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公認

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 キョウとの付き合いはとっても健全の一言だ。

 デートは月に一回。10時から17時までの間のみ。出掛ける範囲は、電車で移動できる範囲で時間内に帰れる場所。

 もちろん、キスもしてない。それ以上だってしていない。

 若い頃は体の関係から始まって付き合ったが、歳をとってからじっくりとお互いの距離を縮めている状態だ。子供達に遠慮して、というよりは私の心に寄り添ってという感じだ。

 土曜の夕食を食べる時間。翼が見てない時は私に抱きついてきたり、料理をしている私にくっついて怒られたりしている。スキンシップなんてそれぐらいだし、時々翔や美桜ちゃんに目撃されることはあるが、2人はスルーしてくれる。ありがたいことだ。

 10月の下旬。私の誕生日。平日に我が子たちとコンビニで買ったケーキでお祝いした。去年までは自分でホールケーキを買って、豪華な食事を作ってと自分で自分の誕生会を用意していた。でも今年はそんな気持ちにもなれず、手抜きで終わらせた。

 それで終わりだと思っていたのに、なんと。その週の土曜に子供達とキョウが誕生会を開いてくれた。場所はキョウの家。食材を買いすぎて消費して欲しいだなんて言葉を間に受けて、夕飯を作りにお邪魔したらパーンという音と共に歓迎されたのだ。

 初めはびっくりして固まったが、テーブルの上のホールケーキやオードブルなど豪華な食事と子供達の笑顔とキョウの笑顔。リビングは誕生日のために飾り付けまでされていて、感動して涙が出てしまった。

 子供達からささやかなプレゼントをもらい(我が子からもらうのは初めてだし、夏休み中のお小遣いを貯めていたようだ)、キョウからはマフラーと手袋をもらった。子供達もキョウも仕事で使えそうなものを用意してくれたため、次の週から使えるものを使い始めた。

 11月のデートをして、11月が終わって。12月になった。キョウの誕生日は12月の上旬。私は自分の誕生日を祝ってもらった嬉しさを返したくて、美桜ちゃん達と誕生会を計画した。

 キョウも平日に誕生日があって、親子でいつもより少しだけ豪華な食事をして終わってしまったようだ。毎年プレゼントを渡していた美桜ちゃんがその日に何もしなかったことに疑問を思ったのかいないのか、わからないがキョウは当日までそれで誕生日が終わったと思っている様子だった。

 私の誕生会をしてくれたのに、なんとも暢気なものだ。私をとても大事にすることに頭がいっぱいで、自分のことは後回しになっているようだった。

 その週の土曜日。美桜ちゃんを朝から借りて、我が子達をキョウの家に突撃させて女2人でケーキを作った。ケーキ作りは初めてのようで、美桜ちゃんは真剣に取り組んでいた。

 買ったケーキより少しばかり不恰好ではあるが、私と美桜ちゃんの気持ちがたっぷり入ったケーキを作ってから、我が子に連絡してキョウをいつものように部屋に招いた。

 甘い匂いがしたことには「女2人でパンケーキ祭りをした」と苦しい言い訳をして誤魔化した。キョウは美桜ちゃんと仲良くしてくれて嬉しいと気がついていない様子だった。ちょっとおバカである。

 で、夕飯はすき焼きを作って、いつものようにワイワイと夕食を食べてから冷蔵庫からケーキを出して4人でクラッカーを鳴らした。

 キョウはびっくり顔になるが、私と美桜ちゃんが作ったケーキを見て大喜びした。

 私の時と同じようにプレゼントをそれぞれが渡した。私は手作りの膝掛け。美桜ちゃんは手作りのマフラーだ。11月から女2人でちまちまと作り上げたのだ。

 キョウの目は我が子達にそらさせ、女子会の邪魔しないで!と言って私の部屋に篭れば、キョウは遠慮して私たちの輪に入らなかった。時間を作ってキョウにバレないように、私達は時間を捻出した。そのおかげで美桜ちゃんは苦戦しながらも上手にマフラーを編み上げ、私も負けじとかぎ針でちまちまして完成させた。

