レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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40 / 133
3巻

3-1

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 オイラはノア。鍛冶見習かじみならいの十四歳。
 オイラの父ちゃんは、「神の鍛治士」とまで言われた凄腕すごうでの鍛冶士だったんだけど……母ちゃんが死んで以来、酒浸さけびたりのダメダメ親父おやじになってしまった。
 そんな父ちゃんにやる気を出してもらうべく、近所にある魔物の領域『無限むげん荒野こうや』や『竜のむ山脈』に行っては珍しい鉱石や鍛冶素材を集めていたオイラは、気が付けば英雄王をも超えるレベル596とかになっていた。
 そんな火竜女王エスティローダにヒヒイロカネを預けられた父ちゃんとオイラは、全身全霊を傾けて攻撃補整二万超えの武具、【神話級】のパルチザン『金烏ジンウ』を打ち上げる。その腕を認められた父ちゃんは、「竜王の鍛冶士」の称号を授けられる託宣たくせんを受けた。
 それからオイラはエスティに、冒険も鍛冶も出来る「最強の鍛冶見習い」を目指すことを宣言し……それからはまぁ、火竜のリムダさんが弟子入りしてきたり、土の妖精ラウルと出会ったりと、いろいろとあった。
 そんなある日、魔道具屋のミミィと一緒にコットンシードに出かけたオイラは、ミミィの三つ子の姉であり、風竜の獣人であるリリィと出会う。
 成長が遅く、いつまでも幼女にしか見えない彼女は妹ミミィの元旦那ヨヘイさんのお店であるカシワ屋さんに身を寄せていた。そして、どうやら火竜が働くうちの鍛冶場に興味を持ったらしく、風を操る能力でオイラの鍛冶を手伝ってくれることになった。
 そんな折、コットンシードの魔道具屋・赤羽屋が、カシワ屋さんに詐欺さぎを働かれたと冤罪えんざいをふっかけてくるという事件が起こる。……まぁ、ミミィのおかげですぐに解決したんだけどね。
 ともかく、事件が解決したということで、オイラとリリィは我が家に向かって、コットンシードを出発したのだった。



  01 リリィとエスティ


「たっだいまー」

 数日ぶりの我が家の敷居をまたいだのは、ちょうど昼時だった。
 土間から丸見えのコタツに丸まった父ちゃんが、「おう、おかえり」と片手を上げた。鍛冶に没頭すると昼飯も何もすっ飛ばしちゃう父ちゃんだけど、この日は昼前にキリのいいとこで上がれたらしい。

「リムダさんは? ってか、仕舞っといたはずなのにこんな時期からコタツ出しちゃったの?」
「リムダなら昼飯を調達しに行ってるぞ」
「自炊はしなかったんだ。良かったー、どうなってるかと心配してたんだ」

 胸を撫で下ろしたオイラに、父ちゃんの目が泳ぐ。その視線を辿ると……

「あれ? がまが新しい……?」
「いやぁ、なっ、もう古くなってたから、打ち直したんだ。うん」
「って、エスティの『金烏ジンウ』を打ったときに、婆ちゃんたちが新しいの買ってくれたばっかりだったよね? かまども黒いような……?」

 父ちゃんが、ほおを引きつらせてはっはっはと笑う。

「ま、まあいいじゃねぇか。たまには武具以外のモンも打ちたくなったんだよ。ってかそれより、久しぶりに帰って来たんだ。荷ぃ降ろしたらどうだ、な?」
「何か誤魔化ごまかしてる気がするなぁ……まあ、それより」

 よっこいしょ、と板の間にリュックを置き、軽く被せていた雨ぶたを開けると、父ちゃんもコタツから伸び上がって覗き込む。さては、鉱石か鍛冶素材を期待してるな?

