女騎士の受難?

櫻霞 燐紅

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 女性の案内で着いたのは、彼女と会ったところからは、まあまあ離れた高級宿のある区域だった。この周辺は治安も特に良く、裕福な市民や王都にタウンハウスを持たない貴族が泊まったり、他国の貴族も泊まったりするようなところだった。
 その中でも特に高い宿へ女性はフォルティナを誘う。
「どうぞ、入って」
 彼女の使用人と思しき者たちは平服のフォルティナを見ても顔色を変えることもなく、彼女が部屋へ招き入れても特に咎めたりもしてこなかった。
 来るのが分かってたって感じだな。
 それよりも、とフォルティナは部屋へ自分を招き入れる女性を失礼にならない程度に、けれど観察するように見つめる。
 女性に勧められるままソファーに座れば、彼女は早々に人払いをすると、何故かフォルティナの隣に座った。
 そんな、女性をフォルティナは改めて見る。
 以前会ったときは、夜と早朝だったこともあり見間違いかとも思っていたが、アナスタシアに似た、金糸のような髪と、上質な黄水晶の瞳。そして、これと全く同じ色彩を持つ人物をフォルティナは知っていた。
「一体、何をなさっているんですか?デルフィニウス公爵様?」
 呆れを含んだ声で言えば、女性はいたずらがばれた子供のように笑った。
「おや、もうバレてしまった?」
「ええ。以前は女性から少年の姿に変わっていたのを見ただけだったので、流石に貴方だとは思いませんでしたが…」
 それより、と、女性の姿のままのクラウスをフォルティナは、今度は何の遠慮もなく見据える。
「まさか、貴方に女装の趣味があるとは思いませんでした」
「まさか!前回は公国の残党が下町に潜入しているって情報があったから、それを調べるのに姿を変えていただけだよ」
 そう言って、クラウスは慌てて解呪の呪文を口にした。光の粒子がクラウスを包み、それが収まる頃には見慣れた姿がフォルティナの前に現れた。
 別の姿になるには大量の魔力を必要とするらしく、王宮に属する魔術師の中でもごく一部の者にしかできないという。それができるということは、クラウスが騎士としてだけではなく魔術師としても優秀であることを示していた。
「だから、二重に術を掛けていたんですか?」
 以前助けたときは女性から少年の姿に変わっていた。その為、その後に出会ったクラウスと女性の姿がすぐには結び付かなかったのだ。
「ええ。もしも、相手に姿を見られてもすぐに別の姿に変えられるようにしてたからね」
 そう答えながらもクラウスはどこか嬉しそうな顔でフォルティナを見てくる。先ほどより彼との距離が(物理的に)近い気がするのは恐らくフォルティナの気のせいではないだろう。
 ずるずると後退りするように身体を動かしたフォルティナだったが、所詮ソファーの上である。すぐに距離は詰められ、クラウスの腕の中に囲い込まれてしまった。
「それで、今日はどうして女装を?」
 動揺していることを悟られないように、と平静を装い問いかければ、途端に彼は視線を彷徨わせる。
「…最近、君は俺を避けてただろう?」
 逡巡した後、クラウスはそう言った。その言葉にフォルティナは目を瞬かせる。そして、クラウスの腕の中に囲い込まれて痛いくらいに高鳴っていた鼓動が一気に冷めていくのを感じた。
「ええ。避けていましたよ」
「なぜ?」
 フォルティナの答えにクラウスは傷ついたように顔を歪ませた。そんなクラウスをフォルティナは不思議そうに見つめた。
 何故、彼の方が傷付いた表情をするのか。自分は彼への気持ちに気付いたと同時に、彼には他に想う人がいるということを知ってしまったと言うのに…。
 脳裏に浮かぶのはアナスタシアと彼女の友人である令嬢たちの会話。
「…閣下には想う方がいらっしゃると聞いたので。いくら、部下であるとはいえ、女である私が一緒にいては、その方に失礼かと思いまして」
「…」
 クラウスから視線を外したまま、そう言えば二人の間に沈黙が流れた。
「はぁ…。それで俺を避けてたのか…」
 クラウスは脱力したように息を吐いた。そして、目を合わせようとしないフォルティナの顔を上向かせて、その顔を覗き込む。
 フォルティナはどんな表情をしていいか分からないまま、クラウスにされるままになっていた。落ち着いたはずの鼓動が、クラウスに見つめられるとまた早鐘を打つのが分かる。
 何故、自分がこんな想いをしなければならないのか…。
 普段から男性優位の職場にいて悔しい思いに心乱したとはあるが、それでもこれ程までではなかった。
 いや、とフォルティナは思った。一度だけ、身の内を焼くような感情があったことを思い出す。
 それは、一兵卒として戦に参加していた時の事。自分たちの国の騎士服に身を包んだ、恐らくは司令官だと思われる青年を助けた時の事を。
 まだ駆け出しで従騎士として赴いた戦場。そこで見た青年を討たれてはいけないと思った。ただ、その感情だけで彼との間にいた敵を薙ぎ、腹を貫かれながら助けた時の事を。
 そして、ほんの僅かに触れた唇と吐息。
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