鬼神伝承

時雨鈴檎

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第三章

影の中

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壬生は困惑していた。
講堂の裏手、鬱蒼とした林に足を踏み入れれば、そこは黒一色だった。
入る前までは、背の高い伸び放題の草と大きく葉を広げた木の群生地が見えていたはずだ。今日は満月、葉の隙間から多少漏れてもいいだろう。月明かりが届かないにしても暗すぎた。いや暗いというよりは黒だった。
空を見上げて再び絶句する。そこには空でも木の葉でもなく、辺りと同じように墨をひっくり返した平坦な暗闇。
「おい、どうなってんだこれは」
「見たままだが?」
「見たままって…情報が少なすぎるわ!」
はっと笑う空牙に、渋い顔を作れば、夜目が効かないにしても見えなさすぎる、だのに相手の姿は昼間のようにはっきりと見えると首をひねる。
「知りたかったらそれまでくたばらないよう、精々頑張るんだな」
壬生の反応が楽しいのかくっくと笑うと、手を掲げる。暗いもかかわらず相手の姿は認識できる違和感に、眉を寄せながら、笑う空牙が次は何をするのかと注意深く観察する。
ふわゆらりと細長い二本の尾を揺らすと、りんと鈴の音が響く。音に合わせるように、掲げた空牙の指先に波紋が浮かぶ。りん、りぃん、幾度となく鳴り響く鈴音に合わ波紋は次第に大きく数も増えていく。腕を下ろせば波紋から、鯨が飛び上がった。小さな鯨は降ろされた手の上に着水するようにその体を落とすと、着地の水しぶきの代わりに今度は桜が舞う。花びらに包まれた鯨は空牙の手の上で形を変えて、弓なりに反って固まり、その背には尾びれへと向かう無数の細い糸が張られていた。
その時間は僅かではあったが壬生の目を奪うには十分だった。
「たて…ごと?それで、歌でも歌おうってか?」
竪琴のように見えるそれで、今度は何をする気だと揶揄うように言えば、空牙の耳がピクリと揺れる。
ぴんっと弦を弾く空牙に、怒らせたかと頬をひきつらせる壬生の真横、頬すれすれを何かが掠めた。
「ぎょあ゛あ゛あ゛ぁ゛」
真後ろからこの世のものとは思えない、耳をつんざく音が響く。
驚いたように後ろを振り向けばそこには、無数の目、そのうちいくつかの虹彩に細長い淡く光る針が刺さっていた。
壬生は何が起きたか理解するよりも前に、腰の刀に触れながら全方位に警戒を向ける。
視線を向ける先々に目玉と蠢く黒い塊が、うぞうぞとこちらへ迫ってきていた。
いつの間に囲まれたと舌打つ壬生の横で気にした様子もなく、弦の一本をつまみ弾く。竪琴の音とでも言うように再び辺りの目に光の針が刺さる絶叫が響く。
竪琴を使う鬼なんぞ居たか、と自身の記憶をろうと意識を外した隙に、 塊たちが一斉に飛んでくる。
「一体なんだこいつら!!」
黒い塊に腰の刀を引き抜こうとした壬生は、本能的に刀では力不足と背中に背負う大剣を掴み、そのまま叩き斬る。
しゅるりと巻かれていた布が解かれていけば、刀身は、無数の尖がった小さな刃が全体を覆うように付いていた。切ると言うよりは、鈍器に近く、肉を捉え、刃の動きに合わせて削り落とす。そのため切り口はひどい有様となる。
再生力の高い鬼へ対抗するために、傷口を少しでも複雑にする形状をしていた。
叩き潰すように身を削られた塊は不快な音を上げてのたうちながら下がる。
目の前の塊はもがくが、叩きつけた肉を削いだ筈の手に伝わったのは、水面を叩いた時のような、強い風を切って走る馬の上に乗っている時のような、手応えの無さを感じた。
「こいつら、実態がねぇのか…いやあるのかどっちなんだ、気色悪い」
次々に飛びかかってくる塊を、叩き潰しながら、空牙の方を見れば涼しい顔をして、淡々と塊をいなしていた。
「鬼石の刃か…俺はお前のその武器に引くがな…何度潰しても弱点を突かなければ無駄だ。目を狙え」
壬生の刃に懐かしい鬼だと目を細めると、狩ったのはこいつだったのかと静かにふっと息を吐くと、弱点を指差し次々と目玉を潰していく。
「そういう事は早く言え!」
空牙の様子には気づくことなく壬生は悪態をついた。

