鬼神伝承

時雨鈴檎

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第五章

神の使い

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ぴちちと小鳥が一羽鳴けば、唐突にあたりの鳥が一斉に飛び立つ。その大きな羽音につられ、ざわ、ざわり、木々が大きく揺れる音が響いた。
ふわと、白い羽が降りてくる。妙な力を感じるとその羽に首をひねる壬生横で、門桜が眉を寄せ、あたりを警戒するように耳を立てた。
「なぜ今結界を外した……?」
「外したんじゃにゃくて、外れたんにゃ思ったより早かった……」
舌打ちをしたシシィは、頭上へと視線を向ける。
「なんだこいつら……」
「あいつらはなんだ」
突然、態度を変化させた門桜とシシィにつられ、空を見上げた壬生と戦鬼は重なるように同時に声を上げた。

視線の先には、ガラス細工のような色のついた、透明な物体を翼のように、背後に浮かばせた者を筆頭に少女が数人浮かんでいた。降ってきた羽は、その翼から溢れる光が姿を変えたものだった。門桜が二人の疑問の声に、「あれが神の使いだ」と眉を寄せると、不味いなと小さく舌打ち呟いた。
「シシィ、外れたってどういう事。それに、こいつら……」
「ここの結界の源は秘密。壬生に話したことで結界が溶けたんにゃ、まさか、こんにゃ早く嗅ぎつけてくるとはおもわにゃんだ」
もう少し、時間が取れると思ったがと眉を寄せる。
「んな、重要なことだったのかよ!だったら最初からそう言えや!」
無理に聞きやしなかったのにと、眉を寄せた壬生に、ゆっくり首を振る。
「その話をした時点で、結界の意味がにゃくにゃるにゃ。もともと、いずれは誰かに継承せねばと思っとったし、むしろいい機会だったにゃ」
自分だって永遠と生きてられるわけじゃないからと笑う。それに、継承するなら壬生だとどこかで思っていた。

「ようするに、俺は更にめんどくせぇ事に、首突っ込んじまったと……いや、もう、此奴らに会う前から俺は巻き込まれてたってこたぁな」
話を聞くと、門桜や戦鬼と行動すると、決めた時点で後戻りするつもりはなかった。
けれど、後戻りも何も、既にあの時、シシィに出会った時から既に片足を突っ込んでいた。
神だとかそんなあやふやな奴らが実に存在し、此奴らはそれとやり合う世界にいると、誰が想像できたか。今あるこの世界の異変が、そんな実在するかも怪しい者たちの仕業だったと聞かされ、信じるも鼻で笑うもする前に、目の前にそれを突きつけられた。
いやもう、ずっと前から存在は知っていた。目の前に浮かぶ者達は、幾度とやりあってきている、得体の知れないよく知った気配。

「なんたってよりによって俺なんだ?少なくともお前はまだくたばりそうにねぇだろ」
壬生は、たしかにシシィとは長い。しかし、継承ならば、もっと適任者が居たはずだと壬生は目を細める。その見た目の年齢を考えれば、シシィはまだ若い女性の姿を、自分は随分と歳をとった。そこからしても、自分の方が早くくたばるのは明白だろう。
「おまんの視点にゃ、何にも左右されにゃい、己の見たものを、客観視して飲み込める」
一族を、兄を狂わせた神を許せない。どうしてそんな奴が平等に記憶を継げるだろうかと、自嘲する。シシィにとってどんな理由があろうと、神は最悪の存在であり憎しみを向ける相手。決して彼らへの理解を向けられない。
「神にも人にも、ましてや鬼にも偏ってはならないにゃ……」
こちらへ降りてくる神の使いを見上げる。淡々と感情のない少女たちは、四人を見下ろし次々と武器を構えこちらへと降下を始める。
「あ?んなもん偏るに決まってんだろ!」
シシィのつぶやきに壬生は、それが当たり前
だというように片眉をあげる。
「感情ってのはそういうもんだ、誰かに指示されてできるもんじゃねぇ。それを操作できるってのが神なら、この世の中全員カミサマに寄ってんだろ。ならよ、神を恨んでるくらいが丁度いいんじゃねぇの?」
にやと、笑い腰の刀に手を伸ばせば、いつもみたいにあいつらを蹴ちらせばいいのかと、腰の刀を引き抜く。

降りることを途中でやめた、毛先が淡い青の髪少女が刀を抜く壬生へ向け、手を向ける。周囲にまっていた光の羽が、一斉に壬生へ向く。
躱せないと、咄嗟に壬生が受け止めようと刀を構えた。

