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第一章
名の意
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山道を走り小さな社の近くの丸々とした黒い塊に近寄る。そろりと近寄り抱きつつくと、抱きつかれた黒い塊は身じろぎして首を伸ばした。美しい虹色のツノを持つ龍の頭が抱きつく己を見下ろし、目を細めてくる。
「母上!綺麗な花を見つけてきた。」
「おや、ありがとう…綺麗な花じゃの」
隠していた花かんむりを頭に被せると龍は、嬉しそうに微笑みすり寄ってくる。その顔を受け止めながら柔らかい鬣とつやりとした鱗が心地よくて目を閉じた。
「んっ……ここは…?」
まぶたを震わせ、ぼやけた視界で辺りを見回す。はっきりし出した世界は、壁も天井も苔に覆われた岩、氷柱のように垂れた鐘乳石と洞窟の中だと物語る。呟いた掠れ声に反応するように近くで何かが動く。起き上がろうとして、首以外指先一つ動かせないと気づいた。
「っ…??動かない…」
「あぁ、すまん…目が覚めても正気を保ってるから分からなかったからな」
動かない体に眉を寄せてもがくように力を込めていると、白髪の男が近寄りながら声をかけてくる。
「あまり無理に動くな、言葉は通じるみたいだな?今解く」
近く男に警戒するように、視線を向けると、白髪の男が目を細めて見ていた。言われた言葉に大人しくすれば、ちりんと頭の奥で鈴の音がした。
「もう動けるはずだ」
「本当だ……あんたは?」
男の言葉に手をあげてみればあっさりと動いた。起き上がろうと体を動かせばずきりと痛む。
「無理に動くな、傷が塞ぎきっていない……俺が誰かわからんか?」
「いや……わからない」
「……そうか、俺は空牙だ」
空牙と白髪の男は眉尻を下げて答え答えれば、どこまで記憶があるかを問う。
「記憶…?そう言えば俺は一体…」
思い出そうとすればするほど、もやがかかったように己の事が分からない。目と前の男と自分が知り合いである、男の口ぶりから理解できても名乗られた名前にピンと来るものはない。
「自分の名前はわかるか?」
「え?……俺の名前…」
首を左右に振ると、何一つ思い出せない己に途端に怖くなれば体を抱くようにして震える。
「不知夜…師匠?」
不意に隣から掠れた声が聞こえ、横を見れば赤灰色の髪をした青年が、体を起こして眠そうに目をこすりながら二人の方を見ていた。
「眼が覚めたか、門桜……傷はまだ癒えきってない…無理に動くな」
すぐに体を起こした門桜の方に近寄り、体を支えながら空牙が声をかけてる。
(この光景…見た事がある…?)
聞こえた名前と、二人の姿に懐かしさを覚え、もう一度思い出そうとすれば、今度は思い出す事を拒絶するように頭に痛みが走る。
「っくぅ……」
「不知夜!」
痛みに呻けば門桜が慌てて近寄ってくる。それを咎める事をせず、動けるように空牙は支えてやれば、反応の違いに二人の様子を観察する。
「お前の名前は不知夜、こいつは門桜…何か思い出せそうか?」
不知夜、その名前を二人から呼ばれるたびに頭が割れるように痛む。次第に手足の感覚も薄れてこればひどく痛み出す。
「せ…師匠…何が起きてるんですか?」
「記憶の混濁、起因となった事象への反応、鬼になった者が良く陥る。特にこいつのように暴走した状態から、理性を取り戻した奴には多い」
痛みに呻く様子に門桜は体を支えるように触れ、師を仰ぎ見る。慣れた事というように息を吐くと、心配そうに瞳を揺らす門桜の頭を撫でた。
呻き苦しみ今にも暴れようとする様子に、とんっと優しく頭に手を置けば静かに、彼たらしめる噂の名を呟く。
「戦鬼、お前の名は戦鬼だ。戦を喰い破壊する鬼…それが鬼であるお前だ」
ゆっくりと名前を呼ばれる。戦鬼と呼ばれるたびゆっくりと痛みが引いていき思考が、ひらけてくる。
「戦鬼……」
「そうだ、今はそれでいい…落ち着けばそのうち自ずと思い出せる。無理に思い出す必要はない」
落ち着いてこれば、自分の名前と言われた言葉を繰り返す。
「門桜も分かっているな?」
「……はい」
空牙に言われればこくりと頷いてから、名前を繰り返し確認するようにつぶやく戦鬼の肩に額をくっつける。
