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第三章
月下
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断末魔もなく、だらりと全く動かなくなった影落ちは、空牙へと倒れこむ。影落ちを中心に広がっていた闇が晴れ月の光の漏れる林へと戻っていった。
「やった…のか?」
指を組んだままぜいぜいと息を切らす壬生は抵抗の感じなくなった手元と影落ちを交互に見る。戦鬼も空牙と抱き合うように動かなくなった影落ちへと視線を向けた。
影落ちがゆっくりと発光する。その醜い姿はゆっくりと形を変えて、白かった髪は黒く、大きく口元まで裂けた口はふさがり一瞬開いた瞳は金色ではなく青みのある黒い目をしていた。
ふわりふわりと光の粒子が昇り、消え始める。影落ちの空牙へ向けた視線は、優しいものを向けていた。
再び目を閉じた影落ちは霧散し花びらが風に乗り舞うように飛び上がると空高くで、散り散りに飛び散った。
「終わりだ、とはいえあれはまた暫くすれば戻るから一時しのぎだがな…よりによってあれが動き出すか…」
「あれを知ってんのか?」
「人間が知る必要もない。とは言え勘違いされても困るからな…あれは影落ちの中でも特異だ他の影落ちは鬼や影虚を倒す要領でいい、それで確実に仕留められる」
何かはわからないと首を振った空牙は、戻ってきながら短刀を元の竪琴の姿に戻す。
「さて、俺たちの正体を知ったわけだがどうする?」
壬生へと視線を向けて、このままやり合うか?と首をひねる。
「あーあー…いいわ…疲れたし…何よりあんたに勝てる気はしねぇ…少なくともここにいるお前らは明らかに単騎で勝てる相手じゃなさそうだしな」
首を振ってその場に座り込むと、見る間に剣の腕を上げていった戦鬼を見てから、生まれたてにしては強すぎるだろと呟いてから、すぐに顔を上げて戦鬼を凝視する。
「いや、まさか……まさかな…幾多の武器を使いこなす手練れの鬼…戦を知り尽くした…いくさおに」
見られてることに気づいた戦鬼はぽつりと呟いた壬生の言葉に首をかしげる。
「ソラの方は検討もつかねぇが…まさかと思うがリュウ…お前は」
「はぁ、壬生…詮索は寿命を縮めるぞ…」
戦鬼を指差してぱくぱくと呟く壬生の隣に立った空牙は腰に手を当てて、ため息を吐くと、ぽんっと座り込む壬生の肩に手を置く。
「師匠やっぱりこの人間…」
「あー!いや待て待て!確かにあんときゃいくさおにを仕留めたかったがな…正直今はそれよりお前らの事を知りてぇ」
面倒になる前に殺しておいた方がと腕を持ち上げ、門桜の赤黒い手が袖から覗く。
俺の知ってる噂の鬼とは全然違うと慌てて手を振れば、人間の知らない真実が知りたいと敵意がないことを示す。
「知ってどうする?命乞いにしてはもっとましなものもあるだろう」
訝しげな視線を向ける門桜にそれはごもっともというように、頬を引きつらせてから助けを求めるように空牙や戦鬼へと視線をずらす。
「か……コ、ン?こいつは俺たちを手伝ってくれたぞ」
戦鬼は壬生と目が合うと首を傾げてから、門桜の肩に触れて落ち着けと止める。戦鬼の言葉に少しため息を吐くと、君の正体をこいつが言いふらせば、大変なことになることを説明すれば壬生を見る。
「っくく…知ってどうする?」
「笑う所か?いや…別に何をってわけじゃねぇよ…ここまで俺の常識と違うものを見せられたら、気にもなるだろ」
突然笑い出した空牙に訝しげな視線を投げながら、ため息混じりに呟くいた。
「私たちの情報を漏らさないとは限らない、動きにくくなると困る」
「俺は別に鬼が憎いわけでもないし…そもそも、こんな話し誰も信用しねぇよ…鬼が鬼狩りと共闘したなんて」
壬生の言葉に、目を見開いた門桜は驚いたように空牙に目を向ける。
