R.I.P Ⅱ ~童子守の庇護~

乃南羽緒

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第四夜

第25話 睦月の気がかり事

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 二間の間、隔てる襖がゆっくりと開いたからである。
 ひょっこりと顔を出したのは睦月だった。曰く、眼が冴えて眠れないらしい。
「すみません──しばらくこっちにいてもいいですか」
「あ、睦月くん。おいでおいで」
 総一郎がにっこりわらって手招きをする。
 先ほど毛布を調達した際、すっかり仲良くなったのだと聞いた。睦月もまたホッとした顔で総一郎のとなりに腰を下ろす。
 森谷はちらと隣の間へ視線を移した。
「井佐原のおっさん、いびきうるさいもんな。寝られへんかった?」
「あ、いや。まあうるさいんですけど、眠れないのはそうではなくて──」
「そういえば睦月くん、さっき言いかけてたね。引っかかっていることがあるって──あの後バタバタしちゃって聞けてなかったんだった。そのこと?」
「…………」
 総一郎のことばに、睦月はぎくりと肩を揺らしてから上目に森谷を見た。
 警察の前では話しにくいことなのだろうか。その意図をかぎ取ったか、彼を安心させるべく総一郎はにっこり笑って肩を叩く。
「大丈夫。シゲは、良い警察官だ」
「良いってなんやねん。警察に良いもわるいもあるか」
「なに言ってるんだ。自分の同僚たちを思いかえしてごらんよ、どうせ権威振りかざして恫喝するヤツのひとりやふたりくらいいるんだろ?」
「おるかボケ! で、なんや。警察には言えへん話か」
「…………でも、あの。俺の考えすぎかもしれないし──」
 睦月はすっかり無口になった。
 いつぞや警察の世話にでもなったのだろうか──と勘繰りつつ、総一郎へ顔を向ける。この従兄はそれほど緊張感がないようで、心咲ちゃんのことだろ、とふたたび睦月にやさしく語りかけた。相手の警戒心を解くという業において、この男の右に出る者はいない。
「僕らがこの家に来る前、心咲ちゃんと睦月くんと原田さんの三人で山のなかを散策していたって話だったろ。そのときに睦月くんが、ちょっと気になる会話を聞いたんだって」
「気になる会話?」
「あ、あの! ホントに……事件とかとは関係ないんです。怪しいとかじゃなくてっ」
「心配しなさんな。わるいようにはせんつもりや、言うてみい」
「…………」
 睦月は、きゅっと下唇を噛んでから意を決したように顔をあげた。
「心咲が宏美さんのことで、原田さんに相談していたんです。故人をわるく言いたくないけど宏美さんってなかなかパンチが効いてて。それで、心咲も進学関係のことでずいぶん悩んでたんです。それで、冗談だろうけど心咲が『母さん、わらし様の祟りかなんかで死なないかな』って、ぼやいてて──」
「ほう」
「ほ、ホントに冗談でしたッ。言い方とか、冗談っぽかったし」
 あわてて弁明する睦月。
 大事な従姉妹の心象をわるくせぬよう、必死なのだろう。森谷としてはそんなこと百も承知である。警察として重要なのは、言い方ではなく言った事実ただひとつ。どれほど言い回しが冗談混じりであったにせよ、口から出た以上は思ったことに他ならないのだから。
「ほんで、原田はんはなんて?」
「『わらし様は相良の者の祈りを叶えてくださる』って──言ったんです。これも、冗談だとおもうけど……」
「叶えてくださる?」
 驚いた。
 親の死を望む子どものことばを肯定するとは。背後で話を聞いていた浅利父子も、ムッと顔をしかめる気配がした。
「原田はんは、そういやさっきもそうやったけど、ずいぶんわらし様への信頼度が高いみたいやったな。崇拝っちゅうか……」
 わらし様の祟りだ。
 彼は先刻そう言った。
 一見温厚だったはずが、異様なまでにわらし様という存在に執着し、その神秘性を信じて疑わないようすだった。さらには殺害された宏美やけがをした淳実に対しても『当然の報いだ』とも。
 ──祟り?
 そんなものは。
 いや。
 森谷には分からない。
 如何せん危険思想である。
 原田は、宏美が殺害された当時も入浴中だったとのことで存在証明がとれていない。こじつけて考えれば山中で転落した淳実を第一に発見したのも彼である。ふたりの凶事に対して肯定的な姿勢をとる精神状態を鑑みても、嫌疑は濃厚と言えよう。
 すると、背後から
