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番外編2
鍛冶見習い番外編・火竜に産まれて(リムダ目線)
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書籍二巻発売御礼SS
『どうして強くなりたいのか?』
そう問えば、火竜のほとんどは『お前は何を言っているんだ?』という顔をするだろう。
重ねて、『どれほど強くなりたいのか?』と問えば、その答えも大抵決まっている。『陛下に認められるほど強く』『陛下の背中を預けてもらえるほど強く。』当代最強、歴代でも五指に入るというエスティローダ様は、全火竜の憧れだ。
普通の生き物には三つの欲望があるという。食欲、睡眠欲、そして子孫を残したいという欲求。
女王竜からのみ産まれる竜種は、子孫を残したいという欲求が乏しい。食欲ですら、自然のエネルギーを吸収し我が力とする竜種にはほとんどない。その代わりにあるのが、その竜種独自の欲求だ。
火竜ならば、より強くなりたい。
風竜ならば、より速く飛びたい。
水竜ならば浄化、木竜ならば知識、土竜ならば守護。
それらは本能であり、生き物が生きたいと願うのと同じ、『何故』という疑問の余地すらない当然の欲求だ。
けれど、僕――リムダには、その欲がほとんどなかった。
何故、皆がそれぼど強くなりたいと渇望するのかが分からない。強くなって……いったいどうするのか? 何かに勝つため? 何かを守るため? 竜種は最強種、竜種に歯向かう種族なんていないし、竜種同士の戦争なんて起こったら世界そのものが終わってしまう。
僕の内にある、水竜の因子がそう考えさせるのか。けれど、僕には水竜の本能である『海を巡り浄化したい』という欲求はなかった。
だったら、僕は何なんだろう?
僕の欲求は、僕の本能は? 僕は何のために生きている?
兄さんと僕は、先代の火竜女王、グレンローダ様とその王配の最後の卵として産まれた。
竜は全て、女王竜から産まれる。
人間の感覚から言えば、その全てが兄弟になるのだろうけれど、僕ら竜にとって、兄弟というのは同時に産み落とされた卵にのみ適応される。
また、女王竜と王配は仕える対象として認識しているため、母上父上という感覚もない。
僕たちの卵が孵化する前に、元々体を壊していたという木竜の王配は亡くなった。
グレンローダ様は、現陛下と良く似た苛烈な女王でいらしたらしいけれど、王配殿下を心から愛しておられて――王配が亡くなると共に気落ちのあまり衰弱し、まだお若かったというのに、次代の女王竜の卵を産み落とし孵化を見届けると同時にこの世を去った。
それから、孵化した次期女王であるエスティローダ様の養育は、おじいさまが担われることとなった。
歳が近い兄さんと僕も、エスティローダ様の側近候補として一緒に育った。
身分の違いゆえに、エスティローダ様はおじいさまを「じぃ」と呼び、僕たちは「おじいさま」と呼ぶ。また、僕たちはエスティローダ様へ敬語を使う、といった程度の差はあったものの、その関係性は完全に人間でいうところの幼馴染だった。
幼いころから、誰よりも火竜らしく強く溌剌としたエスティローダ様。そのエスティローダ様に憧れ、いつかエスティローダ様を守れるほどになりたいと研鑽を重ねる兄さん。エスティローダ様に吹っ飛ばされ、振り回され、擦り傷ばかりで火すら怖い僕。
情けなくて、どうにかしたくて、それでも、成竜たちが振るう炎には勝手に体が怯え、しっぽが下がった。
エスティローダ様が孵化されてから、五十年ほど経った頃だった。
僕に転機が訪れた。
僕はエスティローダ様や兄さんと共に、顔も見たことのない王配殿下の書斎の整理を手伝っていた。
亡くなった時のままに保存されていた書斎の本を、おじいさまが一冊一冊確認しながら劣化を防ぐ『常態化』の魔法をかけ直していく。
何冊かの本をまとめて運んでいた僕は、机の脚につまづいて転び、本をバサバサッと落としてしまった。
「なんじゃ、それは。他の本とは毛色が違うのぉ」
おじいさまを手伝うでもなく、天井のシャンデリアから逆さまにぶら下がって遊んでいたエスティローダ様が、僕の落とした本を見下ろした。