「なんだ、お前がいねぇうちに猫が家出しちまったと思って心配してたが、一緒に連れてってたのか。言ってけよ。……って、なんだそりゃあ!? 白い……人形!? ひょっとして……いや、まさかな」

 何故か動揺する父ちゃんに、コテリと首をかしげる。
 コットンシードの一件が終わった後。
 魔道具士の修業をさせようとするミミィに、リリィを引っ張ったまま一目散に逃げ帰ろうとしたオイラだったけれど、うちで飼ってる猫のタヌキと荷物をカシワ屋に置いてきたことに気付いて、いったん戻った。
 竜の血を引くリリィは、動物好きなのに、動物に怖がられて今まで中々近づける機会がなかったらしい。リムダさんと暮らしているおかげで竜に慣れ、物怖じしないタヌキに大喜びだった。
 ミミィがあれだけ怖がっていた往路を、タヌキを抱っこしたままキャイキャイとはしゃいぎながら飛び回り、『鳥の大湿原』を通る頃にはすっかりエネルギー切れでオイラのリュックの中へと納まった。
 リュックに入ってじきにリリィが眠ってしまったので、リリィとタヌキが寝やすいように調整して、日よけに雨ぶたを被せていた。確かに、体を丸めてタヌキを抱き込み、大きなリュックの中で眠っているリリィは、人形のように見える。

「ふぁ……」

 父ちゃんの大声で目を覚ましたリリィが、小さくまつを震わせ、パチリと目を開いた。

「うわマジか!? お前、これ、どこからさらって来やがった!?」

 そんな父ちゃんの声をバックに、白い巻き毛がふわりと揺れて、リリィの頭が持ち上がる。

「やだな、人聞きの悪い。勝手にさらって来るはずないじゃないか。風の魔法で、オイラの鍛冶を手伝ってもらおうと思って……」
「あ、ノマド。久しぶり」
「リッ、リリねえ!? やっぱリリ姐かっ!? 何でまたこんなとこにっ。ここにゃ今……」

 妙に焦った父ちゃんに、リリィがコテンと首を傾げる。
 父ちゃんとリリィは、どうやら顔見知りのようだった。
 まあ、ララ婆の娘だし、冒険者時代に会っていても不思議はないか。
 でも、実年齢六十歳とはいえ、見た目六歳のリリィが、父ちゃんを呼び捨てなのは違和感があるなぁ。
 そんなことを思っていると、チリッ、と背筋が熱くなった。
 覚えのあるこの感覚。『無限の荒野』を通ってきたわけだし、これは……
 ごぉ、と暴風が家を揺らし、ギシギシときしんだはりからは年代物のほこりが、砂壁からはパラパラと砂粒が落ちた。

「面白い者を連れて来おったのぉ、ノア」

 振り返った玄関にたたずんでいたのは、もちろんオイラの想像通りの人物だった。
 迫力満点のあかい髪の美女が、どうもうな笑みを浮かべる。口元にのぞく真珠しんじゅのようなきばたけだけしい皮膜ひまくの羽、ウロコに覆われたごうたんさを感じさせる太いしっぽ。つやめくのうのような赤い角。背後には、いつものように黒服の執事竜を従えている。
 火竜女王エスティローダは、炎のようなドレスをまとい、光り輝く扇子で、リリィを指し示した。

「我が縄張りに、無断で風竜が立ち入った気配がすると思えば……なんじゃこれは? このようなものは初めて見た。人型になれる幼竜じゃと?」

 そういえば、人型になれるのは高位竜だけなんだっけ? 竜の中でも一部の竜だけだって話だった。竜は百歳で大人とか言ってたから、まだ子どものリリィが人型なのは、竜からすると、まだ歩けもしない乳児が綱渡つなわたりしている、くらいのビックリ案件なのかもしれない。

「縄張りって、『竜の棲む山脈』には行ってないよ? 『無限の荒野』を通って来ただけで……」

 ひょっとして『無限の荒野』もエスティの縄張りだったりするのかな? と思って言ったら、エスティがぷくーっとふくれた。

「ノアの家も我の縄張りなのじゃっ」

 そんなエスティを尻目しりめに、すすっ、と音もなく近づいてきたセバスチャンさんが、ヒソヒソとささやく。

「ノアどの。お嬢さまは、『ノアの近くに風竜の気配がするっ、あの陰険な風竜王に目を付けられたなら一大事じゃっ』と駆けつけられたのですよ。つまりは、ノアどのをご心配なさったわけですな」
「余計なことを言うでないっ」
「これは失礼をいたしました」

 セバスチャンさんの意外に達者な声真似に目を丸くしていると、エスティが顔を赤らめながらだんを踏んだ。
 心配してくれたのはうれしいけれど、このままだと埃や砂どころじゃなく、天井まで落ちてくる。

