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旅の終わり?
ぐすんぐすん(目薬)
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私の言葉に皇帝陛下はグゥの音も出なくなった。玉座に座り、眉間に皺を寄せながらジッと私を見ている。周りの人々の視線も鋭くなった。ノーラさんは今だ床に突っ伏しており、体を震わせている様子から泣いているようだ。
私はこの状況を受け止めながら謝罪の意味を込め頭を下げると発言を続けた。
「様々な質問をさせていただきましたが、私はこの国の人間ではございません。この世界を旅する旅人でございます。この国の事情を全てわかっている訳ではございませんが、責めたてる様に話をした件については謝罪をいたします。申し訳ございませんでした」
私の言葉に皇帝陛下や周りの人々も非難しようとヤジを飛ばしてくる人はいなかった。ただ、シーンッとした静かな時が流れた。
その時間を壊すかのように、皇帝陛下は小さく咳払いをすると話しかけてた。
「うむ。其方の謝罪は受け入れよう。面をあげよ」
「寛大なお心遣いに感謝いたします」
私が頭をあげ微笑めば皇帝陛下は少し困ったような為て遣られたといった顔で話を続けた。
「其方が旅人であり平民であることは宰相より報告を受けておる。〈他国を見て回った人間であれば打開策を持っているはずだ。身元の保証はできぬが彼女がすることの責任は自分がとる〉と言ってな。我を説得したからな」
(ホープ伯爵!なんていい人!ナイスずんぐりむっくり!)
チラリとホープ伯爵に視線を向ければ、彼はフキフキとハンカチで汗を拭いていた。そして私の視線に気がつくと汗を拭きつつ《話を続けてまとめてしまえ》と目で語ってきた。私は小さく頷くと視線を皇帝陛下に向けて話しかけた。
「左様でございましたか。宰相様には本当に感謝しております。私のような平民がこのような場で発言を許されるなど、他国ではなかなか難しいことでございます。皇帝陛下並びに宰相様含む各大臣様方の柔軟な思考と対応には敬服いたしました」
私の言葉にこの国人々の気持ちも鎮まったのだろう。私に対しての周りからの視線が柔らかくなった。そして皇帝陛下は初めて会った時よりも幾分か柔らかい声で話しかけてきた。
「うむ。初めは其方のような者に何ができるのかと疑っておったが、我らでは見落としていたことを気づかせてくれた。宰相が其方を推薦したのも今ならわかる気がするぞ。ジョン、良い人材を見つけたな」
「ええ、左様でございますね」
話を振られたホープ伯爵はハハハッと乾いた笑いをしながら返事をした。
「エヴィと言ったか…。其方、この国で働かぬか?其方が国政の加わればこの国はもっと大きくなろうぞ」
皇帝陛下の言葉に周りの人々は「おお」と感嘆の声をあげた。この国のトップからのスカウト。私がただの平民であれば泣いて喜んだだろう。
だが、私は森に行かねばならない。ここで立ち止まるわけには行かないのだ。
私が無言で返事をしないことに気がついた皇帝陛下は、沈黙の時間が長くなるほどイライラとした様子になっていった。私の反応が想像していたものと違っていたからだろう。
私は一度頭を軽く下げてから、顔を上げると神秘の森がある方向へ目線をむけた。哀愁漂うように意識して、そのままの目線で悲しい声で話をした。
「皇帝陛下のお言葉はとても嬉しく、私のような者でも受け入れてくださるお心の深さは言葉には表せないほど…素晴らしく…感謝いたします」
話している最中にベルナールが肩の上でチョコチョコと動く。私は視線を皇帝陛下に向け、ポロリと一筋の涙を流した。
「しかし、私はこの国に留まることができぬ身…」
「な、なぜだ。其方はただの旅人。旅人とは国に縛られずに渡り歩くものであろう?」
私の涙に皇帝陛下は怒りなど忘れてオロオロとし始めた。
(感情で行動する脳筋よ!刮目せよ!私の渾身の演技を!)
