片翼のエール

乃南羽緒

文字の大きさ
79 / 104
第五章

78話 全国大会ドロー抽選会

しおりを挟む
 後期期末テストを二月下旬に終えた才徳学園高等部は、三月二十三日に修了式をおこない、次年度をむかえるまでの春休みに入る。──が、この修了式に参加をしない生徒が幾数名。そう。才徳学園テニス部レギュラーである。
 全国選抜高校テニス大会全国大会は、大会日程を三月十九日から二十五日の七日間で予定。かつドロー抽選会は十八日午後から福岡にておこなわれるため、抽選会参加の生徒は大会開始の前日午前中までには福岡入りを果たす必要がある。
 ゆえに、例にもれず大神謙吾と七浦伊織、付き添いとして顧問の天谷夏子も十八日早朝に飛び立つ飛行機で福岡空港へと向かうこととなった。

「福岡代表黒鋼くろがね高校──」
 ドロー抽選会会場の施設一角。
 全国出場校一覧表を前に顔をつき合わせるは大神と伊織である。この施設は全国大会の会場となるコートのそばに建てられた講堂で、毎年ここで抽選会がおこなわれる。顧問はひと足先に全国出場校選手が宿泊するいくつかの旅館のうちのひとつへ引き上げたため、ここには大会運営者と出場選手しかいない。続々と集まる選手のなかには知った顔が並ぶ。
 桜爛、一色徳英、秀麗八千代──ベスト4以上に残った関東シード校はもれなくあがってきたようだ。
 そのなかで大神が目を付けた一校──それが福岡代表の黒鋼高校であった。
「ここには、俺と井龍に並ぶS1がいる」
「全国でも指折りの選手ってこと?」
「ああ。昨年度の全国でも、コイツは数多の黒鋼二年レギュラーを抑えてS1を張っていた。惜しくも如月に負けたが、実力はたしかだ。名前は──獅子王真ししおうまこと
「ししおう、……」
「如月なき今、高校テニス界トップ3に入るのは間違いねえ」
 といって大神はニヤリとわらった。
 念には念を入れたケアのおかげで足首もすっかり元通り。関東大会で試合が出来なかった分、明後日からはじまる全国大会では存分に暴れるつもりらしい。いまラケットを握らせたら周囲に座る各校の選手たちを片っ端からコートに引きずりだしそうないきおいである。
 かの大神にここまで言わせる黒鋼高校の獅子王とはいったい──と伊織が会場を見わたしたとき、会場前方に進行役のスタッフがマイクを片手にあらわれた。
 まもなく時計の針が抽選会開始の十三時を指す。

