さよならジーニアス

七井 望月

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天使のような悪魔の笑顔

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「ほう、噂には聞いていましたよ。東高に全国一位の秀才が居るというのは。……それが貴方とは、令和の夏目漱石の二つ名はやはり伊達じゃないですね」

「……それお前が勝手に言ってるだけだからな?止めてくれ、マジで」

 現在時刻は8時18分。この調子なら登校時刻には何とか間に合いそうだ。俺は疲れた体をシートの背凭れにもたれ掛からせる。

 そのまま悠々自適に、通学路を流れる様に通過する車に身を任せていれば、学校まではあっという間に着くだろう。快適な事この上無い。

 が、しかし……

「おや?私に“お前”なんて、そんな口を聞いて良いんですか?せっかく好意で貴方を学校まで送っていってあげているのに。頭は良いのに礼儀は無いんですか?はぁ、可哀想ですねぇ。私が親切丁寧に教えてあげましょうか、“御慈悲をくれて大変喜ばしく思います。理子様は可愛い、超絶美少女です”って、言うんですよ。わかりまちゅか~」

「……はあ」

 俺の精神的疲労感は段々と上乗せされるばかりだった。この少女、理子と言っていたか、……その名前に少々思う所はあるがそれについては一旦置き、理子は端的に言えば面倒臭い。

 事あるごとに突っ掛かって来ては、非常にどうでもいい話題を此方に振ってくる。所謂ダル絡みというヤツだ。煩わしいったらありゃしない。

「溜め息!溜め息ですか!面と向かって溜め息だとは、失礼だとは思いませんか!?非常識とは思いませんか!?」

「溜め息をする方だけじゃ無くて、溜め息される方にも何か原因があるんじゃないのか?視野を広く持つ事が大切だと思うぜ?」

「おおー、流石は全国一位!有り難いお言葉ですね!どうか私にもご教授下さい!」

「……うぜぇ」

 ウザイ、本当にその一言に尽きる。何でこの人こんなに煽ってくるの?煽らないと死ぬ病気なの?馬鹿なの?死ぬの?

「……というかアンタが噂の転校生だろ?元研究者だとかいう。俺から教わる事なんて何一つないんじゃ無いか?」

 何と無しに俺がそんな事を言うと、理子は少しばかり驚いたかの様に眉を僅かに上げた。

「……へぇ、気付いていたんですか。貴方って他人の事になると途端に鈍感になるので、気付いてないと思いましたよ」

「いや流石に気付くだろ。最近転校生が来るって話は聞いていた訳だし、そんな中で東高の通学路を教えてくれ何て言う奴とばったり会ったら、ああコイツが転校生だなって思うだろ?」

「まあ、ごもっともですが……」

 何処か不服そうに理子は答える。先程まではっちゃけていたかと思えば急に静かになって、随分と情緒が不安定なヤツだな。

「……まあ、いいです。ただ一つだけ忠告しておくと、貴方には他人に関心を持つ事、協調性を持つ事、それを怠らないで欲しいのです。貴方も私と一緒で、頭は相当いいと思う。だけれど出る杭は打たれるって諺があるように、善くも悪くも目立つ者は嫌われるの。優秀な者ほど生き辛い世界なのよ、この世の中は。だから貴方には周りと合わせることを肝に銘じて欲しい。能ある鷹は爪を隠すっていう様にね」

「……お、おう」

 不意にまともな事を言う理子に茶々を入れようなんて事を一瞬だけ考えるも、本人は至って真面目な様子なので、有り難いお言葉は話半分で聞くにしても、茶化す事は自重する。

「まあ、貴方にはどうでもいい事でしょうけど」

「あ、ああ」

 ……本当に理子は何を考えているのか、全くもって理解できない。彼女とペースを合わせようというのは、プラナリアと心を通わせるくらい困難な事なのかもしれない。飛躍しすぎる話にはドローンでも追い付けないだろうな。

 ……そんなこんなしている内に、俺達は学校に到着した。背中に汗で濡れた服がピタリとくっつく嫌な感覚を味わいながら、陰鬱な気持ちで俺は校門を抜けるのだった。




 ※





「あー、突然だが、このクラスに転校生が来ることになった」

 朝のホームルーム、担任教師の十川五月は教壇に立つと、そう話を切り出した。

 刹那、クラスの馬鹿共が騒ぎ出す。まるで猿檻にバナナが投げ込まれたみたいな反応だな。

 事前に転校生の存在を知らされていた俺は驚くどころか微塵の感慨も情動も無く、はしゃぎ回る猿軍団を見て軽い動物園気分を味わっていた。

 ちなみに、今現在話の中心となっている理子はというと、俺達が校舎に入るや否や十川先生に呼び出され、共に職員室へと向かっていった。例に習ってホームルームで転校生の紹介を済ませるまでは見つかって騒ぎにならないよう職員室で匿うのだそうだ。

「よし、入っていいぞ」

 十川先生がそう言うと、教室前方のドアがガラリと開く。

 ……そこにはまるで貼り付けたかの様な明朗快活な笑顔を浮かべた理子が居た。

 理子は軽くスキップしながら教壇へ向かう。そして太陽の様な満面の笑みを浮かべて言った。

「転校生の芳山(よしやま)理子(りこ)です♪わたし、クラスの全員と友達になりたいので、皆さん仲良くして下さると嬉しいです♪どうぞよろしくお願いします♪」

 誰だコイツ。思わずそう口にしてしまいそうな程に変貌を遂げた態度の理子は、愛想良く教室中に笑顔を振り撒く。ビッチかコイツは。

「それじゃあ、りっ……芳山はそこの妙本の隣の席に座ってくれ」

「はい、分かりました♪」

 あくまで八方美人を演じる理子は少しばかり引き攣りつつある笑顔を精一杯作り上げてゆっくりとこちらへ歩いてきた。

「これからよろしくお願いいたしますわっ♪」

「……顔が引き攣ってるが」

「何を言っているのか良く分かりませんわ?うふふふふ」

 うふふふふ何て笑い方する奴初めて見たぞ俺、日本広しと言えど今日日そんな笑い方する奴何処にも居ないんじゃないか。

「うふふなんてきょうび聞かねえな」

「ここにそう言っているのが居るじゃないですか」

「清楚キャラ忘れてるぞ」

「うふふふふふ……後で屋上に来て下さい」

 と、茶番劇じみた理子との会話の最中、俺は教室全方位から此方へ向けられる視線の存在に気付く。……どうにも居心地が悪い。

 だが確かにゲリラ豪雨的に突然やって来た転校生と仲良く話しているというのは不思議に思われるだろう。周りの奴らが理子に対して異常な程に興味津々なのもあるだろうが。

「まあ、これからよろしくな」

 今更かもしれないが、俺は初対面を装うそんな言葉を投げ掛ける。ただ理子がその意図を汲み取っているのかは、彼女の作り笑いの表情からは全く分からない。

「……今朝の貸しは忘れないでくださいね」

「……」

 以心伝心大失敗、教室が僅かばかりざわめく。……これから転校生に質疑応答の雨嵐が訪れるだろうが、その雨風の一部が此方へ吹き込んでくるだろう。やってくれたな、理子。

「ふたりはどういった関係ですか?」とか「今朝の出来事とは?」みたいな芸能人のスキャンダルみたいな質問が飛んでくるであろうが、俺は「記憶にございません」の一点張りで乗りきろう。

 ……ホームルームの後、予想通りパパラッチ共は此方へやって来たが、俺はまるで汚職政治家の様な一つ覚えの言い訳で何とか躱す。ただ積もりに積もった精神的疲労が、ついには東京タワーの高さに並んだ。




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