「っな!」
飛び込んできた、桃紫色で視界が防がれる。そして、目の前に無数の紅が舞った。
はらりと高い位置で結ぶ髪が溶けるように広がり紅とともに飛び散る。
「壬生、そいつら連れてにげぇにゃ。奴らの優先順位はわっち……逃げる奴は追わんはずにゃ。まだ、おまんらに興味は示しとらぁにゃ」
ふら、と体を揺らしながら、首だけで振り返ったシシィは、驚愕の表情を浮かべて固まる壬生を見る。
「壬生、君がどの程度の奴等を相手にしてきたか知らないけど、あいつらは別格だよ。翼を持つのは直轄部隊、位を持つ連中だ。強いなんてものじゃない。今の私たちには倒せない……」
壬生の態度や、シシィの会話から、壬生は幾度と相手にしてきたのだろうと予想する門桜が、戦鬼を尾で巻き取り、壬生への攻撃の余波が当たらない位置に移動しながら声を上げる。己の知る限りあれを倒せるのは空牙くらいだ。シシィの言葉通りなら、今ここを立ち去れば、少なくとも三人は助かる。

「やる前からあきらめてんじゃねぇや!」
壬生が牙を向くように声を上げると、ちらりと門桜と戦鬼を一瞥するとふらつくシシィを支える。
翼を持つのは今壬生へと羽の刃を放った一体、そして、高い位置にいるもう一体。残りは五体、背中にそれらしきものは見当たらない。
「なにか、方法があんだろ!それを考えるぞ!」
「そんなこと言ってる合間に、退路を塞がれる!彼女の行動を無駄にするな!」
「門桜、落ち着け……あと降ろしてくれ」
壬生の言葉に、焦りから声を荒げる門桜に、抱えられたままの戦鬼が、とんとんと尾を撫でる。「ごめん」とハッとした門桜は、戦鬼を降ろしてから、息を深く履くと、翼を持つ二体を見上げた。

先に攻撃を仕掛けた方が、待機するものより翼が小さく、枚数も少ない。今積極的に、こちらへ攻撃の体制を示すのは、五体の一番前に立つ翼のある個体。そして、翼を持たない五体。
不明瞭なのが上空でこちらを静かに見下ろす一体。その一体を除いた個体は、こちらへの興味を持っていない。どれもが間違いなく壬生の、その腕の中のシシィへ、視線を向けている。
「多分、両方とも見える範囲に数字は見えないから中使なかづかえだ。ただ上のこっちに来ないのは、多分もうすぐ上使かみづかえに上がるだろう……私達も観察してるようだし、少しとはいえ考える頭がある。私達では勝てないんだよ!」
「だったらお前らだけでにげろ、俺は……」
「そう、にゃ……おまんも行け、わっちが時間を稼ぐ。にゃに、場数はおまんの倍は踏んどる。切り抜ける手段はいくらでもあるにゃ。これを持ってそいつらといけ。壬生、おまんは奴らに殺されてくれるにゃよ」
自分を支える壬生へ、腰につけたカンテラを手渡す。それはいつだったか、シシィが大切な物なのだと言っていたものだった。受け取ることを渋る壬生に、ふっと口の端から垂れた血を拭いゆらりと、カンテラを押しつけるようにしながら壬生を押し離す。
「にゃぁに、また後で会いに行くにゃ。わっちとてこんにゃとこで死んでやる気はにゃい」
「んな見え透いた、強がりで俺が納得するわけないだろ」
一人よりも、少しでも勝機があんだろうと、残ろうとする壬生に、シシィは飛び切りの笑みを浮かべると、その胸ぐらを掴み引き寄せる。一瞬だった。
壬生が、言葉を発する前に、突き放すように門桜の方へ強い力で、壬生の胸を押す。
「門桜、そいつを連れていくにゃ!壬生、おまんは生きて、全てを見ろ!人として真実を知って何をにゃすか考えろ!わっちにできなかった選択を、そいつらができにゃい選択をおまんがするにゃ!」
声を張り上げたシシィは、垂れた髪をまとめあげて縛り直す。鞘から引き抜く刀はいくつも節を持つ鞭刀。蛇のようにしならせて笑う。
ほんの数日、ただ話をしたに過ぎないが、それでも門桜と戦鬼は、壬生が自覚なく求めて止まなかった仲間だ。長寿種であることを隠し、期間限定の仲間ではなく、己の素性を明かし、己の全てをさらけ出せる仲間。たとえ知っていてもシシィではなし得ないものを、きっとあの鬼達ならなし得る。
もう振り返りはしない、後ろで壬生が何かを叫んでいるが、その声を耳に焼き付ける。己の名を呼ぶ低くよく通る声が、苦痛に歪む。戦鬼も、ここに残り戦うことを提案しているようで、門桜だけが、シシィの意を組んでいるのか、重い1つの足音が走り去る。叫ぶ壬生の声が徐々に声が遠ざかっていった。

「真実を知って、あんたに付いて……悪い事も多かったにゃけど、全部どうでもよくにゃる程いい思いも出来た。悔いはにゃい。……いんや、もうあのガサツにゃ笑いを聞けにゃいのは、ちと残念かにゃぁ」
あの日、声をかけてきた白い少女に色は違えど、顔立ちのよく似た神の使い達を見上げて不敵に笑う。翼の無い一体が己ではなく背後へ向かおうとする。
「浮気はゆるさんにゃぁ?おまんらの狙いは、わっちのにゃろ?ちゃぁんとこっちみいにゃぁ!」
全員もれなく愛してやるよ、と舌舐めずりをすれば、道を塞ぐように立ち、鞭刀を振るった。


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