R.I.P Ⅱ ~童子守の庇護~

乃南羽緒

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第四夜

第24話 住職宛の手紙

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 刑事たちを殺害現場へと先導する。
 そのうしろには原田、春江、冬陽もいる。ちなみになぜか森谷のとなりには神那がぴたりとついた。どういうわけかずいぶん信頼されたらしい。従兄に見られたら首を獲られるかもな──と気を引き締める。
 閉めきられた襖の前にたどり着くと、森谷は彼女たちを大広間まで送った。なにももう一度あの事件現場を見せることもあるまい。大広間への入口となる襖の前へたどり着くと、彼女は不安げに森谷を仰いだ。
「森谷さんも、すぐここに戻られます?」
「ああ、刑事さんらに現場説明したらすぐ。中でイッカが、お茶用意しとるんでしょ?」
「はい」
「じゃあもう、淹れて待っとけって言うといてください。数分で戻ります」
 言いながら、森谷は踵を返して刑事たちのもとへもどる。
 彼らは白手袋を手に嵌めるところだった。
「ガイシャはひとり。相良宏美といって、先ほど助けた怪我人・淳実さんの妹です。年の頃は五十前後。娘がひとりおって、その子は大広間で待機しとります」
 言いながら躊躇なく襖をあける。
 うしろで風見がヒッと息を呑む音がした。が、そのまま踏ん張って部屋の状況を観察する。来巻と一ノ瀬はさすがの風格というべきか、ムッと顔をしかめつつ部屋の外からじっくりと内部を観察している。
「現場はまちがいなくここでしょうな。刺し傷はパッと見た感じでも三十以上、死因はおおよそ失血性ショック死やろうと見ています。最後の目撃から遺体発見までは二十分もないくらいですから、死亡推定時刻はいまから一時間も経っとらんと思います。あと、写真はあらかた撮りましたが──鑑識の到着はまだ遅れますか」
「機材搬送が困難と見てます。土砂崩れもあったし、ここまでえらい山道でしたから」
 と、桜井は困った顔で角刈り頭を撫でつけた。
 そうよなァ、と森谷もしかめ面をする。
「ホンマにえらいこってす。この悪天候に場所もわるい。まず車が途中までしか入って来れへんのやから──ただ幸いなんは、容疑者候補がボク含めて現状この屋敷にいてる人間にほぼ間違いないっちゅうことですやろか」
「なるほど。鑑識到着までは早々に事情聴取をはじめていった方が良さそうだな……」
「あ。一応アリバイ確認はできてます。ええと」
 といって、森谷は脳内のメモ帳から情報を与える。
 とくに住職に関してはすでに事情聴取も終えている旨も伝えると、これまで不愛想な面を崩さなかった来巻も、さすがに苦笑をこぼした。
「警部補殿、休暇中じゃなかったスかい? 馬鹿真面目っちゅうか、お気の毒な」
「いやホンマに……でも、皆さんが来たおかげでお役御免ってことで。どうかひとつ」
「したっけ風見、森谷さんがおっしゃったアリバイ未確認の人間から聴取とってけ」
「はい!」
「森谷さんはどうぞ休んでくだせえ」
「お願いします」
 苦笑して会釈をしたのち、森谷は大広間前に戻った。
 そうだった。おもえばいまは非番などではなく完全休暇中なのだった。なのになぜ、こんなにも一生懸命職務に明け暮れているのだろうか。まして管轄違いの場所で。
 襖に手をかける。
 すらりと横に引くと、そこには見慣れた顔ぶれがそろっていた。
 浅利父子、藤宮姉弟、春江母子、睦実親子、心咲、そして一花──。
 一花はパッと立ち上がると、森谷の腰元にかじりついてきた。
「おーおー。かわいこちゃんどないしたん」
「あのおじさん助かった?」
「助かったよ。三十五歳の決死の救出劇見せたかったわ」
「…………よかった」
「いうたやろ、かならずオレが命に代えても助けたるて」
「そんなこと言ってない」
「そうやったけ? まあ、なんでもええやん。はよ茶ァ飲ましてくれ、茶」
「うん!」
 と、一花がいそいそと出してきた湯呑をひっつかみ、一気に喉奥へと流し込む。
 多少冷めていたが緑茶は温湯こそうまい。冷えたからだが内から熱くなるのを感じ、森谷はようやく生きていることを実感した。
「五臓六腑に染みわたるな」
「えへへエ」
 一花は満面に笑う。
 同じくして風見がひょっこりと顔を覗かせる。
 父ちゃん坊やの相貌が、スーツ姿とミスマッチしてなんともおかしい。風見はメモを一瞥してから原田を呼んだ。来巻の指示通り、アリバイが未確認とされている者から順に聴取をするつもりらしい。つづく一ノ瀬も春江に声をかける。
 心配そうに母の背を見送る冬陽に、神那は「大丈夫」とやさしく寄り添った。
「皆さんとっても優しい刑事さんたちでした。やましいことはないんだもの、二人ともすぐに終わりますよ」
「は、はい」
 やましいことはない、か。
 ──だといいが。
 森谷は内心でつぶやいた。
 アリバイの有無で言えば、原田と春江、淳実がもっとも疑わしい。遺体の発見状況からして、部屋を荒らされたようすはなかった。つまり犯人の目的は宏美一直線だったというわけだ。三十箇所以上もの刺傷をつけたことをおもえば、言い争いの末に起きた事故とも考えにくい。
 犯人はよほど宏美が憎かったのだろうか。
 ──いずれも身内やがな。
 と、森谷はやるせなくなった。

