解錠令嬢と魔法の箱

アシコシツヨシ

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85.要求

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「セシル嬢、コレと、あと、アレも解錠を頼みます。」

 クリス副団は、何も変わらない様子で、陣と亀裂の入った箱を指差しました。
 私の体を軽々と担いだまま。

 そう、私は呆気なく捕まってしまったのです。
 すっかり忘れていました。
 私のそこそこの走りが、クリス副団にとっては散歩程度なのだと……。

 私が全力で走ったところで、最初から結果は見えていたのです。
 その場から逃れたい一心で、無駄に体力を消耗してしまいました。

「鬼ごっこしたいなら、何度でも付き合って差し上げますよ。人が絶望に歪む表情を見るのは、大好物ですから。」

 クリス副団は、私を陣の手前で下ろすと、前傾姿勢になって私の耳元で楽しそうに囁きました。

 なんて悪趣味なのでしょう。
 ただ、頭が近付いて来たのは、チャンスです。

 クリス副団の後頭部に手を回して、錠前を解錠しました。
 一瞬、クリス副団の動きが止まりました。

 透かさず、サイドポケットから祓いの鈴を出して、クリス副団の耳元で鳴らし続けます。

 鈴は小さくて、そんなに五月蝿くない筈ですが、祓いの効果があるのか、クリス副団は顔を歪めて、そっぽを向こうとしました。

 それは許さないとばかりに、鈴を持っていない方の手で、クリス副団の頬を強めに押さえました。

「クリス副団、鈴の音に集中して!魔に負けないで!戻って来て!」
「……セシル嬢?どうして……」

 クリス副団が、キョトンとした顔をして、正気に戻りかけています。
 良い兆候です。
 必死に鈴を鳴らし続けました。

「クリス副団、しっかり!」

「……ほう、我の支配を切れるのか。だが、その程度では無駄だ。魔がある間、私は何度でも支配出来る。」

 クリス副団の口調が突然変わって、鈴ごと手を掴まれると、呆気なく鈴を奪われてしまいました。

「今度はこれを取りに走るか?その前に捕まえてやろう。」

 ポイッと鈴を遠くへ放られてしまいました。
 そう言われては、取りに行く気力も無くなってしまいます。

 クリス副団の後頭部には、再び錠前が現れていました。
 小さな祓いの鈴では、完全に魔を祓えないのでしょう。

 クリス副団の口振りから、後頭部の錠前は、支配を意味するようです。
 魔がある間、と言っていました。

 だから、後頭部に出現した錠前は、箱で魔を吸引すると消えて、魔があるうちは、解錠して消えても、直ぐに再生していたのですね。

 納得していると、クックッとクリス副団……を支配している魔王?が突然、嗤い始めました。

「やっとだ。やっと使える器に繋がれた。運良く箱に亀裂が入って、支配出来るようにはなったが、今までの者は我の存在すら知らなかった。支配しても、器に知識がなければ、我を感じても、ここに辿り着く事さえ出来ない。だが、コレは違う。」

 クリス副団は自分自身を指差しました。
 恐らく魔王?は、かなり喜んでいるようです。

 ずっとクリス副団を演じていたようですが、私をまんまと騙せて、隠す必要がなくなったのか、もう、本性が出ている感じです。

 何百年も箱に閉じ込められていたから、話し相手が出来て嬉しいのでしょうか?
 思ったより人間的な気がしてきました。

 そもそも魔は、人間から生まれますし、魔を引き寄せて魔王になるのも、闇に魅入られた人間です。
 魔王という訳の分からない存在になっても、元々の気質は人と同じなのかもしれません。

「この者は、我が復活するために、求める知識を全て有していた。我がどこにいるか、我を封じる者、これからの予定、そしてセシル嬢、箱を解錠出来る者よ。さあ、我を解放しろ。」

「そう言われましても、そう出来ない理由があるから封印されているのでしょう?」

 見た目がクリス副団のせいか、魔王と普通に話してしまいました。
 そして、後悔しました。

 今の私は人質のようなものです。
 魔王の機嫌を損ねたら、殺されてしまうかもしれません。
 発言には気を付けなければいけませんでした。

 今更遅いですが、ヒヤヒヤしながら、顔色を窺います。
 クリス副団の顔は、変わらず笑顔を浮かべたままです。
 良かった……。魔王は気分を害していないようです。

「人々の汚く浅ましい、心の奥底にある残酷な本性を解放してやるだけだ。己を滅ぼす者が己だとも知らずに、欲望のままに従った先に待つ、血塗られた世界は絶望に溢れ、さぞ見物だろう。幸せであればあるほど、突き落とされた時の絶望は大きい。実に愉快だ。」

 要は人々の欲望を解放して、破滅する姿を見て楽しみたい、と。
 クリス副団の顔で、そんな悪趣味な事を言わないで欲しいです。

 確かに、こんな危険な思想を実行する存在は封印しておくべきでしょう。

「さあ、陣と箱を解錠しろ。そうすれば、この剣をどうやって手に入れたか教えてやろう。」

 正装姿のクリス副団が、ベルトに提げている剣の持ち手を指差しました。

「え!?」

 クリス副団が本来持っている剣の持ち手には、王国騎士団の紋章が描かれている筈です。
 でも、今、目の前にあるのは、レリック様しか持っていない筈の、赤で描かれた王家の紋章です。

 存在を消せるレリック様が剣を奪われるなんて、普通ならば、あり得ません。
 クリス副団に扮した魔王は、レリック様に何をしたのでしょうか?

 もしかして、魔を吸引する箱も壊されてしまったのでしょうか?
 その剣でレリック様を…………。
 嫌な想像をして、顔から血の気が引くのを感じました。

「知りたいのは山々ですが、やっぱり出来ません。」

 どんな理由でも、何があっても、例え私が殺される羽目になっても、国の為に生きる覚悟をしているレリック様の婚約者として、魔王の解放を絶対に許す訳には参りません。

 そこは間違えません。

「そうか、ならば、別の者に頼むまでだ。いるのは分かっているぞ。そろそろ入って来たらどうだ。行事の準備があるのだろう?」

 クリス副団は私の腕を掴むと、扉の方へ顔を向けました。
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