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《131》後輩の喧嘩
しおりを挟むもちろん、ノワがそんなことを知るはずもない。
(フィアン様はこういうデザインが好みなのかな)
いつかプレゼントできる機会があったら参考にしよう。ノワは脳天気なことを考えながら、ふと先程声をかけてきた青年を思い出した。
名前を聞いた気がするが、思い出せない。
(ま、いっか)
前年同様、帝国学園は全ての分野で最優秀賞を独占する結果となった。
特にノワの歌声は会場の人々を魅了し、大きな票差をつけ一位を獲得。吃逆を治してくれたフィアン様々だ。
閉会後、ノワは貴賓に囲まれた。
一通り挨拶を終えた頃、オスカーがやってきた。彼は発表が終わった今でも、何故か緊張した面持ちだった。
「オスカー!」
ノワは彼の両手を掴む。
「凄く良かったよ!」
浮かび得る限りの言葉で彼を褒めちぎる。彼の作品は、練習に練習を重ねたことが分かるほど素晴らしいものだった。
「先輩のおかげです」
「僕?」
オスカーがふいと視線を逸らす。
照れたのだろうか。年相応の姿は、なんだか新鮮だった。
「パトリック先輩。名前で呼ぶことをお許しいただけますか」
「あ·····うん!もちろん」
了承の返事をしながら、ノワは彼の物怖じしない態度に感心した。
1年前の自分は、今と変わらず遠くからフィアンを盗み見て、いつ話せるだろうと機会を伺っているだけだったからだ。
いや、オスカーの相手は自分だから、緊張するなんてことは無いのだろうか。
「ノワ、先輩」
普段大きな返事をするオスカーにしては、拍子抜けするほど小さな声だった。
真顔の割に優しい呼びかけだ。ノワは笑ってしまった。
「うん、オスカー」
「お取り込み中申し訳ありませんが」
そろそろ良いですか。そう言って割り込んできた声の主に、ノワはパッと顔を輝かせた。
「ア·····──」
「自覚があるなら、遠慮したらどうだ」
ノワの声は、硬い声に遮られた。
1歩前に出たオスカーがアレクシスを睨みつける。
「えっ」
ノワは驚いてオスカーを見た。
物凄い眼力だ。こんな視線に睨みつけられたら、1つ年上の自分でも心臓が縮み上がってしまう。
「俺はノワ先輩に話しかけたんですが」
アレクシスがオスカーを見すえる。
「お前じゃない」
声音から人間の温かみを感じない。ノワはオロオロと2人を交互に見やった。
二人は、仲が良くないらしい。
3人で仲良く話すのでは駄目なんだろうか。ノワの脳内だけがお花畑だった。
「学園に帰ったあと、先輩の部屋に行きます」
アレクシスが早口に告げる。
ノワはぱちくりと瞬きをした。
現在学園は夏季休暇中で、同室のキースは帰省しているため留守だ。
「その時に願い事を」
「わざわざ部屋に行かずとも、ここで言えばいい」
ノワが了承の返事をしようとした所で、先程よりも鋭い声がアレクシスの言葉を跳ね返す。
「パーティのせいで、ノワ先輩もお疲れの様子だ。気遣いが足りないみたいだな」
しかしアレクシスも黙ってはいなかった。
「そっくりそのまま返すよ」
「な·····っ!」
ギリ、と、歯の軋む音がする。
「ちょ、っと待って!」
ノワは二人の会話に割って入った。
「オスカー、落ち着いて。アレクシスは後で部屋に」
ノワの言葉を聞いたオスカーが、勢いよくこちらを振り返る。
見開かれた動向が恐ろしい。精悍な顔つきは戸惑ったように口を閉じ、そして再度開かれた。
「·····先輩、ご存知と思いますが、遅い時間に目下の者を自室へ招くことは、上下関係の崩壊を意味します」
歯切れが悪そうに告げたオスカーに、ノワはやっと彼がしつこく食い下がるわけを理解する。
「そもそも部屋へ行きたがるなど、烏滸がましいにも程がある。先輩に何もメリットがない今回の約束で、公の場では言えないような狡い願い事を考えているということです」
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