 事情聴取が行われるあいだ、たまにトイレ離席などで出入りはあったが、大広間は静かなものだった。というより、もともと二間だった部屋が襖を開放したことで一間になっていたわけだが、総一郎と睦月が毛布を調達したことで、仮眠用にと簡易的なプライベートスペースを作ることになったのである。
 間の襖を閉めきり、向こう側は睦実親子と心咲、葬儀社の井佐原が、こちら側は外からの来訪者が、それぞれ毛布にくるまって身体を休めることができるようになった。
 隣室に森谷という警察官がいる手前か、睦実も管を巻くようなこともない。葬儀社の井佐原なぞは早々に高鼾のようで、襖を隔てたこちら側にまで聞こえてくる。意外と肝が据わっている。
 冬陽と神那はしばらく、大広間の床の間に飾られていた江戸時代物の刺股を手に薙刀談議をしていたが、やがては壁を背もたれに座って、シェアした毛布にくるまってうつらうつらと舟をこぐ。一花と恭太郎も、夜が更けるにつれてすっかり夢のなかだ。
 いまだに起きているのは浅利父子と総一郎、そして森谷である。
「総一郎も寝ててええで。お前なんかアリバイあるさかい、聴取の順番ほぼ最後やぞ」
「そうはいっても葬式の前に仮眠をとったから、まだ眠くないんだよ」
「ああ、そういやそうやった。ほんならまークン。ずっと働きっぱなしやろ。大丈夫か?」
「おれはいま眠気より食い気が勝ってます」
「さすがやな」
「こいつはショートスリーパーなんだ。読経でもしない限りはそうそう眠らんよ」
 と、博臣は小声でわらった。
「読経すれば寝るんスか?」
「寝る前の日課だからね。少なくとも、寝る前に読経をしないで布団に入ったら寝るに寝られまいよ。君たちで言えば歯みがきを忘れたような感覚だ」
「はァ。真の髄まで坊さんなんやなァ」
「そんなことはどうでもいいんです。父さん」
 ふいに将臣が父へ身体を向けた。
 その語気はいつになく強い。
「いい加減アレについて教えてくれませんか。このままじゃあ気になって読経したって眠れやしない」
「アレってなんだ」
「誤魔化しても無駄ですよ。奥座敷のアレです。さっき恭とふたりで見た……」
「──嗚呼。まったく、次から次に問題が起こったものだから、すっかり失念していた」
 と、博臣はすっとぼけた。
 この男がおよそ失念することなどあるだろうか、と森谷は疑わしい目を向ける。将臣が言うのは淳実が乱心する前、森谷が博臣との事情聴取のなかで奥座敷へ向かったときのことだろう。彼らは奥座敷に『何かがゴロゴロいるのを見た』と言った。それが何か、森谷はいまだに分からない。
 そもそも聴取の際、博臣が言ったのは
「奥座敷の下に秘密がある」
 というたったそれだけのこと。
 実の息子もまた、誤魔化されたことを不服とし片眉をあげて実父をにらみつけている。彼は、ハハハと乾いた笑い声で誤魔化した。
「いや、ね。アレについては大ごとにしたくはないのだよ。ミチ子さんからの要望にそう書いてあった」
「要望──さっき持っていた茶封筒の?」
「ああ。ミチ子さんから、宝泉寺住職宛の手紙だ。先代が亡くなる少し前に届いたもので、もう自分が永くないだろうからと先代の意向で預かっていた。そのときの会話を覚えていたんだろうな。お前は」
「はぁ。それで?」
「それでって、それだけだ。あとはミチ子さんから先代へと依頼されて、自分に託された仕事を遂げるだけ。そう難しいことじゃないんだ。すべてが終わってみなが帰ったあとにでも、春江さんとひっそりやるつもりだよ。その時になったらお前にも手伝ってもらうから──それまで待ってろ」
「…………」
 じとりと将臣が父親を睨む。
 しかし、そこで森谷にふと疑問がよぎった。
「ほんなら、なんでさっきはオレに見せようとしてくれたんです?」
「え? ああ」
 と、博臣はクスッとわらった。
「森谷さんは聞くところによると、いろいろと融通が利く方だそうですから」
「は。ゆ、融通とは──」
「いや。これまでにもうちの愚息が世話になったでしょう。いろいろと、そういうことへの理解も深かろうと思いまして」
 わざとらしく言葉を濁して、博臣は閉口した。
 どうやらこの件について話をつづけるつもりはないらしい。これまでずっと黙って聞いていた総一郎が、おずおずと口を開く。
「あのう、浅利さん」
「はい?」
「僕の思い違いだったら申し訳ないんですが、以前どこかでお会いしたことありませんか?」
「…………」
 突然の申し出に、博臣は固まった。
 いや、博臣だけでなくこの場一同が固まった。めずらしく動揺した顔で将臣が実父の顔をうかがう。森谷は逆に、総一郎の顔を見た。しかし従兄はいつもとなんら変わらぬ、緊張感のない顔でまっすぐ博臣を見据えている。

 が、この空気はそう長くはつづかなかった。
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