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参の抄 体育祭前編
其の壱
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近ごろ、みょうな夢をよく見る。
たとえば今日も滝沢京子は四面を屏風に囲まれているのである。ふしぎなのは、これが夢だと自分がしっかり認識していることだ。
(きれいな屏風)
細い指先で右の屏風を撫ぜる。
これまたふしぎなことがある。
京子は、この屏風に囲まれた空間に慣れているような気がしていた。そしていつも心のどこかで淡い期待をもつのである。
たとえば、この屏風を退けた先、あの人に会えるかもしれない。
たとえば、屏風の後ろからあの人が声をかけてくるかもしれない。
たとえば。──
けれど、それが叶わぬ期待であることも、どこかで分かっている。
いつだってそんな夢を見ては、一日が過ぎていく。
勝手な期待をしては裏切られ、恨んで、ついに期待すらしなくなって──そして諦めようと踏ん切りがついた矢先に、
「……────」
屏風に影を残していくのだ。
京子は、前を横切った影を目で追った。
それはあまりにも一瞬のことだったけれど、その一瞬の影が瞼の裏に焼き付いて離れない。京子は目頭がじんと熱くなる。
『逢ふことの 絶えてしなくば なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし』
自分に脈がないことは、はじめから知っている。
諦めようと思ったことは幾度もある。けれどだめだった。
何度、想いに鍵をかけてみても、校舎の中で見かけたり、ふいに気にかけてくれたり──。そんなことをされるたびに、この恋心は風邪のようにぶり返した。
(────すき。……)
けれど、こうして想いがあふれるたび、京子はいつも蓋をする。
傷つきたくない。
彼の友人としてそばにいたい。
屏風に残る影をなぞる。
(……有沢くん)
京子は屏風にもたれて、泣いた。
※
滝沢京子は、有沢柊介が好きだ。
高校一年から同じクラスだった彼は入学早々よくモテた。
整った顔立ちと不良な雰囲気、それでいて明るい友人が多数いる彼に惹かれる人は多く、春菜はその代表といえるだろう。
かくいう京子も”すこし怖い男の子”という認識のなか、どこかで彼の持つ独特なオーラに惹かれていたのかもしれない。その想いが発露したのは体育祭だった。
勉強ばかりで走ることに慣れていない身体は、短距離走でさえもあわててしまったようで、人知れずゴール手前で足をくじいてしまった。なんとかゴールは出来たものの、退場して応援席に帰るまでの数百メートルがつらくて、泣きそうだった。
よほど青い顔をしていたのだろう。
その異変に唯一気が付いた柊介が、とくになにをいうでもなく、京子を担いで救護席へ駆けたのだ。治療をうけるなか、恥ずかしいやら情けないやらで、真っ赤な顔をして謝る京子に向けて放った言葉は、
「あんたもドベとか取んねんな」
励ましもなにもないその言葉が、かえって京子の胸にすとんと落ちた。
それ以来、気が付けば彼の姿を目で追うようになったのである。
──あれから、一年。
今年も体育祭の季節が近づいている。
白泉大学附属高等学校の体育祭は、毎年五月におこなわれる。
新学期早々に各クラスの体育祭実行委員の指揮のもと、選手決めや各カラー別の応援合戦に向けたダンス練習がはじまるのである。
一時間目を告げるチャイムが鳴った。
とうとう、待ちに待った体育祭種目決めの時間である。
学級委員の八郎と京子は「種目決めするから席について」と声をあげているが、がやがやと騒がしいクラスは一向に静まる気配がない。
「くっそォこいつら──体育祭なめとんか。センセェ!」
と八郎がこぶしをにぎる。