「まぁそういう事だ…しかし、だからと言って安心はしきれないからな…」
騙して情報を得ようとしてるだけかもしれんしと、何か閃いたようにくつくつと笑う空牙に、門桜はまさかと眉を寄せる。
「師匠?コン…何を話してるんだ?」
「お前らの間だけで解決してるんじゃねぇよ」
話の読めない壬生と戦鬼が同時に声を上げる。お互いに視線を送ってから笑う空牙と呆れた表情を浮かべる門桜へと視線を戻した。
「壬生、お前こいつらと行動を共にしろ」
ぽんっと門桜の頭に手を乗せてグリグリと撫で回しながら、壬生へと提案する。
「は?俺に鬼と行動しろって言うのか?」
「あぁ、そうだ。安心しろそいつらは別に人を食わなくても問題ない、多少は襲うがな…殺しはしない」
壬生は空牙の提案に目を見開き声を上げた。撫でられて耳がぺたりとなる不服そうな門桜と、隣できょとんとしている戦鬼を交互に見てから、きつく眉間にしわを寄せる。
「そいつらと行動すれば、自ずとお前の気になる事は解決するぞ?説明するよりそっちの方が早い」
笑いながら、なぁ門桜と撫で回されて複雑そうな表情でへの字に口を曲げる。
「そいつは不服そうだけどな」
「こいつは大体こんなんだ、人見知りがすごいからな」
不満そうな顔をする門桜を顎で示して、無理なんじゃないかといえば、空牙が首を振る。
「師匠…そろそろ撫でるのやめてください」
話題をそらそうと撫でられて曲がる耳を動かして、抗議の声を向ければ壬生の方をちらりと見る。
「人間嫌いなのか…?俺も人間だった時に過ごしてたんだろ…?」
戦鬼が門桜の様子にずっと考えていた事を聞いた。
その言葉にギョッとした顔をした壬生と、やったなという顔で額を抑える空牙に、深くため息を吐き首を振った門桜、3人の行動で口を滑らしたのだと悟る。
「あ……もしかして…今言わない方が良かったのか?」
「はぁぁぁ…ほんと君は」
「っ…おい、人間だったってどういうこった」
「めんどくさくなったな」
眉尻を下げ耳をへたれさせると、3人を見渡して肩を落とす。
「一緒に行動するなら、いずれ知ることにはなっただろうがな」
今説明するのがめんどくさかっただけだと、空牙が首を振ってから戦鬼をみて困惑する壬生を見た。
「そいつは人間の業で生まれた元人間だ。詳しい事は俺たちも知らん、そいつが思い出すのを待つしかない」
「師匠!こいつに何処まで…」
「俺は一度抜ける、お前達を連れては行けん。人間の近くが一番いい隠れ蓑だ」
鬼狩りなら尚の事、情報も得られるから人間側の動向もつかみやすいと、振り返り毛を逆立てる門桜を落ち着かせるように、再び頭を撫でる。
「最悪ばれたとしても、そいつの従属だと偽れば多少はなんとかなる。…そうならない事が一番だが」
でもとどもる不安そうに、壬生をチラと見る門桜に目を細めると、壬生へと視線を向ける。
「まて、俺は了承した覚えはねぇぞ…それに、あとでそのまま突き出すとは思わねぇのかあんた」
「抜けるってどういう…」
そっちのもやっぱり鬼なのかと口ぶりから、鬼の気配のないまま門桜の方を見る。
戦鬼も、空牙の言葉に驚いたように声を上げれば、不安げな門桜へ視線を向けた。
「お前は金目当てで鬼狩りをしてる、得にならない事はしないだろう?此奴らを突き出したところで、お前たち側に大きな損害が出るだけだ」
戦鬼は壬生予想通りだと告げれば、空牙がいなくなることに驚き俺たちはどうなるんだと、心配そうにしている戦鬼を指す。
「あー、まぁこの状態の此奴をいくさおにだって持ってっても信じてもらえねぇだろうし、暴れられると厄介だな…」
見透かされてるなと眉を寄せて頭をかくとため息を吐く。戦鬼は戦えば戦うほど強くなり、門桜に至っては全く得体が知れない、この鬼の気配を完全に消せる二人を、組織に突きつけても見返りは少ないだろう。