エスティローダ様がここにいる理由はただひとつ、おじいさまから「常態化」という魔法の話を聞いて、本当に劣化が防げるのかどうか、ポポポッと小さな炎を飛ばして確認してみるためだけだ。僕が落として広がった本にも小さな炎が落ち、燃え移るでもなくシュッと消えた。
「手書き……どうやら王配殿下の手記のようですね」
僕のように失敗することもなく、テキパキとおじいさまの手伝いをしていた兄さんが本に歩み寄り、パンパンと汚れを払って拾い上げた。
「個人的な内容でしょうし、勝手に見るのはどうかと」
そう言いつつ本を閉じかけた兄さんの手から、飛び降りて来たエスティローダ様が手記をひったくった。
「なに、許可を出す父上はもうおらんのじゃ。我が見る分には怒らぬだろう。ふむ……リムダ、ここは何と読むのじゃ?」
エスティローダ様に問われて、僕は立ち上がると改めて王配殿下の手記に目を落とした。
大人しく机に座っていることの少ないエスティローダ様より、僕の方が座学はかなり進んでいた。
「あれ?」
その僕をしても、書いてある言葉の意味が分からなかった。
いや、読めるには読める。発音も出来る。でも、聞いたことのない単語だった。
「■■■■?」
その瞬間。
ふわっと僕の体が淡い水色に仄かに光った。
「「「っ!?」」」
エスティローダ様と兄さんが息を呑む。
何だか足元がひどくふらついた。何が何だか分からない内に、目の前が白くなり、意識も白濁していく。視界の端に、おじいさまが慌てて駆け寄ってくれたのが見えた気がした。
気が付いたとき、僕の顔を覗き込んだエスティローダ様が言った。
「赤い目の内に、僅かに水色が混じっておる。キレイじゃのぉ」
どうやら、僕が目覚めるまで兄さんと部屋で待っていてくれたらしい。
兄さんが慌てておじいさまを呼びに行き、そのおじいさまの説明に僕は絶句する。
「リムダの内にある水竜の因子が目覚めた」と。
「ど、どういうことですか、おじいさま!? 曲がりなりにもリムダは火竜。火竜と水竜では文字通りの水と油。混ざるはずがありません」
動揺に震える兄さんの声に、おじいさまが静かに答える。
女王竜が産んだ卵に、父である王配の因子が継がれるのは稀にある、と。
「王配殿下は、木竜だったはずではありませんか……!」
おじいさまは少しだけ目を伏せると、僕の寝台に歩み寄り、僕の目をそっと覗き込んだ。
「王配殿下は、木竜の中でも稀な、父である水竜の因子を継がれた竜であられた。水竜と木竜は相性が良いゆえ、そのことは別段不思議もない。また、木竜と火竜も相性が良いゆえ、木竜の因子を継ぐ火竜も何頭か産まれておる。だが、父の因子が継がれる確率は千分の一、祖父の因子が継がれる確率は百万分の一。可能性として0ではないが、火竜の総数は一万二千。まさか水竜の因子を持つ火竜が産まれるとは思ってもみなんだ」
大きくて固い手が、僕の頭を撫でた。
「先程リムダが読み上げたのは、王配殿下の残された水竜の癒しの呪文でな。水竜の因子を持たぬ者が唱えたところで何も起きぬものじゃが、リムダの内に因子があったがゆえに、目覚めさせる呼び水になったのじゃろう」
火竜なのに、正反対の水竜の因子を持っている……パニックになりかけた僕の背を、エスティローダ様がバシンと叩いた。思わずむせそうになった僕の前で、くるくるくるっと踊るように回ったエスティローダ様は万歳するように手を掲げ、満面の笑顔で言った。
「凄いではないかっ! 水竜の術を使える火竜など、リムダだけじゃぞっ! なんと羨ましい! 戦いの幅が広がるなっ! どんなことが出来るのじゃろう!? 楽しみじゃなっ!」
目を真ん丸にして絶句していた僕と兄さんに、おじいさまも苦笑を向ける。
「水竜の術を使うには、水竜の術の仕組みを学ばなければならんぞ。ただ呪文を唱えただけでは、また今回のように倒れることとなる。普通の火竜として生きる道もある。リムダは、どうしたいのじゃな?」
僕は、ワクワクした様子で僕が「水竜の術を使えるようになりたい」と言うのを待っているエスティローダ様と、心配そうにしている兄さんの顔を見比べた。こんな、火竜にあるまじき僕に、エスティローダ様は「凄い、楽しみだ」と言ってくれた。それだけで、もう僕の心は決まったようなものだった。