しかし担任の高村六道は、教卓の椅子を端の定位置に移して座り、おだやかな表情でクラスの様子を眺めるばかりで口を開こうとはしない。
そのとき、がらりと教室前方のドアが開いた。
「種目決めるから静かにして!!」
高村学級体育祭実行委員──鬼の松田。
教室はいっしゅんにして静けさを取り戻し、八郎がまばたきを一度したその間に、全員が席に腰を落ち着けた。
「さ、さすが恵子……」
「味方につけるとごっつ心強いな」
口のなかでキャンディを転がしながら、恵子は「よし」とうなずく。補佐と書記として黒板前に待機していた学級委員ふたりを呼び、書類を配るように指示を出した。
各学年の決定カラーと種目一覧のプリントのようだ。
「昨日の委員会で色決めして、うちのクラスは赤組になりやしたァ」
「おっ、燃える赤やな。花形カラーやで」
と武晴はぐっと拳を突き上げる。
その言葉をスルーして、恵子は「黒板に種目名書いて」とふたたび指示を出した。八郎は「ハイ」と素直に書きはじめる。端で高村がくっとわらった。
「クラス対抗リレーの走順はこっちで決める。選択種目も決めるから黒板に名前書いてって。ひとりふたつ。色別対抗選抜リレー以外は早いもん勝ちやで」
「選抜はどうやって決めるん」
松子が頬杖をついていた顔をあげた。
とたん恵子の肩がぴくりといかる。クラス全員がハッと息を詰めた。
「うちが決めたるわ」
と、クラスを一瞥する。
瞬時にほとんどのクラスメイトがサッと視線を伏せた。松田恵子と目が合ってはなにを言われるかわからない。
「女子は陸上部の瑞穂と、うち」
妥当だ。クラスの女子は一斉に張りつめていた息を吐き出した。名指しされた陸上部の柿本瑞穂も「オッケー」と手をあげている。
「男子は、尾白──」
「おっしゃまかしとき。五十メートル六秒台やさかいな」
武晴はぐっと力こぶをつくった。
しかし恵子はそのいっさいをスルーして、窓際に座る男をひたと見据える。
「あと有沢」
「はあ?」
なんで俺やねん、と柊介は即座に不平を漏らした。
彼は松田恵子を恐れずに発言するという度胸を持つ、数少ない男子なのだ。名前の挙がらなかった男子は一斉に脱力する。
しかし恵子も抗議ひとつにブレることはない。
「高村学級でもカラー順位でも勝ちに行くから」
「とはいうても、だれかほかにいてるやろ」
「なんやのあんた」
と、若干恵子の声が低くなる。
「だるいやっちゃな。足速いんだけが取り柄やねんから協力しいよ」
「言うやないけこのクソチビ──」
「…………」
あっ。
クラス全員の心の声がひとつになった瞬間である。
瞬時に八郎が柊介に駆け寄り「アホ」とちいさく叫んだ。
「リレーくらいええやん、足速いて褒められとんねんで。遅いやつの気持ちも考えたったれや」
一方で京子は、恵子にクッキーを渡しながら、
「ほかの人たちは種目のとこに名前書いて!」
と切羽詰まった声色でさけんだ。
その言葉を受けてクラスメイトは次々に立ち上がり、友人たちと出場種目について相談をはじめる。
恵子の暴君っぷりに、高村はひとり愉快そうに笑っている。
──よもや一触即発の雰囲気が漂う、有沢柊介と松田恵子。
その光景を横目に、武晴は明夫とともに黒板前に立った。
「なにかと松田に突っかかるんよなぁ、柊クンは」
「ま……松田のこと好きなんか」
明夫がぼそりといった。
それを聞いた武晴は、みょうな顔で明夫を一瞥してから「そない物好きはそうはいてへん」とつぶやく。
「それよりも、や。障害物と二人三脚やったら、二人三脚にしよかな。女子と肩組めるしィ、楽そうやし」
「おまえはいつも不純な動機やな」
「むっつりメガネに言われたないわ」
「な、なんやそれ!」
けっきょく武晴は二人三脚と色別対抗、明夫は四百メートル走と障害物競争を選択。
一方、春菜は松子のもとで「どーしよー」と頭を抱えている。
「春菜走るの好きちゃうしィ、かといってパン食いもいややし……二人三脚かなァ。楽そう」