場合によっては適当にあしらわれて此奴らを安い金で取られて終わるだけ。
「それは旨くねぇな」
「食うのか?」
「お前は、阿呆か…」
顎に手を当てて渋い顔をしながらぼそりと呟いた壬生に、戦鬼は何を食べる気なのかと首をひねる。あまりにも間抜けな反応に呆れると、壬生が戦鬼に視線を向けた。
門桜と空牙もその戦鬼の場違いな反応に、額を抑えると、深くため息を吐いてどう考えても食べる話はしてなかっただろうがと、同じく呆れた顔をして戦鬼へと視線を向ける。
「旨くないとか言ったから」
「そういううまいじゃねぇーよ!お前らを、上に報告してもこっちにはなんの利益も得られねぇって話だっての」
鬼相手にこんな呑気な会話をしている自身が信じられないと思いながら、頭をガシガシとかくと深くため息を吐く。目の前でキョトンと首を傾げた、顔の半分は鱗に覆われている男に見た目は確かに成人と変わらない、その姿だけなら鱗人や姿を変えるのが下手な竜人と言ったところだろうか、その姿に昔外に出たばかりだという世間知らずだった仲間を思い出す。
調子が狂うと再びため息を吐くと、突き立てられた大剣の柄に手を伸ばして、支えにすれば立ち上がる。突然の壬生動きに、眉を寄せた門桜は尾を揺らめかせ、狙いを定めるように壬生を注視すれば、少し笑うと空牙は門桜が尾を突き立てれないよう前に手を出して制止した。
壬生は敵意がないという態度を示すように、空いている手をひらひらと降れば、立ち上がった勢いのまま大剣を持ち上げる。シュルシュルと帯状の布が刀身を包み、剥き身の歪な形が、変哲のない刀の形へと変化した。
よいしょと重そうに背中へと担ぎ直せば、軽く柄を動かしちょうどいい位置を探すように調整すると警戒する門桜へと視線を向ける。
見上げるように睨む門桜と視線を合わせればふいっと目をそらされる。こっちは警戒心の強い、野生動物だなと肩をすくめた。
「私は……」
なにかを言いかける門桜の耳元で何事か空牙が囁くと、目を見開いてから黙る。獣人の中には4つ耳-顔の横につく耳と頭部に獣を思わせる耳-を持つ種もいるが此奴は頭部のみかなどと、空牙が囁きかけ揺れる耳を眺め、今度はなんだと壬生が片眉をあげて二人の動きを観察すれば、不服そうな顔をした門桜と再び目が合う。
「で、一つだけ聞くがお前の提案を俺が断ったとした場合どうなるんだ?」
壬生は空牙へと視線を向ければ、おどけるように手を体の前で振るとへらりと笑う。
「そうだな…別に断ったとしてもどうもしない、お前はこれ以上何か知ることも、そして誰かにこの話も出来ないだけだな」
ふっと目を細めた空牙に、ぞわりと冷たい感触が背を撫でる。ひくと口の端を引きつらせた壬生は、ここにいるのはいつでも己を殺せる鬼たちだというのを思い出した。
3人から向けられる視線が途端に恐ろしいものに感じる。
「そんなに怯えるな、別にとって食う気は無い。その舌に口封じの術を施すだけだ」
一緒に来ると選んだとしてもこれはやるがなと、思わず後ずさった壬生に口元に手を当てて堪えるように笑い首を振った。
「安心して、師匠は人間好きだからね、よほどのことでもしないと殺さない」
隣で楽しそうな空牙にちらりと視線を向けてから、悪い癖が出てると深く溜息を吐く。
対照的な二人の態度に、壬生はちらりと戦鬼を見ればキョトンとした顔で、思っても見ない二人の反応不思議そうにする戦鬼と目が合う。
戦鬼は二人の様子に、どこか懐かしさを覚えて首をかしげる。これも人間だった時の感覚なのだろうかと、胸元に触れ少しもの悲しさを感じる。
(俺であって俺では無いんだよな…この記憶は)
「おい?リュウどうしたよ?それで、お前は気にしねぇのか?」
ぼうっとしていた戦鬼に声をかけた壬生は、驚いたような顔をする戦鬼に話を聞いていなかったのかと首をかしげる。
「なんの話だ?」
「聞いてなかったみたいだね」