私は涙を袖で拭いながら話を続けた。
「ええ。左様でございますね。私以外の旅人であればそうなのでしょう。しかし、私はそれも許されぬのです」
「それはなぜなのだ。もしや其方を害するものがおるのか?それならば我が力をかそうぞ。其方がこの国にとどまれるよういくらでも…」
皇帝陛下の言葉を聞いてもずっと悲しそうに微笑む私の姿を見て、彼の声は徐々に尻窄みになった。最後まで言葉を紡ぐことができず、そのまま私がなぜ悲しそうなのかを考え込む顔になった。
『ご主人様。涙はまだ必要でございますか?』
私の肩に乗るベルナールは私にしか聞こえない小さな声でヒソヒソと話してきた。私は同意の意味を込めて心の中で《お願い》と声を出すと、ベルナールは先ほどのように私に涙を与えた。
ポロポロと涙が出てきた頃合いに、私は悲壮感たっぷりに声を出した。
「これも全て、森の意思でございます」
私の言葉の意味を理解したのか、皇帝陛下はハッとした顔になった。
「あ、あ、証を…」
「はい」
何をすべきか理解した私は口を開き舌を出した。遠目からでも舌の上に模様があることがわかったのだろう。私が初めて見た時よりもはっきり濃くなった模様を見て、皇帝陛下は立ち上がるとワナワナと震え始めた。
「本当に、そのような場所に証が現れるというのか!!!なんてことだ!!!」
憤りを感じその感情をどこかに当たり散らしたい。そんな様子で震える皇帝陛下に私は泣きながら深々と頭を下げた。
「っつ…初めから事実を伝えずにこのような場を設けていただいしてしまい、申し訳ございません。しかし、それにも理由があったのです…」
「なんだ。何があるというのだ次代の守り手よ」
皇帝陛下は悲壮感たっぷりな私を叱るつもりはないようだ。彼は壇上の階段を降り、私の前までやってきた。そして、頭を下げている私の両肩を掴むと真剣な様子で話しかけてきた。
「面をあげよ。其方には何も非はないではないか」
「しかし、私は自分が次代の守り手であるとわかっているにも関わらず…」
「よせ、みなまで言うでない。其方が邪な考えで我々の前に現れるわけがないではないか。このように美しい涙を流す女なのだ。わかっておる」
皇帝陛下は私の顎を掴んで顔を上げさせると、涙を指で拭い始めた。
(くっ、こいつ…脳筋のくせに女の扱いに慣れてやがる!流石と言うべきか)
涙を流す女性に対しての対応の良さに悔しさを感じながら、私は皇帝陛下を見つめて微笑んだ。
「貴方様はなんとお優しいお心を持ってらっしゃるのでしょう。このようなお方を慕う皇女殿下のお気持ちがよくわかります。とても羨ましい…」
すこーし、ほんのすこーしだけ熱を持ったウルウルキラキラの瞳で見つめ続ければ、皇帝陛下はゴクリと喉を鳴らした。
「う、うむ。…しかし、あの子はいなくなってしまった」
美人で可憐な少女に泣かれ、目の前のおじさんの目は私に釘付けだ。だが愛娘を心配する父親であることには変わりない。私は涙を流しつつも、何か心に決めたような顔をして話しかけた。
「そのことについて。私が知る限りのことをお伝えいたします。しかし、この場でお伝えしても良いのか…」
「あ、ああ。そうだな、そうだろうな。我に任せよ」
決心したような顔で見つめながらも、どこかしおらしく。止めることができない涙をポロポロと流して言えば皇帝陛下はフンフンっと鼻息を荒くし始めた。そしてさりげなく私の横に立って、私の腰に腕を回すと周りに聞こえるように声を上げた。
「一旦この話は終わりとする。明日、また同じ時間に会議室に集まってくれ。では解散。宰相、お主は残るように」
「「「かしこまりました」」」
「御意」
周りの人々は一斉に頭を下げた。そして、小声ではあるが誰かしらと話をしながらその場からさってゆく。
地面に突っ伏していたノーラさんは、周りにいた兵士の方々に連れられるようにして退場して行った。
ホープ伯爵は私と皇帝陛下の隣で立っている。
皇帝陛下は私の腰を軽く撫でていた。その手は今にも私のプリっとしたお尻に届きそうである。そして私の顔を上げさせ涙を拭って慰めの言葉をかけてくる。私はそれを受け止め嬉しそうに微笑む演技に励んだ。
(このエロ脳筋野郎。腰を撫でるな!気持ち悪い)