 キョウは嬉しくてしばらく2つを抱きしめていた。我が子達は何故かお菓子の詰め合わせだった。でもその袋を飾っている毛糸の何かは男達が編み物を頑張った産物であった。それに気がついたキョウは泣きながら我が子達を抱きしめていた。

 12月のデート。この時初めて軽く。そう軽く唇が触れ合う程度のキスをした。キスが終わった後、お互いに照れ臭くて目を合わせることが出来なかった。いい大人が初々しいカップルのような状態だった。

 クリスマス。皆でお祝いをした。ケーキを買って、チキンを買って、ワイワイと騒いだ。お祝い事で騒ぐときはキョウの家になった。理由は簡単だ。リビングがあって広いからだ。

 翼はまだサンタを信じていて、自分の部屋のドアに靴下をつり下げた。美桜ちゃんは早々に卒業していたようで、キョウは張り切ってサンタになった(もちろん軍資金は折半だ)。

 翼が寝たら、そーっとやってきて靴下に欲しがってたゲームソフトを押し込んだ。正直靴下が小さくてうまく詰め込めれなかったが、キョウおじさんサンタは頑張って詰め込んでいた。その姿を残り3人は眺めてクスクスと笑った。

 次の日。朝起きてプレゼントを見つけた翼は大喜びした。去年までのサンタ(貴史)は欲しいものとは少し違うものをくれていたようで(知らなかった)、今年のサンタは当たりだ!とニコニコだった。

 サンタは翔にも美桜ちゃんにもプレゼントを用意していたようで、2人にもプレゼントしていた。2人ともなんだかんだとプレゼントは嬉しいようで喜んでいた。

 私にもサンタはきた。でも、私のサンタは私からのプレゼントを欲しがった。何が欲しいって、キスを5回したい。それだけだった。私もサンタにプレゼントをねだった。キスを5回。子供達が見ていないところで、啄むようなキスを10回、こっそりとした。

 年末年始。29日と30日は大掃除をした。引っ越してばかりだからそこまで汚れていなかったが、子供達と手分けして掃除をした。



 31日。キョウの家でワイワイと楽しく鍋と年越しそばを食べた。食べ終わってからはリビングに設置されたコタツ(今年から導入したそうだ)を子供達3人が占領。今日は年越しまでいるつもりで、こちらに移動してくる前に私達親子は入浴を済ませていた。美桜ちゃんも同じように入浴を済ませていて、子供達はパジャマ姿で寛いでいる。

 私とキョウは少しずらして設置されたソファーに並んで座っていた。私の膝にはキョウが用意した膝掛け。キョウは私が作った膝掛けをかけていた。

 5人でお笑い番組を見てケラケラと笑って楽しい時間を過ごしていた。そんな時、翼が私とキョウの見てポツリと呟いた。

「ねー。ママとおじさんって好き同士なの?」

 いつも通りに過ごしていたつもりの大人はびっくりして固まるが、翼は大人達の様子を見て確信したのかさらに切り込んできた。

「やっぱり!にーちゃん知ってた?」

「いや?」

「美桜ちゃんは?」

「ううん」

「ふふふ。俺だけが分かったんだ!やっぱりなー。そうだと思ったんだよね。おじさんがママを見る目はいつも優しかったけど、ママも同じ目で見てるんだもん」

 翔と美桜ちゃんは翼を尊重して小さな嘘をついた。翼はそうだとは知らずに自分だけが察知できたのだと得意げだ。キョウは私をじっと見つめてから立ち上がって翼に近寄って片足をついた。