「お前さん、ちょっとぼうっとしすぎやしねぇか」
首をひねって不思議そうに聞き返す戦鬼に上下から呆れた声が立つ。3人の間で、いつのまにか話が進んでいたようで、黙ったままの戦鬼に注目していた。
「だぁから、俺がお前らのおもりするのに依存はねぇのかって聞いてるんだよ」
「君がおもりされる側でしょう」
「おぉ?いうなぁ、ちっこいくせして」
「大きさは関係ない、ちょっと撫でないで」
毛を逆立てて抗議の声を上げる門桜に気にした様子もなく、耳を折り曲げるように乱暴に頭をかき回す。さっきまで険悪だったようなと戦鬼は驚いたように目を見開いて固まると、ぱちぱちと瞬く。
「えっと…?壬生は俺たちと来るのか?」
「そう言ってるだろ」
「私は二人でも平気なんだけど」
むすっとした表情で撫でてくる壬生の手から逃れるように戦鬼の方へ向かうと、不満を漏らす。鬼とは言え、話してみれば存外なにも人と変わらんのだなと、壬生はその動きに笑ってから戦鬼へ視線を向ける。
「どういう話でこうなったんだ?」
「うん、いうと思った」
まだ状況が読み切れず首をひねりながら、近寄ってきた門桜をみれば半目で見上げ耳をパタパタと動かしていた。
腕を組んだ空牙が壬生隣に立つと、ちゃんと聞いておけと戦鬼の額を小突く。
壬生は、鬼への差別意識は無くあくまでも人の害になる鬼だけを選んでいた。いくさおにに関しても同じだった。正義感とかでは無く、そちらの方が後腐れがないからだった。
だからこそ、警戒こそすれど嫌悪感があるわけではなく、快諾とは言わないものの気になることを解決させる為にも空牙の提案に乗ることにした。
「人間相手に、こんな事提案してくる鬼も初めてだが何より、単独行動をしない鬼というのが珍しいしな、知らん事を知れるいいチャンスだ」
俺たちは鬼について何も知らないと首を振った壬生は、戦鬼をまっすぐ見て手を差し出す。
「私は君を認めたわけじゃないよ、師匠が言うから仕方なくだから」
「えっと…俺は二人がそれでいいなら気にしない」
「歓迎されてねぇなぁ」
差し出された手を取ればいいのかと首をひねった戦鬼が、壬生手を取る。横で少しふいっとそっぽを向きながら仕方なくという気配を立てながら、門桜が言うと壬生はそれでいいとケタケタと笑う。
「話はまとまったな、今後の動きだが…いつまでも偽名は不便だな…俺の名は空牙ぼーっとしてる方が戦鬼、ちっこい方が門桜だ」
「あー、やっぱり偽名か…リュウ…戦鬼が何度か呼びにくそうにしてたからそうだろうとは思ってた。」
片眉をあげ空牙の言葉に納得したように頷くと、改めてよろしくと二人を見る。
「よかったんですか教えて」
「確実に戦鬼がボロ出すからな」
何度か門桜の名を呼びそうになっていた戦鬼へ視線を向けると、肩をすくめて首を振る。門桜はそうですねと同じように、肩をすくめるともう普通の呼んでいいのかと首をひねった戦鬼の尻を尾で軽く叩く。
「私たちの名は鬼狩りの前ではリュウ、コン、君は共に行動するからやむなく伝えた事を忘れないで」
壬生を見上げると鼻先に尾先を突きつけて、念を押すように言えばシュルシュルと尾が引っ込んで行く。
事は決まったと体を伸ばして空を見上げる、壬生はひたりと動きを止めて、はてと疑問を浮かべる。
「そういや、ここに入る前と月の位置かわらねぇなぁ…あんなに長くいた気がしたのに…」
「あそこは独自の時間の流れがある、同じように流れることもあれば、外では一瞬な事もな」
逆に何日も、下手をすれば何年も経ってるなんて事もあると木の葉に欠ける満月を見上げる。
「運が良かったな、戻ってきたらここが荒れ地になってるなんて事もありえたわけだから」
「おま…そう言うことくらいは先に言えよ…こっわ……」
しれっと答える空牙に再び頬を引きつらせて、もう一度月を見上げた。