笑顔の状態で青筋が立ちそうなほどイライラとしながらも、この演技を今やめることはできない。だが、どうにかこの脳みそ筋肉エロ親父にやり返したい。
そう考えていると、私の肩にいたベルナールが肩から飛び立って皇帝の頭を嘴で突き始めた。
「な、なんだ。や、やめないかっ」
「ああ。ベルナールやめてちょうだい。この方をいじめないで!(いいぞ、ベルナール!もっとやれ!)」
ツンツンッと突き回され皇帝陛下は私から手を離すと頭を両手で隠し始めた。ベルナールは頭から手の甲に標的を変えツンツンツンツン攻撃をやめない。
「くっ、ジョン。彼女を、王城にとめ、ええい、この面妖なカラスめ!やめないか」
皇帝陛下の言葉を遮るようにツンツンするベルナール。ベルナールを手で払おうとするが、ツンツン攻撃から逃れられない皇帝陛下の姿を見て吹き出し笑いをしそうになる。
が、今笑ってしまえば元の木阿弥だ。私は必死に笑いを堪えてグッと息を呑んだ。
その結果、ベルナールの力がなくても涙が出てきた。私は涙目で両手を合わせてお祈りポーズをとった。
「ああ、ベルナール。私を守ってくれているのね。皇帝陛下…誠に申し訳ございません。この子は私が幼い頃より一緒に育ってきたカラス。私が泣いてしまったことで、貴方様が私を虐めたのだと勘違いしてしまったようです。他意はないのです。どうか、ご容赦を…」
私が涙を流してお願いをすれば、皇帝陛下はグッと下唇を噛んだ。
「…ならば我は一旦離れたほうがよさそうだ。ジョン、今夜も彼女をお主の屋敷に宿泊させるように。明日はそうだな…彼女の美しさが引き立つようなドレスを着せて登城せよ」
「かしこまりました」
「ああ、寛大なお心に感謝いたします!ベルナール、もういいのよ!(名残惜しいが、もどれ!ベルナール!)」
皇帝陛下は名残惜しそうに私を見つめ、くるりと踵を返した。待機していた侍従を引き連れて謁見の間から出てゆく。
私はツンツンモードのベルナールをサッと捕まえて腕に抱くと、お礼を言いながら皇帝陛下の背中を見送った。
そして、彼がこの場から消えホープ伯爵と私だけになるまでそれを続けた。
「君は…何を考えているんだね」
2人っきりになるとホープ伯爵は少しだけ明るい声で話しかけてきた。私は頭を上げると、彼にキャハッと笑いかけて返答をした。
「何って、頭の中まで筋肉でできてるおっさんが感情だけで行動するからこうなるんですよ!さっさと頭下げて勘違いでした、ごめんなさい!ってあちらに額から血が出るくらい地面に頭を擦り付けて謝罪して無駄な争いをやめろ!あと、お前の娘だけどさ。証があろうがなかろうが、書き置きだけ残して急に消えたのは、ここの環境が悪いんじゃない?まあ、国のことは知らんけど!クソエロジジィ!って感じですね」
「まったく…君という子は。くっくく。頭の中まで、筋肉…くっぷぷぷ」
「伯爵様。あのような方は脳筋と呼ぶのですよ!にしても、伯爵様からお聞きした弱点については大変参考になりました。ありがとうございます」
「いやいや。あの言葉だけで彼の弱点を見定めるとは。なかなかお主も悪よな」
「いーえいーえ、滅相もございません」
まるで時代劇の悪代官と越後屋かのような会話をしながら、私達2人は笑い合った。
しばらく2人で笑いあった後、ホープ伯爵はフゥッと一息をついてから話を変えた。
「さて、明日に備えてこの国のことを少し話しておこうか」
「え?聞きたくはないですけど、聞いた方がいいんですよね。仕方ないですねぇ、ちょっとだけですよ?」
「君ねぇ…私はこれでも50を過ぎた大人なんだぞ?もう少しだね、敬うという態度はないのかね」
「え!?50代ですって!?お肉でぱんぱんでお肌にシワがないからもっと若いと思ってました!」
「心の声が出過ぎだろう」
「はーい、すみませーん!」
「やれやれ。君という人のことがよくわからないな。大人びたような口調を使ったり、幼な子のような態度をとったり。一体どれが君の正体なんだね」
ホープ伯爵は苦笑いをしつつも私をエスコートするために私に手を差し出した。私はその手にそっと自身の手を乗せてニコッと微笑んだ。ベルナールは抱きしめの刑から解放されたため、何も言わずに私の肩に飛び乗った。