門桜の突然の行動に驚いたように、空牙と門桜を交互に視線を送れば、空牙が首を振る。ゆっくりと門桜の肩を抱けばぴくりと腕の中に収まった門桜が震え、戦を見上げる。
「また会えるとは思わなかった…たとえ変質していようとも君は君だ。戦鬼、私達と共に来てくれないか?」
「共に…?何処へ?」
目を細め笑みを浮かべれば、不思議そうに首をかしげる戦鬼の頬を撫でる。
「色々なところ、君が見たこともないたくさんの世界…私は叶うなら君の見る世界を共に見たい」
腕の中で語る門桜を少し強く抱きしめると、胸の中へと熱が灯るようにじんわりと暖かく感じる。
「俺も…行きたい…行ってもいいだろうか?」
「勿論、私が誘っているんだ突然だろう?」
戦鬼の言葉にくすくすと笑うと、頷きぎゅっと背中に手を回して抱きしめる。
「戦鬼、門桜…もういいか?」
こほんと咳払いが聞こえてこれば二人は慌てて離れ、声のした方を向く。
空牙が二人を黙って交互に見ると、ふっと笑みを浮かべてわしわしと頭をかき回すように撫でる。髪をぐしゃぐしゃにされるように撫でられながら、戦鬼は懐かしさを感じ目を閉じる。
「やめてください師匠!」
「やめてくれ師匠」
撫でる空牙への抗議の言葉はほぼ同時だった。手を止めた空牙と門桜は思わず顔を見合わせて、笑い声をあげる。二人の様子に何が起きたか分からないと、言うようにきょとんと戦鬼は呆けた表情を浮かべた。
「師匠か…思い出せずとも俺をそう呼ぶか」
「え…あ……すみません…何で俺」
空牙の指摘にハッと口を抑えるとそう言えばと、目を泳がせる。
「いい、俺もお前からはそっちの呼ばれ方の方がしっくりくるからな、そのままで構わん」
戦鬼の反応に再び二人は笑うと、門桜が手を差し出す。よく分からずその手をじっと見ていれば、空牙が戦鬼の手を取り門桜の差し出された手と重ねさせる。
「これからよろしく、戦鬼」
戦鬼の手を握ると、小首を傾げて言えば戦鬼を見つめ微笑む。門桜の言葉に空牙をちらりと見れば、空牙も微笑み頷く。
「よろしく…門桜…師匠」
二人をしっかりと見ると、握られる手を握り返し握手を交わした。
「母上!綺麗な花を見つけてきた。」
「おや、ありがとう…綺麗な花じゃの」
隠していた花かんむりを頭に被せると龍は、嬉しそうに微笑みすり寄ってくる。その顔を受け止めながら柔らかい鬣とつやりとした鱗が心地よくて目を閉じた。
「んっ……ここは…?」
まぶたを震わせ、ぼやけた視界で辺りを見回す。はっきりし出した世界は、壁も天井も苔に覆われた岩、氷柱のように垂れた鐘乳石と洞窟の中だと物語る。呟いた掠れ声に反応するように近くで何かが動く。起き上がろうとして、首以外指先一つ動かせないと気づいた。
「っ…??動かない…」
「あぁ、すまん…目が覚めても正気を保ってるから分からなかったからな」
動かない体に眉を寄せてもがくように力を込めていると、白髪の男が近寄りながら声をかけてくる。
「あまり無理に動くな、言葉は通じるみたいだな?今解く」
近く男に警戒するように、視線を向けると、白髪の男が目を細めて見ていた。言われた言葉に大人しくすれば、ちりんと頭の奥で鈴の音がした。
「もう動けるはずだ」
「本当だ……あんたは?」
男の言葉に手をあげてみればあっさりと動いた。起き上がろうと体を動かせばずきりと痛む。
「無理に動くな、傷が塞ぎきっていない……俺が誰かわからんか?」
「いや……わからない」
「……そうか、俺は空牙だ」
空牙と白髪の男は眉尻を下げて答え答えれば、どこまで記憶があるかを問う。
「記憶…?そう言えば俺は一体…」
思い出そうとすればするほど、もやがかかったように己の事が分からない。目と前の男と自分が知り合いである、男の口ぶりから理解できても名乗られた名前にピンと来るものはない。
「自分の名前はわかるか?」
「え?……俺の名前…」
首を左右に振ると、何一つ思い出せない己に途端に怖くなれば体を抱くようにして震える。
「不知夜…師匠?」
不意に隣から掠れた声が聞こえ、横を見れば赤灰色の髪をした青年が、体を起こして眠そうに目をこすりながら二人の方を見ていた。
「眼が覚めたか、門桜……傷はまだ癒えきってない…無理に動くな」
すぐに体を起こした門桜の方に近寄り、体を支えながら空牙が声をかけてる。
(この光景…見た事がある…?)
聞こえた名前と、二人の姿に懐かしさを覚え、もう一度思い出そうとすれば、今度は思い出す事を拒絶するように頭に痛みが走る。
「っくぅ……」
「不知夜!」
痛みに呻けば門桜が慌てて近寄ってくる。それを咎める事をせず、動けるように空牙は支えてやれば、反応の違いに二人の様子を観察する。
「お前の名前は不知夜、こいつは門桜…何か思い出せそうか?」
不知夜、その名前を二人から呼ばれるたびに頭が割れるように痛む。次第に手足の感覚も薄れてこればひどく痛み出す。
「せ…師匠…何が起きてるんですか?」
「記憶の混濁、起因となった事象への反応、鬼になった者が良く陥る。特にこいつのように暴走した状態から、理性を取り戻した奴には多い」
痛みに呻く様子に門桜は体を支えるように触れ、師を仰ぎ見る。慣れた事というように息を吐くと、心配そうに瞳を揺らす門桜の頭を撫でた。
呻き苦しみ今にも暴れようとする様子に、とんっと優しく頭に手を置けば静かに、彼たらしめる噂の名を呟く。
「戦鬼、お前の名は戦鬼だ。戦を喰い破壊する鬼…それが鬼であるお前だ」
ゆっくりと名前を呼ばれる。戦鬼と呼ばれるたびゆっくりと痛みが引いていき思考が、ひらけてくる。
「戦鬼……」
「そうだ、今はそれでいい…落ち着けばそのうち自ずと思い出せる。無理に思い出す必要はない」
落ち着いてこれば、自分の名前と言われた言葉を繰り返す。
「門桜も分かっているな?」
「……はい」
空牙に言われればこくりと頷いてから、名前を繰り返し確認するようにつぶやく戦鬼の肩に額をくっつける。
門桜の突然の行動に驚いたように、空牙と門桜を交互に視線を送れば、空牙が首を振る。ゆっくりと門桜の肩を抱けばぴくりと腕の中に収まった門桜が震え、戦を見上げる。
「また会えるとは思わなかった…たとえ変質していようとも君は君だ。戦鬼、私達と共に来てくれないか?」
「共に…?何処へ?」
目を細め笑みを浮かべれば、不思議そうに首をかしげる戦鬼の頬を撫でる。
「色々なところ、君が見たこともないたくさんの世界…私は叶うなら君の見る世界を共に見たい」
腕の中で語る門桜を少し強く抱きしめると、胸の中へと熱が灯るようにじんわりと暖かく感じる。
「俺も…行きたい…行ってもいいだろうか?」
「勿論、私が誘っているんだ突然だろう?」
戦鬼の言葉にくすくすと笑うと、頷きぎゅっと背中に手を回して抱きしめる。
「戦鬼、門桜…もういいか?」
こほんと咳払いが聞こえてこれば二人は慌てて離れ、声のした方を向く。
空牙が二人を黙って交互に見ると、ふっと笑みを浮かべてわしわしと頭をかき回すように撫でる。髪をぐしゃぐしゃにされるように撫でられながら、戦鬼は懐かしさを感じ目を閉じる。
「やめてください師匠!」
「やめてくれ師匠」
撫でる空牙への抗議の言葉はほぼ同時だった。手を止めた空牙と門桜は思わず顔を見合わせて、笑い声をあげる。二人の様子に何が起きたか分からないと、言うようにきょとんと戦鬼は呆けた表情を浮かべた。
「師匠か…思い出せずとも俺をそう呼ぶか」
「え…あ……すみません…何で俺」
空牙の指摘にハッと口を抑えるとそう言えばと、目を泳がせる。
「いい、俺もお前からはそっちの呼ばれ方の方がしっくりくるからな、そのままで構わん」
戦鬼の反応に再び二人は笑うと、門桜が手を差し出す。よく分からずその手をじっと見ていれば、空牙が戦鬼の手を取り門桜の差し出された手と重ねさせる。
「これからよろしく、戦鬼」
戦鬼の手を握ると、小首を傾げて言えば戦鬼を見つめ微笑む。門桜の言葉に空牙をちらりと見れば、空牙も微笑み頷く。
「よろしく…門桜…師匠」
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