戦鬼も壬生につられるように見上げればいつもと変わらずそこにある月は、ここで起きた事が夢だったのではないかと思うほどに明るく林に月明かりを届けていた。
「やった…のか?」
指を組んだままぜいぜいと息を切らす壬生は抵抗の感じなくなった手元と影落ちを交互に見る。戦鬼も空牙と抱き合うように動かなくなった影落ちへと視線を向けた。
影落ちがゆっくりと発光する。その醜い姿はゆっくりと形を変えて、白かった髪は黒く、大きく口元まで裂けた口はふさがり一瞬開いた瞳は金色ではなく青みのある黒い目をしていた。
ふわりふわりと光の粒子が昇り、消え始める。影落ちの空牙へ向けた視線は、優しいものを向けていた。
再び目を閉じた影落ちは霧散し花びらが風に乗り舞うように飛び上がると空高くで、散り散りに飛び散った。
「終わりだ、とはいえあれはまた暫くすれば戻るから一時しのぎだがな…よりによってあれが動き出すか…」
「あれを知ってんのか?」
「人間が知る必要もない。とは言え勘違いされても困るからな…あれは影落ちの中でも特異だ他の影落ちは鬼や影虚を倒す要領でいい、それで確実に仕留められる」
何かはわからないと首を振った空牙は、戻ってきながら短刀を元の竪琴の姿に戻す。
「さて、俺たちの正体を知ったわけだがどうする?」
壬生へと視線を向けて、このままやり合うか?と首をひねる。
「あーあー…いいわ…疲れたし…何よりあんたに勝てる気はしねぇ…少なくともここにいるお前らは明らかに単騎で勝てる相手じゃなさそうだしな」
首を振ってその場に座り込むと、見る間に剣の腕を上げていった戦鬼を見てから、生まれたてにしては強すぎるだろと呟いてから、すぐに顔を上げて戦鬼を凝視する。
「いや、まさか……まさかな…幾多の武器を使いこなす手練れの鬼…戦を知り尽くした…いくさおに」
見られてることに気づいた戦鬼はぽつりと呟いた壬生の言葉に首をかしげる。
「ソラの方は検討もつかねぇが…まさかと思うがリュウ…お前は」
「はぁ、壬生…詮索は寿命を縮めるぞ…」
戦鬼を指差してぱくぱくと呟く壬生の隣に立った空牙は腰に手を当てて、ため息を吐くと、ぽんっと座り込む壬生の肩に手を置く。
「師匠やっぱりこの人間…」
「あー!いや待て待て!確かにあんときゃいくさおにを仕留めたかったがな…正直今はそれよりお前らの事を知りてぇ」
面倒になる前に殺しておいた方がと腕を持ち上げ、門桜の赤黒い手が袖から覗く。
俺の知ってる噂の鬼とは全然違うと慌てて手を振れば、人間の知らない真実が知りたいと敵意がないことを示す。
「知ってどうする?命乞いにしてはもっとましなものもあるだろう」
訝しげな視線を向ける門桜にそれはごもっともというように、頬を引きつらせてから助けを求めるように空牙や戦鬼へと視線をずらす。
「か……コ、ン?こいつは俺たちを手伝ってくれたぞ」
戦鬼は壬生と目が合うと首を傾げてから、門桜の肩に触れて落ち着けと止める。戦鬼の言葉に少しため息を吐くと、君の正体をこいつが言いふらせば、大変なことになることを説明すれば壬生を見る。
「っくく…知ってどうする?」
「笑う所か?いや…別に何をってわけじゃねぇよ…ここまで俺の常識と違うものを見せられたら、気にもなるだろ」
突然笑い出した空牙に訝しげな視線を投げながら、ため息混じりに呟くいた。
「私たちの情報を漏らさないとは限らない、動きにくくなると困る」
「俺は別に鬼が憎いわけでもないし…そもそも、こんな話し誰も信用しねぇよ…鬼が鬼狩りと共闘したなんて」
壬生の言葉に、目を見開いた門桜は驚いたように空牙に目を向ける。
「まぁそういう事だ…しかし、だからと言って安心はしきれないからな…」
騙して情報を得ようとしてるだけかもしれんしと、何か閃いたようにくつくつと笑う空牙に、門桜はまさかと眉を寄せる。
「師匠?コン…何を話してるんだ?」
