上 下
6 / 10

06 厳しい特訓の日々

しおりを挟む
 あるときの夜会では、視線が絡まるたびに蕩けるような笑みを浮かべるテオバルトに、ダンスを踊った令嬢たちはことごとく骨抜きになったものだ。

 その日の晩はいつもの寝室で二人も朝方まで踊り通し、アルビナによる激しい指導が飛んだ。

「テオバルト様! 今夜は顔にばかり意識が集中して手がおざなりでしたよ! こうして腰に手を添えて支えて……こうです!」

 いやらしくはないが、意識をせずにはいられないような力加減で腰に手を当てる。そしてぎりぎりまでグッと顔を近づけて相手の身体を支える。
 身長があったアルビナは背中を反らせるテオバルトを見事に支え、相手の鼻先まで唇を近づけて囁いた。

「私まで釘付けにされては踊れなくて困ってしまうわ、美しいお方。――と、いうような……」
「おわわわわわあぁぁっ!」
「テオバルト様!?」



 あるときのパートナー同伴のお茶会では、テオバルトが紅茶の香りを堪能する姿だけで令嬢たちは時間を忘れ、うっとりと見入ったものだ。

 その日の晩は、令嬢たちに人気のスイーツ店の名前を一覧にしてテオバルトに叩き込んだ。

「お茶会の主催が気合を入れるのはお茶だけではありません! みな招待客に合わせて一押しの茶菓子を用意しているのですよ!? そこに触れないでなにが茶会ですか!」

 甘いものは苦手で……と怖気づくテオバルトの口に、急ぎ手に入れた有名店のスイーツを次々と押し込んでいく。

「これはほんの一部なのですよ。せめてこれだけでも味と名前をすべて覚えるまで今夜は寝かせませんからね」
「あうひな、へめて、みうをうれないは……」

 水を手渡しながら、決め台詞の指導も忘れない。
 モゴモゴさせるテオバルトの顎をクイっと掬う。

「まるであなたのような甘い香りに酔ってしまいそうです」
「お、おお……」
「これくらいは言えませんと」

 息を吹きかけるように囁けば、ブーッとテオバルトが口から菓子を噴きだした。

「おわわわわわああぁぁっ!」
「テオバルト様ぁ!?」



 こうして厳しい特訓を重ね乗り越えてきたテオバルトとアルビナ。
 今夜、二人はカリオン侯爵の夜会に招待されている。
 なにを隠そうあのラベンナ嬢の家門である。

 馬車を降りた二人はまさに決戦を控えた心境であった。

「……今夜は勝負ですね」
「ああ。ラベンナ嬢は私が惹きつけてみせよう……!」

 今夜の夜会は王太子とその婚約者も招待されている盛大なものであった。
 家の力を誇示したいカリオン侯爵と、その存在を無下にはできない王族の水面下でのやりとりがあった結果なのだが、アルビナたちにはその辺の事情よりもラベンナ嬢である。
 王太子には近づけないぞと並々ならぬ闘志を燃やして入口に立った。

 いざ、という直前。不意にテオバルトがアルビナの方に顔を向ける。

 今夜のアルビナはクリーム地に金の刺繍が施されたマーメイドラインのドレスだった。
 流行りの形とは違うが、テオバルトが「背が高くスラリとしたアルビナにはこれが一番映えると思う」と言って推してきたのである。装飾品はオリーブの髪色に合わせて、薄い緑色の宝石を控えめにあしらったネックレスを身に着けた。

 現に馬車に乗る前、身支度を終えて落ち合った際には「綺麗だ」と言葉をかけられたが、形式的なものと大して気にはしていなかった。
 のに、だ。
 ドレスをまとった婚約者の姿を見て、テオバルトは満足そうに目を細める。

「改めて、そのドレスは良く似合っている」
「え」
「会場に入ったら言えないだろうから、今のうちにもう一度言っておきたかった」
「ええ?」

 社交辞令ではなかったのだろうか。
 呆けてる間に手を取られ、テオバルトの腕に添えられ、アルビナは会場もとい戦場へ足を踏み入れたのだ。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...