片翼のエール

乃南羽緒

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第五章

90話 勝つから

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「こんなはずじゃ!」
 と。
 地面に五体投地をするは、先ほど準々決勝で敗退した飛天金剛S1の桜庭虎太朗。なかなかの健闘ぶりであったが、最後のゲームではまったく歯が立たなかったことがよほど悔しいらしい。
 それを横目に、伊織が横峯にむけて首をかしげた。
「今日帰るん?」
「いや。明日の閉会式でベスト8の表彰があるさかい、俺らは残留やねん」
「あ、そっか」
「それにしてもまったく、なぁにが日本高校テニス界の四翼や。最後のゲームなんか大神はんの球に翻弄されっぱなしやったやんか」
「ぐうううううう」
 唸るだけでぴくりとも動かない桜庭に呆れた目を向ける横峯。
 こら、とたしなめたのは南だった。
「コタを責めたらあかん。全国のS1なんて荷ィ重いとこやってくれとんねやから、感謝せんと。俺かて倉持くんとやるだけでも一苦労やったのに」
「ああ。本当に──俺も関東でS1やって思い知らされたよ。各校のトップ選手と渡り合うのがこんだけ大変なんだってことをさ」
 倉持も苦笑した。
 一同の視線は自然と大神へ向けられる。みなの脳裏によぎるはこれからおこなわれる強豪との対戦についてである。今大会においてもっとも実力があると高体連から注目される三人の選手──才徳学園S1大神謙吾、桜爛大附S1井龍孝臣、そして黒鋼高校S1獅子王真。
 先ほど、準決勝の相手が黒鋼高校になったと天谷夏子から伝達があった。とうとうここまできたかという実感とともに、全国という壁の高さに才徳メンバーの顔がこわばる。それは伊織もおなじこと。めずらしく眉を下げる彼女を見て、そんな顔してんじゃねーよと大神はデコピンした。
「どんな相手であろうとやるだけだ」
「で、でも……この前、獅子王とちょっと話したけど、どえらいすごそうな選手やったで」
「だからなんだよ。俺たちの目的はひとつ──才徳学園の全国優勝だぜ」
「え?」
「もし俺がコケても倉持以下チームメンバーが三勝すりゃあつぎに行ける。だろ」
「なっ──大神、獅子王に負けるつもりなん?」
「バーカ。負けるつもりで試合するヤツがどこにいる。ただ、獅子王ってヤツひとりが強かろうと才徳学園が負けるわけじゃねえってことだよ。なんたって飛天金剛相手にこんだけ健闘した奴らだぞ。それに」
 大神がちらりと視線を移す。
 ──如月千秋。視線を感じた千秋はなにも言わずにうっそりと笑みを返す。
「意外な人の協力もいただけたみてえだしよ。なあ蜂谷」
「ああ」
「さあ、これから昼飯休憩だろ。そのときに黒鋼戦のオーダーをかんがえようぜ。おい桜庭」
「なんや……」
 と、不貞腐れたように身を起こした桜庭の肩に手を置き、大神はわざとらしいほどにっこりと微笑んだ。
「気をつけて帰れよ」
「ぐっ──ま、まだ帰らへんて言うたやろがーッ」
「ハーッハッハッハッハ!」
 ブレない男である。
 試合で乱れた髪をかきあげながら高笑い、大神はゆっくりと観客席の方へと歩いて行った。

 ※
 黒鋼戦のオーダーは話し合いの末、飛天金剛戦とおなじで行くという。飛天金剛戦で敗北した蜂谷、杉山、明前が次こそはかならず勝つと大神に宣言したためである。とはいえ、もとより大神もオーダーを変える気はなかったらしい。
 黒鋼はシングルスに特化したチームだ、と蜂谷が言った。
「獅子王は言わずもがな──S2の黒田とS3の大友も、今大会での上位者といってもいい」
「おいおい。自信なくすぜ」
「なに言ってるんだ。慎也だって上位者に入ってるんだから、胸張ってくれ」
 と、蜂谷が苦笑する。
 とにかく、黒鋼を突破するにはダブルスで確実に二勝をあげることが重要となってくる。今回ばかりはあの大神でさえ、確実に勝てる保証はどこにもない。全体のスコア表を見るかぎりでは、これまでの試合もシングルスは全勝、ダブルスにパラパラと黒星も見られたが、それでも常に四勝以上を勝ち上げての準決勝進出であった。
 負けられへんな、と杉山が身を引き締めた。
「明前、もう全面的にお前のこと信じとるさかいな。間違うてもミスったオレにゴミとかクズとかいわんとってな」
「そんなんいままでだって言ったことないじゃないスか──俺のイメージなんなんスか」
「よーし廉也。オメーもだぞ、ゴミカスみてーなプレーしたら才徳の焼却炉にオメーのシューズぶちこんでやるからな!」
「姫ちゃんセンパイまじ口悪いスよね」
「ふ、ダブルス陣は上等なやる気だな。わるくねえ」
 倉持、と大神がつぶやく。
「さっきの南との試合、タイブレークでずいぶん競ったってな。スタミナは問題ねえな?」
「当たり前だ。たかがひと試合でバテちゃ世話ねーよ」
「よし。蜂谷」
「ああ」
「お前──如月となにしてた?」
「ほぼラリーの相手をしてもらったくらいだよ。ただ、そのなかで試合時の心の持ち方を教わった気がする。俺が、ラリーしてるなかでこういうことかなっておもっただけだけど」
「いや、きっとそれでいいんだ。どうせ如月が口で教えるわけはねーだろうしな」
「うん。でもマジになにか掴めた気がしたから、だから本当ならS3──明前のがいいのかもしれないんだけど、俺のわがままでやらせてほしい」
 珍しいすがたであった。
 蜂谷が自身のわがままを持ってくるなど、これまでならばそうそう考えられなかったことである。大神はフッと口角をあげた。
「ダメだなんてはなから言ってねーだろ。自分でなにか掴んだのなら、勝敗気にせずにやってみりゃいい。ダブルスのふたつが確実に勝ってくれりゃ、あとはこの俺がなんとしてでも次への切符をもぎとってやるから」
「はは、……ホントに大神は言うこと為すことすべてがカッコいいから参るよな。ありがと」
「…………」
 が、しかし。
 伊織の表情はいまいち浮かない。
 大神はそう言うが、あの獅子王との戦いで大神は本当に勝てるのか。いくら才徳のエースでも敵わないことがあるのではないか──と。
 不安な顔に気付いたのだろう、ほかのチームメンバーが午後の対戦にむけて士気をあげるなか、大神が伊織の肩を軽く小突いた。
「お、大神──」
「なにがそんなに不安なんだ」
「なにがって、……獅子王との試合に大神が勝てるかって不安なんやんか。せやけどいまさら、うちが出来ることなんてなんもないしさ。……」
「勝てるかどうかなんて気にして試合に臨めば、勝てるもんも勝てねえよ。ただ、そうだな──」
 と、伊織の髪に手を伸ばす。
「俺が負けねえよう、お前がずっと見張ってたら勝てるかもな」
「は……?」
「俺の試合見ててくれ」
「────」
「勝つから」
 大神は囁くように言った。
 
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