うぞうぞと蠢く黒い何かに紛れて、どれほど歩いただろうか、前方を歩く門桜の尾は移動の間にさらに増えて9本となっていた。
尾でほとんど姿が隠れてしまっているからなのか、目の前で手を引くのが本当に門桜なのか不安になると、引っ張られていた手を握り返す。袖越しに握る門桜の手は、時折袖口から見える赤黒く少しつやとしている見た目通り硬く、不思議な暖かさを感じた。
ふわふわとひとつひとつが意思を持っているかのように動く9本の尾が揺れ、隙間から門桜がこちらを振り返る姿が見える。
目が合えば少しだけ、門桜は目を細めて目元だけで微笑むと、再び前を向いて歩いていく。

「門桜、なにか聞こえないか?」
門桜に手を引かれながら歩いていると、何処からかりん…りぃんと鈴の音が聞こえてくる。後に続くように耳を塞ぎたくなるような不快な音も続く。
「…戦闘が始まってる…」
この音は師匠の戦ってる音だよと、足を止める事なく振り返りながら周りの動きに合わせて先に進む。
「それなら急いで走った方が…」
「それはダメ、こいつらに気づかれてしまうからね、動きを合わせてないと同化できない」
こんな辺り一帯囲まれているところで気づかれると、合流どころじゃ無くなると説明する。
「確かに…でもどうしてこんなに近くを隠れずに歩いてるのに気づかれないんだ?」
一緒になって歩いてるだけで、隠れたりしているわけでもない状況に不思議そうに首をかしげる。
「多分君は影戻りだから。ここはね…」
続きを言いかけて、周りの塊たちの進みが止まる。合わせるように門桜も歩みを止めて耳をパタパタと揺らす。
「ねぇ、戦鬼…もしかしてあの人間も一緒に来てるの…?」
微かに眉を寄せて小さく呟くと、振り返り首を傾げる。
「あぁ…師匠は一回追い払おうとしてたみたいだけど…」
そう言えば伝えに行った時、正体をばらしてなにかいい争ってたなと、つられるように首をかしげる。
「…はぁ師匠の悪い癖だ……連れてきたってことは足手纏いにはならないって判断したんだろうけど…説明どうする気なんだろう」
はぁとため息を吐くと、軽く額を抑える。問題があるのかと首をかしげたままの戦鬼に、苦笑いをすると尾先で頬を撫でる。
「そのおかげで君に出会えたようなものだから、鬼の癖に人間好きなんて癖も悪くはないんだけどね」
他者と手を組んだり、人間を助けたり、鬼が過ごしやすい場所を作ったり、鬼の中では異質扱いされている己の師に困った顔を浮かべた。