「あんたそれ恵子の前で言うたら殺されるで」
と、松子。
ほかの生徒たちが続々と決まるなか、いまだににらみ合いの冷戦をつづけていた柊介と恵子の前に、高村が立った。
「…………」
「…………」
恵子と柊介は同時にそちらをぎろりと睨んだ。ハッ、と両者を見守っていた八郎と京子も息を呑む。
緊張感が漂うなか、高村は微笑した。
「お前ら、焼き肉は好きか?」
────。
「はい、選択種目これで締めまァす。選抜のメンバーもさっき言った四人でやります」
それからまもなく。
存外あかるい声でいった恵子の言葉に、先ほどの冷戦の行方が気になって、クラスメイトはおそるおそる柊介を盗み見る。
が、彼は意外にも澄ました顔で窓の外を眺めていた。
席に戻った八郎に、武晴が「どういうことや」と耳打ちする。
「高村センセが約束したんや、あのふたりに」
「約束?」
「……選抜で一位かつ、学年優勝したら──クラス全員に焼肉なんぼでも食わせたるて」
「あ──あのま、松田を知ってて? 暴挙やないか!」
と、武晴は青い顔で教卓の恵子を盗み見る。
とうの彼女は上機嫌な声色で、
「担任様からひとことお願いしまぁす」
「うむ」
その呼び声に、高村が大儀そうに立ち上がる。
クラス中の視線が一点に集中する。高村は、ただ一言。
「みな励めよ」
とだけ言うと、ふたたび椅子に腰を下ろした。
拍子抜けするクラスメイトをよそに、恵子は満足そうにうなずいてクラスを見回す。
「さっきも言うたけど、この高村学級は学年優勝狙っとるんで。運動苦手な人は結果出たらんでも応援めいっぱいやりましょー。どうせやるならそのほうが絶対たのしいおもいます」
めずらしく正論を言っている──と松子がホッと頬をゆるませる。
しかし恵子が「やけえ」とつづけた瞬間、その顔はふたたびひきつった。
「さっき『楽そう』とかいう理由で種目えらんだ人、ベスト出し切らんやつは」
本気でミンチにするけえの、と二オクターブほど低くなった彼女の声に、クラス中──とくに春菜と武晴は震えあがった。
たとえば今日も滝沢京子は四面を屏風に囲まれているのである。ふしぎなのは、これが夢だと自分がしっかり認識していることだ。
(きれいな屏風)
細い指先で右の屏風を撫ぜる。
これまたふしぎなことがある。
京子は、この屏風に囲まれた空間に慣れているような気がしていた。そしていつも心のどこかで淡い期待をもつのである。
たとえば、この屏風を退けた先、あの人に会えるかもしれない。
たとえば、屏風の後ろからあの人が声をかけてくるかもしれない。
たとえば。──
けれど、それが叶わぬ期待であることも、どこかで分かっている。
いつだってそんな夢を見ては、一日が過ぎていく。
勝手な期待をしては裏切られ、恨んで、ついに期待すらしなくなって──そして諦めようと踏ん切りがついた矢先に、
「……────」
屏風に影を残していくのだ。
京子は、前を横切った影を目で追った。
それはあまりにも一瞬のことだったけれど、その一瞬の影が瞼の裏に焼き付いて離れない。京子は目頭がじんと熱くなる。
『逢ふことの 絶えてしなくば なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし』
自分に脈がないことは、はじめから知っている。
諦めようと思ったことは幾度もある。けれどだめだった。
何度、想いに鍵をかけてみても、校舎の中で見かけたり、ふいに気にかけてくれたり──。そんなことをされるたびに、この恋心は風邪のようにぶり返した。
(────すき。……)
けれど、こうして想いがあふれるたび、京子はいつも蓋をする。
傷つきたくない。
彼の友人としてそばにいたい。
屏風に残る影をなぞる。
(……有沢くん)
京子は屏風にもたれて、泣いた。
※
滝沢京子は、有沢柊介が好きだ。
高校一年から同じクラスだった彼は入学早々よくモテた。
