【完結】魔法保護課第5支部の業務日誌

九条美香

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新人魔法師の覚悟

同日、演説終了

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 手が震える。指先がやけに冷たい。
 朱音は、用意された魔法のカメラに視線を向け、震えそうになるのを必死で抑えていた。

「……突然のことで驚かれたと思います。申し訳ありません。ですが、一刻も早くこのことをお伝えしなくてはならないと思い、このような手段を取らせていただきました」

 カメラに映らない角度に、第5支部の皆はいた。朱音の緊張をほぐそうとしているのか、横にしたノートに走り書きで、「こっち向いて!」や「笑顔を見せて!」などと書いている。璃香が光に言われるままに真面目な顔をして書いているのがシュールだ。

 それを見て、少し吹き出しそうになってしまった。誤魔化すように深く息を吸う。ようやく、落ち着いてきた。

「私は伊藤朱音。魔法復活の祖、伊藤天音の子孫です」
「よし、次はきゃーカッコいいって書いとけ」
「ん」
「やめなさい、朱音ちゃん頑張ってるのよ!」

 小さな声での攻防は、直の勝利だったらしい。それ以降、ノートには何も書かれなくなった。何やら重い音がして、光が頭を押さえていたのは見なかったふりをする。薫が肩を震わせていた。

「私は、高……先祖から、とある魔法の知識を授かりました」

 高祖母、と言いかけて、あまり一般的な言葉ではなかったと気づき、言い直す。千波が勇気づけるように手を振って来た。振り返すわけにはいかないので、小さく頷くだけにとどめた。

「皆様もご存じのとおり、100年前、私の先祖はあらゆる魔法を復活させました。現在の私たちが自由に魔法を学べるようになったのも、私の先祖と、そして……共に戦ってくれた方々のおかげです」

 夏希はこの映像を見ているだろうか。どうか、伝わって欲しい。朱音は原稿を捲り、2枚目の内容を読み始めた。

「今、世間では、私の先祖が復活させなかった魔法があると噂になっています。ですが、それは誤りです。誰もが魔法を学べる時代を作り上げた彼女が、そんなことをするわけがありません」

 もう少し胸を張れ。急に真面目なことが書かれたノートを見せられて驚く。
 雷斗が、「せっかくなら堂々としてろ」と書き足した。

(……それもそうだ。俯いて自信がなさそうなやつの言うことなんか、誰も信じない)

 視線はまっすぐカメラに。背筋を伸ばして、堂々と。誰もが思わず聞いてしまうような、そんなスピーチにしてやる。

「私の先祖は、とある魔法を完全に破壊することを選んだのです」

 ここで、少しためる。全国民が、何だろうと考えて聞き入ってしまう瞬間を作る。一呼吸おいて、朱音は次の文章を読み上げた。

「……それは、『封印の魔法』です」

 ここからでは聞いている者の顔を見ることができない。けれど、きっと驚いているはずだ。

「平和な時代を作っていくため。魔法師もそうでない人も、手を取り合って暮らせる社会を作るため。魔法を、もっと身近なものにするため。かつて、あらゆる遺跡にかかっていたような封印の魔法を、同じく魔法復活の祖、清水夏希様に破壊して欲しいと頼んだのです」

 青い顔をした奏介が、それでも懸命に朱音を元気づけようと、何かをしている。だが、すぐに失敗して恵美に医務室に送られていた。いつもどおりの日常がそこにあって、朱音は少しほっとした。

「私の先祖は、いえ……100年前に戦った勇敢な魔導師たちは、自由と平和を求めていました。そのために、命を懸けて戦ったのです。ですが、今の社会はどうでしょうか」

 段々と、朱音の声が大きくなっていく。か細く不安げだった声が変化し、聞いてくれと訴えているようにはっきりとした口調になった。

「今、世間では魔法狩りと呼ばれる騒動が起こっています。魔法師だけでなく、魔法を使うあらゆる種族が襲われ、傷ついています。これは、100年前の勇敢な魔導師たちの願いを、思いを踏みにじるような行為ではないでしょうか」

 朱音は拳を握りしめる。気づけば、第5支部の皆も静かに聞き入っていた。柚子は涙をこぼしている。

(……ヒトは、あっという間に大きくなるね……びっくりだ。ねえ天音ちゃん、君の子孫は、こんなにも立派になったよ)

 あのとき腕に抱いた小さな赤子は今、全国に向け、その思いを届けている。
 100年、頑張って生きてよかった。柚子は心の底からそう感じた。

「再び、この世界に平和と自由を! 誰もが魔法を学べる世界を! それこそが先祖の願いであり……私の願いです。どうか、争いをやめて、武器を置いてください。この言葉が伝わることを、信じています」

 そうして、朱音のスピーチは終わった。
 カメラが動くのをやめた瞬間、朱音はその場に座り込む。

「……つ、疲れました」
「お疲れさま」

 直が飲み物を持ってきてくれた。そのまま、一気に飲み干す。

「……魔法狩りは、これで終わるでしょうか」
「ん~……聞いてみたけど、街じゃ大騒ぎみたいだね~」

 耳を押さえていた柚子は、外部と連絡を取っていたようだ。

「やっぱりその見た目が効いたみたい。朱音が天音ちゃんの子孫だってことは、誰も疑ってないね」
「問題は魔法狩りが止まるかだろ。コイツの話がどこまで信じられるか……」
「お前朱音の話真剣に聞いてなかったか」
「なっ、うるせえ! 聞いてねえし!」
「それはそれでまずいじゃーん」

 素直になれない雷斗を、光と千波が揶揄っている。璃香は我関せずといった様子で遠くを見つめていた。騒ぐ雷斗を柚子がやんわりと止め、それでも聞かないので直が叱る。恵美と薫は、騒ぎに巻き込まれないように離れていた。

「……ははっ」

 朱音はなんだか力が抜けてしまい、立ち上がりもせずに笑い出した。

(……なんにも気にすることなんて、なかったんだ)

 朱音が誰の子孫であろうと、この支部の者にとってはどうでもよかったのだ。だって、誰一人態度を変えていない。

(……ここに配属されて、よかった)

 そのまま、朱音は眠気に身を任せ、目を閉じた。
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