「さてと、それじゃぁ始めようか」
まだ空牙の姿は見えないものの動きが止まってしまっては、道を無理やり開くしかないと手を離した。体を伸ばし姿勢を低くすると動きに合わせ、ぎょろぎょろと目玉が動き回り門桜に視線が集まる。
「戦鬼、ここからは突き抜けるよ、さっきの話の続きは師匠と合流してからね。多分心臓も師匠たちのところに向かってるだろうし…」
視線を向ける塊の一つが大きな不快な音をあげる。音が合図とでも言うように、門桜の尾が進行方向を開けるように、塊を弾き飛ばし道を開けた。
「ぼーっとしてると置いてくよ」
「っ…わかった」
ちらりと振り返る門桜は目を細めて笑うと手招く。その間にも、周囲の塊は吹き飛ばされた場所から湧き、次々と一つの塊へと戻り門桜へと飛びかかる。
咄嗟に門桜の前に出れば先頭の塊を、腕を鱗に覆われた龍に変化させると叩き潰す。
「今は倒すより先に前に進むよ、弱点以外は無駄だよ、目を潰さないと直ぐに復活するから」
殴りつけた塊は、肉を殴るような手応えがなく眉を寄せると、門桜が一つ一つ狙ってるときりがないと首を振り少しずつ前に進むように目の前の敵を吹き飛ばした。
後ろの塊を巻き込み吹き飛び空間ができると、少し前に進む。
「とにかく大技でこいつらを蹴散らして前に進む」
形の崩れた塊が再び、元に戻る前に飛び込んで吹き飛ばした。
道を大きく開ける、ふと頭に龍が大口を開ける姿が浮かぶ。脳裏に浮かぶ映像の龍の喉元が淡く光ったかと思えば、開いた口から強い光が放たれた。
(今のが使えたら…)
なぜこんなものが見えたんだと首を傾げながらも、とにかく今は合流を優先したい門桜に頷き二人の方角を聞く。
「あの方角だけど…戦鬼?」
すっと門桜の盾になるように自分の後ろに隠すと、踏ん張りを確認するように足元を蹴ると足を軽く開いた。

影の塊に囲まれた壬生と空牙は確実に近くの目を潰していく。
「これじゃぁまともに動けん!きりがねぇ!」
めしゃりと何個目かわからない、目をまとめて叩き潰すと額に浮かぶ汗を拭う。
「なんだ、もう限界か?口ほどにもないな」
「なにおぅ…むしろこの量相手によくやっとるほうだろうが!…っ!」
休む間も無く襲いくる塊を相手に、じっとりと動き回って浮かぶ汗を拭うと壬生とは対照に、汗ひとつかかず涼しい顔で、壬生を煽る。
「こいつら止めるすべはねぇんか!あんた何か知ってるんだろ」
「知ってはいるが、残念ながら俺ではどうすることもできん。コンが来ないことにはな」
「あいつらが動ける状態なのか?俺たちだってここから動けやしねぇのに」
あの2人もここにいる先に出た、2人は合流しているのだろうかと首をひねる。
壬生の言葉に俺の弟子だ、これくらい切り抜けると呟けば耳がピクリと動き目を細めた。ひらりと数歩横にずれる。
空牙の動きになんだと首をかしげた壬生の視線の端に、この黒い空間で目立つ、白いものが映る。こちらへ飛んでくると咄嗟に体をそらせた事で、目の前を熱量が通り過ぎ、髪をかすめる程度で済んだ。
「新手か!」
「いや、今のはリュウだな」
警戒するように視線を向けて声を上げた壬生に、なんでもないように答えると面白い技を身につけたなと目を細めた。
ちりりと壬生の乱れた前髪を焼いた熱線は、一直線に塊の群れに大きく道を開けた。道の先にには、踏ん張るように腰を軽く落とし、腕を突き出した戦鬼とその背後で後から集まるものを、自在に動く9本の尾で貫く門桜が立っていた。
「あ…なんだぁ…?」
壬生がぽかんとする横で可笑しそうに、口の端をあげた。