「心配してくれてありがとう、エスティ。でも、リリィは普通の竜とはちょっと違うから。竜であるリムダさんがうちで働いてるってのに興味を持って、オイラと鍛冶を一緒にやってくれるんだって。だから風竜王? とか関係なくて」
「……どういうことじゃ?」

 いぶかしげにまゆをひそめるエスティに、リリィが自ら生い立ちを語った。
 話が進むにつれ、エスティの目が見開かれ、セバスチャンさんの顔から表情が抜け落ち、途中で戻ってきたリムダさんの口がポカンと開いた。
 元々知っていたのか、興味がないのか、父ちゃんだけは無表情に、オイラのリュックをあさって清酒の一斗樽を引っ張り出していた。ミミィがお土産にと持たせてくれたものだ。いや、無関心を装っているけど、普段は垂れた耳が今はこちらを向いてピクピクしている。

「ほお、ほおほお。言われてみれば、これは確かに」

 リリィの身の上話が終わると、エスティは好奇心丸出しでリリィの周りを歩き舐めるように観察し始めた。口元が楽しそうにり上がっている。

「なんともまぁ、興味深い存在じゃな」
「竜と人との間の子とは」

 硬直から抜け出したセバスチャンさんが、額に手を当て、やれやれと首を振る。

「風竜王も、ようも今まで隠し通したものよ。これほどの大ごとをのぉ」

 父ちゃんは竜たちのパニックを横目に、さっそく清酒を汲み出して、タヌキを相手に愛用のぐい呑みでチビチビ飲み出した。本気でどうでもいいと思っているのか、自分は関わらないほうがいいと思っているのか……。耳がこっちを向いているから、多少なりともリリィの安否を気にしてはいるようだ。

「リリィって、大ごとなの?」

 たずねたオイラに、エスティが大きく頷く。

「もちろんじゃ。我もこのような存在は初めて見る。父親が風竜、ということは……ここ五十年ほどゆうへいされておるという風竜王の弟。科戸しなとと申したか、あれがこの娘の父親であろうの」
「幽閉!?」

 びっくりしてリリィのほうを見ると、リリィも初耳だったようだ。
 ポッカリと口と目を開いて驚いている。

「さよう。風竜王に次ぐ実力者での、むろんのことれいじゅうかくの高位竜じゃ。人型になることも出来る。……うむ。この小娘、リリィと申したか? この娘の存在がなぜ大ごとなのか語るには、まず竜というものについて説明せねばなるまい」
「お嬢さま、それは」

 けんにしわを寄せて、珍しくセバスチャンさんがエスティの言葉をさえぎる。

「よいではないか。セバス、ノアに聞いたぞ? 我に無断で、女王竜に関してノアにしゃべったらしいな?」

 エスティに扇子で軽く肩をたたかれたセバスチャンさんは、うっと息をのむと、唇をんだ。

「ご処分は、いかようにも」
「構わぬ。他ならぬノアじゃからな。我に害となることはすまいよ。だがそこまでしゃべったのじゃ、これから我がしゃべることも、大差あるまい。まして、そこのリリィとやらは当事者じゃ」


 リリィは何のことかと小首を傾げる。人形というか小動物というか、よくをくすぐる愛らしさがある。

「よいか。直々に説明してやるゆえ、耳の穴かっぽじってよぉく聞け。女王竜が竜種にとっての頂点、これはよいな?」
「うん」

 ちょいちょい入る黄表紙きびょうしだか芝居だかっぽい言い回しが気になるけど、ここは素直に頷いておく。既知の情報なのか、リリィも頷いていた。

「そこにおるノアは知っておることじゃが、竜というのは女王竜しか産むことが出来ぬ。全ての竜は、女王竜から産まれるのじゃ」

 かすかにリリィが息をのんだ。これは知らなかったらしい。
 唐突だけど、オイラは手を挙げて前から疑問に思ったことを質問してみた。

「はい、エスティ先生、質問」
「なんじゃ」

 パシパシと扇子で首の後ろを叩きつつ、しょっぱなから話の腰を折られたエスティがオイラを見下ろす。ちょっと不満そうではあるけれど、答えてくれる気はあるようだ。

「さっき、リリィのお父さんが、風竜王の弟って言ってたよね? リムダさんとラムダさんも兄弟なのは知ってる。でも、みんな女王竜から産まれるなら、全員兄弟なんじゃないの?」

