悪役令嬢に転生したようですが、自由に生きようと思います。

櫻霞 燐紅

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本編

決闘

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「レティーナ・ラナンキュラス!」

翌日、昼休みにリリアーナやプリシアたちと共にカフェテリアで食後のお茶を楽しんでいたレティーナのもとにハイドライドが将来の側近という名の取り巻き二人を連れてやってきた。
彼はレティーナの名を声高に呼ぶと彼女に向って白い何かを投げつけてきた。

レティーナはそれがなんであるかを確認しつつも、まだ手に取ることはしない。
ただ、呆れたようにハイドライドに視線を向けた。

彼女の足元には彼が投げ付けた白い手袋が落ちている。

そう、白い手袋。

貴族の間で手袋を相手に投げ付けるのは決闘の申し込みを意味する。そして、それを拾えば相手がその決闘を受けるという意味になるのだ。
ちなみに、白手袋で相手の顔を叩くのも決闘の申し込みとなる。

午後の穏やかな喧騒(けんそう)に包まれていたカフェテリアが異様な静寂に包まれる。そしてそのあとはザワザワと先ほどとは打って変わったざわめきとこちらに向けられる好奇の視線。

「…私闘は禁止されているはずですが、それでもおやりになりたいのですか?」

レティーナは呆れを滲ませながらハイドライドに一応確認する。

「ふん!禁止など上辺だけで実際はやっている奴なんていくらでもいるだろう。やはり女だな。私と決闘(や)りあうのは怖いのだろう」

馬鹿にしたように返してくるハイドライドにレティーナは更に呆れながら足元にある手袋を拾い上げた。

「そちらの二人が殿下の介添え人ですね?では、私も誰か頼んでまいりましょう。それから、証人には公平な判断のできる方にお願いいたしましょう。それと、もう一つ…」

そこで言葉を切ってレティーナはハイドライドを見据えた。

「もし、殿下が怪我をなさっても罪にはもちろん問われませんわね?」

「あ、当たり前だろう!介添え人が決まったら詳細を決めるからこちらに寄こせ!行くぞ、二人とも!」

そう言ってハイドライドは取り巻き二人を連れてカフェテリアを後にした。

「女性相手に決闘って…何を考えていらっしゃるのかしら?」

「何も考えてないと思うわよ?」

呆れたように言うアイリスにこちらも呆れたようにレティーナは返した。
リリアーナはおろおろとレティーナの方を心配そうに見ている。

「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。」

それから、プリシアとアイリスに顔を向ける。

「介添え人は二人にお願いしてもいいかしら?」

「いいわよ。なんせ、あちらの介添え人がアンスリウム様とコランバイル様ですものね。詳細の話し合いだけでもあちらに有利なようにされてしまいそうだもの」

そんなことはさせないと言ってアイリスとプリシアはレティーナの介添え人役を快諾してくれた。

「問題は誰に証人を頼むかじゃない?」

「学園長…は殿下に有利な判断をしてしまいそうだし…」

「心当たりがあるから、その方に打診してみるわ。きっと最善の方を紹介してくださると思うし…」


それから3日後、二人の決闘が行われることになった。
場所は王宮にある騎士の訓練所。そこには定期的に騎士団内で行われる試合を観戦できるようにした場所がある。

二人の決闘はそこで多くの観衆の前で行われることになった。

レティーナの介添え人のプリシアとアリシア、ハイドライドの介添え人のアンスリウムとコランバイル
は証人の左右にそれぞれ分かれて座っている。

そして、この決闘の証人はまさかの国王陛下であった。

まさか陛下が出ていらっしゃるとは思わなかったわ…。会場の中心、ハイドライドと向き合う形で立っているレティーナは内心溜息をついた。
確かに陛下ならたとえ息子でもそこに私情を挟んだりすることなくこの決闘を見届けてくれるだろう。

「これより、ハイドライド・アウストロメリア、レティーナ・ラナンキュラスの決闘を始める。両者のどちらかが戦意を無くす、或いは怪我をするまでこの決闘は続けられる。尚、武器への付与魔法は認めるがそれ以外の攻撃魔法は禁じる。もし、それを破った場合、破った者を敗者とする。それでは、始め!」