「お前らの間だけで解決してるんじゃねぇよ」
話の読めない壬生と戦鬼が同時に声を上げる。お互いに視線を送ってから笑う空牙と呆れた表情を浮かべる門桜へと視線を戻した。
「壬生、お前こいつらと行動を共にしろ」
ぽんっと門桜の頭に手を乗せてグリグリと撫で回しながら、壬生へと提案する。
「は?俺に鬼と行動しろって言うのか?」
「あぁ、そうだ。安心しろそいつらは別に人を食わなくても問題ない、多少は襲うがな…殺しはしない」
壬生は空牙の提案に目を見開き声を上げた。撫でられて耳がぺたりとなる不服そうな門桜と、隣できょとんとしている戦鬼を交互に見てから、きつく眉間にしわを寄せる。
「そいつらと行動すれば、自ずとお前の気になる事は解決するぞ?説明するよりそっちの方が早い」
笑いながら、なぁ門桜と撫で回されて複雑そうな表情でへの字に口を曲げる。
「そいつは不服そうだけどな」
「こいつは大体こんなんだ、人見知りがすごいからな」
不満そうな顔をする門桜を顎で示して、無理なんじゃないかといえば、空牙が首を振る。
「師匠…そろそろ撫でるのやめてください」
話題をそらそうと撫でられて曲がる耳を動かして、抗議の声を向ければ壬生の方をちらりと見る。
「人間嫌いなのか…?俺も人間だった時に過ごしてたんだろ…?」
戦鬼が門桜の様子にずっと考えていた事を聞いた。
その言葉にギョッとした顔をした壬生と、やったなという顔で額を抑える空牙に、深くため息を吐き首を振った門桜、3人の行動で口を滑らしたのだと悟る。
「あ……もしかして…今言わない方が良かったのか?」
「はぁぁぁ…ほんと君は」
「っ…おい、人間だったってどういうこった」
「めんどくさくなったな」
眉尻を下げ耳をへたれさせると、3人を見渡して肩を落とす。
「一緒に行動するなら、いずれ知ることにはなっただろうがな」
今説明するのがめんどくさかっただけだと、空牙が首を振ってから戦鬼をみて困惑する壬生を見た。
「そいつは人間の業で生まれた元人間だ。詳しい事は俺たちも知らん、そいつが思い出すのを待つしかない」
「師匠!こいつに何処まで…」
「俺は一度抜ける、お前達を連れては行けん。人間の近くが一番いい隠れ蓑だ」
鬼狩りなら尚の事、情報も得られるから人間側の動向もつかみやすいと、振り返り毛を逆立てる門桜を落ち着かせるように、再び頭を撫でる。
「最悪ばれたとしても、そいつの従属だと偽れば多少はなんとかなる。…そうならない事が一番だが」
でもとどもる不安そうに、壬生をチラと見る門桜に目を細めると、壬生へと視線を向ける。
「まて、俺は了承した覚えはねぇぞ…それに、あとでそのまま突き出すとは思わねぇのかあんた」
「抜けるってどういう…」
そっちのもやっぱり鬼なのかと口ぶりから、鬼の気配のないまま門桜の方を見る。
戦鬼も、空牙の言葉に驚いたように声を上げれば、不安げな門桜へ視線を向けた。
「お前は金目当てで鬼狩りをしてる、得にならない事はしないだろう?此奴らを突き出したところで、お前たち側に大きな損害が出るだけだ」
戦鬼は壬生予想通りだと告げれば、空牙がいなくなることに驚き俺たちはどうなるんだと、心配そうにしている戦鬼を指す。
「あー、まぁこの状態の此奴をいくさおにだって持ってっても信じてもらえねぇだろうし、暴れられると厄介だな…」
見透かされてるなと眉を寄せて頭をかくとため息を吐く。戦鬼は戦えば戦うほど強くなり、門桜に至っては全く得体が知れない、この鬼の気配を完全に消せる二人を、組織に突きつけても見返りは少ないだろう。
場合によっては適当にあしらわれて此奴らを安い金で取られて終わるだけ。
「それは旨くねぇな」
「食うのか?」
「お前は、阿呆か…」
顎に手を当てて渋い顔をしながらぼそりと呟いた壬生に、戦鬼は何を食べる気なのかと首をひねる。あまりにも間抜けな反応に呆れると、壬生が戦鬼に視線を向けた。