「水竜の術を学び、エスティローダ様のお役に立ちたいです」
水竜の術を学び、治癒魔法が使えるようになった僕は、エスティローダ様が『鍛錬』と称し叩きのめした火竜たちの手当てをすることが日課となった。それこそ、来る日も来る日も何百もの竜の怪我を治療する日々。百年もする内には、治癒魔法の経験値だけで高位竜と呼ばれるほどのレベルになり、部位欠損すら呪文一つで治せるようになった。
戦う力もないのに、最強の女王のお気に入りと呼ばれ、一番近くに侍る僕。強さこそが絶対正義である火竜の中で、他の火竜たちは、兄さんは、僕のことをどう思っているのか……
治癒魔法を使えば使うほど、僕は分からなくなっていった。
僕は、何者なのか。
答えの見つからぬまま惰性で生きていた僕は、おじいさまに引っ張られて行った人間の家で、とある光景に目を奪われる。
「なるほど、キレイなものじゃのぉ。火が喜んでおるわ。ノアの『父ちゃん』は、火に好かれておるのぉ」
陛下の、嬉しそうな言葉が僕の中で木霊する。
キラキラと。キラキラと。炉の中からは踊るような炎の楽し気な声さえ聞こえてくるかのようだった。
……なんという衝撃。
火竜にとって、炎は強さの象徴。
陛下の、圧倒的で豪快な炎。
おじいさまの、老練で巧みな炎。
兄さんの、格好良くて華やかな炎。
闘いに向かう炎は、そのどれもが王命を受けた騎士のように気高く誇り高く猛々しく美しくて……少し、怖かった。
「怖い」と素直に伝えられた子どものころ。兄さんには「火竜が火を怖いなどと言っていてどうする」と怒られ、エスティローダ様には「ならば我が守ってやろう」と笑われた。成長と共に「怖い」と口にすることはなくなり……それでも、まだ心のどこかで炎を怖いと思う自分がいた。大好きな兄さん、大好きなエスティローダ様。でも、臆病な自分は、嫌いだ。
それなのに。
炉の中の炎は、人間なんて骨も残さず焼き尽くすほどの高熱でありながら、少しも、怖くはなかった。
なんて、温かで美しい。産み出すためだけの炎。
破壊のためでも、攻撃のためでもない、何かを創り出す炎。
僕はその炎に、その炎が産み出した武具に、魂を奪われた。
ああ、僕はこの炎と共に生きたい。この炎と共に、何かを産み出したい。
水竜の因子を宿し、炎を恐れた僕。
自分は何者かと、悩んだ日々。
僕の求めていた炎は、これだったのだと。この全身の震えと共に、僕は確信する。
他とは違う。でも……
僕は、火竜だ。
『どうして強くなりたいのか?』
そう問えば、火竜のほとんどは『お前は何を言っているんだ?』という顔をするだろう。
重ねて、『どれほど強くなりたいのか?』と問えば、その答えも大抵決まっている。『陛下に認められるほど強く』『陛下の背中を預けてもらえるほど強く。』当代最強、歴代でも五指に入るというエスティローダ様は、全火竜の憧れだ。
普通の生き物には三つの欲望があるという。食欲、睡眠欲、そして子孫を残したいという欲求。
女王竜からのみ産まれる竜種は、子孫を残したいという欲求が乏しい。食欲ですら、自然のエネルギーを吸収し我が力とする竜種にはほとんどない。その代わりにあるのが、その竜種独自の欲求だ。
火竜ならば、より強くなりたい。
風竜ならば、より速く飛びたい。
水竜ならば浄化、木竜ならば知識、土竜ならば守護。
それらは本能であり、生き物が生きたいと願うのと同じ、『何故』という疑問の余地すらない当然の欲求だ。
けれど、僕――リムダには、その欲がほとんどなかった。
何故、皆がそれぼど強くなりたいと渇望するのかが分からない。強くなって……いったいどうするのか? 何かに勝つため? 何かを守るため? 竜種は最強種、竜種に歯向かう種族なんていないし、竜種同士の戦争なんて起こったら世界そのものが終わってしまう。
僕の内にある、水竜の因子がそう考えさせるのか。けれど、僕には水竜の本能である『海を巡り浄化したい』という欲求はなかった。
だったら、僕は何なんだろう?
僕の欲求は、僕の本能は? 僕は何のために生きている?
