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SS14  ユイリンの戦死

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 「ユイリンさんって、可愛い人だよね。ちょっと、空気読めないけど、そこもまた可愛いところなんだろうね。」
 「なんだよ、急に?」
  敏雄が新型ジルコンとなり、幸香と共に死んだことにされてから、1ヶ月が経とうとしていた。そんなある日のことだった。
 「……嫌な予感がするの。」
  幸香が表情を曇らせる。
 「なんだよ? どうしたんだ?」
 「…ねえ、敏雄。ユイリンさんは、敏雄とチームを組んでるんだよね?」
 「ああ。」
 「……ユイリンさんのこと、しっかり守ってあげてね?」
 「…正直、全然周りに構ってる場合じゃないっていうか、むしろ俺、ユイリンさんに守られてるっていうか。」
 「お願い。一緒に必ず帰ってきて欲しい。」
 「なんだよ? ホント、どうしたんだよ? ユイリンさん、なんかあったのか?」
 「ううん…、ごめん。口止めされてるから細かいことは言えないけど…。」
 「なんだよそれ。」
 「口約束で良いから……無事に帰ってきて欲しい。せっかく友達になれたんだもん。」
 「…分かった。」
 「ありがとう…。」
  二人がそう会話を交わしていると、出撃の知らせを知らせるブザーが鳴った。
 「行ってくる!」
 「敏雄、頑張ってね!」
 「おう!」
  敏雄は、部屋を飛び出していった。
  残された幸香は、その後ろ姿を見送った後。
 「……お願い、二人とも無事でいて。」
  そう祈るように手を組んで呟いたのだった。





***





『20メートル級の大物だぜ!』
  飛行しながらディアブロがターゲットのアンバーを見つけて叫んだ。
  20メートルは、アンバーの最大の大きさだ。
  近頃、ディアブロは、アンバーを狩ることに楽しみさえ見出しているようである。新型ジルコンとしての感覚にも慣れたディアブロは、元軍人であることもあり、新型ジルコン達の中で1、2位を争うほどの戦いの成績を残していた。それが心に遊び心という余裕を持たせたのだろう。
  アメフラシのように濃くて地味な色合いのアンバーがウネウネと地面を這いながら、街を飲み込む勢いで動いている。通り過ぎたあとには倒壊した建物の瓦礫だけで、生き物は欠片も残っていない。
  新型ジルコン達がすでにリーダーとして頭角を現わしたディアブロの合図で一斉に空から降下すると、それに反応してか、アンバーの上辺が蠢き、穴が空く。途端、そこから飲み込んでいたらしい瓦礫を大砲の弾のように発射してきた。
  アンバーに、脳部分はない。だが、たまにこういう風に頭の良い奴がいるのだ。それは、別にこのアンバーが大きいからではない。アンバーは、大小問わず、頭が良い悪いは決まってない。
  ある学者は、アンバーは、生物としてまったく学習せず、進化すらしないとも言っており、変幻自在に抵抗力を変えられる肉鎧(にくよろい)を持つのは進化することを代償にしたからではとも言っている。アンバーの知能の有無は、いまだに分かっていないのだが。
 『近づけねえ!』
  ジルコンの武装は、手足にある振動兵器のみだ。つまり接近戦しか手がない。
  敏雄はアンバーが発射してくる瓦礫の弾丸を避けるので精一杯だった。
  センサーで視野を変えると、ディアブロ達も接近するのに四苦八苦していた。そんな中、敏雄はふと、白い色がいないことに気づいた。
 『ユイリンさん!? どこだ!』
  ジルコン同士の通信でユイリンに呼びかける。
 『……と、シオ…。』
  弱々しい声が聞こえ、センサーを頼りに探すと、ユイリンは、ずっと上空にいた。どうやらひとりだけ降下しなかったらしい。
 『なにやってんだよ!』
 『……分かってる。ごめん、ボーッとしちゃった。』
  えへっと笑い、ユイリンが降りてくる。
 『ったく、おとぼけ女が!』
  ディアブロがユイリンのことに気づいて悪態を吐いた。
 『攻撃パターンは読めた! これより、接近する、続けーーー!』
  ディアブロがそう叫び、他のジルコン達を引き連れて瓦礫の弾丸の中を器用に飛び回ってアンバーに接近し、攻撃を開始した。
 『俺らも行こう!』
  しかし、ユイリンは返事をしなかった。
 『ユイリンさん? ユイリンさん!』
 『……あっ、ごめん。』
 『本当にどうしたんだよ? さっきから…。』
 『ごめん、なんでもないの。行こう…。』
 『う、うん…。』
  敏雄は猛烈な不安感に襲われた。
  明らかにユイリンの様子がおかしい。
  すると、敏雄と一体化してサポートAIとして敏雄と共にいるシズがピピ…っと敏雄の視界にユイリンのデータ表示させた。
  それを見て敏雄は、外殻の中で目を見開いた。

