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《3》義弟
しおりを挟む「えーっと·····アレク!」
「え?」
彼の愛称を咄嗟に叫ぶ。
ノワは彼をじっと見つめた。
昨夜、鏡の前で抜かりなくチェックした最強に可愛い上目遣いだ。
「僕、弟ができたのが嬉しくてはしゃぎすぎたみたい。アレク、嫌なことがあったら我慢しないでちゃんと言ってね?嫌われたくないから·····」
向かいに座ったアレクシスの方へ身を乗り出す。
くらえといわんばかりに計算し尽くしたその視線に、彼は驚いたように目を見開いているだけだった。
「弟?」
はたして彼が声に出したのは、承諾の返事ではなかった。
「うん!僕の家族になってくれる?」
こうなればもう強引に既成事実を認めさせてしまおう。いくら彼の設定が主人公だけを愛する冷血漢でも、ノワと家族だという自覚があれば、死刑は逃れられるかもしれない。
「家族·····」
まるで覚えたての単語を口にするようなアレクシスに、ノワはにっこりと微笑んでみせた。
驚いた表情がぷいと俯かれて、少年の顔が見えなくなる。
心配せずとも、こんなに可愛らしい弟をいじめることなど、自分にはできない。
「だから、仲良くしてね、アレク」
アレクシスはノワと目が合うと、また俯いてしまった。
~7年後~
「·····──さん、·····いさん·····」
どこからが聞こえる声に、ううんと欠伸を返す。
落ち着く声だ。昨日は興奮のせいでなかなか寝付けなかった。
今はとても穏やかな気分だ。
「兄さん起きてください」
先程より近くで聞こえた声は、右耳から左耳へと通り過ぎてゆく。
そういえば、なぜ興奮していたんだっけ。
まるで遠足前夜の小学生のような気分で───。
「·····ノワ」
「入学イベント!!」
そうだ。
全てを思い出して、飛び起きる。額が硬いものに激突した。
「いっっっ·····」
ベッドにうずくまる。
おかげで眠気が吹き飛ばされた。
「ア、アレク·····」
ベッドの前に、アレクシスが立っていた。
艶やかな銀髪は前髪の辺りのみ乱れている。
激突したのは彼の額だったようだ。
ノワを見下ろした美少年はうんざりしたようなため息をついた。
「う、うわあ、起こしに来てくれたの?嬉しいなぁ·····」
「はあ。父様に頼まれたので仕方なく」
取り付く島もない。
いつにも増して、手こずらせたようだ。
「僕の可愛い弟よ、怒ってるの~?」
ご機嫌をとるように軽口を言い、てへへと笑ってみる。
元から冷たい印象を与える目元が更に凍てつく。
最早兄を見る眼差しではない。背筋を冷気が走っていった。
ノワは笑みを張りつけたまま身震いした。
アレクシスとの出会いから、早7年。今年16になったアレクシスは、既に驚く程の美青年に成長を遂げていた。
細身でありながら鍛え上げられた身体に、精悍な顔つき。初めの頃こそ変わらなかった身長は、年下の彼を優勢にどんどん引き離されてしまった。
やはりこの体は、生まれつき身体の発達が芳しくないようだった。
「何ですか」
「別に…」
「じゃ、早く準備した方が良いのでは?」
アレクシスは訝しげな顔をした。
成長の差に若干のジェラシーを感じつつ、ベッドから起き上がる。
準備をすればいいんでしょう、準備をすれば。
不貞腐れながら、ノワはガウンを脱ぎ捨てた。
「·····は?」
感情の読み取りにくい声が一文字こぼれる。
ノワは声の主を振り返った。
「なに?」
「なにって·····」
聞き返すが、彼はノワと目が合うと、首ごと視線を逸らす。
「アレク?」
今度はどうしたのだろう。
ノワは首をかしげた。
「来ないでください」
近づこうとすると、容赦なく拒絶された。
酷い。
「なぜ下着を·····」
着ていないんですか、と、無感情な声が問う。
「?いつも着てないし、シャワー浴びるからだけど·····なんで?」
「そうではなく」
アレクシスは挙動不審だった。
彼は「信じられない」と吐き捨て、逃げるように部屋を出ていってしまった。
「?」
何が問題なのかさっぱり分からない。思春期だろうか?風呂には、既に湯が張られていた。
今日は学園の入学式だ。
17になったノワは、ほかの貴族と同じように寮に入れられ、3年間の寮生活を送る。
死亡フラグを折る作戦は、いよいよスタートを切る。
必ず生き延びて、第2の人生を満喫してみせるのだ。
(あわよくば、最推しキャラのフィアン様を····)
ニタニタしながら支度を終える。
門の外には、召使いとメイドが1列に並んでいた。
「行ってらっしゃいませ、お坊ちゃま」
彼らはノワが姿を現すと一斉に頭を垂れる。
馬車の前には、両親とアレクシスが出迎えに来ていた。
父、母と抱き合い、残るアレクシスに向かって腕を広げる。
「お元気で」
アレクシスの挨拶は酷く他人行儀だった。
ノワは対抗するように、体格の大きい弟を抱きしめた。
「ちょっ·····」
「アレク!僕がいない間寂しいと思うけど、僕達は、心で!繋がってるからね!」
彼には愛情を注いできたが、反応はいつでもイマイチだった。
嫌われているということはないだろう。
しかし主人公を愛した時、アレクシスが、場合によってはノワを手にかけない自信は無い。
アレクシスよ、僕達は同じ血の流れる兄弟なんだぞ、いい子だから殺さないで──そう言いたいのをぐっと我慢する。
きつく抱きしめる。傍から見ればノワがしがみついているようにしか見えない体格差だ。
「…心でなんか」
頭上から、くぐもった声が聞こえる。
「?なんて?」
聞き返すが、彼はいいえと首を振っただけだった。
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