時以外は使用を避けるべきでしょうね。使ってしまったが最後、使用者はまともに動けなくなるため、天秤の傾きを戻すための次手を打つことも叶いません」
「うーん、つまり、神性魔法を使うなら、使わないと確実に負けるっていうときか、使えば確実に勝てるってときだけ、ってことになるね。頼りにできるのは極限魔法までか。……どう思いますか、エルキディタータリエンデ王。僕個人としては、それでも十分だと思うんですが」
問われた銀の王が、頷いて返す。
「采配を考えさえすれば、十全であろう。五万の兵は全て四大国の王以外につけ、各々の立ち位置に常に気を払うようにすれば良い」
「ええ、僕も同じ意見です。……四大国の王には、一人あたりおおよそ街一つ分の戦力と対峙して貰うことにはなってしまうけれど……」
そう言って四人の王を見た萌木の王だったが、視線を向けられた王たちはなんでもないことのように頷いて見せた。
「久方ぶりの戦場なのだ! 寧ろそれくらいでなければ満足に暴れられないというものだろう!」
「できれば、わたくしの戦場は空にして頂きたいですわ。その代わり、飛行型の敵は一手に担いましょう。一番わたくしの力が発揮できるのは、空の上ですもの」
「では、私は水が近くにある場所の方が良いですね。水辺でなくとも魔法は扱えますが、水源があればその分魔力の消費を抑えられます」
「火霊魔法は破壊することしか能がない魔法だから、できるだけ味方から離れた場所にしてくれ。万が一味方を見つけても、助けるための応用が利かない可能性が高い。逆に、味方さえいなければ容赦なく燃やせる」
少々年齢層が若めなのが気がかりな四人だが、その分純粋な身体能力は最盛期と言っても過言ではない時期だ。単騎で多くと対峙させることを考えれば、もってこいな四人だとも言える。
「そうやって自信満々に言って貰えると助かるよ。それじゃあ、これで戦力的な問題は解決されたことにしよう。そうなると次は、輸送装置の持続と耐久性に関しての問題だけど……」
萌木の王がどうしたものかと言葉を止めると、紫の王が手を挙げた。
「私がなんとかする」
「……なんとか、できそうなのかい?」
萌木の王の問いに、紫の王は機嫌を損ねたような顔をした。
「できないなら最初から言わない。ミレニクター王の協力は必要だけど、多分大丈夫。どうせ私は留守番組なんだし、それくらいする」
「ああ、うん。ちょっと失礼な反応だったか。すまないね。それで、具体的にはどうするんだい?」
「まず、ミレニクター王には輸送装置の構成をちょっと変えて貰う」
「ええ!? 初っ端からとんでもないのぶち込んできたね!?」
思わず少し大きな声を上げてしまった萌木の王を、紫の王が睨む。
「うるさい。やって」
「ええ……うん……」
年下の女王に威圧され、萌木の王が渋々頷く。
一度構成した具現魔法に修正を加えるというのは結構な大事なのだが、できないとは言わせて貰えそうにない。萌木の王は、どのみちこの具現魔法自体が相当な無茶なのだから、更なる無茶が重ねられたところでまあ変わらないか、と思うことにした。
「で、どんな風に変えれば良いのかな?」
「パーツをバラバラにする」
「……ええと?」
理解できない、という風な萌木の王に対し、紫の王は言葉を続けた
「維持が大変で崩壊しそうなら、最初からくっつけなければ良い。くっつきさえすれば機能する部品をバラバラに作って。今回みたいな複雑な具現魔法なら、部品一つ一つをイメージしたあと、それを更にくっつけるイメージをして具現化してるでしょ。その工程をひとつ減らすと思えば良い。その分、具現化にかかる魔力も維持するのに必要な魔力も減るはず」
「そりゃまあ、工程をひとつ減らせば負担は軽くなるけれど、簡単に言ってくれるね……。第一、部品だけ具現化したところで、繋ぎはどうするんだい?」
「私が結界魔法で繋ぐ」
「……ええと?」
紫の王が言っている意味が理解できなかった萌木の王が、再び訊き返す。
「だから、私が繋ぐ。正確には、全ての部品を組み合わせて、薄い結界の膜でパッキングする。覆う場所と覆わない場所をきちんと考えれば、装置は問題なく動くはず。……これなら、ミレクニクター王一人でやるより持続時間が延びると思うけど、どう」
珍しく真っ直ぐ見つめてくる紫の王に、萌木の王は一呼吸置いたあと、頷いた。
「よし、それで行こう。結界魔法で覆う場所の指定はかなり細かくなるけれど、大丈夫だね?」
「問題ない。ただ、私の魔法は距離が離れるほど持続させるのに力を使う。万が一のときにこの大陸を守る力も残さないといけないから、これ以上は無理だと思ったらすぐに魔法は解除する。いつでも空を飛べる準備はしておいて」
「うん。それはその通りだ。だから、やっぱり騎獣は必須だね。でも、これだったら、うまくいけば帝国の上空まで兵力を運ぶことができる。…………ただ、最後にもう一つだけ、問題が」
そこで言葉を切った萌木の王が、銀の王を見る。
「エルキディタータリエンデ王。貴方が現時点で想定している円卓の王の役目を、教えて頂きたい」
言われ、銀の王は目を細めた。
「始まりの四大国は、主要戦力だ。そこに、黄と薄紅と黒を加える。基本的に薄紅は黒と組むべきだと考えるが、それはグランデル王の策にも左右されるであろうな。黒と薄紅の不確定要素や、魔法規模の都合上四大国の王には軍の指揮を任せられないことを考慮すると、黄に全ての指揮権を一任するのが妥当と考える。加えて、白も戦場に赴いて貰うべきであろう。回復魔法を最も効果的に扱えるのは、お主しかおらぬ」
銀の王が白の王に視線を向ければ、彼女は柔らかく微笑んで頷いた。
「残る四国は、この地に残り、帝国に向かう軍のサポートと大陸全体の守護をすべきと考える。恐らく萌木は、輸送装置を具現化するだけで手一杯であろうな。紫は萌木の補助と、必要に応じて大陸の要所もしくは全域に、結界魔法を張って貰う。主要戦力が離脱しているこの隙に帝国が攻めてこないとも限らぬ故、紫を戦場に出す訳にはいかぬ。銀と金は、諸王が不在の間の全体の指揮を担当しよう。銀が北方と白、黒を、金が南方を見れば、不可能ではなかろう」
銀の王の考える采配に、萌木の王は思わず唸った。
可能な限りで無駄や隙のない、最適な采配だ。それ故に、萌木の王は苦悩した。
「して、お主の言う問題とはなんだ」
問いかける銀の王に、萌木の王が目を伏せる。
「……駆動力が、ないんです」
5
あなたにおすすめの小説
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜
なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。
そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。
しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。
猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。
契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。
だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実
「君を守るためなら、俺は何でもする」
これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は?
猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている
春夜夢
BL
「――誰にも言うな。これは、お前だけが知っていればいい」
王国最年少で宰相に就任した男、ゼフィルス=ル=レイグラン。
冷血無慈悲、感情を持たない政の化け物として恐れられる彼は、
なぜか、貧民街の少年リクを城へと引き取る。
誰に対しても一切の温情を見せないその男が、
唯一リクにだけは、優しく微笑む――
その裏に隠された、王政を揺るがす“とある秘密”とは。
孤児の少年が踏み入れたのは、
権謀術数渦巻く宰相の世界と、
その胸に秘められた「決して触れてはならない過去」。
これは、孤独なふたりが出会い、
やがて世界を変えていく、
静かで、甘くて、痛いほど愛しい恋の物語。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる