鬼神伝承

時雨鈴檎

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第一章

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重い体を引きずるように、体の半分近くが黒い鱗に覆われた、辛うじて人の姿を保つ龍を模した獣が、生きる者のいなくなった戦地をふらふらと歩く。
耳元まで裂けた口は血に汚れ、目につく死体を貪る。
「ミタサレナイ…」
裂けた口から言葉のような音が低く漏れる。
どれだけ食べても、腹は満たされず次の死体へと口をつける。体は重たく怠い、戦地に赴くたび身体の重さが増していく。
「派手にやってるな、不知夜いざよい…いやここは戦鬼いくさおにと呼ぶべきか?」
ちりんと小さく鈴の音が響くと、死体を貪る獣の後ろに、二人の男が立っていた。
声をかけたのは、頭部に猫を思わせる耳を持つ白髪の男。隣には口元を黒い布で覆う、赤灰色の髪の青年が悲しげな表情を浮かべ見ていた。
「ただの獣と成り果てたか…不知夜…そして神月守しんがつのかみ
動く者を見つけた戦鬼と呼ばれた獣は、ぎょろりと目を向けると、大きく吼え、耳まで裂けた口を歪めて笑みを浮かべる。手前にいた白髪の男の方へと飛びかかった。
師匠せんせい!不知夜!」
戦鬼の爪は男には届かず、二人の間に咄嗟に入っ赤灰色の青年によって止められていた。
「不知夜なんだろう?私がわからないのか?」
かど…無駄だ、そいつに言葉は通じない、もうお前の知る人の子ではない」
懇願するように戦鬼の爪を受け止めて声をかける赤灰色の青年の肩に手を置き、名前を呼ぶ。男の言葉にでもと首を振り、ぎり…ぎりと戦鬼の力に次第に押され始める中、顔をしかめると再び不知月と名を呼ぶ。
「…かど…ざく…ら」
ぽつりと醜く歪んだ口から音が漏れる。その言葉に二人は目を見開く。
「師匠…今!」
「あぁ…確かに今お前の名前を呼んだな」
希望はまだあるかもしれないといえば笑みを浮かべる。その言葉に嬉しそうに目を細め戦鬼へと向き直る。戦鬼はすぐに腕を振るうと勢いに任せて門桜を吹き飛ばす。
「…私にやらせてください。」
吹き飛ばされる勢いに身を任せて、後方に飛んで着地をすると、袖から小刀を抜き出す。着地の勢いのまま、地面を強く蹴り上げ、土埃を捲き上げながら戦鬼に向けて斬りつけるように吹き飛ばす。
「あぁ…いいだろう。ただし手加減すればお前がアレに食われるぞ、わかっているな?」
門桜かどざくらは頷くと突然の反撃に吹き飛ばされ、近くの瓦礫に叩きつけられてもがく戦鬼を見据えた。
身を低く構えるとざわりと空気が揺れる。服の間から狐の尾が現れ、人の姿を保ち9本の尾と狐の耳を持つ妖狐の姿となった。瓦礫を吹き飛ばして飛び込んでくる戦鬼を、再び受け止める。
門桜の構えた小刀と戦の爪がぶつかり合い、大きな硬い音が辺りに響き渡った。
受け止められた戦鬼は、受け止めた門桜の刀毎叩き潰すように力を込める。
「っく……!」
ぱきりと音を立てればたやすく刀が二つに割れる。身をかがめ、尾を戦鬼にめがけて突き立てた。迫る尾先に怯むことなくそのまま振り下ろす。
「っぐ…がぁあ!」
貫かれた痛みに声を上げると乱暴に、尾を掴み投げ飛ばした。
空中に放り出された門桜は、身体を丸めて回ると、態勢を立て直し空中で地面があるかのように蹴り、迫ってきていた2撃目を躱す。
躱された戦鬼は、地面を強く蹴ると再び飛び上がった。門桜は既に、着地地点に居ない戦鬼に舌打つ。背後への気配に気づいた時には既に遅く、躱しきれず掠めれば、抉られるように肉が削がれる。
着地するとゆらりと膝をつき、傷口を抑え師の方を見る、まだ動く気配はなく二人の戦闘を静かに見ていた。その様子にほっと息を吐くと、呼吸を整える。ゆっくりとだが削がれた肉が再生し始めた。
治っていくのに気づいたのだろう、雄叫びをあげた戦鬼は間髪入れず爪を繰り出す。門桜はいなし、受け止める。今度は門桜が、折れた刀に代わり袖で隠していた、赤黒く硬化した腕で反撃を返す。
一進一退の攻防を繰り返す中、門桜は時折夜知月と友の名を呼びかける。
幾度となく爪を交わし、門桜の傷の回復も追いつかず、肉が削げこぼれた血で視界が霞む。戦鬼も先の戦争で暴れた傷も残っているのだろう、同じように立っているのもやっとというようにぼたぼたと血を吐く。
門桜は再び師に目線を向ける。意識を一瞬逸らした門桜を見逃さず、喉元に食らいつくように口を大きく開けて戦鬼が迫る。咄嗟に近くに落ちていた折れ刃を掴んだ。
「ぐっぅう…あぁ!」
鱗に覆われた体とは違い、柔らかい口の中に刀を突き立てられた戦鬼は、痛みのうめき声をあげ、後ろに大きく飛び退けば刀を吐き捨てる。
からんと刃が地面に落ちる音が響くと同時に、戦鬼の懐に門桜が入り込み、爪を突き立てた。
動きに反応するように、戦鬼も鋭い腕を前に突き出す。
二人の爪は交わるように互いの腹を貫き、ポタポタと背に突き抜ける二人の爪からは血が滴る。
「不知夜…会いに来たんだ、私を…思い出してくれ」
ごぽりと血を吐きながらもう一方の腕で、同じく血を吐く戦鬼の頬を撫でると、懇願するように声をかけた。
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