「これより全国高校テニス全国大会のドロー抽選会をはじめます。一同起立!」

 選手たちが一斉に立ち上がる。
 大神のとなりで、伊織も胸を張った。才徳学園に転入してから三回目の抽選会。もはや伊織にとっても背筋が伸びる瞬間である。
 クジの順番は県や関東とおなじように、シード校以外から順に引くという流れらしい。今回シードとして選ばれたのは全四十八校中十三校。九州地区からは黒鋼高校、関西地区は飛天金剛学院、関東地区からは桜爛大附や一色徳英もシードとして選ばれた。才徳は昨年が全国初出場に加えて桜爛相手に初戦落ちをしたためにシードからは外れている。
 クジを引くため、大神が席を立った。
 その背中をぼんやり追う伊織の視界に九州地区校の区画が飛び込んできた。そのなかに『黒鋼高校』という紙が貼られた席と、深く腰掛ける選手のうしろすがたがある。
「あれが──獅子王」
 伊織がぐっと身を乗り出す。
 すると背後から「いいところに目をつけるね」と声をかけられた。振り返ると桜爛大附の忽那がにっこり微笑んでうしろに座っている。そのとなりにはむっつりと押し黙る一色徳英の北條もいる。
「あ、関東地区代表はみんなここ集まっとんねや」
「うん。なんだか──こうやって全国各地の学校が集まってくると、ライバル校のはずなのに関東地区ってだけで連帯感感じちゃうな」
「わかるわかる。忽那くんの顔見てちょっとホッとしたもんな、そっちの」
 伊織の声がちいさくなった。
「北條サンにはちょっとドキッとしてもたけど」
「どうして?」
「だってさんざん北條は強いだのなんだのって聞かされて、実際うちの倉持を破ってくれたわけやろ。そらぁもう警戒してまうがな! まあでも全国大会にはみんなお待ちかねの大神が復活してくるから、関東のようにはいかへんけどね」
「そうだね。でも、……あの獅子王はどうかなあ」
「え?」
 忽那は目を細めて席に座る黒鋼高校部長をじっくりと見据える。
「アイツ本当に強いんだ。うちの井龍だって勝てるかどうか──」
「強いっていうのは、どう強いん」
「うーん。バランスがとれた選手っていうかな、テクニックとかスタミナはもちろんなんだけど、ゲームメイクもかなりうまくて。そこ打ってくるかぁ、って惚れ惚れしちゃうくらい」
「…………」
「そんなヤツに勝ったんだからほんとに如月先輩って強いんだなって、あらためて感じ入るよ」
「ま、プロの父親がいて腕が二流やったら恥ずかしくてテニスでけへんわな」
 と、鼻をならす伊織に忽那はわははとわらった。
「伊織さんは手厳しいなあ」
「そっちじゃ愛織は甘かったやろ。まったく愛織がいつも甘やかすからアイツが付け上がって」
「あ。……」
 忽那の顔が引きつった。
 あの衝撃からまだ二ヵ月。伊織を気遣っての閉口であろうが、同級生でありおなじ部活の仲間だった桜爛大附のレギュラーも傷は深い。伊織は苦笑した。
「播磨くんだいじょうぶ?」
「あ、ああ。しばらくはすごく傷心してたよ。でもきっといまも七浦マネがそばにいて『ぜったい勝つように』って応援してくれてるのなら、泣き暮れてる場合じゃないって井龍が怒鳴りつけたんだ。そしたら逆切れしてたけど、つぎの日からは精を出して練習に励んでたよ」
「そーかそーか。ほんなら全国の桜爛D1は警戒せなあかんな」
 伊織はくすっとわらう。
 壇上では、大神が一番手にクジをひくところだった。関東地区のチーム代表は順次クジを引くように、というアナウンスとともにシード校から外れた関東地区校の部長が続々と壇上の箱に手をいれる。
 ひと足先にひき終えた大神が入れ違いにもどってきた。伊織はパッと笑顔で迎えた。
「おかえり」
「ただいま」
「トーナメントの場所はどや。ええ感じのとこ入れた?」
「見ろ」
 大神がトーナメント表を指し示す。表によると、ファイナルゲームへ至るまでにシード校で最低四試合、運悪く小山に当たってしまえば五試合を勝ち越す必要がある。そのなかで才徳学園は運のいいことに、初戦がシード校とおなじ扱いである大山を引き当てた。
 つまり、一ラウンドの勝利校と初戦で試合をすることになる。
「試合数がひとつ少ねえのが楽だな。あとは対戦相手次第だろうが──どのみち二ラウンドで当たる俺たちの初戦はシード校じゃねえ。まあ、わるくないスタートだろうな」
「くじ運ええなぁ。柳葉のタシロさんもあやかってほしいわ」
「田中な」
 関東地区のあと、北海道、四国、関西と地区ごとにシード圏外校の選手たちが引いてゆく。しかし大神と伊織の興味はここではない。さらにその先で待つシード校の行く末である。才徳が初戦で当たるであろう二校が決まっても、互いにぴくりとも動かなかった。
 やがてシード十三校が呼ばれた。
 忽那や北條が段を下りる。会場がわずかにざわついた。その理由は聞かずともわかる。

 壇上に十三のシード校代表選手が集まる様は、圧巻のひと言。

 伊織でさえも頬を染めて「わーお」と興奮するほどだった。が、しかし同時に悔しくもある。関東ではそこに並ぶ桜爛や一色徳英に勝鬨をあげたというのに、これまでの全国大会において実績がないことからシードから外れたのだから。
 こっからだ、と大神はニヤリと口角をあげて身を乗り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...