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最終章 伝説の最果てで蝶が舞う
逃走の行方 2
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暗くて見にくいが目を凝らせば、背後にある城の反対、『グレイ』が向いている方に高い壁があるのが判る。
(構造は知らねェが、十中八九、あれを越えなきゃ先には進めねェんだろうな)
そう判断し、『グレイ』は足音を殺して駆け出した。円卓の国であれば庭園のひとつもありそうな場所だが、ここの城にはそういった飾り気はあまり見られず、寧ろ殺風景と言って良いような景色だ。故に、隠れてやりすごせるような場所もない。見つかったら最後、敵を倒して進むか、撒いて逃げるくらいしかやれることはなさそうだ。
だが、やはり壁に向かう道中にも人の姿は見当たらない。
(要塞みてェな造りの城の癖に、あまりに無防備だ。……造り自体が堅牢だから、敢えて人員を削減している? ……いや、それはない。城の中ならまだしも、オレが今いるここに遮蔽物がないのは、敵の侵入を即時に察知するための筈だ。それなら、見回りに人員を割かないのはおかしい)
逃げている最中もずっと感じていた違和が、ここに来て加速的に意識に上がってくる。
何を見落としているのか。そもそも見落としがあるのか。見落とすものなんて何もなくて、ただただ事実として、それはずっとそこにあっただけなのではないだろうか。
意識的にそれらを考えないようにして走っていた『グレイ』は、しかし壁の元へとたどり着いたところで、とうとう足を止めた。
これを越えれば、またひとつ脱出に近づく。聳え立つ壁は、見上げていると首が痛くなるほどだが、『グレイ』ならば越えられないことはないだろう。最悪、トカゲを先に行かせるなりして、『迅』に代われば問題なく突破できる。
それでも何故か進む気が起きないのは、未だ拭えぬ違和感が、最早無視できないほどに意識に上ってくるからだ。
だが、ここで躊躇っていたって、事態は何も変わらない。そう自分に言い聞かせて、『グレイ』は壁に手を伸ばした。だが、
『グレイ』の指先が壁に触れる直前、背後からパチパチと手を叩くが聞こえた。
「すごいすごい! 思っていたよりここまで来るのが早かったねー! 褒めてあげるよ!」
ばっと『グレイ』が振り返った先、楽しそうに拍手をしていたのは、仮面の男、ウロだった。
何故。いつから。どうやって。
様々な疑問が『グレイ』の脳裏を流れていったが、そのどれをも思考の外へ押し流す。現状最も優先すべきなのは、この場からの逃避だ。
だが、そんな彼を嘲笑うように、ウロがその細い指先をグレイへと向けた。途端、まるで金縛りにでもあったかのように、『グレイ』の身体が動かなくなる。
「ああ、ダメダメ。さすがにこれ以上は好き勝手させないよ。まあ君が何処に行っても僕には判るから、好きにさせても良いんだけど」
ここから出すと皇帝がうるさそうだからさぁ、と続けたウロに、しかし『グレイ』は何も言わない。言えないのだ。指先を動かすことはおろか、声帯を震わせることも、瞬きをすることすらできない。かろうじて呼吸はできるが、それだけだ。
「んん? あれぇ? ……あっ、ごめんね! ちょっと加減をミスっちゃったかな?」
そう言ったウロが、くるりくるりと指を動かす。それに呼応してか、自身を拘束する力が弱まるのを『グレイ』は感じた。と言っても、身体が動くようになったわけではない。相変わらず四肢を動かすことはできず、かろうじて声を発したり瞬きをすることはできるといった程度だ。
「……テメェは何だ」
『グレイ』の反応に、ウロはこてりと首を傾げた後、小さく笑ってから自分の顔を覆う面に手を掛けた。そして、殊更にゆっくりと仮面を外す。
露わになったその顔を見て、『グレイ』は本能的に感じてしまった余りのおぞましさに、全身に鳥肌が立つのを感じた。