「バレてしまったか。ならば白状しよう。おじさん、翼くんのママが大好きなんだ。やっとママもおじさんを見てくれるようになってお付き合いを始めました。隠しててごめん」

 ペコリと頭を下げるキョウに翼はじっと見つめてから口を開いた。

「おじさんは俺の新しいパパになるの?」

 その言葉に隣にいた翔はピクッと体を揺らした。美桜ちゃんは私の隣に移動してきて、私の肩に頭を乗せて寄りかかって甘えてきた。私はキョウが使っていた膝掛けを美桜ちゃんにかけてあげながら男3人の様子を見守った。

「うん。許されるならば、2人の新しいパパ。いや、お父さんになりたい。ママのことを死ぬまで大事にするって誓う。浮気なんてしないし、ずっとずっとママだけだ。俺とママが結婚を前提でお付き合いすることを許してくれる?」

 キョウの言葉を聞いて翼は翔をチラリと見つめた。翔は何もいうつもりはないようで、少しだけ翼を肘で突いていた。

 翼の得意技、『にーちゃんがそれでいいなら、俺も』を使わせないつもりのようだ。自分の気持ちを自分の言葉で語れと翔は翼に促している様子で、翼は戸惑いながらもキョウを見つめて言葉を紡ぎ始めた。

「ずっと一緒?」

「お墓に入って天国に行っても一緒にいる」

「ママを裏切らない?」

「もちろん!」

「今までみたいに仕事で忙しくても俺たちと遊んでくれる?」

「おう」

 翼は確認したいことを確認したのか、少し黙ってしまった。そして私にチラリと目線を向けてからキョウを見つめて真剣な顔で語り始めた。

「俺、パパとママが別れるの嫌だった。4人で幸せだったのに、それが壊れるのが嫌だった。初めは壊したパパも嫌だし、直そうとしないママもちょっと嫌な時があった。にーちゃんはママの味方だし、俺みたいに嫌がってない。ムカつく時もあった。俺、悲しくて悲しくて泣いてた。にーちゃんから話を聞いてもまだ納得できなくて。でも、ママとにーちゃんと3人で暮らす時間ができてから、ちょっとずつ理解したんだ。パパがいなくてもいつも通りだなって。学校行って、遊んで、宿題して、ママが作ったご飯を食べて今日の出来事を話して…パパがいなくても同じだった。でもパパがパパでなくなるのは嫌だなって思ってた」

 翼の気持ちを聞くのは初めてで、私は胸がズキズキ傷み始めた。翼は大きく深呼吸してから、また話し始めた。

「パパとママが離婚して、神崎になって周りの目が少し変わった。戸惑ったけど、不安や不満はなかったよ。理由を考えるとおじさんや美桜ちゃんと過ごしてたからだと後々気がついたんだ。夏休みが終わってからも夕飯を5人で食べたり、買い物行ったりってすごく楽しい。ずっとこれが続けばいいのに、おじさんと美桜ちゃんがいない生活なんて嫌だな。そんなことをよく考えてた」

「そうか」

「デートに行くって聞いたとき、相手の話をしてなかったからおじさんなのか、別の人なのかわからなかった。おじさんなら良いなって思う自分がいるし、他の人はやだって思う自分がいたんだ。だからね、俺、サンタさんにお願いしたんだ。ソフトも欲しかったけど、一番欲しかったもの。ママとおじさんが仲良くなって、俺の新しいパパになって欲しいなって」

「…翼…」

 翔は言葉を詰まらせるように名前を呼ぶと、翼の肩を片手で抱いた。キョウはグッと涙を堪えたような顔になった。私は翼の気持ちを聞いて、涙が溢れてきて隣にいる美桜ちゃんに慰められていた。

「今年のサンタさんは本当に当たりだった!俺、すごく嬉しい!ママとおじさんが仲良くなって、俺の新しいパパ。ううん。お父さんになるって。ママを大事にしてね?俺もう、ママが傷ついて悲しんでる背中を見たくない」

「ああ。任せろ。約束する」

 キョウは翼と翔を抱きしめた。翼は気持ちを伝えて、それがちゃんと伝わってすっきりした様子だ。翔も翼が自分が思っているよりもしっかりと考えていたことに何か思うことがあった様子だった。