「それが一番スムーズだけど」
 というつぶやきが聞こえた。
 いったいいつの間に起きて、いつから聞いていたのか。
 恭太郎がうつぶせの態勢から上半身だけを起こすかたちで、こちらをぼうっと見つめている。寝起き半分なのだろうか、その目は虚ろだ。あまりに突然のことに、森谷をはじめこの場にいる一同がギョッとした顔で恭太郎を見た。
「な、なんやねん」
「あの人。でも、……本気でわらし様の祟りだとも思っているぜ。まるで自意識がないんだ。だけどシゲさんの言うように──言ってはないけど──そう考えるのが自然だよなァ」
 そこまで言うと、彼はふたたびぱたりと畳に臥せた。
 寝ている。まさか寝言だったのか。いや、分からない。
 ふむ、と森谷は顎をさわる。
 朝方剃った髭がわずかに生えてきたのを感じた。思えば東京を出立したのはたった半日ほど前のことだった。この家についてからいろんなことが起こりすぎた。ガシガシと頭を掻き、とにかく、と睦月の肩に手を置く。
「心咲ちゃんのことは心配すな。あの子は事件時刻のアリバイもとれてるし、毒親に対しておらんなればええって思うんは、まあ人として自然の感情やで」
「は、はい──」
「にしたって、祟り……祟りか。ねえ和尚。その、たとえば。祟りが人を殺すなんて可能性はホンマにあるんでしょうか」
 我ながら馬鹿らしい。
 言ってて泣きたくなる。
 しかし、本気で信じる者がいるかぎり、その可能性もゼロではない。
 博臣はなぜかすこし気難しい顔をした。
「わらし様の祟り、か。あるいはそうも捉えられるかもしれん」
「え?」
「そもそも祟りとは何だろうね。一般的には、神仏からの懲罰的意思に基づく超自然的力のことと言われているが。しかしこれはあくまで神道的な話であって、仏教本来の考え方に祟りなどというものはない。仏教的に言えば何事も因果応報として片づけられるからね。では、此度のケースで考えたときに『わらし様』という座敷わらしは、果たして神なのか。私は先ほど森谷さんに『あの奥座敷には“わらし様”はいるが、“わらし様という神様”はいない』と言ったね。その理由に信仰の有無をあげた」
「は、はい」
「しかし原田さんがそれほど信仰していたならば、“彼のなかに”わらし様という神がいてもおかしくはない」
「はァ……ではつまり、わらし様という神様はいてると?」
「彼のなかにはね。生まれたのかもしれない。神ならば本来祟るものだから、原田さんの懸念もまちがっちゃいない」
 つまり、どういうことだ。
 森谷の思考は早々にリタイアしかけている。
「神様というのは人の数だけあるものだ。人が信仰した時点でそれは神なのだよ。外側に見出すものもあれば内に生まれるものもある。原田さんの場合は後者だろう。そして原田さんの神は、祟るんだ」
「だから宏美さんも祟りにころされた?」
「人をころすのは、人だよ」
「…………」
「宏美さんが凶事にまみえることが祟りだったにせよ、宏美さんを刺したのは人間だということだ。つまり原田さん的には祟りで死んだとも言えるし、結局人の手にかかって死んだとも言える。祟りっていうのは、そのくらい主観的な物事なんだよ」
「あァ」
 森谷は納得した。
 簡単なことだ。つまるところ結局、人は人によってころされたのだ。
 そこに祟りだなんだと超自然的能力が絡むからややこしいことになるが、所詮物理的な犯人は存在する。警察として追うべきは最初からその人物ひとつにすぎないのである。
「なん、簡単なことやん」
「そうだとも。祟りなんぞ怖くはない。まことに恐ろしいのは──」
 博臣はうつむきがちにつぶやいた。

「神の代弁者を気取って、堂々と祟りを下す人間だ」

 言葉は重く響いた。
 それは誰のことを指すのか──森谷には、いや、この場で話を聞くすべての人間には見えている。睦月がふるえる声でつぶやいた。
「は……原田さんが?」
「それは分かるまいよ。ただ、現時点でその可能性もあるということだ。まあ、可能性という話でいえば全員ないこともないんだけれど」
 と、博臣がおだやかに笑んだ直後。
 恭太郎ががばりと飛び起きた。
 右耳を押さえてぎろりと聴取部屋の方へと目を向ける。
 どうした──と聞く間もなく、該当部屋の方から聞こえてきたのは、

「きいあああああああああああああ」

 という、怪鳥にも似た奇声であった。
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