到底この世のものとは思えない、完成されすぎた美だ。例えば赤の国の宰相レクシリアは美しいと称して過言ではない容姿をしているが、そういう次元の話ではない。これは、人の域から逸脱した美しさだ。人間の理解の範疇を越えた何かだ。
こんなものが、この世に存在して良い筈がない。
『グレイ』の背中を冷たい汗が伝う。本能が一刻も早く逃げろと激しく警鐘を鳴らすが、身体を動かすことができない。
余りの恐怖に、かろうじて動く視線をストールに落としそうになった『グレイ』は、それを理性で無理矢理抑えた。トカゲが動かないのか動けないのかは判らない。トカゲの存在など、この仮面の男ならばとっくに気づいている可能性も高い。だが、それでも僅かに希望があるなら、自らそれを摘み取るような愚行は絶対に犯さない。
そんな『グレイ』の様子をにんまりと眺めていたウロが、手にした面をとんとんと叩いた。
「そういえば、まだ名前も教えてなかったね。ごめんごめん。改めまして、僕はウロ。まあ勿論偽名なんだけど、ここではウロって名乗ってるから、君もそう呼んでね」
そう言ってにっこりと笑ったウロが、『グレイ』へと一歩近づく。
「君のことはずっと見てたよ。僕すごいから、それくらいは把握できちゃうんだ。だから、別にいつでも君を掴まえることはできたんだけど、折角頑張ってるし、もう少し遊ばせてあげようかなぁってしてたら、こんなところまで来ちゃった。すごいねぇ。もっと時間かかると思ったんだけどねぇ。やっぱり人格入れ替わると結構違うんだねぇ。あ、あんまり見張りがいなかったから、寧ろつまらなさすぎた? ごめんねぇ。ここの戦力はほとんど、円卓を迎え撃つために外に出しちゃってるんだ。ほら、僕一人いればここの守りは十分すぎるし」
「……オレの質問に答えろ」
『グレイ』の言葉に、ウロが首を傾げる。
「さっき答えたよ? 僕はウロくん」
「……質問の意図が判らないとは言わせねェ」
震えそうになる声を必死に抑えてそう問えば、ウロはわざとらしい溜息を吐いた。
「困った子だなぁ。でも、僕の予想以上に頑張ってたのは事実だし、ご褒美に教えてあげても良いのかなぁ。でもでも、言ってもどうせ判らないと思うんだよねぇ。それでも知りたい?」
こてりと首を傾げてみせたウロに、『グレイ』は何かを考えるように一拍置いた後、口を開いた。
「教えろ」
その答えにウロが肩を竦める。
「僕は“傍観する者”の第四座、“虚従えし嬉戯”の名を与えられし個体。君の知識の中で判るように説明するのなら、まあそうだね、種族としての神の親戚みたいなものかなぁ? 厳密には全く別物なんだけど」
普段の『グレイ』であれば、一笑に付すような発言だ。だが『グレイ』には、それが真実だと判った。否、判らされてしまった。理由は判らない。原理も判らない。だがウロはその発言だけで、それが疑いようもない真実であることを『グレイ』に示してみせた。
「…………そんな大層な奴が、なんだって帝国なんかの味方をしてんだ。神サマってのは、人間なんかに興味を抱かねェもんだと思ってたが」
「そんなのは神様によるよぉ。僕は人間に限らず、あらゆる生き物の行く末を見守るのが趣味だし。まあでも、帝国と手を組んでるのは人間が理由じゃないよ。僕の遊びに最適だったのがこの次元で、手を組む上で最適だったのが帝国だったってだけ。だから、僕と帝国の目的は違う。帝国の目的は、円卓を滅ぼして神様になること。まあ不可能なんだけど。で、僕の目的は、楽しく遊ぶこと。理解できた?」
こてりと首を傾げたウロの言葉は、まあ理解はできた。だが、理解できたところで、意味は判らない。
返す言葉が見つからずに『グレイ』が黙っていると、ウロはそれに構わず話を続けた。
「折角だから、もう一つ良いこと教えてあげるよ。僕ね、この話したの、この次元では君が初めてなんだぁ。なんでか判る? さっきの僕の話は、僕たちの世界の話なんだよね。だから、一次元の生き物にしか過ぎない人間には伝えちゃいけない内容なの。そういう、ヒトが知るべきではない情報をヒトに伝えると、大幅に天秤が傾いちゃって、計画が台無しなんだ。だから本当は喋っちゃいけないんだけど、僕、お喋り大好きなんだよねぇ」