「美桜ちゃん。私もお母さんになってもいいかな」

 泣きながら隣に座る美桜ちゃんに話しかけると、美桜ちゃんも涙目になりながら私に抱きついてきた。

「うん。お母さんになって欲しい」

 女2人は一緒に大泣きし始め、男達は私たちを見て面食らったのか涙を引っ込めてしまった。

 こうして、子供公認となった私たちは正式に結婚前提で付き合うことになった。

 気がついたら年が明けていてそろそろ帰ろうとした時に、翔が口開いた。

「ねー、美桜ちゃん。ママのベッドで寝てみない?」

「え」

「今日はさ、大人と子供で別れてお泊まり会しようぜ。美桜ちゃんはママの部屋でさ」

 美桜ちゃんは翔が言いたいことを察したのか、「あ」っと声を出すと満面の笑みになった。

「そうだね!せっかくの新しい年だし、子供だけでお泊まり会してみたい!」

「俺もー」

 翼は目を擦りながら頷いた。美桜ちゃんは自分の部屋からリュックを持って(前から用意していたのかすぐに手に持ってやってきた)、翔は翼の手を引いて大人の意見を聞かずに家から出て行こうとした。

「え?ええ」

「明日起きたらこっちくるねー。お雑煮楽しみにしてるから。おやすみー」

「おやすみなさい」

「ママ、また明日ねー」

 戸惑う私を尻目に子供達はさっさと家から出て行った。隣からガチャガチャバタンという音が聞こえてきたため、翔が持っている鍵で我が家に入ったようだ。

「え、えええ。急になんで…」

「まー、翔くんからの気遣い?」

「いや、だからって…」

 キョウは後ろからくっついて戸惑っている私に話しかけてきた。

「俺、まだお風呂してないからさ。入ってくるね。ちょっと1人にするけど泣かないでね。30分ぐらいしたら子供の様子見てこよう。寝てるか見て安心したらこっちで泊まれる?」

「え、あ、うん。まぁ」

「じゃ、決まり。コタツで待ってて」

 キョウは私の頬に軽くチュッとキスをすると、浴室へ消えていった。私はなんとも言えない状態のままとぼとぼとリビングに戻ってコタツに入った。

 しばらくすると、湯上がり姿のキョウが現れて私の後ろから抱きつくようにコタツに入ってきた。

「狭い」

「公認になったし、くっついても怒る人いないし、誰も見てないし、いいじゃん」

「…もう…調子いいんだから」

 キョウの温もりを感じながら私は背中をキョウに預けてテレビを眺めた。子供達が出ていって40分ほど経ったころ。私とキョウはこっそりと隣に移動した。

 翼も美桜ちゃんもすやすやと寝ていたが、翔はスマホをいじって起きていた。

「こら、寝なさい」

「もう寝ようと思ってたとこ。明日、9時にはそっちへ行こうかな。あ、ママ。着替えをテーブルに置いておいたから持っていってね」

「え」

「美桜ちゃんが服とか選んでくれたから大丈夫だと思う。俺らも着替えてそっち行くから。あ、おじさん」

 翔に言われてテーブルを確認すると、紙袋に服と何故か下着が入っていた。私がそれを発見してびっくりしている間に、翔はキョウに話しかけていた。

「俺、弟か妹はもういらないかな。まぁ、できちゃったら仕方ないんだけどさ。でも、そこら辺はしっかりしておいてね」

「…お、おう。まさか子供にそれを注意されるとは思わなかった」

「あーあー、俺も彼女欲しいな。もう寝るから出てってね。おやすみ」

 翔はそれだけ言うとスマホをベッドに転がして毛布と掛け布団を引っ張って潜ってしまった。大人はなんとも言えない気持ちになりながら、私は自分の着替えを持って隣の家へと帰った。
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