片翼のエール

乃南羽緒

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第五章

83話 まさかの観客

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 三月二十四日、全国大会準々決勝──。
 団体戦は全体で四対戦、一団体戦五試合のため全体での開催は二十試合となる。才徳学園対飛天金剛戦は一番から五番コートで同時におこなわれる。周囲を取り囲む観客席には、朝の九時という時間にもかかわらずパラパラと一般観衆のすがたが見えた。
 伊織はそのなかに、なつかしい顔を見た。
「神村センセーやッ」
 叫ぶや、観客席に駆ける。
 近寄って見るとB組の担任である神村どころか、諸星杏奈や大神ファンクラブ、校長や他生徒のすがたもちらほらと見受けられる。伊織が声をかけると彼らはパッとうれしそうに顔をほころばせた。
「おお、七浦。アッという間の準々決勝だってなあ、天谷先生から聞いてるぞ」
「先生たち来てくれはったん? 杏奈も、ふゆ子ちゃんも!」
「きのう修了式が終わったからね。先生が全国応援行くぞって前から声をかけてくれてたの。アンタたちにはサプライズにしようってことで、黙ってたんだけど」
「最後の全国ですもの。いつもは陰ながらでしたけれど──今日は大神くんの見えるところで全力で応援させていただこうとおもって」
「えーめっちゃ嬉しいやん! みんなも、神村センセも、ありがとう」
「修学旅行で約束したからな。いまから大阪代表なんだって?」
「せや。えらい強い学校やけど──みんななら大丈夫」
 伊織の視線が選手たちに注がれる。
 控え選手である天城も、出来ることをやろうと出場選手のサポートに全力を尽くしている。姫川と星丸はいつも通りにじゃれ合い、杉山と明前はボードを使用してのゲームメイクを相談し、蜂谷、倉持は靴紐を結びなおしたりグッと伸びをしたり。
 ──大神は、ひとりコートをじっと見つめたまま動かない。
 才徳学園として全国大会の準々決勝まであがってきた。彼がこの学校に入学した際に約束した『才徳の全国制覇』へのゴールは、もはや手の届く場所にある。傍から見ればここから才徳はひじょうに厳しい闘いが続くことになろうが、しかし大神の背中は凛と伸びて揺るがない。
「……大神」
 伊織がつぶやく。
 才徳陣から観客席まではかなりの距離なので、到底届くはずもない声だったはずだが、ふと大神がこちらを向いた。遠目ながらに伊織と目が合う。彼はこれまでにないほど柔らかく微笑んだ。
 うしろでふゆ子がきゃあと興奮する。
 大神へ、大きく手を振る神村と杏奈のとなりでは、校長がすでに涙を瞳に浮かべて「たのむぞ」とハンカチを握りしめる。
「大神ァー!」
 伊織が観客席から身を乗り出して、さけんだ。
「負けんといてやーッ」
 それにつられ、才徳応援の観客もワッと手を振る。
 その声に大神だけでなくこれから試合を控えるレギュラーたちもこちらに気がついた。みな、嬉しそうに手を振り返した。そのなかで大神はふたたびコートへ視線を移す。まもなく試合開始の時間がくる。
 午前九時十五分、準々決勝才徳学園対飛天金剛学院高校の五試合がスタートする。

 ※
 こっちです、と。
 声がして複数人の足音が聞こえる。コートでサービス練習がおこなわれるなか到着したのは、なんと松澤工業高校の馬場園、国見、長峰と青峰学院高校の水沢、犬塚だった。なぜ彼らが福岡に──と伊織がおどろいたのもつかの間、チラチラと背後を気にする彼らの視線につられてうしろを見ると、スーツケースを引きずる如月蓮十郎と息子千秋のすがたがある。
 どうやら朝の飛行機で飛んできて、福岡空港から直行でやってきたらしい。
「お、おとんも千秋も──こんなとこでなにやっとんねんッ」
 伊織がさけぶ。
 同時にその場がどよめいた。
 さすがの元プロテニスプレイヤー、その顔は各校のテニス選手にはもちろん、テニスに明るくない生徒たちにも知られていたようである。とくに杏奈やふゆ子などは伊織の父親であることも初耳だったようで「伊織のお父さんって如月プロだったの」とあんぐり口をひらくほど。
 一方の担任神村は、
「如月さん。どうもお久しぶりです」
 パッとあかるくわらった。
 蓮十郎も「おお」と手を挙げる。
「伊織の入学申請のときぶりですか、その節はお世話になりました。そちらの──校長先生も」
「ああ、いやいや。こちらこそ七浦さんのご活躍は大変すばらしいもので、ええほんとうに」
「だってよ伊織。おまえすげえな」
「そらそうやわ。うちのこと誰やと思てんねん……て、せやのうて」
「それで、才徳の対戦相手はどこだって?」
 蓮十郎はひょいと観客性から身を乗り出す。
 伊織を押しのけるように千秋もそのとなりでコートを覗く。サービス練習をおこなう選手のユニフォームを見てすぐに「飛天金剛だ」と微笑んだ。
「きのう井龍からトーナメント表が送られてきたから見たけど、才徳学園ったらここから強豪ばかり待ち受けているみたいで笑っちゃったよ。くじ運がいいんだかわるいんだか」
「へえ。飛天金剛って今も強豪校なのか、俺の時代もそうだったけどやっぱり私立は強いな」
「ちょっと! なにまったりしとんねん。ふたりは桜爛のOBやろ、才徳陣営におらんであっちいったらええやんか」
 と伊織はイヤな顔をした。
 桜爛が試合をおこなうコートはここから少し離れている。千秋は面倒くさそうに首を振って杏奈のとなりの席へと腰かけた。さらにそのうしろでは、蓮十郎が荷物まで広げる始末。
「アイツら愛織の写真を飾って試合するとか言ってるんだもん。気持ちわるくない?」
「えっ」
 バッグを漁る蓮十郎の手が止まった。
 やがてバッグから取り出したのは愛織のスナップ写真。しかも三種類。父もちゃっかり愛娘を胸に抱いて試合観戦をおこなう予定だったようである。千秋と伊織は同時に眉をしかめた。
「やめえや──辛気臭くなるやん!」
「そうだよ。せめて一枚にして、マジで」
「一枚はええんかい」
「ああ、僕たちは家族だから。貸して」
 と、なんだかんだ蓮十郎の手から写真を取り上げてちゃっかり自身の膝上で写真を眺める千秋に、伊織はあきらめたように首を振る。気を取り直してコートへ目を向けると、各々のサービス練習が終わっていままさにゲームが始まるところであった。

「ワンセットマッチ」

 ──トゥサーブプレイ!

 各選手のサービスより、五試合が順次はじまった。

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