「伯爵様にだけ、私の正体をお教えしましょう。実は、私は前世の記憶があるんです。異世界からやってくる伴侶様方と似た世界で暮らした記憶がありましてね。なので、体は子供でも心は大人なんです!心だけなら伯爵様より年上ですよ!」
「やれやれ。また信じがたい事を言う。もっと上手に嘘はつけないのかね」
「本当ですってばー!」
「はいはい。わかったわかった」
ホープ伯爵は私をエスコートし、私達は一緒に謁見の間から出た。
馬車に乗って屋敷に帰るまで、私は双子の兄にさえ教えたことがない昔話をホープ伯爵に聞かせた。彼は話半分で聞き流しつつも、私の話を楽しそうに聞いていた。
私はこの状況を受け止めながら謝罪の意味を込め頭を下げると発言を続けた。
「様々な質問をさせていただきましたが、私はこの国の人間ではございません。この世界を旅する旅人でございます。この国の事情を全てわかっている訳ではございませんが、責めたてる様に話をした件については謝罪をいたします。申し訳ございませんでした」
私の言葉に皇帝陛下や周りの人々も非難しようとヤジを飛ばしてくる人はいなかった。ただ、シーンッとした静かな時が流れた。
その時間を壊すかのように、皇帝陛下は小さく咳払いをすると話しかけてた。
「うむ。其方の謝罪は受け入れよう。面をあげよ」
「寛大なお心遣いに感謝いたします」
私が頭をあげ微笑めば皇帝陛下は少し困ったような為て遣られたといった顔で話を続けた。
「其方が旅人であり平民であることは宰相より報告を受けておる。〈他国を見て回った人間であれば打開策を持っているはずだ。身元の保証はできぬが彼女がすることの責任は自分がとる〉と言ってな。我を説得したからな」
(ホープ伯爵!なんていい人!ナイスずんぐりむっくり!)
チラリとホープ伯爵に視線を向ければ、彼はフキフキとハンカチで汗を拭いていた。そして私の視線に気がつくと汗を拭きつつ《話を続けてまとめてしまえ》と目で語ってきた。私は小さく頷くと視線を皇帝陛下に向けて話しかけた。
「左様でございましたか。宰相様には本当に感謝しております。私のような平民がこのような場で発言を許されるなど、他国ではなかなか難しいことでございます。皇帝陛下並びに宰相様含む各大臣様方の柔軟な思考と対応には敬服いたしました」
私の言葉にこの国人々の気持ちも鎮まったのだろう。私に対しての周りからの視線が柔らかくなった。そして皇帝陛下は初めて会った時よりも幾分か柔らかい声で話しかけてきた。
「うむ。初めは其方のような者に何ができるのかと疑っておったが、我らでは見落としていたことを気づかせてくれた。宰相が其方を推薦したのも今ならわかる気がするぞ。ジョン、良い人材を見つけたな」
「ええ、左様でございますね」
話を振られたホープ伯爵はハハハッと乾いた笑いをしながら返事をした。
「エヴィと言ったか…。其方、この国で働かぬか?其方が国政の加わればこの国はもっと大きくなろうぞ」
皇帝陛下の言葉に周りの人々は「おお」と感嘆の声をあげた。この国のトップからのスカウト。私がただの平民であれば泣いて喜んだだろう。
だが、私は森に行かねばならない。ここで立ち止まるわけには行かないのだ。
私が無言で返事をしないことに気がついた皇帝陛下は、沈黙の時間が長くなるほどイライラとした様子になっていった。私の反応が想像していたものと違っていたからだろう。
私は一度頭を軽く下げてから、顔を上げると神秘の森がある方向へ目線をむけた。哀愁漂うように意識して、そのままの目線で悲しい声で話をした。
「皇帝陛下のお言葉はとても嬉しく、私のような者でも受け入れてくださるお心の深さは言葉には表せないほど…素晴らしく…感謝いたします」
話している最中にベルナールが肩の上でチョコチョコと動く。私は視線を皇帝陛下に向け、ポロリと一筋の涙を流した。
「しかし、私はこの国に留まることができぬ身…」
「な、なぜだ。其方はただの旅人。旅人とは国に縛られずに渡り歩くものであろう?」
私の涙に皇帝陛下は怒りなど忘れてオロオロとし始めた。
(感情で行動する脳筋よ!刮目せよ!私の渾身の演技を!)