兄さんと僕は、先代の火竜女王、グレンローダ様とその王配の最後の卵として産まれた。
竜は全て、女王竜から産まれる。
人間の感覚から言えば、その全てが兄弟になるのだろうけれど、僕ら竜にとって、兄弟というのは同時に産み落とされた卵にのみ適応される。
また、女王竜と王配は仕える対象として認識しているため、母上父上という感覚もない。
僕たちの卵が孵化する前に、元々体を壊していたという木竜の王配は亡くなった。
グレンローダ様は、現陛下と良く似た苛烈な女王でいらしたらしいけれど、王配殿下を心から愛しておられて――王配が亡くなると共に気落ちのあまり衰弱し、まだお若かったというのに、次代の女王竜の卵を産み落とし孵化を見届けると同時にこの世を去った。
それから、孵化した次期女王であるエスティローダ様の養育は、おじいさまが担われることとなった。
歳が近い兄さんと僕も、エスティローダ様の側近候補として一緒に育った。
身分の違いゆえに、エスティローダ様はおじいさまを「じぃ」と呼び、僕たちは「おじいさま」と呼ぶ。また、僕たちはエスティローダ様へ敬語を使う、といった程度の差はあったものの、その関係性は完全に人間でいうところの幼馴染だった。
幼いころから、誰よりも火竜らしく強く溌剌としたエスティローダ様。そのエスティローダ様に憧れ、いつかエスティローダ様を守れるほどになりたいと研鑽を重ねる兄さん。エスティローダ様に吹っ飛ばされ、振り回され、擦り傷ばかりで火すら怖い僕。
情けなくて、どうにかしたくて、それでも、成竜たちが振るう炎には勝手に体が怯え、しっぽが下がった。
エスティローダ様が孵化されてから、五十年ほど経った頃だった。
僕に転機が訪れた。
僕はエスティローダ様や兄さんと共に、顔も見たことのない王配殿下の書斎の整理を手伝っていた。
亡くなった時のままに保存されていた書斎の本を、おじいさまが一冊一冊確認しながら劣化を防ぐ『常態化』の魔法をかけ直していく。
何冊かの本をまとめて運んでいた僕は、机の脚につまづいて転び、本をバサバサッと落としてしまった。
「なんじゃ、それは。他の本とは毛色が違うのぉ」
おじいさまを手伝うでもなく、天井のシャンデリアから逆さまにぶら下がって遊んでいたエスティローダ様が、僕の落とした本を見下ろした。
エスティローダ様がここにいる理由はただひとつ、おじいさまから「常態化」という魔法の話を聞いて、本当に劣化が防げるのかどうか、ポポポッと小さな炎を飛ばして確認してみるためだけだ。僕が落として広がった本にも小さな炎が落ち、燃え移るでもなくシュッと消えた。
「手書き……どうやら王配殿下の手記のようですね」
僕のように失敗することもなく、テキパキとおじいさまの手伝いをしていた兄さんが本に歩み寄り、パンパンと汚れを払って拾い上げた。
「個人的な内容でしょうし、勝手に見るのはどうかと」
そう言いつつ本を閉じかけた兄さんの手から、飛び降りて来たエスティローダ様が手記をひったくった。
「なに、許可を出す父上はもうおらんのじゃ。我が見る分には怒らぬだろう。ふむ……リムダ、ここは何と読むのじゃ?」
エスティローダ様に問われて、僕は立ち上がると改めて王配殿下の手記に目を落とした。
大人しく机に座っていることの少ないエスティローダ様より、僕の方が座学はかなり進んでいた。
「あれ?」
その僕をしても、書いてある言葉の意味が分からなかった。
いや、読めるには読める。発音も出来る。でも、聞いたことのない単語だった。
「■■■■?」
その瞬間。
ふわっと僕の体が淡い水色に仄かに光った。
「「「っ!?」」」
エスティローダ様と兄さんが息を呑む。
何だか足元がひどくふらついた。何が何だか分からない内に、目の前が白くなり、意識も白濁していく。視界の端に、おじいさまが慌てて駆け寄ってくれたのが見えた気がした。
気が付いたとき、僕の顔を覗き込んだエスティローダ様が言った。
「赤い目の内に、僅かに水色が混じっておる。キレイじゃのぉ」
どうやら、僕が目覚めるまで兄さんと部屋で待っていてくれたらしい。
兄さんが慌てておじいさまを呼びに行き、そのおじいさまの説明に僕は絶句する。
「リムダの内にある水竜の因子が目覚めた」と。
「ど、どういうことですか、おじいさま!? 曲がりなりにもリムダは火竜。火竜と水竜では文字通りの水と油。混ざるはずがありません」
動揺に震える兄さんの声に、おじいさまが静かに答える。
女王竜が産んだ卵に、父である王配の因子が継がれるのは稀にある、と。
「王配殿下は、木竜だったはずではありませんか……!」
