ヤンデレ姫と一途な星

七井 望月

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楽な人の殺し方

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 ……眼下に広がるのは懐かしい景色。反吐が出そうな程最悪すぎる思い出の風景だった。

「……あー、こうゆうの何て言うんだっけ?……あれだ、走馬灯ってヤツだ」

 走馬灯、人が死に際に見る刹那の夢のようなもの。人間の脳ミソは本当に優秀な機関で、人が死に際に走馬灯を見るのは過去の人生全てから助かる術を脳が全力で見つけようとするからだという。

「……でもなあ、俺は自分でナイフを喉に刺したんだが、走馬灯を見るのはお門違いじゃあないのか?」

 貴方は自分自身にナイフを突き刺しています、さて、どうすれば助かるでしょう?そんな幼稚園児でも分かるような問いを真剣に問われているような気がして気分を害された。

 しかも目の前に移る光景もとても気分の良いものとは言えず、俺の精神は更に犯される。

 ……血溜まり、そして人の亡骸。

 目の前に横たわる、血も抜けて動かなくなってしまったかつて人だったそれは、まだ人だった時に一緒に暮らした者の肉片。

 ……亡骸はかつて、俺が唯一慕っていた人。

「……母さん」

 ……俺の、母親だった。




 ※




 ……俺が小学生の時の話だ。

 俺の家庭はお世辞にも裕福とは言えない。それどころかお世辞にも人の生活とは言えない程散々たるものだった。

 仕事は母が内職をしているだけ、父は働きもせず散財だけは一丁前な真正のゴミクズ野郎で、一家の財政状況は壊滅的だった。

 ……こうなったのは全て父のせいだ。アイツは一家の癌だ。俺は母にあんなヤツとはもう別れろと何度も言った。

 だが母は……

「……あの人も、昔は大手企業のサラリーマンだったのよ。だから今は仕事が無くて自棄になってるけど、許してあげて」

 その一点張りだった。

 ……アイツの過去なんて俺には知ったこっちゃあ無い。大手企業がどこの会社だったとか、微塵も興味が無い。ただ、過去を引きずって自堕落な生活を続けていることが俺は許せなかったのだ。

 そんな疑念を持ちながら俺は過ごし、暫しの時が過ぎた。

 ある日の事、その日はいつもと様子が違った。珍しく両親が喧嘩をしていたのだ。

 発端は母がついに重い腰を上げて父に仕事を探すように言ったこと。それに父が逆上し、口論に発展したのだ。

 その間、俺は家を離れて両親の迎えを待っていた。……色々と積もる話もあるのだろう。

 家の近くの公園のベンチに座って、ボーッとしながら時が過ぎるのをただ待つ。

 飛び去る鳥の数を数えては、一時間くらい経っただろうか。俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「……ねえ、君。大丈夫?」

 俺は声が聞こえた方へ振り返った。





 ※






「……母さん?」

 家に帰ると母の亡骸、そして包丁を両手で掴んで腕を振るわせている父が居た。赤い、全てが赤く染まっている。

 俺の声に気付いた父は、こちらへ振り向き、狂気的な笑みを浮かべながら言った。

「……ああ、姫人か。母さんは、死んだよ。この手で、殺した。殺してしまった。だけども邪魔だったから、邪魔だったから殺したんだ。なあ、姫人、覚えておけ。将来、幸せになりたいのなら、邪魔なものは、消せ、壊せ、そして殺せ。そうすればお前は自由になれる。邪魔をする者が全て無くなれば、悩みも全て無くなる。ははははは」

 ……父親はだいぶ錯乱しているようだった。恐らく母を殺してしまったのも一時の勢みによるものだったのだろう。

「……お前も全てを見てしまった以上生かす訳にはいかない!!お前にもここで死んで貰う!!お前を殺して、俺も死ぬんだ!!」

 狂乱している父は、今度はこちらに向かって襲いかかってきた。鋭利な刃物を握る手に力を入れ、子供に対しても容赦なく、刺し殺そうと迫ってくる。

 ……ああ、この人は、コイツは、もう駄目だ。


 ……だから俺は、父親を殺したのだ。





 ※




 暫くして、家に警察がやって来た。現場検証の結果、父の死因は自殺、一家心中だった。

 一人残された俺は施設に預けられることになり、これで今回の事件は幕を閉じた。


 …………俺は恐怖していた。

 俺は父を殺した、確かに殺した。この手で人を殺したのは初めての事だった。

 しかし、分かったのだ。……楽な人の殺し方が。

 襲ってきた父親を俺は軽々と躱すと、父のナイフを奪い取り、自殺に見せかける切り口で父を殺した。

 ……俺には圧倒的な殺しの才能があったのだ。俺はそんな俺自身に今だかつて無いほどの恐怖心を抱いた。

 俺は、俺自身が怖すぎて、まともな精神状態を維持できなくなっていた。怖い、怖い、怖すぎて狂いそうだった。

 この恐怖から逃げるため俺は死んでしまおうとも思った。だが死ねなかった。何故か?

 ……自殺こそ、俺の恐怖心の根元であったからだ。殺人気である“俺”が怖い。だから死んで現実から逃げてしまいたかったが、自殺は俺に殺されることと同義、他殺と変わらなかったからだ。“殺人鬼俺”に殺される恐怖に俺は溺れてしまっていた。

 ……結果として、俺は今の今まで普通に生きてきた。恐怖の象徴“殺人鬼俺”を心の奥に封じ込めて、星姫人の名前を捨て去って、必死になって生きてきた。

 名前を捨てた俺は只の“星”。現実から目を背けずひたむきに生きる“一途な星”。……だった、ここ最近までは。

 ……封じていた俺の心が大きく乱れる事態が起きた。その原因は彼女、黒薔薇有栖を想う恋愛感情。

 ……も、あるが、もう一つ。……きっとこれは、それを思い出す為の走馬灯だったのだろう。


 両親を待っていた公園で出会った人物。

「……ねえ、君。大丈夫?」

 ベンチで呆けていた俺に声をかけた少女。

 ……黒薔薇有栖との再会である。




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