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三章 引きこもり皇子、働く
068 一斉査察の一報
しおりを挟む「娘がずっと怖い顔で髪を振り回しているのですが……殿下もそのとろけきった顔はなんですか??」
3月。気温も上がり始め、庭で陽気な風に当てられたエステルがずっとヘッドバンギングしていることが怖くてホーコンはフィリップに尋ねてみたけど、こっちはこっちで緩みまくってよだれを垂らしているので気持ちが悪いらしい。
「ん……ジュルッ……なんか言った?」
「ですから、娘がですね。悪魔に取り憑かれているのですよ」
「悪魔? うん。悪魔に見えないことはない。でもアレは、幸せすぎて我慢できないって顔と行動だと思うよ」
「悪魔が幸せ??」
フィリップにもエステルが悪魔に見えて怖いのか、素に戻って理由を説明したのにホーコンは意味不明って顔。まぁ相反するモノが合わさっているのだから、そうなるわな。
「つまりだね……絶対に大声出さないでね? えっちゃんにこのこと言ったら、殺されるから絶対に言っちゃダメだからね? 殺されるのは、僕じゃないからね? お義父さんだよ??」
「ええ……」
「ようやく僕たちは結ばれたんだよ」
「なっ!? ……なのに、娘はアレですか??」
大声を出しそうになったホーコンは口を押さえ、なんとか耐えてエステルを見たら喜びは消えて冷静になった。
「それにしても、とっくに終わっていると思っていたのに、いまさらなんですね」
「なんでそう思っていたの?」
「それは……何度も同じ部屋で寝ていたからですよ」
「聞き耳立ててたでしょ……」
「そんなことより!」
ギリギリ嘘をつけたホーコンであったが、フィリップに言い当てられたのでムリヤリ話を変える。
「殿下ほど経験豊富なら、娘だけでそこまで顔が緩むものですか?」
「ムフフ……えっちゃんって、とんでもなく名……これ以上言えないな~。ムフフ」
「そんなにですか!?」
「うん。出会った中で、文句なしのナンバー1。これから毎日が楽しみだな~」
「それは羨ましいと言っていいものなのかどうか……」
「娘だもんね。複雑だ。じゃあ、今度帝都に行った時に、ナンバー2を紹介してあげるよ」
「おお! それは楽しみですな~。私のお気に入りも紹介しましょうか??」
エステルの初体験はどこへその。フィリップとホーコンは、下世話すぎる話で盛り上がってしまうのであったとさ。
「こんな話をしている場合ではなかった!?」
フィリップと盛り上がりすぎたホーコンは突然立ち上がり、フィリップの首根っこを掴み、エステルの腕を引いて執務室に連れ込んだ。
そしてフィリップをソファーに投げ捨てて、エステルがいつもの席に着いたら書類を片手に話し始める。フィリップは……まったく気にせずソファーに寝転んでる。
「どうやら皇帝陛下の命で、各地に一斉査察が入ったようです。それは電撃的な訪問だったらしく、一切の情報も届かない中の出来事だったとのことです」
「おお~。兄貴のヤツ、本気出したな~。んで、うちには来てないってことは、信用されてるってことかな?」
「はい。そのようです。宰相閣下の詫び状と皇帝陛下のお褒めの書状が同時に届きましたから、間違いないでしょう」
「まぁ、前に抜き打ちで来てたから、必要ないと思った可能性もあるか。念のため気を引き締めていこう」
「「はっ!」」
少し緩んだ空気もすぐに引き締めるフィリップ。
「派閥の者はどうなった?」
「多少難癖は付けられたようですが、無事乗り切ったとのことです。前もって抜き打ち査察の可能性を知らせていたのが幸いしたようですな」
「じゃあ、無傷ってことだね。よかったよかった~」
フィリップの口調は楽観的だが、少し心配なこともある。
「でもな~……このままじゃあ、ハルム王国が隣の領地に攻め込んじゃいそうだな~……」
「確かにいまは、バルテルス伯爵領のほうが混乱していて攻めやすいと思いそうですな」
「う~ん……ちょっと遅いけど、似たようなことしとこっか? 3倍の国軍が押し寄せたことにしようよ」
「ふむ……それでしたら、本命はうちという推測が成り立ちますな……ならば、より弱っていると勘違いして攻め込むと……」
「上手くいくといいね~。アハハハ」
「普通は笑いごとではないのですけどね」
わざわざ敵国に襲わせる計画をしているのだから、笑えるわけがない。しかしフィリップの命令ではやらないわけにはいかないので、ホーコンも悪巧みに乗っかるのであった。
「こんなとこかな?」
話し合いが終わってフィリップが確認を取ると、ホーコンとエステルは頷いたが、フィリップは立ち上がりかけて止まった。
「あ、そうだ。派閥の者に労いとか褒めるとかしておいたほうがいいかな?」
「ですな。その言葉で、よりいっそう忠誠心が高まるでしょう」
「オッケー。辺境伯は頼りになるな~」
「……もうちょっと私もちゃんと褒めてくれません?」
取って付けたようなフィリップの褒め言葉では、軽すぎてホーコンも納得いかない。それは書状にも現れているので、エステルは激怒。
「なんですのこの子供のような文章は!?」
「だって僕、書き方習ったことないんだも~ん。まぁ……これでよくない?」
「全て書き直しですわ!!」
「そんな~~~」
というわけで、エステル先生が添削しまくって、フィリップの言葉はひとつもなくなるのであった。
でも、今度からエステルの書いた物を書き写して楽をしようと心に決めたフィリップであったとさ。
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