片翼のエール

乃南羽緒

文字の大きさ
8 / 104
第一章

7話 待ち合わせ

しおりを挟む
 試合は拮抗した。
 互いにサービスゲームを一歩も譲らず、大神リードのゲームカウント6-5。倉持がサービスゲームとなるここをとればタイブレークとなるはずだった。が、ここにきて倉持のファーストサーブが乱れた。
 その隙を、大神は見逃さない。
 内に生じたわずかな焦りは、球の乱れにあらわれる。結局、倉持はこのゲームを落とし、一時間半に及ぶ激闘はゲームカウント7-5、大神の勝利におわった。
「あーッくそ!」
「最後のゲーム、トス悪いのに焦って打たなきゃタイブレークはいけたぜ。あとはストローク、基本は申し分ねえがラリーが続くと膝が伸びる。太もも鍛えな」
「──わかった!」
 悔しいながらも、大神の指摘はためになる。
 倉持は瞳を爛々と輝かせて、腰を落とし素振りをひとつした。
 時刻はまもなく十七時をむかえようとしている。大神がさけぶ。
「今日はここまでだ。各自ストレッチ!」
「はい!」
 午後イチからはじまった練習は、四時間ののち終了した。結局さいごまで見学した伊織は、コート外に捌けてから、なぜかじっくりと倉持を見つめている。
 清々しい顔でストレッチを終えた倉持が、その視線に気がついた。タオルを肩にかけ、ニコッとわらって駆けてくる。
「七浦、どうだった。楽しめたか?」
「ウン──もう最高やったで。倉持クンたちの試合なんか手ェふるえたもん」
「おっ、そうか。そりゃよかった」
「倉持クン、楽しそうやなァ」
 伊織はしみじみとつぶやいた。
 そのままの意味でとらえた倉持は、上気した頰をパタパタと仰ぎながら「そりゃあな」と胸を張る。
「大神と試合すんの、好きだから。アイツ強ェーだろ!」
「うん!」
「アイツとおんなじコートでテニスが出来るうちに、もっと強くなりてえからよ。そんでいずれは奴を超えてやる」
「…………」
 心底楽しそうに汗をぬぐった倉持に、伊織は見とれた。そっか、そうなんや、と口内でぶつぶつとつぶやき、憂い気にテニスコートへ目を向けた。
 撤収、という大神の声で、一年生の三人がカートに乗せたテニスボールを運び出す。続々と二年生も部室に戻るのを見て、倉持が部室棟を指さした。
「俺たち着替えるから、校門前で待ってろ。いっしょに帰ろうぜ」
「あ、それやったらゆとりの森公園のテニスコート寄ってこや。愛織と待ち合わせしてんねん」
「え、マジ? 大神に聞いてみる。ちょっと待ってな、校門前だぞ。帰んなよ!」
「あーい」
 倉持はバタバタと部室へ向かった。

 構わねえよ、と大神は言った。
 蜂谷はたまに、この男にノーということばはあるのか、と思うことがある。けっきょく昼の杉山に対しても、仕方ねえなとデザートまで奢ってやったのだから。
 が、いまは飯の話ではない。
 これからゆとりの森公園のテニスコートで、七浦愛織と会ってみないか、という倉持からの提案だ。もしかすると試合も出来るかもしれない、という話だが、先ほどまで激闘を繰り広げた大神である。さすがにキツくはないかと一同が案じたが、本人はけろりとした顔で、さきのことばを述べたのであった。
 倉持はラケットバッグを持ち上げて、ロッカーを閉める。
「ま、向こうも寝耳に水だろうから、試合するかはわかんねえけどよ。行くなら早く行こうぜ、七浦──あー、伊織が校門前で待ってる」
「先に行ってろ。鍵当番も、今日はそのまま俺がやる。すこし先生と話してくる」
「分かった。なるべく早く頼むぜ」
 だからといって、全員で行く必要もないのだが、もしもふたりが試合をすることになれば、これまた見物になるにちがいない。それを思えば、行かないという選択肢は彼らにはなかった。
 校門前では、伊織が携帯で電話をしているところだった。相手はどうやら件の姉のようである。
「せやねん。一本試合してほしいねん──平気? うん、せやったら公園のテニスコートのとこで待っとって! 距離的にはうちのがはよつくかもわからんけど。うん、ほなね」
「仲良いんだな」
 姫川がにゅっと顔を覗かせた。
 伊織とそう変わらぬ身長で、親しみやすい性格ゆえか、伊織もすっかり馴染んで「姫ちゃん」と呼んでいる(本人はあまりよく思っていない)。
「西にいたころはいっつもいっしょにおったんやんか。初めてやで、学校も家も違うなんて」
「エッ、いっしょに住んでねえの?」
「桜爛ってな、立派な寮があんねん。それに向こうは東京やけどこっちは神奈川やんか。うち早起き苦手やから、あんまし学校から遠いとこ住みたないし──愛織も一度寮生活してみたかったんやて。せやから離れた」
 そういやさっき、と杉山が拳を手のひらに打った。
「弁当作ってくれるおっちゃんとか言うてはったな。伊織はどこ住んどんねん」
「ラーメン屋の二階を間借りしとんの。親の──昔からの知り合いやっちゅうんで、甘えさせてもろて。優しいおっちゃんやで。最寄駅のさ、高架下くぐったとこにある味楽って知らん?」
「ああ知っとるわ。公式戦のあとに一回食べに行ったんやんな」
「店主の顔めっちゃこえェけどバカうまいっスよね、あそこの餃子」
 と、明前もうなずく。
 そのまま話題はラーメン屋味楽へと移っていった。が、やはり一同が気にするのは彼女の親のことである。いまだに西にいるのか、あるいは別の場所で暮らしているのか──デリケートな質問ゆえ、誰ひとりそこに触れないでいた、のだが。
 ピュアなのか馬鹿なのか、空気を読むことを知らない星丸が「えー」と声をあげた。
「じゃあ一人暮らしってことスかぁ。親は?」
「バ──」
 馬鹿おまえ、という想いがこもる杉山の視線が、星丸に向く。しかし伊織はけろりとした顔で「うーん」と顎をあげ、
「うちちょっと複雑やねん」
 と苦笑した。
 さらに問いかけんと口を開きかけた星丸の耳を、姫川が「そうか!」と言いながらぐいと引っ張る。それによって初めて、他のレギュラー陣が醸し出す空気に気がついたか星丸は「あっ」とちいさくつぶやいて、ようやく閉口した。
 まあとりあえず、と姫川が伊織の肩を抱く。
「あのラーメン屋行ったらお前もいるってことだよな。ダチ割とかねえの?」
「ええで、交渉したろ!」
「やりー!」
 と、姫川が拳を突き上げたとき、校舎から大神が歩いてくるのが見えた。悠然と歩いてくる姿は、まるでどこぞの貴族である。長い足ゆえ一歩のストライドが広く、あっという間に校門前へたどり着いた彼の口許は、わずかにあがっていた。
 倉持が首をかしげる。
「早かったな」
「ああ。──待たせたな、行こうぜ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...