門桜と空牙もその戦鬼の場違いな反応に、額を抑えると、深くため息を吐いてどう考えても食べる話はしてなかっただろうがと、同じく呆れた顔をして戦鬼へと視線を向ける。
「旨くないとか言ったから」
「そういううまいじゃねぇーよ!お前らを、上に報告してもこっちにはなんの利益も得られねぇって話だっての」
鬼相手にこんな呑気な会話をしている自身が信じられないと思いながら、頭をガシガシとかくと深くため息を吐く。目の前でキョトンと首を傾げた、顔の半分は鱗に覆われている男に見た目は確かに成人と変わらない、その姿だけなら鱗人や姿を変えるのが下手な竜人と言ったところだろうか、その姿に昔外に出たばかりだという世間知らずだった仲間を思い出す。
調子が狂うと再びため息を吐くと、突き立てられた大剣の柄に手を伸ばして、支えにすれば立ち上がる。突然の壬生動きに、眉を寄せた門桜は尾を揺らめかせ、狙いを定めるように壬生を注視すれば、少し笑うと空牙は門桜が尾を突き立てれないよう前に手を出して制止した。
壬生は敵意がないという態度を示すように、空いている手をひらひらと降れば、立ち上がった勢いのまま大剣を持ち上げる。シュルシュルと帯状の布が刀身を包み、剥き身の歪な形が、変哲のない刀の形へと変化した。
よいしょと重そうに背中へと担ぎ直せば、軽く柄を動かしちょうどいい位置を探すように調整すると警戒する門桜へと視線を向ける。
見上げるように睨む門桜と視線を合わせればふいっと目をそらされる。こっちは警戒心の強い、野生動物だなと肩をすくめた。
「私は……」
なにかを言いかける門桜の耳元で何事か空牙が囁くと、目を見開いてから黙る。獣人の中には4つ耳-顔の横につく耳と頭部に獣を思わせる耳-を持つ種もいるが此奴は頭部のみかなどと、空牙が囁きかけ揺れる耳を眺め、今度はなんだと壬生が片眉をあげて二人の動きを観察すれば、不服そうな顔をした門桜と再び目が合う。
「で、一つだけ聞くがお前の提案を俺が断ったとした場合どうなるんだ?」
壬生は空牙へと視線を向ければ、おどけるように手を体の前で振るとへらりと笑う。
「そうだな…別に断ったとしてもどうもしない、お前はこれ以上何か知ることも、そして誰かにこの話も出来ないだけだな」
ふっと目を細めた空牙に、ぞわりと冷たい感触が背を撫でる。ひくと口の端を引きつらせた壬生は、ここにいるのはいつでも己を殺せる鬼たちだというのを思い出した。
3人から向けられる視線が途端に恐ろしいものに感じる。
「そんなに怯えるな、別にとって食う気は無い。その舌に口封じの術を施すだけだ」
一緒に来ると選んだとしてもこれはやるがなと、思わず後ずさった壬生に口元に手を当てて堪えるように笑い首を振った。
「安心して、師匠は人間好きだからね、よほどのことでもしないと殺さない」
隣で楽しそうな空牙にちらりと視線を向けてから、悪い癖が出てると深く溜息を吐く。
対照的な二人の態度に、壬生はちらりと戦鬼を見ればキョトンとした顔で、思っても見ない二人の反応不思議そうにする戦鬼と目が合う。
戦鬼は二人の様子に、どこか懐かしさを覚えて首をかしげる。これも人間だった時の感覚なのだろうかと、胸元に触れ少しもの悲しさを感じる。
(俺であって俺では無いんだよな…この記憶は)
「おい?リュウどうしたよ?それで、お前は気にしねぇのか?」
ぼうっとしていた戦鬼に声をかけた壬生は、驚いたような顔をする戦鬼に話を聞いていなかったのかと首をかしげる。
「なんの話だ?」
「聞いてなかったみたいだね」
「お前さん、ちょっとぼうっとしすぎやしねぇか」
首をひねって不思議そうに聞き返す戦鬼に上下から呆れた声が立つ。3人の間で、いつのまにか話が進んでいたようで、黙ったままの戦鬼に注目していた。