私は涙を袖で拭いながら話を続けた。
「ええ。左様でございますね。私以外の旅人であればそうなのでしょう。しかし、私はそれも許されぬのです」
「それはなぜなのだ。もしや其方を害するものがおるのか?それならば我が力をかそうぞ。其方がこの国にとどまれるよういくらでも…」
皇帝陛下の言葉を聞いてもずっと悲しそうに微笑む私の姿を見て、彼の声は徐々に尻窄みになった。最後まで言葉を紡ぐことができず、そのまま私がなぜ悲しそうなのかを考え込む顔になった。
『ご主人様。涙はまだ必要でございますか?』
私の肩に乗るベルナールは私にしか聞こえない小さな声でヒソヒソと話してきた。私は同意の意味を込めて心の中で《お願い》と声を出すと、ベルナールは先ほどのように私に涙を与えた。
ポロポロと涙が出てきた頃合いに、私は悲壮感たっぷりに声を出した。
「これも全て、森の意思でございます」
私の言葉の意味を理解したのか、皇帝陛下はハッとした顔になった。
「あ、あ、証を…」
「はい」
何をすべきか理解した私は口を開き舌を出した。遠目からでも舌の上に模様があることがわかったのだろう。私が初めて見た時よりもはっきり濃くなった模様を見て、皇帝陛下は立ち上がるとワナワナと震え始めた。
「本当に、そのような場所に証が現れるというのか!!!なんてことだ!!!」
憤りを感じその感情をどこかに当たり散らしたい。そんな様子で震える皇帝陛下に私は泣きながら深々と頭を下げた。
「っつ…初めから事実を伝えずにこのような場を設けていただいしてしまい、申し訳ございません。しかし、それにも理由があったのです…」
「なんだ。何があるというのだ次代の守り手よ」
皇帝陛下は悲壮感たっぷりな私を叱るつもりはないようだ。彼は壇上の階段を降り、私の前までやってきた。そして、頭を下げている私の両肩を掴むと真剣な様子で話しかけてきた。
「面をあげよ。其方には何も非はないではないか」
「しかし、私は自分が次代の守り手であるとわかっているにも関わらず…」
「よせ、みなまで言うでない。其方が邪な考えで我々の前に現れるわけがないではないか。このように美しい涙を流す女なのだ。わかっておる」
皇帝陛下は私の顎を掴んで顔を上げさせると、涙を指で拭い始めた。
(くっ、こいつ…脳筋のくせに女の扱いに慣れてやがる!流石と言うべきか)
涙を流す女性に対しての対応の良さに悔しさを感じながら、私は皇帝陛下を見つめて微笑んだ。
「貴方様はなんとお優しいお心を持ってらっしゃるのでしょう。このようなお方を慕う皇女殿下のお気持ちがよくわかります。とても羨ましい…」
すこーし、ほんのすこーしだけ熱を持ったウルウルキラキラの瞳で見つめ続ければ、皇帝陛下はゴクリと喉を鳴らした。
「う、うむ。…しかし、あの子はいなくなってしまった」
美人で可憐な少女に泣かれ、目の前のおじさんの目は私に釘付けだ。だが愛娘を心配する父親であることには変わりない。私は涙を流しつつも、何か心に決めたような顔をして話しかけた。
「そのことについて。私が知る限りのことをお伝えいたします。しかし、この場でお伝えしても良いのか…」
「あ、ああ。そうだな、そうだろうな。我に任せよ」
決心したような顔で見つめながらも、どこかしおらしく。止めることができない涙をポロポロと流して言えば皇帝陛下はフンフンっと鼻息を荒くし始めた。そしてさりげなく私の横に立って、私の腰に腕を回すと周りに聞こえるように声を上げた。
「一旦この話は終わりとする。明日、また同じ時間に会議室に集まってくれ。では解散。宰相、お主は残るように」
「「「かしこまりました」」」
「御意」
周りの人々は一斉に頭を下げた。そして、小声ではあるが誰かしらと話をしながらその場からさってゆく。
地面に突っ伏していたノーラさんは、周りにいた兵士の方々に連れられるようにして退場して行った。
ホープ伯爵は私と皇帝陛下の隣で立っている。
皇帝陛下は私の腰を軽く撫でていた。その手は今にも私のプリっとしたお尻に届きそうである。そして私の顔を上げさせ涙を拭って慰めの言葉をかけてくる。私はそれを受け止め嬉しそうに微笑む演技に励んだ。
(このエロ脳筋野郎。腰を撫でるな!気持ち悪い)
笑顔の状態で青筋が立ちそうなほどイライラとしながらも、この演技を今やめることはできない。だが、どうにかこの脳みそ筋肉エロ親父にやり返したい。
そう考えていると、私の肩にいたベルナールが肩から飛び立って皇帝の頭を嘴で突き始めた。
「な、なんだ。や、やめないかっ」
「ああ。ベルナールやめてちょうだい。この方をいじめないで!(いいぞ、ベルナール!もっとやれ!)」