  “YUIRIN 素体限界 ダメージ率85%”
 “WARNING”
 “WARNING”

『ユイリンさ…。』
  敏雄がユイリンの方を見た瞬間、ユイリンが消えた。
 『……えっ?』
  飛び散った白い外殻と、白い軟体部位。
  ユイリンに命中した瓦礫の弾丸。
 『う……!』
  全てがスローで見えた。
  ユイリンは、鋼のような外殻とゴム質な部位をバラバラに砕かれながら、ジルコン核だけを無事に残して地上へ落下していった。
 『うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
  敏雄が絶叫を上げた。
  そして、敏雄の意識が、プツリッと消えた。

  次に敏雄が意識を取り戻したのは、見慣れた研究所のラボだった。

 「……ユイ…リン…?」
 「目が覚めたかい?」
  由川が聞いた。
 「おい…、ユイリンさんは?」
  しかし、由川はフルフルと首を振った。
  敏雄は、勢いよく起き上がり、由川に掴みかかった。由川は、その力に顔を歪める。
 「ユイリンさんは!?」
 「死んだよ。」
  あっさりと、由川が答えた。
  敏雄の顔から血の気が失せ、嘘だ…っと呟いた。
 「本当だよ。君が一番の目撃者であるはずだが?」
  敏雄の手が離れ、由川は服をただしながら言った。
 「嘘だ…。だって…、だって…だって! 新型ジルコンだろ!? そんな簡単に…。」
 「彼女は、すでに限界だったんだよ。」
 「はっ?」
  敏雄が呆気にとられたように聞いた。
 「度重なる人体実験が原因だと言ったら原因だろう。だが、元々、人体が大きく損傷した状態での旧型ジルコンとの合体・融合機だったから、耐久値だけで見れば、健康体の他のジルコン達に比べてずっと脆弱だったんだよ。」
 「……せいだ…。」
 「我々のせい…だと思うだろう?」
 「当たり前だろうが!!」
  敏雄が、顔を上げ、由川の首を掴みかけたが。
 「反対はしたよ。」
  その言葉を聞いて敏雄が止まった。
 「じゃあ…なんで…だよ? それなのに、なんで戦わせたんだ?」
  敏雄は震える声で聞いた。
 「ユイリンさんの希望だよ。」
 「そっ…!?」
 「そんなわけがない。そう言いたいだろう? だが事実だ。」
  そこから由川は淡々とした口調で説明した。
  ユイリンは、旧型の量産型ジルコンとの融合機第1号だった。そのため、実験体としてあらゆる実験に参加していたし、本人もそれに同意していた。
  戦闘に参加していたのも、戦闘前と戦闘後の変化を調べるためだった。だが、元々は普通の一般人であるため、ディアブロのように戦いの経験も無く、耐久値も低いことから遠巻きに戦闘を見て観察する任務を負い、敏雄の近くで援護する程度にとどめていたのだ。
  度重なる人体実験による負担と、元々人体が大きく損傷した状態での合体・融合の影響もあり、素体となる人体部位と胸部にあるジルコン核との結合が綻んできていた。
  なので、新型ジルコンとしての死を実験室で迎えるか、戦場で迎えるか。それで意見は別れたが、多くは実験室での死を望んだものの、ユイリンが実験室での死より、戦闘での死の方が大きなデータが取れるはずだと意見したのだ。
  それは、彼女なりに他の仲間である新型ジルコン達の今後に活かせると踏んでの最後の実験であった。
 「……結果から言わせて貰えれば、彼女の死は、残された君達新型ジルコンの戦闘前後のメンテナンスとケアに大いに役立つデータになった。」
 「……なんだ、それ…。」
  由川の説明を聞いていた敏雄が顔を歪めて口元を上げた。
 「お前ら……ユイリンさんを、実験動物程度しか…思ってなかったんだろ? なにが、俺らのためだ?」
 「言っておくよ。彼女が残した実験結果のおかげで、君ら、新型ジルコンのメンテナンス技術が確立されたんだ。最近、身体の調子が良く、動きが良くなってきているはずだが?」
  言われて敏雄は、思い当たる節があった。
 「そして、ジルコンに使われている技術のほとんどはブラックボックスになっていて、解析が進んでいなかったのだが、彼女が進んで協力してくれたおかげで、ジルコンの技術を現代医学になどの発展に大いに使えることなどが分かったんだよ。例えば、彼女のように、アンバーに人体を奪われ人生をメチャクチャにされた人々の身体を治せる可能性が飛躍的に上がったんだよ。」
  由川は、そこまで言うと、ふう…っと息を吐いた。
 「彼女の死が無駄だったなんて、とんでもない。たったひとりの犠牲から、多くが生かされるんだよ。それは、今も昔も、変わらないことだ。だから…、決して、忘れないよ。後世まで語り継ぐ。ユイリンという女性の存在があったということを。」
 「……うぅ……うううう!」
 「もう泣けない身体になってしまっても…、彼女のためにそうやって心を痛める優しい心を、死ぬまで無くさないでもらいたい。」
  身体を丸めて嘆きの声を上げる敏雄に、由川がそう言った。
  すると、由川が持っていた携帯のバイブ音が鳴り、メールを見た由川は、敏雄を残して去って行った。