「だぁから、俺がお前らのおもりするのに依存はねぇのかって聞いてるんだよ」
「君がおもりされる側でしょう」
「おぉ?いうなぁ、ちっこいくせして」
「大きさは関係ない、ちょっと撫でないで」
毛を逆立てて抗議の声を上げる門桜に気にした様子もなく、耳を折り曲げるように乱暴に頭をかき回す。さっきまで険悪だったようなと戦鬼は驚いたように目を見開いて固まると、ぱちぱちと瞬く。
「えっと…?壬生は俺たちと来るのか?」
「そう言ってるだろ」
「私は二人でも平気なんだけど」
むすっとした表情で撫でてくる壬生の手から逃れるように戦鬼の方へ向かうと、不満を漏らす。鬼とは言え、話してみれば存外なにも人と変わらんのだなと、壬生はその動きに笑ってから戦鬼へ視線を向ける。
「どういう話でこうなったんだ?」
「うん、いうと思った」
まだ状況が読み切れず首をひねりながら、近寄ってきた門桜をみれば半目で見上げ耳をパタパタと動かしていた。
腕を組んだ空牙が壬生隣に立つと、ちゃんと聞いておけと戦鬼の額を小突く。
壬生は、鬼への差別意識は無くあくまでも人の害になる鬼だけを選んでいた。いくさおにに関しても同じだった。正義感とかでは無く、そちらの方が後腐れがないからだった。
だからこそ、警戒こそすれど嫌悪感があるわけではなく、快諾とは言わないものの気になることを解決させる為にも空牙の提案に乗ることにした。
「人間相手に、こんな事提案してくる鬼も初めてだが何より、単独行動をしない鬼というのが珍しいしな、知らん事を知れるいいチャンスだ」
俺たちは鬼について何も知らないと首を振った壬生は、戦鬼をまっすぐ見て手を差し出す。
「私は君を認めたわけじゃないよ、師匠が言うから仕方なくだから」
「えっと…俺は二人がそれでいいなら気にしない」
「歓迎されてねぇなぁ」
差し出された手を取ればいいのかと首をひねった戦鬼が、壬生手を取る。横で少しふいっとそっぽを向きながら仕方なくという気配を立てながら、門桜が言うと壬生はそれでいいとケタケタと笑う。
「話はまとまったな、今後の動きだが…いつまでも偽名は不便だな…俺の名は空牙ぼーっとしてる方が戦鬼、ちっこい方が門桜だ」
「あー、やっぱり偽名か…リュウ…戦鬼が何度か呼びにくそうにしてたからそうだろうとは思ってた。」
片眉をあげ空牙の言葉に納得したように頷くと、改めてよろしくと二人を見る。
「よかったんですか教えて」
「確実に戦鬼がボロ出すからな」
何度か門桜の名を呼びそうになっていた戦鬼へ視線を向けると、肩をすくめて首を振る。門桜はそうですねと同じように、肩をすくめるともう普通の呼んでいいのかと首をひねった戦鬼の尻を尾で軽く叩く。
「私たちの名は鬼狩りの前ではリュウ、コン、君は共に行動するからやむなく伝えた事を忘れないで」
壬生を見上げると鼻先に尾先を突きつけて、念を押すように言えばシュルシュルと尾が引っ込んで行く。
事は決まったと体を伸ばして空を見上げる、壬生はひたりと動きを止めて、はてと疑問を浮かべる。
「そういや、ここに入る前と月の位置かわらねぇなぁ…あんなに長くいた気がしたのに…」
「あそこは独自の時間の流れがある、同じように流れることもあれば、外では一瞬な事もな」
逆に何日も、下手をすれば何年も経ってるなんて事もあると木の葉に欠ける満月を見上げる。
「運が良かったな、戻ってきたらここが荒れ地になってるなんて事もありえたわけだから」
「おま…そう言うことくらいは先に言えよ…こっわ……」
しれっと答える空牙に再び頬を引きつらせて、もう一度月を見上げた。
戦鬼も壬生につられるように見上げればいつもと変わらずそこにある月は、ここで起きた事が夢だったのではないかと思うほどに明るく林に月明かりを届けていた。
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