ツンツンッと突き回され皇帝陛下は私から手を離すと頭を両手で隠し始めた。ベルナールは頭から手の甲に標的を変えツンツンツンツン攻撃をやめない。
「くっ、ジョン。彼女を、王城にとめ、ええい、この面妖なカラスめ!やめないか」
皇帝陛下の言葉を遮るようにツンツンするベルナール。ベルナールを手で払おうとするが、ツンツン攻撃から逃れられない皇帝陛下の姿を見て吹き出し笑いをしそうになる。
が、今笑ってしまえば元の木阿弥だ。私は必死に笑いを堪えてグッと息を呑んだ。
その結果、ベルナールの力がなくても涙が出てきた。私は涙目で両手を合わせてお祈りポーズをとった。
「ああ、ベルナール。私を守ってくれているのね。皇帝陛下…誠に申し訳ございません。この子は私が幼い頃より一緒に育ってきたカラス。私が泣いてしまったことで、貴方様が私を虐めたのだと勘違いしてしまったようです。他意はないのです。どうか、ご容赦を…」
私が涙を流してお願いをすれば、皇帝陛下はグッと下唇を噛んだ。
「…ならば我は一旦離れたほうがよさそうだ。ジョン、今夜も彼女をお主の屋敷に宿泊させるように。明日はそうだな…彼女の美しさが引き立つようなドレスを着せて登城せよ」
「かしこまりました」
「ああ、寛大なお心に感謝いたします!ベルナール、もういいのよ!(名残惜しいが、もどれ!ベルナール!)」
皇帝陛下は名残惜しそうに私を見つめ、くるりと踵を返した。待機していた侍従を引き連れて謁見の間から出てゆく。
私はツンツンモードのベルナールをサッと捕まえて腕に抱くと、お礼を言いながら皇帝陛下の背中を見送った。
そして、彼がこの場から消えホープ伯爵と私だけになるまでそれを続けた。
「君は…何を考えているんだね」
2人っきりになるとホープ伯爵は少しだけ明るい声で話しかけてきた。私は頭を上げると、彼にキャハッと笑いかけて返答をした。
「何って、頭の中まで筋肉でできてるおっさんが感情だけで行動するからこうなるんですよ!さっさと頭下げて勘違いでした、ごめんなさい!ってあちらに額から血が出るくらい地面に頭を擦り付けて謝罪して無駄な争いをやめろ!あと、お前の娘だけどさ。証があろうがなかろうが、書き置きだけ残して急に消えたのは、ここの環境が悪いんじゃない?まあ、国のことは知らんけど!クソエロジジィ!って感じですね」
「まったく…君という子は。くっくく。頭の中まで、筋肉…くっぷぷぷ」
「伯爵様。あのような方は脳筋と呼ぶのですよ!にしても、伯爵様からお聞きした弱点については大変参考になりました。ありがとうございます」
「いやいや。あの言葉だけで彼の弱点を見定めるとは。なかなかお主も悪よな」
「いーえいーえ、滅相もございません」
まるで時代劇の悪代官と越後屋かのような会話をしながら、私達2人は笑い合った。
しばらく2人で笑いあった後、ホープ伯爵はフゥッと一息をついてから話を変えた。
「さて、明日に備えてこの国のことを少し話しておこうか」
「え?聞きたくはないですけど、聞いた方がいいんですよね。仕方ないですねぇ、ちょっとだけですよ?」
「君ねぇ…私はこれでも50を過ぎた大人なんだぞ?もう少しだね、敬うという態度はないのかね」
「え!?50代ですって!?お肉でぱんぱんでお肌にシワがないからもっと若いと思ってました!」
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「はーい、すみませーん!」
「やれやれ。君という人のことがよくわからないな。大人びたような口調を使ったり、幼な子のような態度をとったり。一体どれが君の正体なんだね」
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「伯爵様にだけ、私の正体をお教えしましょう。実は、私は前世の記憶があるんです。異世界からやってくる伴侶様方と似た世界で暮らした記憶がありましてね。なので、体は子供でも心は大人なんです!心だけなら伯爵様より年上ですよ!」
「やれやれ。また信じがたい事を言う。もっと上手に嘘はつけないのかね」
「本当ですってばー!」
「はいはい。わかったわかった」
ホープ伯爵は私をエスコートし、私達は一緒に謁見の間から出た。
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「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
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