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新人魔法師の覚悟

同日、緊急事態

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 気を失うように眠った朱音を抱き上げたのは直だった。眠るのに邪魔だろうから、帽子を取る。そのまま、優しく髪を撫でた。

「……ありがとう。頑張ったわね」

 怪我をした後、無理をしたせいで気絶しているのかもしれない。傷は大丈夫なのか。医務室に運ぶべきか。悩んだ末、魔法医師免許を持つ光に判断を任せた。人間と暮らしていたとは言え、直は大怪我をした人間がどの程度で回復するかまでは知らなかった。

「ただ寝てるだけだ。治療は完璧にされてる……まあ、部屋に運べねえから医務室でいいんじゃねえか」
「……そう。優しい人がいたのね」
「ん……とっても、優しい」

 治療をした人物を知る璃香が頷いた。口は悪いが、本当は優しい人。その人が助けてくれたのだ。朱音の体に僅かに残る、真っ白な魔力がそれを示していた。

「じゃ、アタシ、朱音ちゃんを医務室に連れて行くわ。ついでに奏介ちゃんの様子も見てくるわね。何かあったら連絡してちょうだい」

 そのまま歩き出す直を、薫は不思議そうに見ていた。

「魔法で送ればいいのに……」

 なんでわざわざお姫様抱っこで歩いていくんでしょう。
 その一言に、璃香も首を傾げた。彼女はわからないことは光に任せるという習性があるので、答えを求めるように光の袖を引く。

「いや、俺も知らねえよ」
「本人も気づいてないことってあるよね~」
「確かにー」

 楽しそうなのは、柚子と千波だけだった。恵美は何やら気づいた顔をし、雷斗は目を逸らして顔を僅かに赤らめている。

「んなことはいいんだよ! それより外はどうなってんだ!?」
「意外と察しがいいね、雷斗」
「ふざけんな! 吹き飛ばすぞ!」
「お~怖。ちょっと待ってね、魔法考古学省から連絡が来るはずだから」

 集中するためか、柚子はそっと目を閉じた。









「なんつーか……拍子抜け?」
「そうですね……」

 首都上空。魔法狩りの様子を窺っていた夏希たちは、することがなく、ただ空を飛んでいた。地上の朱音のスピーチが聞こえてくる。

「すげぇな、天音……この時代じゃ、神様レベルかよ」
「『清水夏希』もそうでしょう」
「そうかもな。ま、1番は朱音の頑張りだろ。アイツが本気でそう思ってたから、こうして伝わったんだ」
「それはそうですね。あの短い時間で、よく頑張ったものです」

 空から見ているが、皆スクリーンに釘付けだ。中には朱音の姿を見て、祈るようなポーズをとる者もいる。念のため、あちこち飛び回ってみたが、先ほどまでいた魔法狩りは皆、動きをとめていた。

「前から思ってたんだが、なんでお前は魔法復活の祖を呼び捨てにするんだ?」
「詳しくは言えねぇが、色々あったんだよ。悪ぃな、秘密だ」
「そうか……なら仕方ないな」
「それで何も聞かずにいてくれるトコ、結構好きだぜ」
「は!? 許しませんよ秋人!」
「そこで俺に怒りが向く辺り、本当にお前は愛妻家だな……」

 夏希が秋人を褒めるたびに零が怒りだすのはいつものとおりなので、秋人は気にせず空を飛んでいる。どこを見ても、静かな、普段の街の風景があった。ただ少し異質なのは、通行人や魔法狩りが皆スクリーンを見つめている、ということだろうか。

「なんというか……想像以上だ」
「誰も信じねぇまま、もっと魔法狩りが長引くと思ってたか?」
「ああ」

 秋人にとって、「伊藤朱音」は急に現れた、偉人の子孫を名乗る少女に過ぎない。作戦内容を聞いてもよくわからなかったのは、そういう理由もある。

「スクリーン見たか? アイツ、天音にそっくりだろ」
「だとしてもそう上手くいくものか?」

 疑う秋人に、零が夏希の話を補うように説明する。

「魔法狩りは、いわば天音さんの信者のようなものです。『伊藤天音』が魔法を復活させた人物だと心の底から信じ、彼女が復活させなかった魔法を知ってその後継者になろうとしている」
「……だから、その子孫で、そっくりな……朱音だったか? あの子の言うことを信じているというわけか」
「そういうことです」

 2人が会話している間、夏希はふわふわと浮かびながら、魔法考古学省の方向を見つめていた。その表情は、いつになく真剣だ。

「どうした?」
「見ろ」

 白く細い指が指し示す先には、大量の人だかりができていた。魔法考古学省の門の前だ。皆、何かを叫んでいるように見える。

「なんだ、あれは……」

 秋人が呟く。その声に応えず、夏希は全速力で魔法考古学省の上空まで飛んだ。慌てて2人が続く。

「……まずいな」

 群衆が何を叫んでいるのか、何を求めているのかに気づいた夏希は、鋭く舌打ちをした。珍しく、その顔には焦りが浮かんでいる。

「これは……流石に、想定外でしたね」

 夏希に追いついた零は、すぐに状況を理解したらしい。眉を顰めている。

「何がだ? 何が起こってるんだ?」

 遅れてきた秋人は、理解が追い付いていない。地上の群衆と夏希の顔を交互に見つめている。

「秋人。今すぐ魔法保護課の第5支部に連絡できるか? できれば柚子がいい。支部長の柚子に連絡してくれ」
「ああ、できるが……でも、なんて?」
「……朱音が危ない。それに、多分母さんも」

 あたしの計算ミスだ。
 夏希は唇を噛み締めた。
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