悪役令嬢に転生したようですが、自由に生きようと思います。

櫻霞 燐紅

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本編

脱出

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こんな相手に触れられていることへの嫌悪感にレティーナは顔を歪め、自分の顔を覗き込んできているモンステラ卿の顔に向かって、唾を吐きかけた。

「っ、小娘が!」

それを避け切れなかった、モンステラ卿がレティーナの頬を強かに殴った。レティーナは殴ってきた相手から視線を逸らすことなく冷やかな侮蔑を含んだ眼差しで睨み返した。

「家柄と容姿しか取り柄のない小娘が!・・・まぁ、いい。後でそんな態度を取ったことを後悔させてやる。行くぞ!」

そう言い捨てると、モンステラ卿は男たちを連れて部屋を出て行った。
去っていく足音が二つなことから一人は見張りとして残っているようだった。
おそらく先程まで見張りを置いていなかったのは二人が気を失っていたからだろう。

それでも私だったら見張りは置いておくけど・・・。

口の中に微かに広がる血の味に顔を顰めながら、レティーナはなんとか手を動かして、縄を解いた。先程、殴られたときに、隠し持っていた髪飾りが手から離れてしまっていた。それでも、なんとか無理やりにでも解けるくらいまで細くしておくことが出来たのは、偶然とは言え、助かったとレティーナは思った。

無理やり解いたせいで手首には縛られていた跡だけではなく擦り切れて血が滲んでいたがそんなことを気にしている場合ではない。
見張りに立っている男をどうにかしてここから逃げ出さなければならないのだから。

それにしても、モンステラ卿のギルバートへの態度はとても血の繋がった子供にするものの様には見えなかった。そして、言っていた内容も気になる。普通に考えたら王が健在で王太子も健在、その能力にも問題がないと言うのに、何故第二王子のハイドライドが王位につけると思えるのか。まして、王族として問題があるのはハイドライドの方である。
そして、もし間違ってハイドライドが王位についたとしても、現王妃がモンステラ卿のモノになると言うのは絶対にあり得ない話である。

妄言・・・。

そうだとしても、口にするだけでも不敬罪に問われる内容ではあるが、あの感じではレティーナやギルバートを拉致監禁することよりも大きなことを起こす気でいるようにしか、思えなかった。あるいはすでに起こしているのかもしれないが・・・。

レティーナはなるべく足音を立てないように、蹴り、殴られ、床に転がされるままになっているギルバートをそっと助け起こすと、彼の手足を縛る縄を、取りだしたナイフで切る。

「ギルバート様、大丈夫ですか?」

「はい。それより、どうやって縄を・・・?」

「これで。これでも殿下の不興を買っていますので」

手の中のナイフを見せながら、わざとふざけた様に答えればギルバートは強張ったままだった表情を微かに緩めた。
しかし、すぐにその表情は暗く沈む。

「見ましたよね、僕の顔・・・」

気持ち悪いでしょう?と、ギルバートは呟くように言った。だからずっと隠していたのだ、と。
そんな彼の言葉を否定するように、レティーナはゆるゆると首を横に振った。彼を傷を見たときから、ズキズキと頭が痛かった。
だが、今はそんなことを言っているときではない。とりあえず、見張りをどうにかして、ここから出なければならないのだから。
レティーナは俯いてしまった、ギルバートの頬に手を添えると彼を上向かせた。前髪の隙間から変色した肌がレティーナの目に晒される。どこか辛そうに顔を歪めるギルバートの前髪をかき上げると、そっとその変色した肌へ唇を寄せた。
微かにレティーナの唇がギルバートの瞼に触れて離れる。

「いつまでもここにいるわけにはいかないのですから、何とか逃げましょう」

何が起こったのかわからないというように呆然と自分を見つめてくるギルバートにレティーナは声を落としたまま言った。
その言葉にギルバートの表情が変わる。
彼としても、父親にこのまま好きにさせる気は無いのだろう。
二人はなるべく音を立てないように部屋の中を物色したが、生憎と使えそうなものはたいしてなさそうだった。

結局二人は見張りを中へ誘い込むことにした。
二人とも、扉が開いたときに死角になる場所へ身を寄せると、無詠唱で風の渦を作り出す。二人で作り出した風がぶつかり合い、置かれていた家具をなぎ倒し、部屋中を荒らしていく。

「お前たち、何をしてる!?」

その音に見張りに立っていた男が声を荒げながら部屋へ入ってきた。
そんな男の首筋にギルバートが迷わず手刀を落とし、気絶させると、裂いて紐状にしたカーテンで念入りにぐるぐる巻きにして部屋の中へ転がした。

強度的に心もとないが、何もしないで部屋に転がしておくよりはマシだろう。
先ほどカーテンを外して気付いたことだが、すでに日は完全に落ちて外は闇に包まれていた。

捕らわれて、意識が戻るまでどれくらいの時間が経っていたのかは分からない為、ここが王都からどれくらい離れた場所なのかは分からない。けれど、モンステラ卿が態々出向いてきたことを考えても王都の端か少し離れたところだろう、と二人は辺りをつけていた。
元々公爵は社交の場も含め、屋敷からほとんど出ない。そんな人物が自分の目的の為とはいえ、長時間の乗馬や馬車での移動に耐えられるとは思えなかったからだ。

廊下に出ると、等間隔に置かれた魔法灯が灯されていた。それでも廊下は薄暗くレティーナたちの行く手を阻むかのように闇がわだかまっている。

見張りの男から失敬した長剣を手にギルバートが先を歩き、その後をレティーナが歩く。

頭痛は治まることなく、レティーナを苛む。
気が遠くなりそうになるのを、奥歯をかみ締め、堪えながら、なんとかギルバートの後をついていった。
気配を殺し、慎重に歩みを進めるが、誰に会うことも無く二人は屋敷のエントランスに辿り着いた。
そのことに二人は訝しげに眉を寄せる。
あまりにも屋敷の中に人の気配が無さ過ぎた。二人がこの屋敷の中で会った人間はたった3人。しかも、そのうち二人はすでにこの屋敷から出ているように感じた。
二人を攫い、閉じ込めていたにも関わらず、見張りは1人だけで、この屋敷内には他の見張りは1人も置かれていない。
にも、関わらず、全ての廊下に弱々しいとはいえ、魔法灯で明かりは灯されているのだ。
歩き回る人間がいないのに、である。
それとも、外から見られたときに人が滞在していると思わせる為なのか。

ここから出るために歩き回った印象としては、廃墟と言うよりも使われていない別邸、と言う印象を受けていた。
調度品は古く、埃を被ってはいたが壊れたものは無く、窓も汚れ、曇ってはいてもひび割れなどが入っているものは無かった。
定期的に手入れだけはしている、といった感じだ。その証拠に積もっていた埃はそれほど厚くはなかった。

「外を重点的に見張っているのかもしれないですね・・・」

ギルバートの声が思ったよりも大きく響く。それにレティーナは頷いた。頭痛は時間が経つほどに酷くなっているようだった。
外を見張りに囲まれているかもしれないこの状態で正面から出て行くなど愚の極みだろう。二人は、裏口を探すため、更に歩みを進めた。
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