 エスティはなるほど、と頷いた。

「ふむ、人からするともっともな疑問よな。そうじゃな、猫で例えると分かりやすいかもしれぬ。猫は毎年二~五匹の子猫が産まれるが、兄弟という認識を持つのは、同じ時に同じ腹から産まれた者同士だけ。同じ母親から産まれても、産まれた年が違えば他人と同じ。竜に関してもそれと同じことが言える。女王竜は、通常、一回に五個前後の卵を産む。同時に産まれたものが兄弟。孵化ふかした順に、兄となり弟となるわけじゃな」
「ああ、なるほど、ふたとか五つ子とかだけが兄弟と見なされるのか」
「さよう、さらに言うなら、女王竜が一回の出産で子たちのために使える力はほぼ一定での。兄弟が多いほど力は分散され一個体あたりの力は弱くなり、兄弟が少ないほど一個体あたりの力は強くなる傾向がある。つまり滅多にないことではあるが、産まれた卵が一つだけなら、普通の竜の五倍の力を備えた竜となるわけじゃな」
「へぇ。ってことは、きっと最強執事竜セバスチャンさんは一人っ子だったんだろうね」

 何気ないオイラの言葉に、セバスチャンさんの表情がビシリと音を立てそうなほど固まった。

「え、なに? 何かマズいこと言っちゃった?」

 おろおろとするオイラに、エスティが苦笑を浮かべる。

「セバスはちょっと特殊での、既存の枠には収まらぬのじゃ。気にするでない。……今、問題となるのは、このリリィとやらが人の腹から産まれておるという点じゃ。つまりは、女王竜のじゅばくからも抜けておるということ。リリィの分、風竜女王は、他の女王よりも弱くなったということじゃ」
「はい? どういうこと? まったく話が見えないんだけど?」

 眉根を寄せるオイラに、エスティは扇子を広げると、にまぁっと笑った。

「言ったであろ? 我は、神なのじゃ」



 02 セバスチャンさんの秘密


はるかなる昔、最初に一柱の神が産まれ、ついで四柱の神々が産まれた。けれどこの五柱の神々は物を創ることには不向きで、後に産まれた男女二柱の神が万物を産み出した。やがて男女の神は力尽き、創造神のいなくなった世で人間は暴走し、世界をも破壊しそうになり、五柱の神は人間をいましめるために、人と獣をごちゃ混ぜにし、獣人と魔獣を産み出した」
「それは知ってるよ。神産みの神話でしょ?」

 お隣のアルファルファ神聖国では違う宗教が信仰されているそうだし、この国にも神社の他にお寺もあるけれど、一般に昔話で聞かされる神話は、エスティが言ったそれだ。

「さよう。その神話のな、二番目に産まれた四柱の神々のうちの一柱が、我なのじゃ」
「はぁああ!?」
「と申すか、我のご先祖じゃな。ご先祖は、人への抑えとするため、最強の獣として竜を産み出し、その頂点に君臨したのじゃ。他の風竜、水竜、木竜も同じじゃ」
「土竜は?」
「土竜はちと特殊でな。此度こたびは関係ないゆえ、説明は省く」

 あまりのことに、リリィもリムダさんも目を丸くして固まって聞いている。
 婆ちゃんたちがいたなら大騒ぎしたんだろうけど、父ちゃんは我関せずといった感じで相変わらずタヌキと一緒に酒を舐めている。耳の先だけはピクピクしているけど、関わるつもりも口を出すつもりもなさそうだ。

「つまりは、女王竜の産卵というのは、スライムの分裂に近いのよ。両性だった原初の神は己の半身を女王竜とし、残りの半身をさらに細かく裂いて雄の竜とした。確かに人格こそは別に存在するが、そもそもは同じもの。竜が死ねば、肉体は死体としてその場に残るが、神の力は女王竜の元に帰ってくる。……そして、いざというときには、女王竜は、全ての竜を吸収することで、原初の神に戻れる、と言い伝えられておる」
「ほえーー」

 あまりに壮大な話に、想像が追いつかない。
 時の勇者パーティが総掛かり、または騎士が何百人とかでようやく倒せる竜種。人の生活圏に一頭迷い込んだだけで災害レベルのその竜種を、一万頭以上吸収してなるという原初の神。
 どれほど大きいのか、強いのか、想像もつかない。そのときに、人間は、世界は、無事でいられるのか?