突然語りだしたウロに、『グレイ』は困惑した。話してはいけないことを話した、ということは判ったが、ではなんだって自分にそれを話したのか。
「お喋り大好きだから、なんでも話したくなっちゃうんだよ。でもほら、基本的に喋っちゃ駄目だからさぁ。我慢するしかないんだよねぇ。でも、そんなときに丁度君みたいなのがいたら、そりゃあ色々話しちゃっても仕方ないと思わない?」
「…………は?」
やはりウロの言っている意味が判らず、疑問符を浮かべた『グレイ』を見て、ウロがにんまりと笑った。
「だって君の魂、宙ぶらりんだから」
「……ハァ?」
「そのまんまの意味だよ。君の魂は宙ぶらりんなんだ。いや、別に相手がアレクサンドラでも迅でも良い。君たち三人の魂は、この次元のものじゃない。もっと言えば、どこの次元にも属していない。だから宙ぶらりん。どこにも属さない魂なら、僕が何を伝えたところで天秤は動かない。ああ、天ヶ谷ちようは駄目だよ。あれは元々この次元の魂だから。そして天ヶ谷鏡哉も駄目。あれはあれで、この次元の肉体と強く結びついてしまっているから」
ウロの言葉に、『グレイ』が表情を険しくする。
「おい、ちょっと待て」
「なぁに?」
「誰の魂がなんだって? オレたちに魂はない。オレたちはただの人格だ。人格が魂を持つはずがない。この身体の中にあるのは、ちようの魂だけだ」
言い切った『グレイ』に、しかしウロは、一層楽しそうな顔をして笑い出した。
「あっははははは! やっぱ気づいてなかったんだぁ! いやぁ、かわいそうに! これだから君たちを眺めるのはやめられないんだ!」
「……なに笑ってやがる」
「いやだって、ふふふふ、これが笑わずにいられるかって話さ。ねぇ、気づいてないみたいだから教えてあげるけど、君たちの魂はさ、とっくに五つに分かれてるんだよ?」
「………………は?」
言われた言葉の意味が判らず、思わず呆けた声を出してしまった『グレイ』に、また一歩ウロが近づく。
「ロステアール・クレウ・グランダが言っただろう? 君たちをただの人格のひとつではなく、“個々の生命として認識している”って。それが全てさ。彼が君たちをそう定義した。だから君たちはそうなった。君たちは個々の生命なんだから、それぞれに魂を持つことは至極当然のことだと思わないかい?」
ずいっと眼前に寄せられたウロの顔が、満面の笑みに染まる。だが『グレイ』は最早、そんなものは目に入らなかった。
ロステアール・クレウ・グランダが、そう定義した。あの男が、天ヶ谷ちようの生み出した人格を個としての生命に落とし込み、それによってちようの魂が五つに分かれた。ちようのために、ちようのためだけに、ずっと一緒だった人格たちが、あの男の手によって別々のものになってしまった。
そうだ。確かにあの時からだ。あの時、あの男が人格でしかない鏡哉のことをひとつの生命だと思っていると言ったあの時から、人格の入れ替えはスムーズに行われなくなり、強固に感じていたちようとの繋がりが希薄なものになった。
つまり、あの男が全ての元凶だったのだ。
「ッぁ、の、クソ野郎!!」
辿り着いた真実に、『グレイ』は我を忘れて激昂した。そんな彼を満足げに眺めてから、ウロが右手を持ち上げ、そのまま流れるように『グレイ』の胸を貫く。目を見開く『グレイ』の耳元で、ウロが笑った。
「かわいそうなかわいそうなグレイ。でも良いんだよ。もう君たちはいらない。僕の計画に、君たちは不要だ。君たちがいると、天ヶ谷鏡哉の心が守られてしまう。それじゃあ困るからね」
「テ、メェ……、」
「心配しないで。肉体は傷つけてない。赤の王様にしたのと同じさ。クライマックスの前に、君たちの魂は全部眠らせてしまおうね。次に目覚めるときは、きっと全部忘れて新たに生まれ変わるときだよ。ほら、その方が君たちも幸せだろう?」
「っふ、ざけ……、」
