解錠令嬢と魔法の箱

アシコシツヨシ

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49.面接前編

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 体力作りの為に騎士棟へ通って二日目。
 北棟二階の食堂で、いつものメンバーと昼食を食べ 終えて、席を立とうとした時、時間は午後一時になろうとしていました。

「セシル、ピューリッツだ。今から騎士棟にある私の執務室へ来てくれ。どうぞ。」

 意外な方からの連絡です。
 一体何事でしょう。
 内心動揺しつつ椅子に座り直すと、腕輪に付いている緑のボタンを押しました。

「ピューリッツ殿下、セシルです。執務室はどちらになりますか?どうぞ。」
「北棟一階の西側だ。扉前に近衛騎士が立っている。行けば直ぐに分かる筈だ。どうぞ。」

 私が返事をするよりも早く、レリック様が、腕輪の嵌めている私の手を取って、口元へ引き寄せました。

「総長、レリックだ。私がセシルを連れていく。以上。」
「了解、以上。」

 腕輪の連絡を聞いていたアレク団長が、向かいのシアーノに微笑みかけました。
 
「きっとあの事だね。」
「ですね。」

 話を振られたシアーノが頷いています。
 私がピューリッツ殿下に呼び出された理由を、アレク団長とシアーノは知っているようです。
 
「あの事、とは?」
「行けば分かります。悪い話ではないですよ。」

 バルト副団も知っているようですが、教えては下さいません。

「レリック様も知っているのですか?」
「予想はつく。お楽しみだ。」

 結局何も教えて貰えないまま、レリック様に手を引かれて、北棟一階の西側までやって来ました。
 廊下を中心に、両側の壁沿いに扉が並んでいます。
 扉前に騎士が立っているのは一部屋だけだったので、直ぐに分かりました。

「セシル様、お待ちしておりました。入室はセシル様だけ、お願い致します。」

 一礼した騎士が扉を開けると、部屋の奥にある執務机で執務をしているピューリッツ殿下と目が合いました。

「セシル、待っていたよ。レリック、終わったら連絡する。」
「了解。セシル、また後で。」

 手を離したレリック様に、そっと背中を押されて執務室に入室しました。
 室内は他団の執務室と大体同じで、正面奥に執務机、その手前に応接セットがあります。
 近衛騎士が外から扉を閉めると、室内にはピューリッツ殿下と私の二人きりです。

「突然で済まない。好きな場所に座って。」
「はい。」

 執務机の手前にある応接セットのソファーに座ると、ピューリッツ殿下がテーブルを挟んで向かいのソファーに腰かけました。

「セシルを呼び出したのは、任務後に与える褒美の希望を聞くためだ。褒美の希望を事前に聞くのは、やる気を上げる為と、任務が終り次第、直ちに褒美を与えられるよう調整するためだ。」

「任務の後、ご褒美が貰えるとレリック様から聞いていましたが、まさか、ピューリッツ殿下に聞かれるとは思っておりませんでした。」

「褒美を聞いて陛下に進言するのは、総長である私の仕事なんだよ。だからこうして一人ずつ面接するわけだ。因みに、報償金は褒美とは別に出るから、お金以外で頼むよ。」

「ご褒美とは別に、お金も頂けるのですか?金額は皆、同じなのですか?」

 質問ばかりしてしまいますが、ピューリッツ殿下は丁寧に答えてくださいます。

「国王陛下勅令の任務は、重要度も難易度も高い。責任の重さや過酷度、遠征の頻度によって金額が決まる。今回予定されている任務を達成した場合、セシルなら、金貨五千枚は確実だろうね。」

「金貨五千枚!?そんなにですか!?」

 金貨一枚あれば、平民の大人二名がひと月ほど暮らせると言われています。
 百年分でも千二百枚ですから、社交でお金がかかる貴族でも、働かずに一生優雅に暮らせる金額です。
 任務が終わった後、婚約破棄されて実家に戻っても、金銭面では家族に迷惑をかけなくて済みそうです。

「セシルの働きなら、それほど驚く額では無いよ。それより、今は褒美の希望を聞こうか。一つも希望が無いなんて事は無いだろう?」
「それは……はい。」

 婚約前は両親のように、一生を共に出来るお相手と結婚して、加護を隠しながら、平和で穏やかな生活を送りたいと望んでいました。
 それを叶える為に、レリック様と婚約して、任務に取り組んでいましたが、今は考え方が随分と変わりました。

 一生隠しておく筈だった加護は、王家や騎士団に知られて任務の日々ですが、お役に立てる事が嬉しくて、遣り甲斐を感じます。
 知らない所で騎士団や、周りの人々によって私達の生活は守られていて、既に私は平和で穏やかな生活をしていたのだと気付きました。

 一生を共にするお相手との結婚以外、私の望みは叶っていたのです。

 ワグナーに婚約破棄された直後は、添い遂げられるなら、お相手に希望なんてなかったのですが、レリック様が好きだと自覚してからは、一生添い遂げたいと思える相手はレリック様しか考えられなくなってしまいました。

 ご褒美に、婚約破棄されたくないと望めば、叶えられるかもしれません。
 ですが、レリック様の意思を無視したくはありません。
 今は、お役に立って婚約破棄を考え直して頂けるよう、努めるつもりです。

 結果的に婚約破棄されたとしても、国の為に生きるレリック様のお役に立ちたい気持ちは、変わりそうにありません。
 だから……。

「任務が終わっても加護が必要とされるならば、騎士棟の出入り許可の継続を希望します。」

 今は特別に騎士棟の出入りが許されていますが、基本的に騎士棟は客間以外、部外者の立ち入りを禁止しています。
 秘匿事項を扱っているのですから、当然でしょう。
 私は色々と知り過ぎていまいましたし、特殊な加護を持っていますから、今後もお役に立てる筈です。

「騎士棟の出入り許可を任務理由で令嬢が褒美に望むかね。レリックが知った時の反応が想像できる。」

 ピューリッツ殿下は横を向いて呟いた後、正面を向いて私に向き直ると、アクアマリン色の瞳で、じっと見つめて来ました。

「本当に褒美として望むのか?」
「はい。」

 ピューリッツ殿下の心を見透かすような、美しいアクアマリンの瞳を真っ直ぐ見て、しっかりと頷きました。

「……分かった。あと二つほど聞こう。希望を全て用意出来るとは限らないから、三つは聞いている。」
「では、騎士棟内にある食堂の昼食ですが、増量を希望します。」

 私が食べきれないお肉やパンを、レリック様達に分けている時、周囲の騎士達の羨ましそうな、物欲しそうな視線がずっと気になっていました。

「確かに食事量が足りないとは思っていたが、女性のセシルも足りないとは……。」

 ピューリッツ殿下が腕を組んで唸っています。
 これは誤解されています。

「あの、私が足りない訳ではありません。私には多過ぎて、いつも他の方に食べて頂いている位です。」
「では何故、増量を?」

 ピューリッツ殿下が腕を組んだまま、首を傾げました。

「騎士団の皆様には日頃からお世話になっておりますから、感謝の気持ちとして、昼食の増量ならば、皆様に平等ですし、喜ばれるのではと思った次第です。いかがでしょうか?」
「それは皆、喜ぶだろう。通常予算では食事量を増やせないが、褒美として与える額を食事量に当てるなら安いものだ。それよりセシル。」
「はい、何でしょうか。」

 ピューリッツ殿下の眼光が鋭くなったのは気のせいではありません。
 思わず姿勢を正してしまいました。
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