「出た……」
「出たって、はぁー直感で動かないで…びっくりするから」
真っ直ぐ一気に道を作る方法と頭に浮かんだ情景は龍が口から熱戦を吐き出す姿だったが、あの光量で顔の前は難しそうだと、体を動かした戦鬼は驚いたように自分の手元を見る。きょとんとする戦鬼に深く息を吐くと、ひらけた道の先に壬生と空牙が見えれば、道が閉じる前にいこうと走り始めた。
門桜は歩を進めながら視線の先の空牙の笑みを見て、隣を走る戦鬼に視線を向ける。眼帯に覆われた顔に、少しずつ鬼の力に目覚めていると目を細めた。
「なかなかいい火力だな」
再生を始める塊たちを弾き飛ばし、道が塞がらないように防ぎながら走り抜ける。空牙は2人の背後に飛びかかってきた塊を吹き飛ばすと、合流した戦鬼に声をかけた。
「できる気がしたら、出来た」
「後から力を得るってのは、そういうものだ。教えられて出来るものでもない。門桜心臓は?」
「大丈夫、見つけました…。ただ消失録の中には無かったので正体はつかめませんでした…影落ちになってから鬼を取り込んで、上位に上がった無名か……可能性としてメディラ作られた鬼かと」
不思議そうに呟く戦鬼に細長い2本の尾を揺らして笑えば、門桜の方に視線を向けた。
答えた門桜は、すみませんと謝ると聞き慣れない言葉に首をかしげる壬生を見る。
「師匠…その人間連れてきたんですね?」
「まぁ、置いてきても付いてきそうだったし…別れて後で入って来られるのも説明も面倒だったからな」
「はぁ…いつものことだからいいんですけど…」
呆れたようにため息を吐く門桜は、体の体積以上はありそうな9本の尾を揺らした。
「こいつも…鬼…?いやこれは九狐?まさかあれは伝説だろ」
ぽかんと、そんなバカななどと呟きながら門桜の姿に釘付けになる。気配をたどっても鬼らしい気配はないが、"ソラ"の例があると首をひねる壬生に向けて、門桜は尾を放った。
「…っ………」
向かってくる尾に身構えると後ろから大きな不快音が鳴り響く。
「私のことを気にかけている暇がこの状況であるとは、随分と余裕ですね、影のいい的になりますよ?」
驚いたように振り返ると、門桜の尾は壬生をすり抜け、背後の塊を貫いていた。人間は好物なんですからと呟けば、目元を細めて見上げると、再びため息を吐きすぐに視線は空牙の方に向く。
(門桜は人間が嫌いなのか…?けど、人間の頃の俺とは仲が良かったんだよな…)
その様子を見ていた戦鬼は首をかしげる。
既に塊の方に視線を向ける門桜に声をかけようと近寄ると、空牙が口を開いた。

「コン今回の強さ的にはどこに当たりそうだ?」
「…多分七万…いえ…八万石はちまんごくは行きそうですかね」
「八万石ぅ!?まてまて!それをこの人数は無理だろ!組織規模での相手じゃねぇか!準備ができてたって2千石が限界だろ正気か…いやあんたらがそれを超えてるってんならともかく…」
2人の会話にきょとんとする戦鬼の横で壬生は驚愕の表情を、浮かべて声を荒げる。
「その、八万石とかなんだ?」
「あ、しらねぇのか…いや知らんよな、知ってるそこの鬼がおかしいんだよな…そうだよ、当たり前のように俺らの報酬で換算しやがって、鬼といること忘れそうになる。…ごくってのは俺たち鬼狩り用の通貨だ、どの国でも使えるっていう便利な代物だよ。んで鬼の強さや便利さで値段が決められる」
強ければ強いほど高くなる、例外もあるがと空牙がどの鬼か推し量るようにちらりと視線を向ける。
「お前にはこっちの方がわかりやすいだろう?…大体一般的には四百から五百石、千を超えると難易度は上がる。基本的複数人で戦うな。腕がいいと、千石以上でも単独でやるやつもいるが…まぁ殺した時はそれほどだが、生け捕りで値段が跳ね上がるのもいるから、純粋な力換算ばかりでもないが」
人に混じったり身を潜めて暮らす鬼にとって、人の目が明確にわかる賞金情報は重宝する為、使うものも多いぞと視線を向ける壬生に笑う。
「へぇ…じゃぁその八万石は凄いのか」
「凄いも何も、組織がこぞって俺らみたいな逸れを引き入れてやる相手だ…最近この辺りで一番有名なのはいくさおにだな…あそこまで行くと複数組織の共闘いや、国が動く域だが」
鬼狩りは国に付く者、組織に入る者、そして壬生のようにどこにも属さず、土地を渡り雇われ請け負う者と別れる。
三様全てが統一して指標にするのが賞金情報であり、これまでの集められた情報を元に、それぞれランク付けされ値段が決められ、各地の鬼狩り達はその情報を元に動く。
被害によってまとめる情報の差異が出る、離れれば離れるほど地域ごとに賞金表は変わり、名前すら乗らない鬼も存在する。
その為、鬼狩りは必ず新しい土地に立ち寄ると情報をその地域を拠点とする組織や国から受け取る。
「あの時は確か八四万四千石はちじゅうよんまんとよんせんごくだったか?」
空牙は数年前、壬生から見せられた賞金表の値段を言えば、良く覚えてんなと壬生は笑ってから首を振った。
「あれからもっと跳ね上がった…被害もデケェし姿もつかめねぇってんで二五六万八千七百石にゃひゃくごじゅうろくまんとはっせんななひゃくごくもはやほとんどの組織が争うのやめて必死だ、国は手柄を立てようと小競り合いしながら祭り上げてやってるけどな」
壬生と空牙の会話に他人事のように聞いていると、背後に着地した門桜が君の事だよ、とため息混じりに首を振った。