悪態を吐こうとした『グレイ』の身体が、がくりと崩れる。それを片腕で支えたウロは、目を閉ざした彼を見て、もう一度笑った。
「おやすみ、グレイ、アレクサンドラ、迅」
(構造は知らねェが、十中八九、あれを越えなきゃ先には進めねェんだろうな)
そう判断し、『グレイ』は足音を殺して駆け出した。円卓の国であれば庭園のひとつもありそうな場所だが、ここの城にはそういった飾り気はあまり見られず、寧ろ殺風景と言って良いような景色だ。故に、隠れてやりすごせるような場所もない。見つかったら最後、敵を倒して進むか、撒いて逃げるくらいしかやれることはなさそうだ。
だが、やはり壁に向かう道中にも人の姿は見当たらない。
(要塞みてェな造りの城の癖に、あまりに無防備だ。……造り自体が堅牢だから、敢えて人員を削減している? ……いや、それはない。城の中ならまだしも、オレが今いるここに遮蔽物がないのは、敵の侵入を即時に察知するための筈だ。それなら、見回りに人員を割かないのはおかしい)
逃げている最中もずっと感じていた違和が、ここに来て加速的に意識に上がってくる。
何を見落としているのか。そもそも見落としがあるのか。見落とすものなんて何もなくて、ただただ事実として、それはずっとそこにあっただけなのではないだろうか。
意識的にそれらを考えないようにして走っていた『グレイ』は、しかし壁の元へとたどり着いたところで、とうとう足を止めた。
これを越えれば、またひとつ脱出に近づく。聳え立つ壁は、見上げていると首が痛くなるほどだが、『グレイ』ならば越えられないことはないだろう。最悪、トカゲを先に行かせるなりして、『迅』に代われば問題なく突破できる。
それでも何故か進む気が起きないのは、未だ拭えぬ違和感が、最早無視できないほどに意識に上ってくるからだ。
だが、ここで躊躇っていたって、事態は何も変わらない。そう自分に言い聞かせて、『グレイ』は壁に手を伸ばした。だが、
『グレイ』の指先が壁に触れる直前、背後からパチパチと手を叩くが聞こえた。
「すごいすごい! 思っていたよりここまで来るのが早かったねー! 褒めてあげるよ!」
ばっと『グレイ』が振り返った先、楽しそうに拍手をしていたのは、仮面の男、ウロだった。
何故。いつから。どうやって。
様々な疑問が『グレイ』の脳裏を流れていったが、そのどれをも思考の外へ押し流す。現状最も優先すべきなのは、この場からの逃避だ。
だが、そんな彼を嘲笑うように、ウロがその細い指先をグレイへと向けた。途端、まるで金縛りにでもあったかのように、『グレイ』の身体が動かなくなる。
「ああ、ダメダメ。さすがにこれ以上は好き勝手させないよ。まあ君が何処に行っても僕には判るから、好きにさせても良いんだけど」
ここから出すと皇帝がうるさそうだからさぁ、と続けたウロに、しかし『グレイ』は何も言わない。言えないのだ。指先を動かすことはおろか、声帯を震わせることも、瞬きをすることすらできない。かろうじて呼吸はできるが、それだけだ。
「んん? あれぇ? ……あっ、ごめんね! ちょっと加減をミスっちゃったかな?」
そう言ったウロが、くるりくるりと指を動かす。それに呼応してか、自身を拘束する力が弱まるのを『グレイ』は感じた。と言っても、身体が動くようになったわけではない。相変わらず四肢を動かすことはできず、かろうじて声を発したり瞬きをすることはできるといった程度だ。
「……テメェは何だ」
『グレイ』の反応に、ウロはこてりと首を傾げた後、小さく笑ってから自分の顔を覆う面に手を掛けた。そして、殊更にゆっくりと仮面を外す。
露わになったその顔を見て、『グレイ』は本能的に感じてしまった余りのおぞましさに、全身に鳥肌が立つのを感じた。
到底この世のものとは思えない、完成されすぎた美だ。例えば赤の国の宰相レクシリアは美しいと称して過言ではない容姿をしているが、そういう次元の話ではない。これは、人の域から逸脱した美しさだ。人間の理解の範疇を越えた何かだ。
こんなものが、この世に存在して良い筈がない。
