さよならジーニアス

七井 望月

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友人キャラは変態ですか?

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「……ねーねー、永易くんってさー」

「うんうん、やっぱりそうだよね」

 ……永易と名乗った転校生は、謎の存在としてこのクラスにやってくるや否や、瞬く間にクラスの中心となる……

「…………」

 ……事はなく、たった一人クラスで孤立していた!

 時刻は飯時、昼休み。永易は転校生である彼の為に空けられた窓際最後列の席にて、お一人様限定の教室ランチでブルジョワごっこと洒落込んでいる。

 まあ、それも仕方がない。元々中途半端な時期にやって来た転校生というのが既に完成されたクラスの空気感に割って入るには相当の話題性が必要で、永易もかなり謎めいた存在ではあるが、いまいち話題性が足りなかった。

 話題性とはつまり、魅力やエピソードである。ちなみに理子の場合は海外で研究機関で働いていたエリートでありながら文句のつけようのない美少女であり、更にはクラスで最も目立たない日陰者の俺と交際疑惑なんかもあったから、話題には事欠く事はなかったが、ここまでやってようやく転校生がクラスの中心的存在になれるんだからな。

 謎だけが取り柄の謎男なんぞにクラスの空気感は打ち破れまい。謎は解き明かされてこそ輝くのだ。

 ……だからこそ、というわけでは全然ないのだが、俺はコイツの謎を解き明かしてやりたいと思う。

 理子が語っていたエージェントとやらの正体が未だ不明である以上、関係者で俺達の前に現れた人物は全員疑ってかからなければならないからだ。

 ……ただコイツは怪しすぎて、一周回って逆に怪しくないような気もしてくるが、油断は禁物だ。

 俺は超能力は実在すると本気で信じる無垢な少年が相手の思考を覗かんと試行するかのごとく、永易の後頭部をじっと見る。

「…………」

「……なんだい?ワタシに興味津々かな、少年」

「…………!」

 背中越しにそんな声をかけられ、思わず俺は肩を震わす。背中に目でもついてるのか、どんなカラクリだ。

「そういう仕事に就いてたからね。他にも音を立てずに歩いたり、多少の電流なら家庭の都合で全然平気だったり……」

「おいおい、いったい何の仕事だよそれは」

「…………殺し屋?」

「いや、怖ぇーよ!!」

 理子しかり、転校生っていうのはみんな超人だらけなのか。これじゃあパワーインフレが起こりすぎて序盤の強敵キャラが相対的に雑魚になってしまうじゃないか。

「……ま、冗談だけどね」

「……笑えないって、本当に」

 冗談にしても尻尾を見せたようなものじゃないか。「殺し屋」なんてワードが出てくるってことは、訳知りってことだろう。

 本当にコイツは何者なんだ。まさかただ親の事情かなんかでやって来た一般転校生ってことはないだろう。可能性で言えばないではないが、その線はきっと薄い。

「……なあ、お前っていったい何者……」

「いっけなーい、遅刻遅刻ーー!」

 俺が永易に核心的な質問をしようとしていた最中、教室のドアがガラリと開き、大声でそんなベタベタな台詞が叫ばれた。

 ……駆け足で教室に現れたのは、芳山理子であった。

「……って、なーんだ。昼休みかー」

「……理子?」

 額の汗を手で拭う彼女は教室中の視線を一斉に集めている。……だからここにいるほとんどの者が、理子の異変に気付いたであろう。

 ……彼女が、まるで暴漢に襲われたかのように傷だらけであることに。

 袖口から少し見える腕には無数のアザがあり、顔にも少し殴られたかのような後があって、薄い唇の端から血が流れ落ちていた。

「お、お前どうしたんだそのケガ!!」

「ん、あー、箱根。おそよー」

 俺は咄嗟に理子に駆け寄るが、理子は呑気な態度を崩さぬままに気の抜けた挨拶をした。

