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本編
夢と現
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「レティーナ・ラナンキュラス。君との婚約を今日をもって破棄する」
その声はずいぶんと大きく自分の耳に聞こえた気がした。
決して狭くは無い講堂はその言葉に水を打ったように静まり返っている。
今日は国立学園の卒業式。
貴賓席は国王陛下をはじめ国の重鎮と呼ばれる方々も出席している。
保護者席にいる親たちや、ここに参列している学園の生徒たち、そのほとんどの視線が自分とそして壇上からこちらを睥睨している青年とその背に隠れるようにして自分の様子を見ている少女に向けられていた。
貴賓席の方からは不穏な視線が壇上へ向けられているのがわかる。
おそらくそれは彼―ハイドライド・アウストロメリアの父でありこの国王陛下のものであろう。
しかし、それを私は自分の目で確認することは叶わない。
彼と彼の後ろに隠れている少女―リリアーナ・ネリウムの取り巻きであるアンスリウムとコランバイルに両脇を固められていたから。
ただ、私は視線を逸らすことなく真っ直ぐにハイドライドの方を見据えた。
そんな私を、まるで汚物を見るように顔を歪ませ、彼が口を開いた――――――――。
目を開けるとそこには見慣れたベッドの天蓋が見えた。
全身が汗で濡れていて気持ちが悪い。
目を瞬かせ、未だ覚醒しきっていない頭のまま周囲を見回す。
微かにドアの開く音が聞こえそちらに目を向けると見慣れたお仕着せを着た侍女の姿があった。
「お嬢様、目を覚まされたんですね!」
そう言って彼女は急いでその場を後にした。
侍女の言葉から自分は病気か何かで寝込んでいたのだろう、ぼんやりと考える。
直後、慌しい複数の足音と共に誰かが部屋へ駆けつけてきた。
「あぁ、レティ!よかった!」
部屋に入ってきた勢いのまま私を抱きしめたのは母さまだった。そして、そんな母ごと私を抱きしめる父。
そして、そんな私を泣きそうなのを我慢しているのか潤んだ目で顔を赤くした兄が見ていた。
「怪我の具合はどうだい?」
「けが?」
二人からの抱擁が解け、クッションを背に体を起こした私に3歳年上の兄が聞いてきた。
父と母は私が目覚めたことに安心してすでに部屋を後にしていた。
兄の言葉に首をかしげると彼は同じ母譲りの美しい顔に驚きの表情を浮かべた。
…相変わらず、わが兄ながら麗しいな、などど思う。周りから言わせれば私も美しいらしいが、いまいち自分ではわからない。青みのかかった銀の髪に紫水晶を思わせる#紫暗__しあん__#の瞳、肌は雪の様に白く、唇は咲き初めの薔薇のよう・・・、あれ?これ、誰が言ってたんだっけ?
兄の容姿を現すために浮かんできた言葉の数々に首をかしげる。
はっきり言ってまだ5歳の子供にこんな語彙があるはずも無い。
ちなみに、私も兄とほぼ同じ色彩を持っているらしいのだが、自分のことなのになぜかあやふやで、変な不安が今も胸の中をくすぶっていた。
「・・・ティ、レティ、聞いてる?」
「あ、すみません、おにいさま」
どうやら、またぼうっとしていたらしい。
そんな私に嘆息しつつも兄は優しく頭をなでてくれた。
「あぁ、思ったよりひどくならずにすんだみたいだね」
「?」
そう言いながらも、まるで自分が痛いかのように顔をゆがめている。その視線を辿れば、それは自分の鎖骨の少し下辺りに行き着いた。
このままでも見えないわけではないが少々見づらい。それを察した侍女がそっと手鏡を差し出してくれた。それを受け取り兄の見ていた辺りを見る。
そこには親指の先程の大きさの傷があった。
まだふさがってそんなになっていないのだろう。赤く残るその傷を見た途端、酷い頭痛に襲われた。
「うぅ・・・っ」
言葉にならない声が唇から零れ落ちる。
激しい痛みと共に脳裏を過ぎっては消えていくのは先ほど見た夢、そして目の前で心配げにこちらを見ていた兄とは思えないほどの冷ややかな視線、見たことの無いはずの見目麗しい青年たちの姿、そして血塗れた自分自身・・・