「それが、さっき言った女王竜の呪縛じゃ。女王竜から産まれた竜は、女王が吸収すると決めれば、本人の意思はどうあれ、魂の根源的なところで決して逆らうことは出来ぬ。なぜならば、女王竜は原初の神の頭脳。竜種一頭一頭は末端のウロコの一枚一枚に過ぎぬのだから。ウロコに意思があるのかすら、頭は気にせぬじゃろう?」

 そこまで言って、エスティは目を細めてリリィを見やった。

「じゃがその小娘……リリィは違う。その竜の力は、女王竜の呪縛を抜けた、唯一のものじゃ。リリィが子をもうけずに死ねば、おそらくその力は風竜女王に戻るのであろうが、種としてはんしょくした場合、力はどうなるのであろうな? 子に伝わり、孫に伝わり、孫の孫に伝わり……そこまで細分化した力を回収することは、到底かなわぬであろう。リリィへと伝わった力の分、おぬしの父――科戸の持つ原初の神の力は少なくなった。科戸を吸収しても、既に子へ流れた力は風竜女王へとは戻らぬ。もし、全ての女王が、全ての竜を吸収して争う、などということが起こった場合……リリィに渡った力の分、風竜女王は不利となるであろうな」
「そんな、そんな……」

 今までまったく知らなかったのだろう。普段表情のうすいリリィが青ざめている。

「その分では、父親からは何も聞いておらぬとみえるな。無理もない。竜自身にしても、何とはなしに女王竜に逆らえないとは感じていても、詳細を知らぬ者も多い。我が側近であったリムダすらもが初耳らしいしな。それに科戸は、知っておったとしても、おぬしらのためを思って言わずにおいたのかもしれん。つまりは、風竜女王への反逆ととられても申し開きの出来ぬことをしでかしたわけじゃからな」

 ミミィから聞かされた内容とのあまりのかいに、オイラまで呆然ぼうぜんとする。当事者のリリィにいたっては尚更なおさらだろう。

「ミミィは、竜と人との間に子は出来るのか? って思いついたララ婆に、物好きな風竜が好奇心で協力した、って言ってたけど……」
「好奇心のぉ。ほんのいたずら心と、女王竜への反逆罪が釣り合うとも思えぬが。既に幽閉されて五十年。五十年というのは、竜にとっても決して短い時間ではないぞ?」

 五十年。五十年前。

「そうだ。ミミィは、十歳の頃まではちょくちょく来ていた父親が、ある時を境にぷっつりと来なくなった、って言ってた……!」
「おそらくその頃、風竜王にバレて幽閉されたのであろうの。今のところ五十年じゃが、このままでは死ぬまで何千年とそのままであろうよ。しかし、ひょうたんから駒とはこのことじゃな。あの風竜王の弱みがこんなところに転がっていようとは」

 楽しそうに、今まで見たことがないような底意地の悪い表情をするエスティを見て、オイラは思ってもみなかった事実に思い至る。

「……ひょっとして、火竜と風竜って仲悪いの?」

 エスティがちょくちょく顔を出すうちにリリィを連れてきたのは、実はかなりマズかった? 父ちゃんが焦っていたのはそれが理由だったのか。もしこれが原因で、火竜と風竜が戦争になんてなったら目も当てられない。

「いや? そんなことはつゆほどもない。我と風竜女王とはマブダチというやつじゃぞ。幼いころからの友人での、恋バナとかいうのもする仲じゃ」
「だから、どこでそういう人間の言葉を」
「風竜女王、春嵐しゅんらんは我より年かさじゃが、優しくほんわりしたしょうでな、今の風竜王、青嵐せいらんと結ばれる前は、ちょくちょく相談に乗ってやったものじゃ」
「相談て?」
「春嵐は青嵐と恋仲であったものの、青嵐は風竜の中でも一番の若輩じゃくはい、長老どもはもっと年かさの竜を春嵐の夫にと推しておったのじゃ。そこで我が知恵を授けたのよ」
「どんな?」

 嫌な予感がしつつも、一応尋ねると、エスティは胸を張った。

「武闘大会じゃ」
「はい?」
「風竜の中で、春嵐の夫の座をかけた武闘大会を開いたのじゃ。優勝賞品は風竜女王じゃからの、どの竜も必死で、まあ見ものであったわ」
「完全に、趣味だよね、それ。エスティの」