「そんな呑気な事言ってる場合じゃねーだろ!そのケガどうしたんだって聞いてんだよ!」

 怒りのままにケガの理由を尋ねると、理子は恥ずかしそうに頬をかきながら俺に耳打ちをする。

「あれだよ、あの、“敵”と戦ってた」

「……!、エージェントか!?」

「あーうん、それそれ、それと戦ってたんだよ」

 ……理子は昨晩の強気な態度とは裏腹に、塩らしい様子で、下を向きながらに受け答えをしている。それほど強いのか、そのエージェントってやつは……

 アザだらけの腕を痛ましげにさする理子は上目遣いでこちらを見て言った。

「……その、ごめんね?昨日の夜は厳しい事言って」

「…………」

「やっぱりアナタ達に助けてもらわないと、ダメっぽい。だから、協力してくれるかな?」

 理子は珍しく、泣きそうな声でそう懇願してきた。……そんな風に頼まれたら、断れる訳ねぇよ、男として!

「当たり前だ!!!!!」

 俺は海賊王よろしくドンと気迫を込めてそう答えた。



 ※





「ところで箱根、さっき誰かと話してなかった?」

「……ん、ああ、そうだ。今日転校生が来たんだよ。そいつと話してた」

 さとりはクラス中から集まる視線をつゆ程気にせずに、自分の席に着くと弁当箱を開きだした。

 ……そういえば気付いた時には永易はどこかへ行ってしまっていたな。一体どこへ行ったのだろうか。まあ、休み時間が終われば教室へ戻ってくるだろう。

「……なんだか、変なやつだったよ」

「へぇ、それは是非とも会ってみたいわね」

 理子は「私と気が合いそうだわ」なんて洒落を言っているが、それって自分も変人だと認めてることになるぜベイベー。最も、何も間違いはないが。

「……俺も、二人の掛け合いを是非とも見てみたいよ」

「ふふ、楽しみね」

 本当に心底楽しそうな表情で理子は笑う。

 ……理子には、もしかすれば永易がエージェントと関係があるのじゃないかということは黙っておこう。そもそも確証がないし、理子もなんとなく勘づいてるんじゃないかと思う。ならばわざわざ言う必要もないしな。

「……あ、そうだ。職員室に言って出席の報告に行かなきゃ。弁当食べてる場合じゃなかったわ」

 語るや否や理子は立ち上がり、テキパキと食べかけの弁当をしまうとあわただしく職員室へと駆けていく。

 ……そうして俺は一人、教室に取り残されたのだった。

 永易もいない今、本格的に一人ぼっちになったなと、俺は暇をもて余す溜め息を一つ吐く。

 ……しかし静寂はそう長くは続かず、またもや教室の扉はあわただしく開かれた。

「おい妙本ォォォ!」

 教室のドアがガラリと開き、大声で俺の名前が叫ばれた。さんをつけろよデコ助野郎!山じゃないぞ、あと温泉も駅伝もつけるな、忌々しいニックネームだ。

「……なんだよ、猿山」

 やって来たのは猿山大将で、額に青筋を浮かべて怒る姿は本当に猿みたいだぞ。おまけに今日は部下も連れてきてるから、まるで動物園だな。

「えぇい、うるせぇ!お前!この前、理子ちゃんのテストを盗んだ輩はとっちめたって言ってたよなあ!」

「言ってたな」

「“言ってたな”じゃねぇ!全然懲らしめられてねぇじゃねえか、まるでピンピンしてたぞ!お前、体裁って一体なにしたんだ?」

「…………」

 ……俺の脳裏には昨晩、この上なく清々しい顔で俺を罵倒してきた言問の姿が浮かんできた。……うん、体裁、足りなかったかもな。

「あー、そうだな。一応の体裁は加えたつもりだったが、効果はいまひとつだったみたいだな。それに、元々アイツ、言問の切り替えが早いっていうのも……」

 ……その台詞を全て言いきる前に、猿山は俺の言葉を遮って言う。

「言問?アイツは犯人じゃねぇぞ?!……やっぱりお前、犯人分かってなかったんじゃねぇか。犯人は言問じゃない、真犯人は別にいる!」




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