それを最後に私はまた意識を手放した。
その声はずいぶんと大きく自分の耳に聞こえた気がした。
決して狭くは無い講堂はその言葉に水を打ったように静まり返っている。
今日は国立学園の卒業式。
貴賓席は国王陛下をはじめ国の重鎮と呼ばれる方々も出席している。
保護者席にいる親たちや、ここに参列している学園の生徒たち、そのほとんどの視線が自分とそして壇上からこちらを睥睨している青年とその背に隠れるようにして自分の様子を見ている少女に向けられていた。
貴賓席の方からは不穏な視線が壇上へ向けられているのがわかる。
おそらくそれは彼―ハイドライド・アウストロメリアの父でありこの国王陛下のものであろう。
しかし、それを私は自分の目で確認することは叶わない。
彼と彼の後ろに隠れている少女―リリアーナ・ネリウムの取り巻きであるアンスリウムとコランバイルに両脇を固められていたから。
ただ、私は視線を逸らすことなく真っ直ぐにハイドライドの方を見据えた。
そんな私を、まるで汚物を見るように顔を歪ませ、彼が口を開いた――――――――。
目を開けるとそこには見慣れたベッドの天蓋が見えた。
全身が汗で濡れていて気持ちが悪い。
目を瞬かせ、未だ覚醒しきっていない頭のまま周囲を見回す。
微かにドアの開く音が聞こえそちらに目を向けると見慣れたお仕着せを着た侍女の姿があった。
「お嬢様、目を覚まされたんですね!」
そう言って彼女は急いでその場を後にした。
侍女の言葉から自分は病気か何かで寝込んでいたのだろう、ぼんやりと考える。
直後、慌しい複数の足音と共に誰かが部屋へ駆けつけてきた。
「あぁ、レティ!よかった!」
部屋に入ってきた勢いのまま私を抱きしめたのは母さまだった。そして、そんな母ごと私を抱きしめる父。
そして、そんな私を泣きそうなのを我慢しているのか潤んだ目で顔を赤くした兄が見ていた。
「怪我の具合はどうだい?」
「けが?」
二人からの抱擁が解け、クッションを背に体を起こした私に3歳年上の兄が聞いてきた。
父と母は私が目覚めたことに安心してすでに部屋を後にしていた。
兄の言葉に首をかしげると彼は同じ母譲りの美しい顔に驚きの表情を浮かべた。
…相変わらず、わが兄ながら麗しいな、などど思う。周りから言わせれば私も美しいらしいが、いまいち自分ではわからない。青みのかかった銀の髪に紫水晶を思わせる#紫暗__しあん__#の瞳、肌は雪の様に白く、唇は咲き初めの薔薇のよう・・・、あれ?これ、誰が言ってたんだっけ?
兄の容姿を現すために浮かんできた言葉の数々に首をかしげる。
はっきり言ってまだ5歳の子供にこんな語彙があるはずも無い。
ちなみに、私も兄とほぼ同じ色彩を持っているらしいのだが、自分のことなのになぜかあやふやで、変な不安が今も胸の中をくすぶっていた。
「・・・ティ、レティ、聞いてる?」
「あ、すみません、おにいさま」
どうやら、またぼうっとしていたらしい。
そんな私に嘆息しつつも兄は優しく頭をなでてくれた。
「あぁ、思ったよりひどくならずにすんだみたいだね」
「?」
そう言いながらも、まるで自分が痛いかのように顔をゆがめている。その視線を辿れば、それは自分の鎖骨の少し下辺りに行き着いた。
このままでも見えないわけではないが少々見づらい。それを察した侍女がそっと手鏡を差し出してくれた。それを受け取り兄の見ていた辺りを見る。
そこには親指の先程の大きさの傷があった。
まだふさがってそんなになっていないのだろう。赤く残るその傷を見た途端、酷い頭痛に襲われた。
「うぅ・・・っ」
言葉にならない声が唇から零れ落ちる。
激しい痛みと共に脳裏を過ぎっては消えていくのは先ほど見た夢、そして目の前で心配げにこちらを見ていた兄とは思えないほどの冷ややかな視線、見たことの無いはずの見目麗しい青年たちの姿、そして血塗れた自分自身・・・
それを最後に私はまた意識を手放した。
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