おじいさまは少しだけ目を伏せると、僕の寝台に歩み寄り、僕の目をそっと覗き込んだ。
「王配殿下は、木竜の中でも稀な、父である水竜の因子を継がれた竜であられた。水竜と木竜は相性が良いゆえ、そのことは別段不思議もない。また、木竜と火竜も相性が良いゆえ、木竜の因子を継ぐ火竜も何頭か産まれておる。だが、父の因子が継がれる確率は千分の一、祖父の因子が継がれる確率は百万分の一。可能性として0ではないが、火竜の総数は一万二千。まさか水竜の因子を持つ火竜が産まれるとは思ってもみなんだ」
大きくて固い手が、僕の頭を撫でた。
「先程リムダが読み上げたのは、王配殿下の残された水竜の癒しの呪文でな。水竜の因子を持たぬ者が唱えたところで何も起きぬものじゃが、リムダの内に因子があったがゆえに、目覚めさせる呼び水になったのじゃろう」
火竜なのに、正反対の水竜の因子を持っている……パニックになりかけた僕の背を、エスティローダ様がバシンと叩いた。思わずむせそうになった僕の前で、くるくるくるっと踊るように回ったエスティローダ様は万歳するように手を掲げ、満面の笑顔で言った。
「凄いではないかっ! 水竜の術を使える火竜など、リムダだけじゃぞっ! なんと羨ましい! 戦いの幅が広がるなっ! どんなことが出来るのじゃろう!? 楽しみじゃなっ!」
目を真ん丸にして絶句していた僕と兄さんに、おじいさまも苦笑を向ける。
「水竜の術を使うには、水竜の術の仕組みを学ばなければならんぞ。ただ呪文を唱えただけでは、また今回のように倒れることとなる。普通の火竜として生きる道もある。リムダは、どうしたいのじゃな?」
僕は、ワクワクした様子で僕が「水竜の術を使えるようになりたい」と言うのを待っているエスティローダ様と、心配そうにしている兄さんの顔を見比べた。こんな、火竜にあるまじき僕に、エスティローダ様は「凄い、楽しみだ」と言ってくれた。それだけで、もう僕の心は決まったようなものだった。
「水竜の術を学び、エスティローダ様のお役に立ちたいです」
水竜の術を学び、治癒魔法が使えるようになった僕は、エスティローダ様が『鍛錬』と称し叩きのめした火竜たちの手当てをすることが日課となった。それこそ、来る日も来る日も何百もの竜の怪我を治療する日々。百年もする内には、治癒魔法の経験値だけで高位竜と呼ばれるほどのレベルになり、部位欠損すら呪文一つで治せるようになった。
戦う力もないのに、最強の女王のお気に入りと呼ばれ、一番近くに侍る僕。強さこそが絶対正義である火竜の中で、他の火竜たちは、兄さんは、僕のことをどう思っているのか……
治癒魔法を使えば使うほど、僕は分からなくなっていった。
僕は、何者なのか。
答えの見つからぬまま惰性で生きていた僕は、おじいさまに引っ張られて行った人間の家で、とある光景に目を奪われる。
「なるほど、キレイなものじゃのぉ。火が喜んでおるわ。ノアの『父ちゃん』は、火に好かれておるのぉ」
陛下の、嬉しそうな言葉が僕の中で木霊する。
キラキラと。キラキラと。炉の中からは踊るような炎の楽し気な声さえ聞こえてくるかのようだった。
……なんという衝撃。
火竜にとって、炎は強さの象徴。
陛下の、圧倒的で豪快な炎。
おじいさまの、老練で巧みな炎。
兄さんの、格好良くて華やかな炎。
闘いに向かう炎は、そのどれもが王命を受けた騎士のように気高く誇り高く猛々しく美しくて……少し、怖かった。
「怖い」と素直に伝えられた子どものころ。兄さんには「火竜が火を怖いなどと言っていてどうする」と怒られ、エスティローダ様には「ならば我が守ってやろう」と笑われた。成長と共に「怖い」と口にすることはなくなり……それでも、まだ心のどこかで炎を怖いと思う自分がいた。大好きな兄さん、大好きなエスティローダ様。でも、臆病な自分は、嫌いだ。
それなのに。
炉の中の炎は、人間なんて骨も残さず焼き尽くすほどの高熱でありながら、少しも、怖くはなかった。
なんて、温かで美しい。産み出すためだけの炎。
破壊のためでも、攻撃のためでもない、何かを創り出す炎。
僕はその炎に、その炎が産み出した武具に、魂を奪われた。
ああ、僕はこの炎と共に生きたい。この炎と共に、何かを産み出したい。
水竜の因子を宿し、炎を恐れた僕。
自分は何者かと、悩んだ日々。
僕の求めていた炎は、これだったのだと。この全身の震えと共に、僕は確信する。
他とは違う。でも……
僕は、火竜だ。
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