整った顔立ちと不良な雰囲気、それでいて明るい友人が多数いる彼に惹かれる人は多く、春菜はその代表といえるだろう。
かくいう京子も”すこし怖い男の子”という認識のなか、どこかで彼の持つ独特なオーラに惹かれていたのかもしれない。その想いが発露したのは体育祭だった。
勉強ばかりで走ることに慣れていない身体は、短距離走でさえもあわててしまったようで、人知れずゴール手前で足をくじいてしまった。なんとかゴールは出来たものの、退場して応援席に帰るまでの数百メートルがつらくて、泣きそうだった。
よほど青い顔をしていたのだろう。
その異変に唯一気が付いた柊介が、とくになにをいうでもなく、京子を担いで救護席へ駆けたのだ。治療をうけるなか、恥ずかしいやら情けないやらで、真っ赤な顔をして謝る京子に向けて放った言葉は、
「あんたもドベとか取んねんな」
励ましもなにもないその言葉が、かえって京子の胸にすとんと落ちた。
それ以来、気が付けば彼の姿を目で追うようになったのである。
──あれから、一年。
今年も体育祭の季節が近づいている。
白泉大学附属高等学校の体育祭は、毎年五月におこなわれる。
新学期早々に各クラスの体育祭実行委員の指揮のもと、選手決めや各カラー別の応援合戦に向けたダンス練習がはじまるのである。
一時間目を告げるチャイムが鳴った。
とうとう、待ちに待った体育祭種目決めの時間である。
学級委員の八郎と京子は「種目決めするから席について」と声をあげているが、がやがやと騒がしいクラスは一向に静まる気配がない。
「くっそォこいつら──体育祭なめとんか。センセェ!」
と八郎がこぶしをにぎる。
しかし担任の高村六道は、教卓の椅子を端の定位置に移して座り、おだやかな表情でクラスの様子を眺めるばかりで口を開こうとはしない。
そのとき、がらりと教室前方のドアが開いた。
「種目決めるから静かにして!!」
高村学級体育祭実行委員──鬼の松田。
教室はいっしゅんにして静けさを取り戻し、八郎がまばたきを一度したその間に、全員が席に腰を落ち着けた。
「さ、さすが恵子……」
「味方につけるとごっつ心強いな」
口のなかでキャンディを転がしながら、恵子は「よし」とうなずく。補佐と書記として黒板前に待機していた学級委員ふたりを呼び、書類を配るように指示を出した。
各学年の決定カラーと種目一覧のプリントのようだ。
「昨日の委員会で色決めして、うちのクラスは赤組になりやしたァ」
「おっ、燃える赤やな。花形カラーやで」
と武晴はぐっと拳を突き上げる。
その言葉をスルーして、恵子は「黒板に種目名書いて」とふたたび指示を出した。八郎は「ハイ」と素直に書きはじめる。端で高村がくっとわらった。
「クラス対抗リレーの走順はこっちで決める。選択種目も決めるから黒板に名前書いてって。ひとりふたつ。色別対抗選抜リレー以外は早いもん勝ちやで」
「選抜はどうやって決めるん」
松子が頬杖をついていた顔をあげた。
とたん恵子の肩がぴくりといかる。クラス全員がハッと息を詰めた。
「うちが決めたるわ」
と、クラスを一瞥する。
瞬時にほとんどのクラスメイトがサッと視線を伏せた。松田恵子と目が合ってはなにを言われるかわからない。
「女子は陸上部の瑞穂と、うち」
妥当だ。クラスの女子は一斉に張りつめていた息を吐き出した。名指しされた陸上部の柿本瑞穂も「オッケー」と手をあげている。
「男子は、尾白──」
「おっしゃまかしとき。五十メートル六秒台やさかいな」
武晴はぐっと力こぶをつくった。
しかし恵子はそのいっさいをスルーして、窓際に座る男をひたと見据える。
「あと有沢」
「はあ?」
なんで俺やねん、と柊介は即座に不平を漏らした。
彼は松田恵子を恐れずに発言するという度胸を持つ、数少ない男子なのだ。名前の挙がらなかった男子は一斉に脱力する。
しかし恵子も抗議ひとつにブレることはない。