開始の合図と共にハイドライドが斬り込んできた。
それに観客席にいる生徒達からは感嘆の声が漏れる。
濃く赤みを帯びた金髪に碧玉を思わせる碧い瞳、均整の取れた肢体を包むのは金糸銀糸で飾られた黒の騎士服を模したもの。
彼の残念な中身さえ知らなければ貴族の令嬢でなくても思わす見とれてしまうのだろう。

残念ながらレティーナは彼の外見に心奪われたりなどしたことは一度も無いが。

「ヘデラに代役を頼まなかったんだな」

どこか馬鹿にしたように言ってくるハイドライドにレティーナは鼻で嗤って返した。

「殿下のお相手などルドにわざわざ頼むほどでもありませんわ」

その言葉にカッとハイドライドの顔が赤く染まった。

「貴様!どこまで私を馬鹿にする気だ!」

そう言って勢いに任せて斬り込んでくるハイドライドの剣をレティーナは冷静に弾き受け流す。ハイドライドの刀身が赤い輝きと熱を帯びていることから、彼が剣に付与したのは炎の属性なのは簡単に察することができた。
対するレティーナは取り合えずで土属性で刀身強度を上げている。
会場は二人が斬り結び、刃の弾く音と共に観客の声と熱気に包まれていた。
黄色い声援はハイドライドだけではなく、レティーナにも惜しみなく送られている。

金の髪に黒のハイドライドに対して銀の髪を翻すレティーナが纏うのは白い身体のラインの分かる細身のドレス。ドレスには太ももの辺りまで大きくスリットが入っており、その下には黒のパンツをはいている。足元は動きやすさを重視してるとは思えないヒールが高めのブーツを履いているのに、彼女の動きはまるで舞いでも舞っているかのように軽やかに見えた。

ハイドライドは力任せにレティーナに向かっていっているのに対し、彼女のそれは風か流れる水を思わせるほどに無駄な動きも力も感じさせない。

そんな二人のやり取りを観て各騎士団の団長、副団長はなんともいえない顔をしていた。

「ハイドライド殿下は剣術の練習をきちんとして・・・」

「ませんね」

近衛騎士団の団長の言葉を遮るように副団長が答えた。それに、他の団長たちも思わずといった感じで頭を抱える。

「せめて、武力ででも王太子殿下を支えられるようになって下されば、と思っていたのだが・・・」

「あの様子では無理でしょうねえ」

「あの方は、努力や我慢と言うことがお嫌いだからな。第二王子だからと周りが甘やかしすぎたか・・・」

「それにしても、ラナンキュラス嬢の腕は大したものだな。殿下は完全に遊ばれてるぞ」

「殿下と違って普段からきちんと鍛錬を積んでいるのだろう。息ひとつ切れていないしなぁ」

そんな騎士団長たちの様子に気付くこともなく、レティーナはハイドライドの剣を受け流しながら、もうそろそろいいかしら?とチラリと観客席で自分たちの様子を見ている国王陛下の方へ視線を向けた。

偉丈夫としても名高い今上陛下はその精悍な顔を微かに歪ませている。
果たしてそれが女相手に決闘を申し込んだ事に対してのことなのか、女相手にここまで軽くあしらわれていることに対してのことなのか・・・。

二人を囲んでいる観客の中でも剣術の授業も受けている男子生徒たちの中には二人の力量の差に気付き始めている者もいるだろう。

知らぬは本人ばかり、というところか。

ある程度、相手はしたのだし、そろそろ面倒にもなってきたので、レティーナはハイドライドの剣を返すと間合いを取った。

「やぁぁぁぁ!」

そんなレティーナに気合と殺気を込めてハイドライドが斬りかかってきた。

キィン・・・

甲高い音を立てて、ハイドライドの剣が折れ、弾け飛び、レティーナの剣の切っ先がハイドライドの喉元を捕らえていた。
折れた剣が触れたのか、レティーナが危うく目測を誤りそうになった為か・・・。
ハイドライドの頬に一筋の傷が出来ていた。

「しょ、勝者、レティーナ・ラナンキュラス嬢!」

審判の者が、動揺しながらも声高にレティーナの名を叫んだ。
直後、会場が大きな歓声に包まれる。

レティーナはその声に剣を鞘に収めると、二人の見届け役の陛下に頭を下げて、早々にその場を後にした。

後には、座り込んだまま動けずにいるハイドライドだけが残されていた。
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