『グレイ』の背中を冷たい汗が伝う。本能が一刻も早く逃げろと激しく警鐘を鳴らすが、身体を動かすことができない。
余りの恐怖に、かろうじて動く視線をストールに落としそうになった『グレイ』は、それを理性で無理矢理抑えた。トカゲが動かないのか動けないのかは判らない。トカゲの存在など、この仮面の男ならばとっくに気づいている可能性も高い。だが、それでも僅かに希望があるなら、自らそれを摘み取るような愚行は絶対に犯さない。
そんな『グレイ』の様子をにんまりと眺めていたウロが、手にした面をとんとんと叩いた。
「そういえば、まだ名前も教えてなかったね。ごめんごめん。改めまして、僕はウロ。まあ勿論偽名なんだけど、ここではウロって名乗ってるから、君もそう呼んでね」
そう言ってにっこりと笑ったウロが、『グレイ』へと一歩近づく。
「君のことはずっと見てたよ。僕すごいから、それくらいは把握できちゃうんだ。だから、別にいつでも君を掴まえることはできたんだけど、折角頑張ってるし、もう少し遊ばせてあげようかなぁってしてたら、こんなところまで来ちゃった。すごいねぇ。もっと時間かかると思ったんだけどねぇ。やっぱり人格入れ替わると結構違うんだねぇ。あ、あんまり見張りがいなかったから、寧ろつまらなさすぎた? ごめんねぇ。ここの戦力はほとんど、円卓を迎え撃つために外に出しちゃってるんだ。ほら、僕一人いればここの守りは十分すぎるし」
「……オレの質問に答えろ」
『グレイ』の言葉に、ウロが首を傾げる。
「さっき答えたよ? 僕はウロくん」
「……質問の意図が判らないとは言わせねェ」
震えそうになる声を必死に抑えてそう問えば、ウロはわざとらしい溜息を吐いた。
「困った子だなぁ。でも、僕の予想以上に頑張ってたのは事実だし、ご褒美に教えてあげても良いのかなぁ。でもでも、言ってもどうせ判らないと思うんだよねぇ。それでも知りたい?」
こてりと首を傾げてみせたウロに、『グレイ』は何かを考えるように一拍置いた後、口を開いた。
「教えろ」
その答えにウロが肩を竦める。
「僕は“傍観する者”の第四座、“虚従えし嬉戯”の名を与えられし個体。君の知識の中で判るように説明するのなら、まあそうだね、種族としての神の親戚みたいなものかなぁ? 厳密には全く別物なんだけど」
普段の『グレイ』であれば、一笑に付すような発言だ。だが『グレイ』には、それが真実だと判った。否、判らされてしまった。理由は判らない。原理も判らない。だがウロはその発言だけで、それが疑いようもない真実であることを『グレイ』に示してみせた。
「…………そんな大層な奴が、なんだって帝国なんかの味方をしてんだ。神サマってのは、人間なんかに興味を抱かねェもんだと思ってたが」
「そんなのは神様によるよぉ。僕は人間に限らず、あらゆる生き物の行く末を見守るのが趣味だし。まあでも、帝国と手を組んでるのは人間が理由じゃないよ。僕の遊びに最適だったのがこの次元で、手を組む上で最適だったのが帝国だったってだけ。だから、僕と帝国の目的は違う。帝国の目的は、円卓を滅ぼして神様になること。まあ不可能なんだけど。で、僕の目的は、楽しく遊ぶこと。理解できた?」
こてりと首を傾げたウロの言葉は、まあ理解はできた。だが、理解できたところで、意味は判らない。
返す言葉が見つからずに『グレイ』が黙っていると、ウロはそれに構わず話を続けた。
「折角だから、もう一つ良いこと教えてあげるよ。僕ね、この話したの、この次元では君が初めてなんだぁ。なんでか判る? さっきの僕の話は、僕たちの世界の話なんだよね。だから、一次元の生き物にしか過ぎない人間には伝えちゃいけない内容なの。そういう、ヒトが知るべきではない情報をヒトに伝えると、大幅に天秤が傾いちゃって、計画が台無しなんだ。だから本当は喋っちゃいけないんだけど、僕、お喋り大好きなんだよねぇ」
突然語りだしたウロに、『グレイ』は困惑した。話してはいけないことを話した、ということは判ったが、ではなんだって自分にそれを話したのか。