***





 由川が待合室に行くと…。
  そこには、どこかユイリンに似た、目鼻立ちをした初老の男女や、数名の大人達がいた。
 「お話しは…、ざっくりと聞いています。」
 「そうですか…、では…、ユイリンの…娘の…残した物のことでですけど。」
  由川は、スッと目を細めた。
  ざっくりとだが、聞いてはいた。
  彼らは、ユイリンの家族であることは。そして…、今更になって、なぜ現れたのか……、その理由も。
  由川は、ニコッと、それはそれは良い笑顔を浮かべた。
 「お帰りください。」
 「えっ?」
 「何も残っていないのですよ。ユイリンさんの物は。」
  由川は、ニッコリと笑ってそう淡々と告げた。
  一瞬ポカンッとしたユイリンの家族だったが、すぐにハッと我に返ってそんなはずはないっと叫んだ。
 「新型ジルコンとして、アンバーを倒して稼いだ報酬金と、実験結果で確立された技術特許があるって聞いてますが!?」
  そう…、ユイリンの家族は、それをどこからか知って、無心に来たのだ。捨てた娘の金を手に入れるために。
  しかし、由川は、淡々と告げる。
 「本当に、何もありません。なぜなら、彼女の…あなた方の娘さん、姪御さん、お孫さんは、最後の出撃前に遺書を残されていました。」
 「遺書!?」
 「そうです。その内容には…、自分のようにアンバーによって人生を奪われてしまった人々のため、自分が残したすべてを使って欲しいというものでした。そのため、彼女が稼いだ報酬金も、彼女の実験結果から得られた技術特許から生まれる資産も、すべてそういう身の上で悲しい思いをしている人々のために、そして救済のための新たなる技術を生むための資金として使われることになりました。つまり、あなた方には、一銭も、入りません。」
 「うそ…ですよね?」
 「そ、そうだ! ユイリンが、あの優しい子が…私達に何も残さなかったなんて、あり得ません!」
 「事実です。」
  狼狽えるユイリンの家族達に、由川がキッパリと言い放った。
 「その優しい子を…、下半身を失ったからという理由で、金がかかるからと、一度も見舞いにも行かず、入院費すら払わず、保護施設に行ったという通知をすらもチラシと一緒にゴミ箱にすぐ捨てて、今まで放っておいて、彼女が何も思わなかったとお考えで?」
 「な…なぜそのことを!? ハッ!」
  思わず口に出してしまい、ユイリンに似ている母親が慌てて口を手で塞いだ。
  由川は、同じ形をした人間でも、こうも中身が違うものかと思った。だが、顔にも声にも出さない。
 「そういうわけですので…、あなた方が目の前にある金の無駄を惜しんだ結果、あなた方は永遠に娘さんを失ったのです。すべてを……ですよ。」
  由川が手を叩くと、待合室の前に待機していた無骨な軍人達が入って来た。

 「追い出してください。そして、二度とココへはこれないよう手配しますので。もちろん、ネット上などへの書き込みなども一切無駄です。ユイリンさんのことは、あらゆる情報機関によって守られることになっています。あなた方が彼女を捨てたこと、そして彼女の身の上話も。英雄談として語り継がれます。つまり、あなた方はユイリンさんを見捨てた悪役といして後世まで語り継がれるのです。なお、いくら裁判を開いても無駄ですよ? これは…、すべての国のトップも認めていることなのですから。世界を相手取るような度胸は…、ないでしょう?」

  由川は、口汚く喚いているユイリンの家族を見つめ、そう語り、彼らを研究機関の外へ追い出させたのだった。


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