解錠令嬢と魔法の箱

アシコシツヨシ

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60.お守りについて

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 午前は、騎士棟で体力作りの散歩。
 お昼は騎士棟の食堂で、いつものメンバーとランチ。

 午後は、レリック様に紅茶を淹れて、紅茶を飲み終わったレリック様に私室まで送られてからは、自由時間。
 魔溜まりの吸引任務まで、それが私の日課になっていました。

 魔溜まりの吸引任務予定地は、魔王領と呼ばれる他国の森で、魔物がいるそうです。
 私は魔物を討伐出来ませんから、一緒に行くレリック様や、騎士団の皆さんに討伐をお任せするしか出来ません。

 レリック様に何かあったらと思うと心配です。
 だから、何かお守りになる物をお渡ししたくなりました。

 巷では、相手のイニシャルを刺繍したハンカチを贈るのが定番です。
 お守り的な意味もあるので、渡すには良さそうです。
 ハンカチは渡すとして、もっと任務に役立ちそうな物はないでしょうか?

 考えていると、祓いの鐘が聞こえて来ました。
 いつの間にか、三時になっていたようです。

 胸に手を当てて、目を閉じ、上を見上げながら深呼吸を繰り返します。
 鐘の音に集中する事で気分転換になり、魔に囚われるのを防ぐ効果があると言われています。

 また、祓いの鐘に限らず、普段から自分が心地よいと思う音を聞いて、気分転換を心掛ける事が、魔に囚われない為には大切だそうです。

 鐘が鳴り終わって目を開けた時、気付きました。
 レリック様の私室には、どこにも鈴が掛けてありません。

 ガリア王国では、毎年銀杏が実をつける十一月頃に収穫祭が開かれます。
 銀杏に実がなる様が、鈴をぶら下げているように見える所から、鈴掛け祭とも呼ばれています。

 実りや幸福の象徴として、鈴をプレゼントする風習があり、プレゼントされた鈴を部屋に掛ける事で、魔除けになったり、幸福が訪れると言われています。

 令嬢に人気のレリック様ならば、きっと毎年沢山プレゼントされている筈です。
 それなのに、部屋には一つも鈴が見当たりません。

 任務で行く森は、障気で視界が悪いと聞きました。
 腰ベルトに鈴を下げていれば、きっと鈴の音が居場所を知らせる目印になる筈です。
 それに、音色を聞けば気分転換にもなるでしょう。
 魔除けや、幸福の象徴ですし、お守りとしてお渡しするには、ぴったりな気がします。

 早速、侍女のレミに相談しました。

「ハンカチと刺繍糸、それと鈴をペアで購入したいのだけれど。」
「はい、お任せ下さいませ。」

 直ぐに商会を呼んでくれました。
 王家御用達の商会はフットワークが軽い事で有名なのだそうです。

 絹のハンカチ数枚と数種類の刺繍糸を購入しました。

 鈴に関しては、鈴掛け祭の時に購入する方がご利益がありそうですが、任務の方が先なので仕方がありません。
 それぞれ音が可愛らしいペアの鈴を購入しました。

 毎日午後は自由な時間がありますので、刺繍に時間を使えます。
 任務の日程が決まる迄には、間に合うでしょう。
 レリック様には任務に行く前日迄、秘密です。

 翌日の午後、刺繍を始めようとソファーに座って準備をしている時でした。

「あの……そのハンカチは、レリック殿下へのプレゼント、ですよね?」
「ええ。」

 ラナが紅茶を淹れながら不安そうにしています。

「ラナったら、セシル様からのプレゼントなら大丈夫よ。」

 レミの「大丈夫」の意味が気になります。

「ラナ、何か心配事でも?」

 ラナが躊躇いながら口を開きました。

「レリック殿下は、令嬢からプレゼントされた刺繍のハンカチを全て、孤児院に寄附しているのです。」

 これは、何だか嫌な予感がします。

「もしかして、鈴も?」

 ラナがコクリと頷きました。

「はい、令嬢からプレゼントされた鈴も全て、孤児院に。」
「そう、だから一つも鈴が飾られていなかったのね。」

 まだ刺繍されていない、まっさらなハンカチを見詰めました。
 きっとこれも孤児院行きでしょう。

「ご安心下さいませっ!セシル様がプレゼントする物ならば、レリック殿下は絶対、孤児院に寄附しないと言い切れます。だって、レリック殿下はセシル様を愛しているのですからっ!」

 レミの自信満々な発言に、思わず遠い目をしてしまいました。
 絶賛私の片思いなのは明らかですが、黙っておきましょう。

「レミ、有り難う。ラナも心配してくれて有り難う。でも大丈夫よ。」

 良い考えが浮かびましたので、ふふっと微笑みました。
 きっと、あの方法なら、孤児院に寄付されないでしょう。

「ちょっと騎士棟へ行くわ。」
「畏まりました。」

 レミとラナは着替えを手伝ってくれると、直ぐに私室を退室しました。

 「騎士棟へ行く」その言葉を聞いたら、侍女は部屋を退室して、入室許可のベルが鳴らされるまで、別室で待機と決まっています。

 早速レリック様の部屋にある陣から、騎士棟の個室へ転移して、黒騎士団の執務室へ向かいました。
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