「で、その八万石どうする気だ?というかこれ鬼の仕業か…さっきの無名だとかめでぃらだとか聞きなれねぇ言葉は、鬼どもの間でつけてる名前か?」
「あぁ、成り方や人間からの呼ばれ方を目安に、鬼の間でも個を持ち知性ある鬼達は、各々を呼び文化を形成している」
空牙は飛びかかる一体を竪琴の湾曲する腹で叩き潰して、頷き説明した。
壬生は鬼もそんな事してるのかと驚いたように目を見開く。
「そんなに変な事なのか?」
「あ…いや……まぁなに、そりゃそうだよな考える頭があるんならそれくらいやっててもおかしくねぇよな」
首をかしげながら聞く戦鬼に、ばつが悪そうに眉をひそめると、忘れてくれと首を振った。
ちらりと今度は門桜が壬生の言動に驚いたように視線を向けるが、直ぐに目の前の目玉へと視線を移し、壬生が視線を向ける頃には大きな尾の集まりで見えなくなっていた。
「わるかった、話がずれたな…その鬼がこれをしでかしてるってことでいいのか?」
「あぁ、とはいえ少し違うがな…ここは影虚に取り込まれた鬼の慣れ果てが作り出してる空間…陰虚に飲まれれば鬼も当然消滅するが、まれにこうやって影虚を逆に取り込む奴がいる、俺たちの間ではそれを影落ちと呼んでる。」
今はそんな事を話してる場合ではなかったと頭を切り替えた壬生に頷いた空牙は、戦鬼にも聞こえるように話す。
一度堕ちた鬼は元には戻れず、殺す以外に道はないと目を伏せると空牙の憂いを帯びた声色に、壬生と戦鬼は言葉をかけるすべを探すように視線を合わせた。
「鬼が変化してるってのはなにも思考や知能だけじゃない…こういう鬼が現れる確率も増えてる。鬼同士の殺し合いもな…人間にとっちゃ鬼に起きてる事なぞ関係はないだろうがな」
2人の様子に仕方ない事だと少し笑って言えば、ピクンと耳と尾を揺らす。同時に門桜の尾の毛が逆立ち、師匠と声を上げる。
「あぁ…そうこうしてる間に来たみたいだな。手間が省けて助かる奴がこの空間を生み出してる心臓、影虚を取り込んで一体化した鬼だ」
待っていたと言うように、空牙は攻撃の手を止めると、その隣に門桜が降り立つ。合図とでも言うように大きな雄叫びが響くと影たちの攻撃が止み、空牙と門桜の視線の先が割れるように道が開いた。
戦鬼はぞわりと背を這う不快な冷たさを覚えながら、眼帯に覆われた右目に触れると割れた道へと目を向ける。隣にいた壬生も同じように感じたのだろう、ごくりと喉を鳴らし身じろぐと視線を投げた。
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