「高村学級でもカラー順位でも勝ちに行くから」
「とはいうても、だれかほかにいてるやろ」
「なんやのあんた」
と、若干恵子の声が低くなる。
「だるいやっちゃな。足速いんだけが取り柄やねんから協力しいよ」
「言うやないけこのクソチビ──」
「…………」
あっ。
クラス全員の心の声がひとつになった瞬間である。
瞬時に八郎が柊介に駆け寄り「アホ」とちいさく叫んだ。
「リレーくらいええやん、足速いて褒められとんねんで。遅いやつの気持ちも考えたったれや」
一方で京子は、恵子にクッキーを渡しながら、
「ほかの人たちは種目のとこに名前書いて!」
と切羽詰まった声色でさけんだ。
その言葉を受けてクラスメイトは次々に立ち上がり、友人たちと出場種目について相談をはじめる。
恵子の暴君っぷりに、高村はひとり愉快そうに笑っている。
──よもや一触即発の雰囲気が漂う、有沢柊介と松田恵子。
その光景を横目に、武晴は明夫とともに黒板前に立った。
「なにかと松田に突っかかるんよなぁ、柊クンは」
「ま……松田のこと好きなんか」
明夫がぼそりといった。
それを聞いた武晴は、みょうな顔で明夫を一瞥してから「そない物好きはそうはいてへん」とつぶやく。
「それよりも、や。障害物と二人三脚やったら、二人三脚にしよかな。女子と肩組めるしィ、楽そうやし」
「おまえはいつも不純な動機やな」
「むっつりメガネに言われたないわ」
「な、なんやそれ!」
けっきょく武晴は二人三脚と色別対抗、明夫は四百メートル走と障害物競争を選択。
一方、春菜は松子のもとで「どーしよー」と頭を抱えている。
「春菜走るの好きちゃうしィ、かといってパン食いもいややし……二人三脚かなァ。楽そう」
「あんたそれ恵子の前で言うたら殺されるで」
と、松子。
ほかの生徒たちが続々と決まるなか、いまだににらみ合いの冷戦をつづけていた柊介と恵子の前に、高村が立った。
「…………」
「…………」
恵子と柊介は同時にそちらをぎろりと睨んだ。ハッ、と両者を見守っていた八郎と京子も息を呑む。
緊張感が漂うなか、高村は微笑した。
「お前ら、焼き肉は好きか?」
────。
「はい、選択種目これで締めまァす。選抜のメンバーもさっき言った四人でやります」
それからまもなく。
存外あかるい声でいった恵子の言葉に、先ほどの冷戦の行方が気になって、クラスメイトはおそるおそる柊介を盗み見る。
が、彼は意外にも澄ました顔で窓の外を眺めていた。
席に戻った八郎に、武晴が「どういうことや」と耳打ちする。
「高村センセが約束したんや、あのふたりに」
「約束?」
「……選抜で一位かつ、学年優勝したら──クラス全員に焼肉なんぼでも食わせたるて」
「あ──あのま、松田を知ってて? 暴挙やないか!」
と、武晴は青い顔で教卓の恵子を盗み見る。
とうの彼女は上機嫌な声色で、
「担任様からひとことお願いしまぁす」
「うむ」
その呼び声に、高村が大儀そうに立ち上がる。
クラス中の視線が一点に集中する。高村は、ただ一言。
「みな励めよ」
とだけ言うと、ふたたび椅子に腰を下ろした。
拍子抜けするクラスメイトをよそに、恵子は満足そうにうなずいてクラスを見回す。
「さっきも言うたけど、この高村学級は学年優勝狙っとるんで。運動苦手な人は結果出たらんでも応援めいっぱいやりましょー。どうせやるならそのほうが絶対たのしいおもいます」
めずらしく正論を言っている──と松子がホッと頬をゆるませる。
しかし恵子が「やけえ」とつづけた瞬間、その顔はふたたびひきつった。
「さっき『楽そう』とかいう理由で種目えらんだ人、ベスト出し切らんやつは」
本気でミンチにするけえの、と二オクターブほど低くなった彼女の声に、クラス中──とくに春菜と武晴は震えあがった。
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