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新人魔導師、特訓する

4月9日、魔導探知訓練

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 翌日から、天音にとって地獄のような日々が始まった。元より、座学の成績は優秀な天音は、体力と魔力の育成訓練がメインとなった。

 天音にとって救いだったのは、メニューを増やすといっても全て業務時間内だったことだ。スポーツなどに一切縁のなかった天音にとって、トレーニングとは早朝に起きてランニングする、というイメージしかなかった。しかし、強制はされず、できるなら少し早く起きてストレッチしておけ、程度だったので助かっている。

 その分、9時からの訓練は過酷だった。特に苦しかったのが、和馬との魔導探知訓練である。

「俺は姿を隠して動くから、天音ちゃんは頑張って俺を見つけて攻撃してくださいね。俺も大怪我しない程度に攻撃しますんで」

 柔らかな口調でそう言われる。研究所に配属されて時間が経つ内に、皆から名前で呼ばれるようになってきた。それは嬉しいのだが、言われた内容が過酷すぎて素直に喜べない。

「……え」
「制限時間は1時間にしましょう。天音ちゃんが一撃いれられたらその時点で俺の負け、終了です。残った分は休憩時間にしていいですよ」

 はい、始め。
 にっこり笑った和馬は、次の瞬間姿を消していた。驚くことに、和馬の固有魔導は姿を消している間、魔力も探知しづらくなっている。必死に目を凝らして和馬のオレンジ色の魔力を探すが、なかなか見つけられない。

「うわっ!?」

 探すのに夢中になっていると、どこからか攻撃がとんでくる。ギリギリで避けたが、ジャージの袖が切れてしまった。左腕にうっすらと血がにじむ。風の術で鎌鼬のように切り裂いたのだろう。

 天音もやられるだけではない。そのまま術がとんできた方向に氷の魔導文字を書いた紙を投げる。だが、和馬は既に別の場所へ走り出したようで、後ろの壁が凍りついた。対魔導素材でできているため、次の瞬間には氷は消え失せる。

「俺、実は免許持ってて。空、飛べるんです」

 上から和馬の声が降ってきた。着地の音はしない。ならばまだ上空か!

「そこっ!」

 水の術を上に放つ。天音の右手が書いた文字が光り、勢いよく水が噴き出した。しかし、これも外れたようで、ただ天井を濡らすだけに終わってしまう。瞬く間に天井は乾き、床が濡れることはなかった。

「副所長みたいな高速移動は無理ですけど。でも、天音ちゃんが発動するまでの間に後ろに回るくらいはできますよ」

 背後を取られた。
 そう気づいたときにはもう遅く、オレンジの魔力が光る。天音は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「さ、流石にやりすぎちゃった!?」
「……いえ、お気遣いなく! 無傷なので!」

 壁に叩きつけられる瞬間、天音は自身の背後に風の術を放ち、衝撃を緩和させたのだ。そのお陰で、音の割にダメージは受けていない。

「そうこなくちゃ」

 姿は見えないが、和馬はきっと楽しそうに笑ったのだろう。小さな笑い声が聞こえた。再び、オレンジ色の魔力が光る。

「絶対にやってみせますから!」

 天音の、青みがかかった紫の魔力も光る。約1時間、トレーニングルームは2人の魔力の光が常に灯され、消えることはなかった。








 結局、和馬に勝てることはなく1時間は過ぎてしまった。天音の攻撃は全て躱され、和馬は掠り傷1つないのに対し、天音はあちこち擦り傷と痣だらけだ。心配した和馬が雅のいる医務室まで連れて行ってくれたが、

「掠り傷程度でわらわの手を煩わせるでない」

 の一言で追い返された。絆創膏はもらえた。

 とは言え、以前の天音からは考えられない結果である。1時間魔導を使い続けるのも、運動し続けるのも、配属されたばかりの頃では不可能だっただろう。何かをしながらの術の発動にもかなり慣れてきた。

 汗をかいたので、「家」の浴室を借りてシャワーを浴びる。自身の部屋にも浴室はついているが、今はそこまで戻るのも面倒だった。訓練続きの体を、温かいお湯が癒してくれる。ゆっくり湯船に浸かるのは後にしようと決めて浴室を出た。シャワーより傷に沁みるだろうが、疲れがとれる方がいい。

「ん?」

 食堂で水分補給をしていると、ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。何かの通知だろうか。

 地下の魔導施設とは異なり、「家」では電化製品が使える。パソコンやスマートフォンもそうだった。近くで電気系の魔導さえ使わなければ壊れることはない。たまに双子や恭平が「家」でゲームをしている姿を見かける。

 首を傾げながらもスマートフォンを取り出す。天音の、家族との連絡以外ではほとんど使われないそれに、メッセージが届いていた。由紀奈からだ。

〈お疲れ様! 最近どう? 私は和泉魔導解析師にしごかれてまーす!〉

 やたらと元気な文面である。この人、こういう性格だったっけ。天音の記憶の中では、もう少し大人しい性格の人物だったのだが。などと言いつつも、同期の顔も名前もほとんど覚えていないので何とも言えない。

「お疲れ様。私も同じ感じです……でいいか」

 勢いに乗せられて連絡先を交換したが、元々親しい訳ではないので、文面に悩む。そもそも、家族以外と連絡をとることもほとんどなかったので返信の仕方がよくわからない。ビジネスメールの方がまだマシだ。

 それにしても、彼女は何故こうして連絡してくるのだろうか。1人で配属されて不安になったのか。たまたま同期に会えて嬉しくなってしまったのか。天音にはよくわからない。自分以外の同期の女子はいつもグループで固まっていたように思うのだが、そこに親しい相手はいなかったということなのか。女子の交友関係はよくわからない、などと自身も女性であるのにも関わらず他人事のように考えていた。

「ご飯の時間ですよー」
「あ、はーい!」

 和馬に呼ばれた天音は、またメッセージが送られてきたことに気づかなかった。

〈どんな訓練してるの? 国立の研究所の魔導師さんってどんなことしてるか知りたいな!〉

 疲れ切った天音がそのメッセージに気づくのは、数日遅れてからのことだった。
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