「お喋り大好きだから、なんでも話したくなっちゃうんだよ。でもほら、基本的に喋っちゃ駄目だからさぁ。我慢するしかないんだよねぇ。でも、そんなときに丁度君みたいなのがいたら、そりゃあ色々話しちゃっても仕方ないと思わない?」
「…………は?」
やはりウロの言っている意味が判らず、疑問符を浮かべた『グレイ』を見て、ウロがにんまりと笑った。
「だって君の魂、宙ぶらりんだから」
「……ハァ?」
「そのまんまの意味だよ。君の魂は宙ぶらりんなんだ。いや、別に相手がアレクサンドラでも迅でも良い。君たち三人の魂は、この次元のものじゃない。もっと言えば、どこの次元にも属していない。だから宙ぶらりん。どこにも属さない魂なら、僕が何を伝えたところで天秤は動かない。ああ、天ヶ谷ちようは駄目だよ。あれは元々この次元の魂だから。そして天ヶ谷鏡哉も駄目。あれはあれで、この次元の肉体と強く結びついてしまっているから」
ウロの言葉に、『グレイ』が表情を険しくする。
「おい、ちょっと待て」
「なぁに?」
「誰の魂がなんだって? オレたちに魂はない。オレたちはただの人格だ。人格が魂を持つはずがない。この身体の中にあるのは、ちようの魂だけだ」
言い切った『グレイ』に、しかしウロは、一層楽しそうな顔をして笑い出した。
「あっははははは! やっぱ気づいてなかったんだぁ! いやぁ、かわいそうに! これだから君たちを眺めるのはやめられないんだ!」
「……なに笑ってやがる」
「いやだって、ふふふふ、これが笑わずにいられるかって話さ。ねぇ、気づいてないみたいだから教えてあげるけど、君たちの魂はさ、とっくに五つに分かれてるんだよ?」
「………………は?」
言われた言葉の意味が判らず、思わず呆けた声を出してしまった『グレイ』に、また一歩ウロが近づく。
「ロステアール・クレウ・グランダが言っただろう? 君たちをただの人格のひとつではなく、“個々の生命として認識している”って。それが全てさ。彼が君たちをそう定義した。だから君たちはそうなった。君たちは個々の生命なんだから、それぞれに魂を持つことは至極当然のことだと思わないかい?」
ずいっと眼前に寄せられたウロの顔が、満面の笑みに染まる。だが『グレイ』は最早、そんなものは目に入らなかった。
ロステアール・クレウ・グランダが、そう定義した。あの男が、天ヶ谷ちようの生み出した人格を個としての生命に落とし込み、それによってちようの魂が五つに分かれた。ちようのために、ちようのためだけに、ずっと一緒だった人格たちが、あの男の手によって別々のものになってしまった。
そうだ。確かにあの時からだ。あの時、あの男が人格でしかない鏡哉のことをひとつの生命だと思っていると言ったあの時から、人格の入れ替えはスムーズに行われなくなり、強固に感じていたちようとの繋がりが希薄なものになった。
つまり、あの男が全ての元凶だったのだ。
「ッぁ、の、クソ野郎!!」
辿り着いた真実に、『グレイ』は我を忘れて激昂した。そんな彼を満足げに眺めてから、ウロが右手を持ち上げ、そのまま流れるように『グレイ』の胸を貫く。目を見開く『グレイ』の耳元で、ウロが笑った。
「かわいそうなかわいそうなグレイ。でも良いんだよ。もう君たちはいらない。僕の計画に、君たちは不要だ。君たちがいると、天ヶ谷鏡哉の心が守られてしまう。それじゃあ困るからね」
「テ、メェ……、」
「心配しないで。肉体は傷つけてない。赤の王様にしたのと同じさ。クライマックスの前に、君たちの魂は全部眠らせてしまおうね。次に目覚めるときは、きっと全部忘れて新たに生まれ変わるときだよ。ほら、その方が君たちも幸せだろう?」
「っふ、ざけ……、」
悪態を吐こうとした『グレイ』の身体が、がくりと崩れる。それを片腕で支えたウロは、目を閉ざした彼を見て、もう一度笑った。
「おやすみ、グレイ、アレクサンドラ、迅」
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