 巻き込まれた春嵐さんには同情を禁じ得ない。

「何を言う。春嵐の希望する夫と添い遂げさせるのが第一義じゃ。目一杯協力もしたしな」
「協力?」

 うむうむ、と頷くエスティの横から、セバスチャンさんが補足する。

「青嵐様を、鍛えられたのですよ。何しろお嬢さまは当代最強。当時であられましても、次期最強の呼び声も高く。それはもう、しごきにしごかれて。大会本番には、青嵐様はボロぞうきんのようになっておりました」
「それでよく優勝出来たね」
「お嬢さまが鍛えられる前とは、別人のようになっておりましたから。ボロボロでも、他の風竜相手にはちょうど良いハンデ、といったほどのもので」

 人ごとではない。エスティの毎回の『訓練』を思い出して、オイラは苦笑いする。

「それなのに、あの恩知らずめが。近頃ではめっきり可愛げもなくなってのぉ。火竜女王が当代最強なのは、子竜に分け与えるはずの力を保持したままだからだ、卵を産まぬ女王など女王ではない、などとぬかしおる。我とて、……がその気になってくれさえすれば、卵なんぞ百でも二百でも産んでやろうほどに」

 ごにょごにょとエスティがにごした部分を何ととったのか、セバスチャンさんが意味ありげにこちらを見る。
 いやだから。そこはオイラじゃないんだってば。

「あの生意気で陰険な青嵐めの鼻っ柱を折ってやれるのならば、小娘の一人ごとき、我が縄張り内に住まうことも喜んで許可しようではないか」
「いやだから、うちはエスティの縄張りじゃないんじゃないかと思うんだけど」
「風竜がここを覗くことも、さりげなく妨害してくれよう。風竜の手先が小娘を始末しようとやって来たところで、我が縄張り内で好き勝手などさせぬ。安心して働くが良いぞ。くはは、情報の竜などといっていい気になっておる青嵐めが、我が手の内に急所を握られるとは『ざまぁ』じゃの。『ぎゃふん』という姿が目に浮かぶようじゃわ」

 きんじゃくやくといった感じのエスティに、オイラはそっと目をそらす。
 まあ、エスティのおもわくがなんであれ、風竜に狙われるかもしれないリリィがエスティの保護下に入ったってのは、喜ぶべきことなのかな? うん。風竜王の青嵐さんには、ごしゅうしょうさまとしか言えないけど。うちがエスティの縄張り扱いなのは、まあ目をつむろう。

「そういえば、エスティがその時次期最強候補だった……ってことは、当時の当代最強って、セバスチャンさんだったの?」

 話をそらそうとしたオイラに、苦笑いをかみ殺していたセバスチャンさんが首を横に振る。

「いえ、お嬢さまのお母上――先代女王陛下グレンローダ様ですよ」
「へぇ、やっぱりエスティの母ちゃんも強かったんだ」
「とてもお強く、愛情豊かで、ふところの深い、素晴らしい女王陛下であられました」
「エスティに似てた?」
「ええ、私めはグレンローダ様のことも幼竜の頃から存じておりますが、お嬢さまは若かりし頃の先代様ととてもよく似ておられます。豪胆で豪勇で豪快で、豪傑にしてごうほうらいらく

 うん、分かる。エスティを表すには「豪」だよね。

「セバスチャンさんもかなわなかったなんて、むちゃくちゃ強い母ちゃんだったんだね」

 豪傑ってくらいだから、セバスチャンさんも振り回されたのかな?
 そんな軽い気持ちだったのに、セバスチャンさんの表情が一瞬困ったように揺れた。

「え、あれ、何か違った?」

 そこに、エスティの両腕がするりとオイラの首筋に絡み、オイラはエスティの腕の中に閉じ込められた。

「セバスは枠外じゃからの、女王より強くともカウントされぬのじゃ」
「え?」

 頭の上から落ちてきた思いがけないセリフに、思わず視線を行き来させる。

「セバスはの、火竜であって火竜ではないのじゃ。五指には数えられぬ」

 本当は言って欲しくなかっただろうことを、ぺろっとしゃべってしまったらしいエスティに、セバスチャンさんは渋い顔を向ける。それから額に手を当て、少し考えた後、ひとつ頷いて真面目な顔をこちらに向けた。


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「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

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