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09 帝国
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しおりを挟む皇帝の命を受け、宰相は神殿にこもり、急ピッチで勇者召喚の準備に取り掛かる。
神殿の床には、すでに勇者召喚に使われる魔法陣が書かれており、地面から常に魔力が集められているので、召喚術士の魔法によって、いつでも召喚できる。
だが、宰相が開発した魔獣を使役する魔法は準備に時間が掛かり、念入りに二重に魔法陣を重ねたので、二週間の時を要した。
召喚当日……
神殿内部に玉座が用意され、そこに皇帝が座る。その両隣に長兄と宰相が立つ。
さらに勇者召喚にあたり、集められた人員。勇者召喚を行う五人の召喚術士。勇者を操る術式を使う十人の魔術士。もしもの危険に備えて皇帝直属近衛騎士を十人。
それぞれ魔法陣を囲むように輪になって立つ。
準備が整うと長兄が開始の合図を出し、召喚術士が呪文を詠唱する。本来ならば五人がかりの詠唱が必要な勇者召喚の術式であったが、有り余る魔力と術式によって、一人で執り行った魔王はさすがだったと言える。
ブツブツとおどろおどろしく唱えられる詠唱が終わりに近付くと、魔法陣の幾何学模様が青く輝きを放つ。その光が大きくなると術士は詠唱を止めて叫ぶ。
「出でよ勇者。そして、我が帝国の願いを叶えたまえ~~~!」
術士の叫びに応え、光はさらに大きくなり、神殿内部を包み込む。
その瞬間……
「やった! 次はウチの王様だしぃ~~~!!」
テンションの高い女の声が響き渡る。そして光が収まると、先が赤く塗られた棒を握った美しい女性が姿を見せる。
「……へ??」
美しい女性は辺りを見渡し、目をパチクリして惚けた声を出す。
「勇者殿。突然呼び出して申し訳ない。我が国は現在、魔族の脅威にさらされている。どうか、力を貸していただけないか?」
辺りを見回していた勇者と呼ばれた女性は、丁寧に話す長兄に目を移す。
「わ! イケメン!! じゃなくて、ここはどこだしぃ??」
「ここは勇者殿とは違う世界にある、帝国と呼ばれる国だ」
「は? いま、王様ゲームがいいところだったのに~~~!!」
は? いま、そんな事を言うところ? どうやら勇者と呼ばれた女性は、王様ゲームをしていたところを異世界召喚されて、お冠のようだ。
王様を引いて、これから無理な要求をしようとしていたのだから、当然と言える……と、思われる?
「少し落ち着いて話を聞いてくれないか?」
女がムキーっとなり出したので、長兄は宥めようとする。
「う~ん……。イケメンのあんたに免じて、聞いてやるしぃ」
「貴様! 勇者であっても、皇子殿下に不敬であるぞ!!」
女の礼儀の無い様に、宰相は声を大にする。
「ふ~ん。あんた皇子様だったんだ~。でもね。どっちが礼儀がないか、わかってないしぃ」
女は笑みを浮かべながら収納魔法を使い、刀の鞘を握る。
「こ、近衛兵!?」
突如武器を取る女を見て、宰相は危険を感じて近衛兵を動かそうとする。
「えい!」
女は近衛兵が剣を抜く前に抜刀して軽く振り、鞘に収める。すると、パリンッと鳴る音と共に、空間に亀裂が入り、砕け散った。
「あんた達、人を呼び出しておいて何か変な魔法を使おうとしてたっしょ? それだけ破らせてもらったしぃ」
「なっ……」
宰相が長い時間を掛けて準備した従属魔法は、女が出現したと同時に発動していたが、女は自分の周りに防御結界を常に張り続けているので効果は成さない。しかし、悪意ある魔法であったため、女には不快に感じたようだ。
そのやり取りを見て長兄は、騎士に剣を降ろすように命令して謝罪する。
「古い文献に、召喚した者に術者が殺されたと書いてあったので、保険で使わせてもらった。謝罪する」
「まぁこれだけ敵意を向けられたら、中途半端な奴は先制攻撃するかもね~」
長兄の言葉に、女は不敵に笑う。長兄の内心は荒れているが、顔に出さない。しかし女の目は、それすらも見透かすように睨んでいる。
「やっぱりイケメンだしぃ。なんて名前なの?」
いや。長兄の顔がタイプだから見ていたようだ。
「紹介がまだだったな。私の名は、ラインホルトだ」
「ウチはサシャだしぃ……あ、そうだ! そんでウチは、なんで呼び出されたんだしぃ?」
「先ほども説明したが、我が帝国は、現在、魔族の脅威に苦しんでいる。勇者殿には帝国を救って欲しいのだ」
「ふ~ん……」
サシャは腕を組んで考える。その姿を王を含め、集まった者は黙って見守る。
しばしの静寂の後、サシャは舌なめずりをして決断する。
「ま、いっか。魔王も兄貴も居なくなって暇してたんだしぃ。暴れてやるしぃぃぃ!」
こうして、人族に異世界召喚された勇者サシャは、魔族との戦争に加わるのであった。
ただし王達は、魔王と同列に名を上げられた兄貴とは、何の事かと思ったらしい……
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